第25話 残機は大切に扱え
ビルの中は明かりが点いていたが誰もいなかった。正直、敵は俺達をハチの巣(俺には通用しないが)にすべく、待ち構えていたと思ったのだが、これでは拍子抜けしてしまう。
『よぉ大道!……大道でいいんだよな?良く戻って来た。お前なら戻ってくるって信じてたぜ!』
どこからかあの、水無瀬の声がした。
声の音源はどこにあるかと周囲を見渡してみるが、どこにも姿は見当たらない。
『上がってこいよ。二人っきり、いや俺とスマッシュとお前とアサルト、あと俺が預かってるお嬢ちゃんの五人っきりで楽しもうじゃねぇか!』
「私もいるんですけど!」
有馬花連は己の存在証明をすべく、どこかにいる水無瀬に向けて叫ぶ。
すると水無瀬は『おおそうかそうか。じゃあ六人きりだな』と言い、言葉の最後に『なんであの女もいんだよ……』と小言を呟いた。
『まぁいいさ。俺は45階にいる。近くのエレベーターを使って来い。遅れるなよ?次逃げちまったら流石の俺も堪忍袋の緒が切れちまうかもな』
水無瀬はそう言い残す。
ちょうどタイミング良くエレベーターのチーンという小気味の良い音が鳴り、エレベーターが待ち構えていたように開く。
「あれに乗れってことか」
大道が疑いの目でエレベーターを見やる。
だがあの男、水無瀬がここまでお膳立てをして小細工をしてくるような男とは思えない。
俺の推測からするに俺達と同じく、単に戦うのが好きな男なのだろう。
俺達は奴の言葉に大人しく従い、エレベーターに乗った。
当然のようについて来る有馬花連に大道はもう何も言わなかった。
エレベーターの中は管楽器を用いた緩やかな音楽が流れ、これから殺し合いをするというのに間の抜けた都が密室の空間で流れているせいで気が抜けそうになってしまう。
しかも45階という高さのせいで時間がかかる。
その時、黙ったままだった大道が口を開いた。
「やっぱり、俺のことは何とも思ってなかった?」
大道は有馬花連に対して神妙な面持ちで窺う。
そうか、コイツは結局最後までこの女に好意を抱いていたわけだ。
有馬花連は申し訳なさそうに口元をキュッと締めながら答える。
「大道君が面白い人っていうのは本当。実際こんな面白い事態を引き起こしてくれたし、これからも仲良くさせてもらいたい。でも私が本当に好きで尊敬しているのはアサルトさんなの」
「よせやい、照れるじゃないか」
俺はそう言ったが大道は俺に真面目に取り合ってくれない。
これは、茶化してはいけない雰囲気なのか。反省せねばなるまいと俺は黙ることにした。
「だって、あなたには薫さんがいるじゃない。私にはあなた達の仲を裂く事なんてできないよ」
「いや何度も言うけど、薫とはそんなんじゃないよ。アイツと俺は友達同士で──」
「じゃあ薫さんを助けた後、ちゃんと話し合わないとね。お互いをどう思ってるかについてをさ」
大道の言葉を遮るように有馬花連は言葉を被せる。
それと同時にエレベーターは45階に到着した。
ぴんぽんという音が鳴り、ドアが横に開く。
俺達はエレベーターから出ると、そこには床が一面畳張りで右や左を見てみると障子ばかりあり、上を見ると木製の天井があり、都心の高層ビルの中にある部屋としては不可解な部屋だった。
「このフロアを作った奴はな、俺達日本人のルーツを忘れないためにもこういう部屋は必要だって言ってたよ。俺も変だとは思うが、雰囲気作りには持ってこいだろ?」
部屋の最奥から奴の声がした。
水無瀬だ。
左手には刀が握られている。
そして目を凝らして見てみると近くに辻薫が居た。 大道は彼女が無事なことに安堵した。
「薫ッ!」
「大道!……えっ、なんで有馬さんがいるの……?」
辻薫は信じられない物を見るかのように驚いた表情で有馬花連を見た。
目を擦った後パチパチと目を開けたり閉じたりするなどの古典的な反応をしている。
