第27話 誰だって成長するんだよ②
スマッシュの刀は遂に俺の鎧を貫いた。
深々と突き刺さり、奥の奥まで貫通する。
貫かれた鎧は一瞬ビクンと痙攣したが、遂に完全に動きは止まり、沈黙し、生命活動は止まった。
「ようやくだ……ようやくあの目の上のたんこぶのお前をぶっ殺すことができた……」
スマッシュは満足げに言うと刀を引き抜く。
自らを殺しかけた忌々しい元部下を殺してすっきりしたスマッシュは完全に勝ちを確信していた。
奴は甲冑を体の中に仕舞い、武装を解除した。
「…まぁ、お前はよくやったよ大道。楽しい喧嘩だった。お前のことは忘れねぇ」
水無瀬も力なく倒れ伏した俺の亡骸を見て死んだことを理解した水無瀬は弔うように俺を想うように呟いた。
周りにはコンクリートやら大理石やら様々な瓦礫に囲まれ、土煙や埃が舞っていた。
電気は損壊により半分ほどが点いておらず、暗い。
そのせいかどうかは分からないが、奴等は気づいていなかった。
俺の死体にあるものが無くなっていたことに。奴らは過ちを犯したのだ。
「…奴の刀がない。一体どこに……」
スマッシュはふと気になった様子で俺の死体を見た。
あるはずの物がないことにようやく気付いたのは、少し遅かった。
ズンッ!と鋭い一撃が奴らの心臓を貫いた。
背後から突然刀で貫かれた水無瀬、スマッシュは「は?」と呆けた顔をしていた。
奴等は自分の胸部辺りを見た。
白いスーツのジャケットが奴等の血でじんわりと染まっていく。
「な、なん…どういう……ことだ?」
「勝利の余韻に浸るのは早すぎたようだな」
状況が把握できず、背後から貫かれた刀を眼前で見下ろし、狼狽えるスマッシュ。
もう奴らに余裕がないことは先の戦闘で理解している。
このまま何も分からない状態で殺してしまうのは可哀想だと思い、俺は種明かしをしてやることにした。
「俺とアサルトで作戦を立てたんだよ。お前を追い詰めて怒らせて、周りが見えなくなって俺達を一階にまで叩きつけてる間に鎧だけを残して囮にした。そのあと脱出して、瓦礫の中に隠れてお前らが気を抜く瞬間まで待ったのさ」
「くそ、卑怯な……」
「部下の成長を嬉しく感じられないとは、嫌な上司だ。誰だってな、成長するんだよ。俺も、アサルトも。お前は俺達を見くびっていた。だから負けたんだ」
俺はズリュッと刀を引きずり抜くと、スマッシュの肩を掴んでこちらに立たせた。
そして、
「宣言通り刺身にしてやるよ」
と言って俺は刀を振り下ろす。
振り上げる。上、下、右、左、斜め上、斜め下、斜め右、斜め左、あらゆる方角に刀を振って一心不乱に斬り続けた。
甲冑を脱いだ奴の身体はとても斬りやすく、一生斬り続けたいくらいには爽快感が格別だった。
だが何事にも終わりはある。
俺は最後に逆袈裟斬りで締め、水無瀬の心臓に手っ突っ込んだ。
心臓を左手で掴み、いつでも引き抜けるよう念入りにぐにぐにと揉んだ。
「く、そぉ……!」
「これで終わりだスマッシュ。お前と戦う前は憎くて憎くて仕方が無かったが、いざ終わってみると、案外アホらしく思えてきた」
「テメェ……!」
「俺の刀は斬れ過ぎて、、逆に斬った相手がしばらく斬られたことに気づかないくらいには斬れ味がいい。
だから少しだけ話す時間が残ってる。遺言があるなら聞いてやるぞ」
アサルトは楽しそうにくつくつと笑う。
その様子にスマッシュは力尽きても苛立ちが目に見えていた。
