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第8話 本当にいたのかよ


 学校に着いた───わけでなく、俺は別の場所に降りて公園のブランコに座って漕いでいた。

 一般的に言えばこれはサボりと言うのだろう。

 だが俺は滅多に休まない。

 初めてのサボりだった。

 しかしながら、意外にも悪いものじゃない。

 気分が少しより晴れやかになった。

 周りには誰もいない。

 眠そうにスマホを中毒者のように見つめる学生も、いつ会社を辞めようか頭の中で考えている社会人もいない。

 さびれた公園でブランコをギコギコ小気味悪く鳴らしながら俺は


『瀬田大道です。伝言をどうぞ。良い一日を』

「やぁ未来の自分。ありえないことが起こった。アドバイスが欲しい。助けてくれ。目が覚めたと思ったらヤクザの事務所に居て、拳銃で撃たれて死んだと思ったら生き返ってヤクザを斬って殺して食べていた。しかもそれが全国レベルでニュースになってる。どうすればいい?」


 俺は自分自身に救いを求める。

 だが当然返事が返ってくるわけでもなく、いつも通り俺が一方的に愚痴を吐いて終いだと思っていた。


『そうだな、自分の状況を潔く受け入れたらどうだ?』

「は……?」


 だが、想定外のことが起こった。

 返事が返って来た。

 俺は電話越しの声を聴いて固まった。

 冷や汗が流れ、体の芯が氷になったかのように冷たくなったのに心臓だけは蒸気機関のように早鐘を打っている。


「まさか……」

──やっと気づいたようだな。


 電話越しではなく、今度は俺の頭の中で奴の声が直に響いた。


「ウソだろ、ホントにいたのかよ……」


 俺はがっかりした。

本当にがっかりした。

いるという自信はあったが、妄想であって欲しかった。

昨日の出来事は夢の中の出来事でなく、実際に起きた事実なのだと、俺は無情にも理解させられた。

 斬った張った、ではなく斬った喰ったの騒動を起こした張本人だと、俺は思い知った。


「いつから俺の身体にいた?」

──まずはそこからか、意外な質問で驚いた。もっと先に聞きたいことがあるだろうに。

「例えば?」

──お前は何者だ、とかだ。そうだ先に質問に答えてやろう。10年前だ。


 嘘だ、と俺は疑った。

 10年?10年も俺の中に住んでいただと?そもそも夢遊病や不眠症のせいじゃなかった、全部コイツが原因だった……?


「じゃあ聞くけどよ、お前はなんだ?何が目的で俺の体の中に入った?」

──そうだな、まずどこから説明するべきか……大道、お前SMは好きか?

「お前いきなりなに聞いてんだ?」

──ああ間違えた。SFだ。漫画や映画は見るか?

「いやぁ、まぁ見るには見るけど、それがどうなんだよ?」

──俺は別の世界から来た知的生命体、と言えば良いのか、故郷を捨ててこっちに移り住んだ者だ。今はお前の身体を借りている。そして食事面でも大いに助かっている。感謝するぞ。


 冗談だろ、と俺は青ざめた。

 じゃあコイツはなんだ、外宇宙からやって来た人食い星人だっていうのか。

 ソイツがたまたまこの地球にやってきて、たまたま俺の身体に入ってたまたま居たその辺のヤクザを食べちゃいましたってか。

 本当に馬鹿げてる。

 頭がおかしくなりそうだ。


「俺はお前から何も貰ってないけどな」


 俺は冗談をアサルトに言ってやった。

 異星人でも冗談は通じるのかと面白半分で言ってみた。

 これで通じるならそれはそれで気持ち悪いけどな。


──それは後で与えよう。そもそも、お前が俺のようになりたいと言ったから俺はお前に力を与えたんだぞ。


「そんな事言った覚えないぞ」


 あぁ、やっぱり冗談は通じなかったみたいだ。

 真に受けている。

 人間が大好物の人食い寄生虫が何をくれるっていうんだ。

 大腸でもくれるのか?