「えっ、私貴方を逃がしたよね?えっなんで?なんでいるの?」
「いやいやっ、こんな山場に駆け付けないほうがなんでって感じじゃない?」
「思わないわよ!私の勇気を返してよ!」
辻薫は有馬花連に涙目になりながら反論した。
「薫!」
大道は辻薫の名を叫び、微笑みながら
「待ってろ。今迎えに行くから」
辻薫に安心させるように言い放った。
その言葉を聞いた彼女もまた、微笑んで、
「あんな人食いヤクザ、さっさとやっつけて私を救い出しちゃいなさい」
とビシッと人差し指を大道に向けながら言った。彼女の変わらぬ様子に安堵した大道は「ふっ」と鼻で笑う。
そして、
「薫には手を出さずにちゃんと待てたようだな。そいつは褒めてやる」
水無瀬を睨みつけながら言った。
「ここは俺の所有するビルだぞ?お客人を丁重にもてなすのは当然だろうが」
水無瀬は鞘に納刀した刀を肩に乗せながら、さも当たり前かのように話す。
大道は左手に刀を顕現させて戦闘準備をした。
だがここからは俺が身体を使う。
この戦いを一番心待ちにしていたのは俺だ。
俺は制御権を再び手中し、水無瀬を見やる。
そろそろスマッシュと変わる頃だろう。
「おやおや、俺から逃げた負け犬が舞い戻って来たか。次はどうやって逃げる?魚みたいに海に潜るか?モグラみたいに穴を掘るか?鳥みたいに空でも駆けるか?」
水無瀬からスマッシュに変わり、俺に安い長髪を仕掛ける。そっちがその気ならこっちも乗っかってやろう。
「お前をぶった斬って刺身にするってのはどうだ?綺麗に斬り落としてやるよ」
俺の挑発にスマッシュは無言になり、無表情となる。
そして奴は鞘から刀を抜き、ただ一言こう言った。
「ぶっ殺す」
スマッシュは鎧を出現させ己の身体に身にまとった。
ウェポニアンは戦闘民族であり蛮族だ。
短気でキレやすく安い挑発をするだけで殺し合いに発展する。
だから話も早い。
俺も甲冑を出現させ身体回りを覆った。
今日で決着をつける。
アイツを殺して食い散らかして終わりだ。
俺は柄を握り、鞘から刀身を引き出す。
正眼の構えを取り、横にじりじりと距離を取りながらゆっくりと動き出し、スマッシュに一気に距離を詰めた。
刀同士が激しくぶつかり合う音が鳴る。
金属と金属が交差し、火花を散らす。
だが俺の一撃にスマッシュは予期していたかのように防がれた。
「相変わらず考えなしの攻撃。斬りたいと思ってるのがバレバレだ」
スマッシュは俺の刃を弾き返した。
思わず俺はよろめいてしまったがすぐに踏みとどまり、態勢を立て直す。
俺は奴に一撃を入れるため何度も刀を振り回す。
ウェポニアン同士の戦いは人間の戦いと同じだ。
人間の武器や兵器とは違って同族同士の武器で攻撃をまともに受け続ければ死に至る。
そのため俺達は他の生命体に心臓を喰って予備の心臓を補給して殺し合いをするわけだ。
その分もっと戦いを楽しめるわけだからな。
今俺の予備の命は最近ちょこちょこ食べてきた悪党の心臓がある。
死に至る攻撃を受けない限り俺は死なない。
──なら当分は死なないな!
大道は安心しながら言った。その通りだ大道。
俺の状態は健康そのもの。
攻撃こそが最大の防御だ。
このまま斬り続けていれば俺は奴に勝てる!
「少しは失敗から学べ」
俺が勝利を確信したとき目に見えない速さの数千にも思える刃が俺を襲う。
俺はまともに防御をし損ない、鎧に覆われていない装甲の薄い部分を斬られてしまった。
身体からは甲冑越しから血が溢れ、斬り傷があちこちに出来てしまう。
あれ、今俺は何回斬られた?
「小手調べのつもりだがお前を結構斬り殺したぞ。俺の残機は貯蓄していたおかげでまだまだあるが、お前はあといくら残機が残っているんだろうな?」
……前言撤回命の危機。このまま斬られ続けると死んでしまう。
「この馬鹿野郎ォ!!」
俺は大道に意識を乗っ取られ、身体の制御権をむしり取るかのように奪われた──!




