第24話 スポーツカーにイカレが3人
「私もついて行っていいかしら!?」
俺の隣に未だ有馬花連は引っ付いていた。
このまま奴らの敵地まで付いて来る気だろうか?その時大道が俺に耳打ちをする。
と言ってもそれはただの比喩表現で実際には俺の頭の中に語り掛けて斬るわけだが。
──おい。流石に連れて行くわけにはいかねぇだろ。さっき同じことして捕まりかけたんだぞ?
と大道は言う。
確かにコイツの言うことは的を得ている。
彼女が無謀にも俺達の戦いを近くで見ていたことにより、このような事態に陥った。
だが、良いのだろうか、と俺の頭の中に一つの疑問が生まれた。
俺のただ一人のふぁんである彼女を蔑ろにしていいのだろうか。
これから俺が行うのは殺戮のミュージックライブ、そこに観客がいないのは少々寂しいものではないか、と俺は思っていた。
「イっちゃうか……」
俺は有馬花連に対して呟く。彼女は「えっ……?」と本当に?という確認の視線を俺に送る。
「お前も一緒に行っちゃうか!見たいだろ?俺が悪人を成敗するところ!」
俺が有馬花連に返事とも言える言葉を返すと、彼女は満面の笑顔を浮かべ、
「勿論!」
と朗らかに返事をした。
イイ返事だ。
ここまで俺を慕ってくれているのだ、とことん楽しませてやらねば。
「クズが血を流すところが見たいか!?」
「はい!」
「本物の侍魂をその目に焼き付けたいか!?」
「はい!!」
「新たな英雄伝説を見届ける覚悟はあるか!?」
「あります!!!」
「いい返事だ!行くぞ!」
「うわ、俺といる時より笑顔じゃん。俺の目の前で見せて欲しかったのに……」
大道は「ウソだろ」とため息をついていた。
理想と現実は違うと良く言うが、この男の理想は少々大きすぎたようだ。
「いい加減女々しいぞ大道。この女はお前じゃなく俺に惚れているんだ。諦めろ」
「この…さっきまでチキってたくせに……!」
俺は大道に仕返しの言葉を贈る。
今はそれよりも東雲ビルに向かわねば。
だがそれなりに距離があり、とてもこの女が一緒についてこれるとは思えない。
「えっすごーい!先輩これ買ったんですか!?」
どうしたものかと決めあぐねていると、辺りから女の高い声がした。
化粧でほぼ全身を隠したような不味そうな女だ。
そしてその隣には身は細いが少し筋肉質でほっそりとした端正な顔立ちをした男が女の隣にいた。
「あぁ。遂に届いたんだ。シナダ社のサムライ05。ごらん、凄いだろう。五千万もしたんだ。今日はこれで君とドライブとしゃれこもうじゃないか!」
男は車の鍵指で振り回しながら自慢げに言う。
すると女も「きゃー最高!」と甲高い声を上げて喜ぶ。だが目は笑っていない。
「そんなに凄いのか?あの車は」
俺は大道に問うた。すると大道は「そりゃそうだ」と頷く。
「シナダ社って言えば、日本で唯一の世界の大企業と対等に張り合える、いやそれ以上の規模の会社。車もその製品の一つに過ぎないけど、あれは凄いぞ。暴走機関車なんて余裕で追い越しちまうかもな」
見てみるとその車は二人乗りだ。
しかも食った人間の脳の情報を遡ると、大道と同じような情報ばかりだ。
そこで天才の俺は思いついた。
「おい」
「ん、なんですか」
「それ、寄越せ」
「それ?」
俺は車に向かって指を向ける。
俺の欲しい物に最初は気づかなかったが、最終的に気づくと顔を赤くして怒りの表情を露わにする。
「いきなりなんだ!?渡すわけがないだろ!」
と男は言う。
更には携帯を取り出し、「あまりふざけたことを言うと警察を呼ぶぞ」と俺に脅しを掛ける。
女は「こわ~い」と男の右腕のスーツの裾を掴んで言う。
──何してんだ。このままだと面倒事になるぞ?