「いや、それはいい。それはいいんだ。ただ俺がお前にしてほしいことは、すぐ俺の身体から出て行って欲しいってことだ。昨日はたらふく食わせてやったろ?満足しただろ?な?」

──その件に関しては非常に感謝している。そして残念なことに、今の俺はお前の身体から出ることは出来ない。お前と俺は非常に相性がいい。よって今後ともよろしく頼みたい。


 アサルトは残念そうに言った。

 声色だけはそうだ。

 俺はアイツの顔も目も見ることは出来ない。

 故に判断材料は少ない。

 だがそれでも俺は怒りを抑えられずにはいられなかった。

 この野郎は俺の身体に許可なく入り、許可なく身体を動かし徘徊し、ヤクザの事務所に単身で突っ込んだ。

 そして俺を殺しかけ、無数の一般市民達に俺の顔を晒した。

 捕まるのも時間の問題だ。

 俺は日本の優秀なおまわりさん達に見つかり詰め寄られ逮捕される。

 そして俺の家族はマスメディアに晒され、過酷な人生を強いられることになるだろう。


「ふざけるなよ。お前は俺と俺の家族を危険に晒した。もし何か起こったら俺はお前を許さないぞ」

──その点については問題ない。あの晩はお前の顔を作り変えていたからな。お前だとバレることはない。SNSを見ろ。情報弱者め。


 俺はアサルトの言っている意味が分からず、だが彼の言う通りスマートフォンを起動し、普段使用しているSNSを見た。すると昨日の画面の中は昨日の事件でびっしりだった。

 大量殺人犯、現代の人斬り、食人のサイコキラー、自警団、ネットの中ではありとあらゆる呼称や憶測が飛び交っていたが、ある一つの見出しが俺の視界に留まり、スライドする指も止まった。

 そこに書かれていたのは、『大量殺人犯の顔写真が公開』という記事があった。


「クソ、もう出回ってんのかよ……」


 俺は嫌な汗が額から頬に伝り、俺は覚悟を決めて下の写真へとスライドする。

 するとそこには写真ではなく動画があった。

 サムネイルは夜中にビルから俺が落ちた場面だった。

 俺はその動画を再生するために人差し指で触った。

 動画が始まり、ビルから俺が降って来たところから始まった。俺は例の如くヒーロー着地をし、そこにはアホ面をした俺が……


「……誰だ、コイツは」


映っていた顔は見知らぬ男の顔だった。

 日に焼けてこんがりとした茶色の皮膚に、40年以上は生きてきた証である無数の刻まれた皺、少し痩せ気味の頬、こんな顔じゃない。

 俺の顔はこんな顔の濃い明治、大正、昭和、のどれかに生きていた男のような顔じゃない。おかしい、何かがおかしい。 

 この映像の中に映っているのは確かに俺のはずだった。

 俺はこのようなポーズで着地し、顔を見られたはずだった。

 映像内に移っている野次馬達も確かに俺が見覚えのある顔だった。

 周りの物もそうだ。

 全て覚えがある。

 だが、この顔が、俺の顔だけは徹底的に違う。

 こんな、俺はこんな皺が刻まれたおっさんじゃない。

 何がどうなっている。


──だからいっただろう。上手くごまかしてやった。身体を借りているのだからこのくらいは当然だ。お前には本当に感謝しているのだからな。


「コイツは誰だ?誰の顔なんだ?」

──コイツは俺の、俺の前の相棒の顔だ。俺は寄生した人間や食った人間の身体を完璧に模倣できる。だがまあ、奴と一緒の時は本当に楽しかった。気はあったし、好きなだけ悪人を斬って食べることが出来た。あの時代は本当に飽食の時代だった。


 前の相棒、ということは俺と同じ被害者か。

 可哀想に、と俺は同情した。

 身体を乗っ取られて人殺しを無理やりさせられていたのだ。

 俺は顔しか知らないどこの誰かも分からぬ顔の濃いこの男に哀れみの念を抱いた。


だが、飽食の時代とはどういうことだ?コイツ、いつから地球に来たんだ?


