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第5話 俺は普通の高校生なんです⑤


 不意に俺は目が覚めた。


 視界がぼやけて周りが見えない。

 そもそもの話、明るくて目が開けられない。

 俺は寝る前に電気を全部消したはずだが、なぜか明かりが点いていた。

 それに俺が普段着で着る白いジャケットに青色の少し年期の入ったジーパンを履いていた。俺はついさっきまで寝巻を着ていたはずなのだが。いつの間にか早着替えしてしまっていた。


「あぁ?なんでこんなに明るいんだ…」


 まだ寝ぼけ眼なおかげで景色がおぼろげだ。

 まるで目の中に度の合わない眼鏡を埋め込まれたようだ。

 俺は何度も目を擦り、目をパチパチと開けたり閉じたりした。

 そのおかげか周りの景色がはっきりしてきた。

 少なくともここは俺の部屋ではないことが分かった。

 なぜなら、俺の部屋はそれなりに匂いには気を付けていた。

 柑橘系の香りの清涼剤を使い、部屋の中を良い匂いにしていた。

 だがこの部屋は異様に臭い。正直言って吐き気がする。

 尋常じゃないくらい臭い。

 ニコチンの香りと、それとは別の鼻を突く匂いがする部屋だ。

 俺は状況把握のために辺りを見渡すと、色々なものを発見した。

 木製の机、その上には灰皿、白い天井、丁寧に飾られた手触りの良さそうな白木の柄の日本刀、アイボリー色の壁、そして部屋の中央前に達筆な字で『終始極道』と謎の四字熟語が書かれていた。

 もっとマシな四文字は思いつかなかったのか。

 ここはまさにヤクザの事務所と呼ぶにふさわしい場所だった。


「もしかして拉致されたのか?」


 だが俺は疑問に思った。

 俺は怖いおじさん達に何もしていないし家族もこれっぽちも関わっていない。

 それに拉致されたと思っていたが何故か俺の口も手足も拘束されていない。

 一旦それは置いておいて、部屋の中の匂いがキツイ。

 なんというか本能的に嫌いな匂いだ。

この匂いはどこから来ているのか。

 俺はその匂いを辿ろうとまず初めに思った。

 だがその必要はなさそうだ。

 なぜなら匂いの原因は俺の尻の下にあったのだから。


「うおッ!?」


 俺の下にあったのは排泄物ではない。

 男だ、血塗れの男の死体があった。

 さっきから座り心地の悪い椅子だと思ったらそういうことか。

 グレーのスーツを着た顔がイカツイ男の死体だ。

 しかも俺にも血が付着していた。

 だが痛みはない。

 おそらく返り血だろう。


「えぇ…?なんだこれ?なんでこんなところに俺が……そもそもなんで死体が……」


 状況把握をいようと俺は頭を使った。

 だが突然の出来事に俺は現実を受け入れられず、俺の最終的な結論はこうなった。


「まぁ、夢…か。しかも自覚があるし、明晰夢ってやつかぁ?」


 そう思うとなんだか心がとてつもなく軽くなった。

 しかも身体の調子がすこぶる良い。

 昨日までの俺がウソみたいだ。

 悪夢のせいで寝不足だった頭は冴えてるし頭痛もしない。

 身体も羽のように軽い。

 昨日はあんなに重々しかったのに。

 一体どういうことなのだろう。成長期か?


「まぁ夢なら問題ないか。しかし妙にリアルだなオイ。なぁヤクザのおじさん。アンタ誰に殺されたんだ?もしかして……俺に?まさかなぁ」


 死体を見つめていると、一つ奇妙な跡があった。

 胸の心臓付近の箇所に大きな穴が開いていた。

 尋常じゃない力で抉られたのか、胸から背中まで貫通していた。

 どんなサイコ野郎がこんな真似をしたのか、絶対にねじの外れたイカレた人物に違いない。


──俺達だ。


 俺がそんな事を想っていた次の瞬間、俺の頭の中で男の声が響いた。

 ノイズがかかったような、ダミ声のような変な音だった。

 ああまったく、今度は幻聴まで聞こえてきやがった。

ホントに変な夢だな。

 とりあえず夢から覚める前に冒険でもしてみるか。 男に生まれたからには必ず通る日本刀に憧れもあったので、飾ってあった刀をつい無意識に手に取った。

 刀を鞘から出し、刃を見てみると美しい波紋が刃先まで続いていた。


「へぇ、かっこいいな」

──ふん、なまくらだな。


 再び誰かの声が聞こえた。人が楽しんでいる時に……誰だか知らんが捻くれたやつだ。

 部屋の中にはもちろんドアがあった。

 良かった、もしドアがなかったら臭い部屋にヤクザのおじさんの死体と目覚めるまで一緒にいるところだった。

 俺はドアノブに手を掛け、捻ってドアを開けた。

 部屋から出てみると、どうやらとある高層ビルの中だったようだ。

 大理石の壁、床、よくわからない現代アートが壁にでかでかと飾られ、シャンデリアが天井に吊るされており、人工的に作られた光の輝きが俺の目に痛く刺さる。

 そしてお次は何人も入れるエレベーターが二つ。

 俺は恐る恐るアクリルガラスの窓に近づく。

 夢だとは分かっているがなんて高さだ、人が米粒サイズだ。

 ここに近づくにはやめておこう。


──怖いのか?