大道が俺に語り掛ける。
だが俺は安心しろ、問題ないと答える。
勿論何も対価も無しにもらえるとは思ってはいない。
「落ち着け。何もタダでもらおうとしているわけじゃない。俺の一芸を見せてやる。友達にも評判なんだ」
俺はそう言って両手で顔を隠す。男と女は怪訝な顔で俺を見る。
「イケメンど~こだ」
俺は両手で顔を隠しながら言う。
そして隠していた顔を両手を下げて
「こ~こだ」
俺は両手で覆っていた顔を奴らに見せる。
「ひ……!?」
「ふわ……ァ!?」
俺が笑顔で言うと、男と女は俺の顔を見た途端一秒足らずで、くしゃくしゃの紙屑みたいに顔を歪ませ、半狂乱で俺の元から走って逃げ去っていった。
「お前一体何したんだよ」
大道が疑わしい顔で俺に聞いた。
俺はよくぞ聞いてくれたと言いながら男が落とした車の鍵を手に取る。
「昔正道と行動していた時、相手を殺さずに手っ取り早く事を治めるために俺の本当の顔を見せてやったのさ。これをやると大抵の人間は発狂して逃げ出すのさ。凄いだろう?何なら見せてやろうか?」
「誰も好き好んで不細工の顔なんか見たくねぇよ。つーか、俺は運転できねぇぞ」
「運転するのは俺だ。お前はただポップコーンでも食いながら観戦しているといい」
大道は失礼な事を俺に言う。
他人の容姿について悪く言ってはいけないんだぞ、と言おうと思ったがそれは後回しでいい。
今は東雲ビルまで急いで行かなければならない。俺は車のフロントドアを開ける。
バタフライドアと呼ばれるそれはその名の通り、機械音と共に蝶のように羽ばたく動作と姿で開く。
「お先にどうぞ」
俺は有馬花連に先に車に乗るよう促す。
「まぁ、こんな素敵なお車に一番最初に乗車して良いんですの?」
すると彼女も俺の言葉に乗って楽しそうにお上品な言葉を使う。
俺は「れでぃふぁーすとだ」と言う。有馬花連が乗り、それを見届けた俺も乗って鍵を挿し込み、右に捻る。
ウオオオンと機械の獣が雄叫びを上げ、エンジンが唸り声を声高々に吠える。
「さ、お嬢さん。シートベルトを」
「はい、紳士さん♡」
俺の声に有馬花連はすっかり虜だ。
俄然やる気が湧いて来る。
もう何も怖いものはないと感じるほどだ。
俺はハンドルを握り、アクセルを吹かす。
そして遂に発進する。
目指すは宿敵のアジト。
覚悟しろ外道共、アサルト様が貴様らを断罪してくれる。
誇り高き意志と共に、俺は既に太陽が眠った夜の街の中を神速の機械と共に駆け抜けた。
エンジンが悲鳴を上げるかのように高くなる一方で、意中の女を寝取られた哀れな男の叫びが俺の頭の中で轟いていた気がしたが、気のせいだろう。
東雲ビルは少し遠いが、この車は凄まじい駆動音と共に圧倒的なスピードで走っている。
それに俺の動体視力を合わせればどうってことはない。隼が如く寸の間に辿り着く。
だが俺は妙な気配を感じた。後ろに二台、俺達を追っているかのようにケツに張り付いている。まさか、追われている?