「なぁ、お前なんで来たんだ。そしてなんで俺なんだ?」

──わざわざ言葉にする必要はない。お前の脳内と俺の脳内は密接な関係にある。だからお前の考えていることは分かる。


 思考盗聴まで出来るのかコイツは。

 本当にはた迷惑な奴だ。

 迷子になったんですか、同族の皆さんに嫌われて逃げて来たんですか、とでも聞いてやろうと思ったが俺の脳味噌まで支配下に置いてるのだとしたら何をされるか分かったものじゃない。


──聞こえてるぞ。

「あぁ、聞こえてたのか。そりゃ悪い」


 俺は最大限に嫌味を込めて行ったがコイツは怒るでもなく悲しむでもなく、無反応のまま「話を続けてもいいか」と聞いてきた。

 俺は頭の中でどうぞ、と言った。

 すると奴は「どうも」と頭の中で返事をしてきた。

 頭の中で声がするのは本当に違和感があって気持ちが悪かった。


──お前が言っていた、同族に嫌われたのかと言うことについてだが、それは正解だ。俺の故郷の名前はディアンゴサスと言ってな、俺みたいに肉食な奴らがわんさかいる所だった。蛮族ばかりで唯一の娯楽といえば戦いと食事だ。あいつ等の決まり文句はこうだ、『弱肉強食』、『常に戦いを求めろ』、『全てを喰らい尽くせ』、他にもあるが品が無い、そうだろう?

「『君は違うよ』、とでも言ってもらいたいのか?だとしたら答えはいいえだ。お前はそいつ等と同じだよ」

──あぁ、その通り、俺も奴らと何も変わらない獣だった。俺は奴らにアサルトと呼ばれていた。あだ名だよ。俺は勢いは良いらしいが攻めるだけで、防御も撤退もしない無鉄砲な馬鹿だと揶揄してやがった。


 アサルトはイラつくように低い声で言う。人かどうかも分からないが鼻の孔を広げて怒っているような姿が浮かんだ。


──俺は散々馬鹿にされていて頭に来ていた。そんなある日絶好の機会が訪れた。奴らは船を作って新たな故郷を作るべく遠征する計画を立てた。理由はさらに同族を繁栄させることだった。その船には同族全員が乗っていた。俺は奴らをぶち殺せるチャンスだと思った。中心部に動力源付近に爆発物を設置して船が動き出す瞬間に起爆した。見事奴らは全員死んだ。だが計算外な出来事が起こった。爆発範囲が広過ぎたのさ。安全な位置で見ていたはずの俺も巻き込まれて死んだかと思ったが、俺は生きていた。そして辿り着いた楽園の地が、ここというわけだ。