「またお前か。あぁそうだよ。怖いに決まってるだろ。大抵の奴らは高所恐怖症だよ」

──人間というのは何と脆く儚い生き物か……


 声だけの変な奴は俺の頭の中に直接語りかけてきた。

 囁くように話しかけられているので、脳の中がぞわぞわする。


 そんなやりとりをしていると、チーンと子気味のいい音がエレベーターから鳴った。

 中から誰かが降りてきた。


「おい、奴は見つけたか!?」

「いやここにもいなかった。死体だけだ!下っ端も兄貴も皆やられちまった!」


 現われたのは紺一色のスーツの男とワイン色のスーツを着た男二人組だった。


 いやしかし凄いなこの夢は。

 何から何までリアルだ。

 周りの小物も死体も人物も、彼らの息遣いまですべて聞こえる。

 ジッと見ていると彼等、つまり死体のヤクザと仲間のような男達は、


「あっ?なんだアイツ……?」


紺スーツの男が俺を見つけ眼を細くして俺を見た。

「すっげぇこっち見てる……あいさつしたほうがいいか?あー、こんばんわ!」

──馬鹿が、やめておけ。

「何言ってんだ夢のくせに。現実だったらの話だろ?」

──だからこれは夢じゃない!


 あーはいはい、わかったわかったと俺は心の中で適当に返事をする。

 夢の中で頭の中に話しかけてくる奴がいたり、夢の中で心の中で思案するというのは不思議な物だが、結構面白いものだと俺は思った。

 最近は侍風の男が鎧武者の男達を斬った張ったの時代劇のような世界観の悪夢ばっかりだった。

 しかも最終的にはそいつらを食うんだぜ?しかも俺視点で、だ。

 そんなような似たような夢を毎日毎日…忘れもせず俺の脳味噌は丁寧に見せてくれる。

 もし俺の脳味噌が映画館だったならとっくに廃業してるだろう。


「えっ?あぁ、こんばんわ……」


 俺の挨拶にワイン色のスーツの男は困惑しながらも答えた。

 ほらみろ、挨拶は大事だ。

 コミュニケーションの基礎中の基礎だが、当たり前のことができない人間だって世の中には割といる。

 基本が出来るって結構すごいことなんだぜ?それが出来るだけで誰とだって仲良くなれるんだ。

 頭の中でため息が聞こえた気がしたが、所詮夢の中だ、何も気にすることはない。


「オイ何呑気に挨拶なんかしてんだ!?カチコミしてきたのはアイツだぞ!ぶっ殺せ!」


 紺のスーツの男は手に持っていた小さいリボルバーを俺に向けた。


「オイオイ見ろよ、アイツ俺に銃を向けてるぞ?」

──いい加減にしろ、早く身体を貸せ。あいつらを斬ってやる。


 俺は面白おかしく思ったが何故か頭の中の奴は必死な様子だ。

 しかもあいつらを倒してやるだと?まったく何をヒーロー然としてるんだか。

 夢の中も案外飽きてきたな。


「死ねクソハゲ!」

「誰がハゲだよ!ハゲはお前だろうが!俺はまだ高校生だぞ!」


 紺のスーツの男はついに俺に銃を六発全弾発砲した。

 確かに全弾撃ち尽くしたが、撃ち慣れていない様子で終始ブレブレだった。

 これでは逆立ちしても当たるはずもないだろう。

 そして実際、まったく当たってない。

 まるで弾丸が俺を避けているみたいだ。

 この全能感、悪くない。


──おい。


 この鬱陶しい声さえなければ気持ちがいいままなのに、俺はとうとう耐え切れず、


「いい加減にしろよお前!勝手に頭の中に話しかけやがって!なんだか知らねえがこれ以上言うと──」

──胸。

「胸?胸が何だってんだ?」


 声はそれ以上言うことなくただそう言った。俺は言われた通り自分の胸を見た。

 特に何も変わった所は……いや、俺の白のフード付きジャケットが赤い血の色に染まっていた。

 返り血じゃない。

 俺の胸にビー玉くらいの大きさの穴が三つ程開いており、そこから血がどくどくと流れていた。

 これは、俺の、血……?あのヤクザは意外と射撃力は悪くなかったらしい。


「ッ…あっっ……痛っっってぇ……!!グッ…アッ……!!」


 痛すぎて声に出すこともできない。

 俺は二本の脚を支える事すら出来ず、呼吸も、当たり前のようにしていた動作である吸って吐くことができない。

 釣り上げられた魚がパクパクと喘ぐように、俺も地に伏し、のたうち回った。


「お、俺のお気に入りのジャケットが……!」

 ──この状況で服の心配か。お前はホントに歌舞いているな。


 本当に夢じゃない、これは現実だ。

 現実の俺は突然ヤクザの事務所の中で拳銃で撃たれて死にかけている。

 胸から熱い血液が流れ出て、身体が急に寒さに包まれる。

 肺に血が溜まり、呼吸が出来ず辺りが見えなくなってくる。

 ブラックアウトか、これが。

 俺はここで死ぬのか。

 どうせ死ぬなら瞼を閉じよう。最後に見た光景が自分の血とごついスーツの男二人組など絶対にいやだ。

 家族のことを思い出せ。

 母さん、葵、義父さん、俺は必死に家族の顔を浮かべようとしていた。

 だが、どれだけ思い出そうとしても浮かんでくるのは、ただ一人だけだった。


 父さん……


 最後に思い浮かんだのが忌々しい血のつながった父親の顔に苦渋の顔を浮かべた俺は血だまりの上で俺の視界は狭まる。


頭の中で「ようやくか」という声が聞こえ、ついに俺の意識は途絶えた。


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