「おい、有馬花連。貴様もしや追跡されていたのか?」
「えっ?ウソ…気づかなかった」
おそらく俺の考えは正しい。
ヤクザ共は捕まえた魚を放流してより大きい獲物を取ろうとするように彼女を泳がせていたのだろう。頭の回る奴め、だが今の俺には関係ない。
「見つけたぞこの野郎!ぶっ殺してやるよ!」
「シートベルトをしっかりと着けろ。少し揺れるぞ」
俺が有馬花連にそう言った瞬間、後ろから銃弾が飛んできた。
俺は見事な運転裁きで車に銃弾は当たらない。
だがこれだけ図体がデカければいつかは当たり、流れ弾が彼女に当たるかもしれない。
「避けんな!当たらねぇだろうが!」
ヤクザ達は声を荒げて叫ぶ。
このまま逃げておちょくるのもいいが、それは俺の主義に反する。
今の俺には逃げるという考えはない。喧嘩を売られれば殺す、目が合ったら殺す、特に何もしなくても殺す。
──最後はダメだろ。
大道が異議を唱える。
俺は車の天井を開けるボタンを押す。
するとスムーズに開き、天井が折り畳まれる。
「有馬花連。お前にこの車の運転を任せる。俺は後ろの奴等を片付ける」
「えっ!?わ、私が運転するの?私未成年だよ!?」
「ではこれがお前の初めての運転実習だ。将来これがあどばんてーじとなるぞ」
俺は座席から立ち上がり、左手に顕現させた刀を抜いて、飛び上がった。
宙を舞い重力に身を任せてヤクザ達の車に着地する。
「うお!?なんだ!?」
「上にいるぞ!撃ちまくれ!」
ヤクザ達は俺に向けて車が傷つこうが構うことなく、上に銃を撃ちまくる。
弾は俺に何発か当たったが、それくらいじゃ俺は殺せない。
俺は刀を逆手に持ち、両手で握る。
そして神速が如き速さで車の上から刀を突き刺す。
乗っていた人数は四人だったから、後ろの席と前の席に座っている奴等を念入りの刺す。
すると中から「ぎゃ」とか「うっ」とか言った短い悲鳴が聞こえた。
まるで黒ひげ危機一髪という玩具と似ているな、と思いながら次の標的を見据える。
一台がやられて危険だと判断したからか奴らは俺から距離を置く。
俺は既に殺した運転席の上から手を突っ込み、ハンドルを掴むと、それを左に大きく捻り、まだ生きているヤクザ達の車に近づけさせる。
俺は十分近づくと飛び移り、フロントガラスの前に立つ。
乗り捨てた車はフラフラと蛇行運転を繰り返しながらその辺のビルに追突した。
「ウソだろ!?」
奴等は悲鳴にも似た驚愕の声を漏らす。
俺は刀を両手で構え、雷の如く刃を振りまくる。
俺は振り終えた刀身を鞘に戻すと、近くに並走していた有馬花連の乗る車の元に戻る。
それと同時に奴らの最後の一台はバラバラと崩れ去り、派手に爆発した。
「ふん、スマッシュめ。あんな雑兵を送り付けるとは。随分と舐められたものだ」
俺は内心苛ついた。
この程度で俺を止められると思っている奴の嗤う姿を想像するだけで虫唾が走り、斬りたくてたまらなくなる。
「さ、有馬花連。もう敵は斬った。運転を変わってもいいぞ。よくぞ無事に運転出来たな」
オープンモードを解除し、天井が元に戻り、心地よい夜の風は遮断された。
俺は彼女に労いながら言う。
だが有馬花連は運転を変わらない。
ハンドルを握ったままアクセルペダルを踏んだままだ。
「私…夢みたい……!」
「おい、もういいんだ。運転を変われ」
俺は再度彼女に言う。
だがハンドルも座席も譲らない。
「まるで生まれ変わった気分!退屈だった日常からこんなアクション映画みたいな状況に身を置いているなんて……!」
「お、おい花連……どうしたー?」
今度は大道が不安そうに有馬花連に話しかける。その途端、彼女はアクセルペダルをさらに踏み込み、エンジン音を高鳴らせる。
「うお!?か、花連!?何を──」
「いいえ、私は花連じゃないわ。今日から私の名前はジュディ!運転は私に任せて二人共!コツは掴んだから!あぁシートベルトなんて不要よ!」
「アハハハハ」と笑いながら花連は完全にキマっていた。
目が血走っている。
俺と大道は今考えている意見が一致し、助手席に座ってシートベルトを装着した。