「お前は本当にイカれた奴だよ。馬鹿にされているからってホントに殺しちまうなんて」


 俺は侮蔑の意味も込めて言ったが、アサルトは


──奴らのルールに従ってまでだ。『舐められたら殺す』。『強い奴が生き残る』。『恐れ知らずよりも恐れられる者こそが強い』。奴らには当然の結果さ。


 と、得意そうに鼻を鳴らして言った。


「わかったもういい。それで、いつお前は俺から出てってくれるんだ?俺の人生は悪いとは言えないがここらへんだった」


 俺は手を腹の位置に止める。このラインは良くも悪くもないけどまぁ妥協出来る普通のラインだ。


「そしたらどうだ?お前のせいで俺の人生のパラメーターはでここまで下がった」


 今度は足元まで一気に下げた。俺は如何に人生設計が狂ったかをジェスチャーを交えて説明する。だが肝心の奴は、


──それが人生だ。

「人間じゃないくせに何言ってんだ」


 全く話にならないアサルトに、俺はいつここに来たのかも聞こうと思つたが、もうどうでもよくなった。

 来た理由を聞くだけでも辟易とするし、早い話、顔バレしなかったのなら奴には俺の身体から出て行ってもらいたかった。

 何気なく辺りをチラッと見てみると、小学生がこちらを興味深そうにジッと丸い目で見ていた。


「見せもんじゃない。小学生はさっさと学校へ行け。遅刻するぞ」

「今日学校休みになったんだ。僕からしたら嬉しいけど、なんでだろうね」

「あっそ。じゃあ家に帰ってマリオカートでもやってろ」


 俺がそう言うと小学生はそそくさと走っていった。

 別に普段からこんなに不愛想じゃない。

 今はちょっと、調子が悪いだけだ。

 とにかく問題が解決するまで、残念だが不愛想な大道君は継続することになる。


──子供には優しくしたらどうだ。


「おい、俺は今巷を騒がせてる連続食人鬼から子供を守ったんだぞ」

──お前が俺を嫌って切ることは分かった。それも理解できる。取引をしよう。俺はあともう少しで、お前から離れてもしばらく生きていけるくらいには腹を満たすことが出来る。お前の中にいる間はお前の生活の一助となってやる。そして満足するまで食べたらすぐに出ていく。どうだ?


 取引、と言えばどれだけまだマシだったことか。

 彼はフェアな条件だと言わんばかりの含みのある言い方で言ったが、こんなものは取引とすら言わない。

 脅迫だ。

 満足するまで身体から出て行かない。

 お前に拒否権はない。

 ガタガタ言わずにさっさと応じろ。

 そういう本音が透けて見える。

 俺は奴の考えは読み取れないがコイツは信用に値しない、ということだけは良く分かった。

 だが本当の話、俺に拒否権はない。


「……お前の取引に従うよ」

 ──そうか、それはよかった。断られたらどうしたものかと思った。だが俺の食う人間は条件がある。

「まだあるのか。勘弁してくれよ」

 ──いや、そんなに難しくない。俺の求める条件は一つだけ。死に値する悪人であることだ。善人が悲しまず、更生する気がなく、この世に害しかもたらさぬ救うに値しない人間、それだけが俺の捕食対象だ。どうだ、心当たりはあるか?誰かいないか?


 アサルトは俺に途方もないことを聞いた。

 殺してもいい悪人なんてなかなか見つからない。

 それに悪行を行ってきた程度にもよる。窃盗や強盗を働いた人間も殺す対象になるのか?


 ──俺の腹の減り具合にもよる。お前も明らかに悪人だと判断出来る人間を見つけたら殺していいぞ。


「簡単にいうなよ。俺は人殺しなんてしたことないし、ご免こうむりたいよ」

──何を言っている。一緒に食べただろう?

「お前が俺を無理やり操って喰わせたんだろ!俺は食ってない。ないったらない!」

──強情な奴め、だが早い話、俺とお前が悪人と判断した奴を食うだけだ。簡単な道理だろう?


 アサルトは確認をとるように同じ内容を反復した。

 なぜ、俺も判断をしなければいけないのか。

 俺はあくまで被害者であって、俺も食人兼殺人に加担しなければいけないということではないか。

 俺は正義だとか悪だとか、そういった事を判断するのが苦手だ。

 世の中には善悪や白黒で決められないラインが存在する。

 俺の親父がそうだった。

 血の繋がっている方の実の父親だ。

 親父は刑事で、警察の掲げる正義を信じていた。

 小学生が虫かごに昆虫をギチギチに詰めるくらい悪人を捕まえてきたが、最終的にはその悪人に殺された。復讐されたらしい。

 正義を追い求めているうちに過激になり、犯罪者を必要以上に痛めつけたり、聞いた話では殺害した、なんて話も聞いた。

 正義なんて幻想を追い求めた結果、親父は悪人を罰する事に至上の喜びを覚え、そして死んだ。

 俺はそのことを母親に聞かされて以来、親父のようにはならないと心に決めた。

 正義といった空想に傾倒し、家族を蔑ろにした男になどならないようにすると、俺は決めた。

 アサルトの考えていることは分からないが、とにかくこの状況から脱するには俺はこいつの頼みを聞かなければならない。まずはどうやって悪人を見つけるかだが……


 ──お前の記憶を覗いてみたが、どうやら学校の中に不良がいるらしいな。弱き者達を自身の快楽のために踏みつぶす悪漢共……丁度いいご馳走じゃないか?