「お前に一度負けたくらいで俺がお前を認めるとでも?もしそう思ってたんならお前は最高にアホな奴だ。俺はお前を認めねぇ。惨めにくたばれクソ野郎が」
完全敗北してもなお悪態を突くスマッシュにアサルトは涼しい顔で聞いていた。
「ふん、死ぬ直前もお前らしくて安心したぞ。そして負け犬の遠吠えは聞くに堪えんな」
アサルトが笑うと更にスマッシュは悔しそうに歯軋りをして睨んだ。
だが表情が一瞬無になり、人格がスマッシュから水無瀬へと切り替わった。
「ぴーぴーうるせー敗者は隅っこに行ってろ。俺は今からこの漢に大事な話があんだ」
水無瀬は「漢」という言葉を強調させながら俺の目を見て言った。
「あーあ、負けちまった。手なんか一切抜かずに本気で喧嘩したのはいつぶりだろうな」
「なんだ、お前は奴と違って捨て台詞は吐かねぇんだな」
俺がそう言うと水無瀬は「俺が?」ととぼけた顔をしながら大笑いした。
途中で口から血を吐き、咳込んだが、楽しそうなのは変わらなかった。
「俺はお前と、いやお前らと真剣勝負したんだ。そして俺は負けた。悔しいし腹立たしいが、お互いをリスペクトして全力で戦ったんだ。そこに貴賤はない」
水無瀬は清々しい表情で話す。
「俺はお前のやった行為は許せないが、お前のことは嫌いじゃないかもな」
「さっきからお前お前って……せめて名前で呼べよ。水無瀬、水無瀬文太。俺にも名前くらいはあるんだぜ?」
「そうか水無瀬、いや文太。お前との勝負、楽しかった」
俺はそう言って右手を差し出す。
文太は俺の対応に疑問符を頭に浮かべていた。
「握手だよ握手。お互いを称え合う行為だよ。知らないのか?」
俺は右手を文太の右手までもっていき、「ん」と握手するよう合図する。
その俺の行動に文太一瞬呆気にとられながらも再び噴き出すように大笑いし、俺を見やった。
「…お前は想像以上の漢だよ。最高だ」
「じゃあな。文太。年は離れてるけど、名前で呼んでやる。そして俺もお前を忘れない」
「おう、ちゃんと味わって食えよ」
俺は文太に別れを告げる。
これから俺が行う事を文太は既に理解していたのか、全てを受け入れて眼を瞑って覚悟を決めた。
まるで侍の切腹の一部始終のようだ。
いや、この場合はヤクザの指詰めと言った方が正しいか。
「ふんッ!」
俺は文太から心臓を奪い取り、口に放り込み咀嚼した。
その瞬間、奴の身体からアサルトが斬った箇所から盛大に血が噴き出し、文太は無言で倒れた。
敵ながらあっぱれ、という言葉を体現したような漢だった。
彼の最後の表情は満足そうに笑ったままの顔だった。
世の中には彼のような人間が沢山居れば、世界はもっとマシになるかも、と微かに思ったがその考えはすぐに消えた。
「ふん、馬鹿が。コイツの親友は俺だ、お前じゃない」
アサルトが何故か水無瀬と張り合い、ふんふんと鼻を鳴らしながら言った。
だがすでに心臓を抜き取られ絶命した水無瀬は何も答えない。
「オイオイ、喰い残しをするな」
アサルトは何故か俺にそう指摘する。
心臓は俺自身の意思で食べたが、さすがに俺は身体丸ごとは食えないぞ。
「しょうがないな俺が喰らってやる」
「えっ?いや俺もういらない。もうお腹いっぱい。だからいらない。おい!いらないっつってんだろ!?やめろやめろ頭ごと行くな!やめろって!」
アサルトは水無瀬の遺体を頭からつま先まで丸ごと行った。
俺は無理やり身体を動かされ、水無瀬の肉体を丸ごと飲み込んでしまった。
服も靴もアクセサリーもだ。これは消化できるのか?
