第4話 俺は普通の高校生なんです④
俺は家路へと向かっていた。
俺は玄関まで着くと、鍵を使って玄関扉を開けようとしたが、既に鍵は開いていた。
「ただいま」
「おかえり~」
俺はお気に入りの曲を鼻歌で歌いながら機嫌よく帰宅した。
リビングに入って肩掛けカバンを下ろして最初に間延びした声で答える人物がいた。
「今日もナイーブな顔。どうしたの?」
「ブルースプリングだよ、葵。小鳥のように囀る可愛い妹よ」
俺と同じ黒い髪だが絹のように美しいセミロングの髪型に、バレリーナのような華奢な身体、俺と同じ血を分けたとは思えない可愛い妹が俺を出迎えてくれた。
年は俺より二つ下の15歳。もちろんこれは俺の空虚な誇大妄想などではない。ちゃんと現実に存在している。
「心をめちゃくちゃに引き裂いて相手の事しか考えられなくなる病気にかかってしまったんだ」
「はいはい。心の隙間はゲームと映画で癒してね」
比喩表現で言ったのに、葵はすぐさま俺の言っている事を理解した。
我が妹ながら、流石と言うほかない。恋に恋する年頃なのだろうな。
「本当なの大道?お相手は?どんな子?可愛い?手、手は繋いだの?」
いつの間にか母さんまで聞いてきた。
「はっはっは。高校生がそんな急ピッチで出来るわけないだろ。まだ先の話なのに焦り過ぎだぞ?」
「なんでそんなに前向きなの?寝違えて首を曲げられないの?」
葵と母さんは俺の両肩をガクガクと揺さぶり頭が前後に揺れて頭が痛かったが、それでも俺のこの燃え上がる恋の炎を止めることは出来なかった。
「でもまぁ、健康的でいいじゃない。誰しも必ず通る道よ、私だってそうだったんだから」
母さんは安心したようにホッと胸を撫で下ろす。葵も真似をするかのように同じ動作で胸を撫で下ろした。
「悪い、俺もどうすればいいか分からなくて。でも悪いことばかり起きるのが人生じゃない。これから俺の人生はもっと良くなる。バラ色だよ。間違いない」
「ここまでおしゃべりになつてんだから大丈夫だよね」
「これなら良治さんも安心するかしらね」
母さんが父さんの名前を口にした瞬間、葵の表情は暗くなった。
「あれ、義父さん今日は遅くなるのか?」
「やっぱりサラリーマンは大変なのね」
「別に帰ってこなくてもいいよ!」
葵はそれだけ言うとリビングから自室に歩いていった。
「おい……」
「いいの。そのままにしてあげて」
去り行く葵を俺は止めようとしたが、母さんがなぜか止めた。思春期とはいえ、流石に注意すべきだと思ったのだが。
「今はまだ受け入れられないだけよ。時間が解決してくれるわ。……さて!母さんはご飯の準備に戻らなくちゃ!」
そう言って母さんはキッチンへと戻っていった。俺達にはとある特殊な家庭事情がある。
だが誰にでもある事情だ。
俺の父親、血の繋がった父親は死んでしまった。
そして母さんは別の男と再婚し、今に至る。
自分の親の再婚相手を良く思わない子供が大抵だ。
妹が良い例だろう。
だが俺は満足していた。
義父さんは人格者で、母さんは笑顔を取り戻し、家庭は円満だ。
先程までの少し重い雰囲気は母さんが野菜を切る音、鮭の焼けるいい匂い、鍋が煮える音、テレビの雑音がもみ消してくれた。
時刻は既に九時を回っていた。
結局夕飯の時点で義父さんは帰ってこれなかったので俺達は夕食を食べ、風呂に入り歯を磨いて寝る準備をした。
寝巻は通気性の良いシンプルな白のTシャツ、黒の半ズボンを履いていた。野郎の下着は何かなんて聞きたくないだろうからあえて言わないでおこう。
まだ夜は始まったばかりだが、俺にとってはおやすみの時間だ。俺は部屋の電気を消し、床に就く。俺は目を瞑ると次第に瞼が重くなり、意識は奥深くへと沈んでいった。