 頭の中って、コイツどこまで読み取れるんだよ。まさか俺の恥ずかしい出来事までのぞき見したんじゃないだろうな。

 だが、仕方ない。それはあとでいい。


「でもよ、相手はまだ学生だぞ。犯罪を犯していない奴らで、しかも未成年の子供を食ってもいいとお前は思っているのか?」


──いいか、俺は腹を満たすために人を食うが、他人に守ってもらえず、法の外の弱者達を救うためにも悪人を斬り、そして食う。この千年間、今までもそうしてきた。獣から真の侍になるために、な。答えは簡単、悪人は子供だろうが女だろうが老人だろうがバラして喰う。これが俺の信条だ。


「おい、ちょっと待て。千年?お前千年も前から来てたのか?」

 ──そうだ。俺を体内に入れて人間を捕食させれば永遠に生き続けることが出来る。心臓を喰えば寿命が増え、脳味噌を喰えば知恵が手に入り、肉を喰えば腹ごしらえが出来る。


 日本に千年もいたらそれはもう化け物というより妖怪や神に近いのではなかろうか。

 未だに現実感は微塵もないが、しかし俺は少しずつこの非現実を受け入れつつあった。

 あり得ないと思いながらも俺はこの化け物(妖怪?)の言うことを聞いて人間を食べなければならないのだ。


「そういえば、さっきニュースで見たことを思い出したんだけどよ、トラックが二つに割れて横転してたって言ってたんだけどあれもお前の仕業なのか?」

 ──ああとも。俺の本当の武器を使ってお前に迫りくる凶器の塊を一刀両断したのさ。


 そういってアサルトは俺の右手を勝手に前に出し、掌から一振りの刀を出した。


「うおお!?」


 俺は思わず驚いて声を上げた。

 いきなり俺の右手の掌からヌルっと刀が出てきたのだ。

 種も仕掛けも分からない手品の如く突然出てきたそれは厳かな黒と金の柄の装丁に、黒い円の鍔の中に金色の龍が細かく丁寧に刻まれていた。

 鞘は光りすら飲み込んでしまいそうな黒一色だった。

 昨日見た日本刀と比べると霞んで埋もれてしまいそうな雰囲気で明らかに違う。

 あの夜アイツがなまくらと言っていたのも頷ける。

 これはとんでもない名刀だ。

 最上大業物といっても差し支えない、素人目から見ても分かる代物だった。


 ──コイツは俺が若い頃に殺した怪物を使って作った刀だ。岩だろうが鉄だろうがなんでも斬れる。斬れ過ぎてコイツをしまう鞘を探すのに苦労したものだ。


 俺は鞘から刀を抜いて品定めするかのように目を見開いて刀身を見る。

 見た目は普通の刀と同じ鏡のように磨き上げられた銀色、乱れ模様の互の目という波にも山にも見える線が刀の切っ先に走っている、目で追うのが楽しく思えるほど美しい物だった。

 それに触るだけで指一本は飛びそうな雰囲気がある。

 ただの刀じゃないことはなんとなく分かる。

 昨日俺を轢き殺しかけたトラックをぶった斬ったとはにわかには信じられなかったが、もしかしたらあり得るかもしれないとも思い始めていた。


「そろそろしまってくれないか。誰かに見られたら困る」

 ──あぁわかった。


 俺がそういうと右手にあった刀は海に物を投げ入れた時のようにずぶずぶと底の深い湖に投げた石がちゃぷんと沈んだかのように俺の右腕の中に入っていった。


 ──さぁ、こんなところでウジウジせず悪人共を喰いに行こう!


「おい、勝手に動くな。俺の身体を動かすな」


 またもやアサルトは勝手に身体を動かし、公園から出ようとした。

 俺は身体の制御権を取り戻そうと奮闘するが、完全に身体を取り返せない。

 糸でつるされた人形のように歪な足取りで歩いていた。

 こんな姿を誰かに見られたら恥ずかしくてたまったものじゃないが、俺がこれから体験する物と比べたら、こんな事は些細な事だったと思い知ることになる。



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