「大道!」
俺の名前を呼んだのは、瓦礫を除けて近づく薫だった。
後ろには花連もいた。
俺は薫が無事だったことに心底安堵した。
彼女を助けるためにここまで来たのに、その彼女が倒壊事故で死んでしまったら意味がない。
「薫!生きてたか!良かった……」
薫達は転ばないよう急ぎながらこちらに駆け寄ってきた。
彼女等が45階からどうやってここまで来たのかは分からないが、とにかく無事でよかった。
俺は彼女の無事な姿を見て数ある心配事の内の一つが減って気分が幾分かマシになった。
「いやぁ凄かったねぇ。45階から1階まで叩きつけられる所なんて普通は見られないから感動しちゃった~」
「まぁ俺も初めてやられたけど、案外どうにかなるもんだ。二度とごめんだけどな」
俺は握っていた刀を体の中に収納した。
あれだけ打ち付けられていたのに刃こぼれ一つ無かった。
よほど頑丈なのだろう、俺は物言わぬアサルトの刀に感謝の想いを込める。
「ねぇ大道!なんなのこの女!口を開けば危険で物騒な事しか話さなくて気が気じゃなかったわ!ホントにこんな女が好きなの!?」
「えぇ?そういう薫さんだって大道君の事しか喋ってなくてうるさかったよ?」
「ふ……!ぐぬ……!」
薫は顔を真っ青にしたり真っ赤にしたり忙しない様子で俺に怒鳴りつけた。
二人っきりの間に彼女等は一体何を話していたのだろう。
「あ、あの大道……助けに来てくれてありがとう……」
薫がふと俺にそんな事を言う。
何故彼女はもじもじしているのか、くねくねと海の中で揺れるワカメのようになっているのか、分からなかったが例を言う必要はない。
なぜなら薫は俺にとって、
「親友だろ。助けるのは当然だ。だからそんな申し訳なさそうにするな」
俺がそう言うと薫は「親友か」と口惜し気に呟く。
すると花連は「はぁ」とため息をついて薫をぐいぐいと身体で俺の近くまで押した。
「薫さんの悪い所は肝心な時に思いを打ち明けないとこ!ここを逃したら次言える機会なんてないんだから、早く言っちゃいなよ!」
花連が薫に後押しする。
花連の言葉に薫は意を決して俺の前に立ち、俺を見据える。
俺と薫の距離は30センチもない。
距離が異様に近い。
「あのね、大道……私、今日アンタが助けに来てくれて凄く嬉しかった」
そして、今までのやり取りから考えて、これから彼女が言う言葉も俺には予想が出来ていた。
俺は馬鹿だが、たまに脳味噌は働く。
心構えは碌にできていなかったが、俺は唾をゴクリと飲み込んで言葉を待った。
「わ、私、ずっと前から、大道のことがす、す……」
薫が最後の大事な言葉を言えずにつっかえていると花連が「がんばれ!あと少し!」と応援し、なぜかアサルトも「そうだ、いけ、やれ!」と同じようなニュアンスの言葉を吐き出していた。
「す……好き!なの!」
遂に薫は俺にその言葉を言い放った。
「アンタといるとこっち情緒が乱されるくらい好きなの!私の趣味にも否定的じゃないし、私を一番大事にしてくれるところが自分じゃどうしようもないくらい好きなの!」
「きゃー!遂に言ったわ…!」
花連がキャーキャー言いながら舞い踊っていた。
他人の色恋沙汰を見ても俺の場合は吐き気を催すだけだが、彼女は違うようだ。
「あ、アンタと初めて会った時から私はアンタ一筋よ!アンタがいない人生なんてもう考えられないわ!」
「凄い…!愛の告白だわ……!」
「そ、そこまで俺の事を!?いくらなんでも好き過ぎだろ!」
「う、うるさいわ!必要以上に私に近づくのが悪いのよ!知ってる?ひよこは初めに会った奴を親だと認識するのよ!」
「なら俺はお前の親か」
「違う!私の初恋よ!」
「恥ずかしげもなくよく言えるな!?」
薫は俺に告白をしたからか恥は当に捨てており、むしろ逆ギレに近い様子で俺に迫って来た。
30センチもなかった距離がさらに縮まり、身体が密着しそうなくらいに距離が近い彼女は俺より頭一つ分背の低い彼女は俺を見上げるように見つめる。
「で、どうなのよ。私の告白、受けるの?受けないの?」