俺達はとんでもない怪物を目覚めさせてしまったのかもしれない。
「ひゃっほう!」
有馬花連、いや、ジュディ?は気分を高揚させながらハンドルを右に左に、クラッチペダルを踏んでギアを調節しながら恐るべき学習能力で車を操作する。
好きこそもの上手なれ、とはまさにこのことか。
「あっ見て二人共!もうすぐ着くよ!」
有馬花連は笑顔で言う。
俺も彼女の見ている方向を見ると、かつて俺が襲撃したあのビルが視界に入り始めた。
だが俺達の背後からえげつない台数の車が迫っていた。
俺が葬った二台はただの尖兵か。
ギラギラと車のライトが何十にも重なり、昼のような明るさを錯覚させる。
だがその光の中からは弾丸と怒号が俺達を襲っていた。
「おいどうすんだ。アイツ等ばっか相手してたらキリないぞ」
大道が慌てた口ぶりで言う。
確かにアイツ等全員相手にすれば殺せないという事は決してないが、俺は一刻も早くあのスマッシュをぶち殺したいし、大道は辻薫を早急に取り戻したい。
奴らに構っている時間など、一秒たりともないのだ。
「私にイイ作戦があるよ!」
何かがあるのか、そう言って有馬花連はクラッチペダルを踏み、ギアを下げ、ハンドルを右に曲げ、ドリフトをしながら曲がる。
すぐそばにはタンクローリーが横切り、有馬花連の車を避けるべくハンドルを急いで切るが、横転し、コンクリートと金属が擦れ合う不快な音が鳴る。
するとあら不思議、金魚の糞のように俺達の後ろに引っ付いていたヤクザ達は続々とぶつかって行った。
そして雪崩のように突っ込んでいったヤクザ達の車はタンクローリーの運んでいた液体が流れて溢れて、それが小さい火花で引火し、やがては町中に響く大爆発を引き起こした。
「やった!作戦通り!」
「すごいな。どうやってやったんだ?」
俺は素直に関心した。
まともに運転なんか教えていないのにこんな芸当まで出来るとは、正直思いもしなかった。
「簡単だよー。近くで大型の車の走る音が聞こえたんだ。普通の車と大の車って音が違うでしょ?だから横転させてアイツ等を足止めできるって思ったわけ!でもタンクローリーだったのは運がいいのか悪いのか……」
「いいに決まっているだろう!君は俺にとって幸運の女神だ!一生離れるんじゃない」
「はい!私の運命の人♡」
俺は有馬花連といちゃいちゃしながらお互いを褒め合う。
すると俺の右拳が俺の顔面を殴った。
またアイツか。
大道か。
「ぐあ!何故だ!何故殴る!この女を褒めただけだろう!」
だが大道は黙ったまままたもや殴ろうとする。
俺は左手で右手を押さえるが、今度は左手で俺の鼻を殴った。
「お前が殴っているのはお前自身だぞ!つまり怪我をするのもお前だ!そして俺がお前の怪我を治しているのは俺!立場の違いを思い知れ!」
「うるせぇ!人の想い人を奪う恋敵が!しかも俺の目の前で、そう文字通り目の前でだぞ!?」
「なんだと!?そもそも俺がお前の背中を押してやったからこんな関係になれたんだろ!?もっと俺に感謝を──」
「突っ込んじゃおっか!」
有馬花連が急にそんなことを言った。
「突っ込むとは?」と大道が彼女に鳩が豆鉄砲を食ったような顔で聞く。
「敵陣の中に突っ込んだらアイツ等も驚くでしょ?その間にボスをぶっ殺しちゃえばいいんだよ」
段々と俺好みの好戦的な性格になって来た有馬花連はいざ突撃せんとアクセルをさらに吹かせる。
「ウソだろオイ!ちょ、速い速い速い──!」
有馬花連はアクセルペダルをグッと力ある限りベタ踏みし続け、超スピードで遂に東雲ビルに突っ込んでいった。
入場扉の自動扉が派手に壊れ、真ん中中央の受付のテーブルを木端微塵に破壊し、有馬花連は華麗なハンドルさばきで弧を描くようにドリフト気味に車を止める。
「ああ…最高……」
うっとりしながら額から流れ出た汗を手で拭う有馬花連に、俺は賞賛の言葉を贈る。
「素晴らしい運転だった。『れーさー』とやらに向いているかもしれん。目指してみたらどうだ?」
「嬉しい、真剣に考えておくね」
有馬花連の暴走列車のような車から俺達は降りた。