両頬は紅く、涙目で興奮気味で肩が上下している彼女は俺の答えを待つ。
「……かのシェイクスピアはこう言った。求めて得られる恋も良いが、求めずして得られる恋のほうが、なおのこといいモンだってな」
「は?急に何?」
俺の突然の格言に薫は白けて真顔で聞き返した。言いたいことが伝わらず、俺は面食らう。
「なんでいきなりシェイクスピアが出てきたの?ロミジュリもオセローもマクベスも何もかも一度も見たことないのに」
「お前だってシェイクスピアなんて見たことないだろうが!せいぜい学校の授業で聞いてたまたま覚えてただけだろ!」
「は、はぁ?それがどうかしたの?図星突かれたからって論点変えるのやめてくれる?」
先程までの甘酸っぱい空気が消えて微妙な雰囲気になる。
俺は自分で言った言葉を自分で説明しなきゃいけないのかと羞恥心がムクムクと沸き立つ。
だが、花連が俺達の間に押し入るように割って入って来た。
「まぁつまり、オーケーってことだよね?」
花連は確認するように俺に言った。
俺は花連の助け舟に感謝した。
そういうことだ、と俺は心の中で頷く。
──はっきり言った方が早いぞ。
アサルトは至極真っ当な事を言ってきた。だが正論だけでは世の中は回らないんだぞ、と俺は心の中で、頭の中で返した。
「なんかこう、もう少しロマンチックな感じにしてほしかったんだけど……」
「わかったわかった。これからはシェイクスピアの作品は少しずつ見ていくことにするよ。まずは恋におちたシェイクスピアからでいいか」
「いや、それはシェイクスピアを主人公にした映画だから」
花連は何故か横槍を入れて訂正した。
もしかしたら彼女はそういった物に詳しいのだろうか。
俺は意外な彼女の一面を発見した。
「もう!結局何なの!?はぐらかさないでよ!受けるの受けないのどっち!?」
薫は煮え切らない俺の答えに頭に来たのか遂に怒り出してしまった。
俺はもうほぼ答えに近い事を言っているのにちゃんと理解してくれない薫に対して
「ここまで言ってまだ分かんねぇのか!全然OKだよ!お前が俺を選んでくれるなら俺は大歓迎だ!」
勢いに任せて心の底から思っていた本心を薫にぶちまける。薫はびっくりして身を固くする。
「お前は友達想いの良い奴だし、俺以外の前じゃまともに話すらできないけど、本当は綺麗な顔してるしお前は可愛いよ、趣味は変だし性格は終わってるけど」
「ちょ、ちょっと!そんな褒めないでよ。私あんまり褒め慣れてな……ん?えっ、今アンタ私を褒めて貶した?」
薫は顔を赤くしたり、かと思えば一瞬で頬の色が桃色から肌色に戻り、眉を顰めて聞いてきた。
「そして俺は友達なんてお前と花連以外いないし、俺もお前と同じく性格が終わっている。しかも頭ン中には化け物が住んでる。つまり、そんな俺を愛してくれるのはお前だけだし、お前みたいな根暗なオカルト好きの変わり者の女であるお前を愛してやれるのは俺だけということだ。というわけでこれからもよろしく頼む。俺達付き合おう」
「あ、アンタ最低ね!人生で私だけよ、こんなごみカスな返事を受けたのは!アンタは人間失格よ!」
「お前だって心臓抜かれたヤクザの死体の前で告白するとか、前代未聞だぞ!神経疑うわ!」
──化け物呼ばわりは少し傷つくぞ。
俺と薫はまたもや口論に発展しそうになり、どうしたものかと思った矢先、外から嫌な音が聞こえてきた、パトカーのサイレンの音だ。
何十台もこちらに向かって来ている。
「や、やべぇサツだ!お前ら、早く逃げるぞ!」
俺は薫と花連を両脇に抱え、走り出した。
「逃げる台詞がチンピラみたいだし、本当なんで私こんな男好きになっちゃったのよ!」
「警察から逃げる体験なんて、滅多にないからドキドキするわ……!」
「うわはは!女子を二人抱えて夜の街を闊歩するとは、お前の角に置けぬ男だなぁ!」
各々が個人の感想を並べる中、俺は二人を抱きかかえながら夜の街を駆け抜けて行った。
カーチェイスをし、化け物ヤクザと戦い、心臓を喰って警察に追われているのに、俺はこの上ない充足感を抱いていた。




