第22話 だって私はアイツの──
惨めだった。
あまりにも自分が恥ずかしくて恨めしい。
こんなことになるなら、あの時彼に疑われた時に言っておけばよかった。
アンタが好きって。
でもその瞬間はもう来ない。
何故かと言うと、もう彼は、大道は意中の人である有馬花連と初デートまでしていたから。
「何よアイツ……私と一緒の時はあんなきもい顔しなかったのに。有馬さんといる時はあんなにデレちゃって。バカみたい」
私は公園のベンチに座りながら鼻で笑って独り愚痴る。
だけど本当にバカなのは大道でも有馬さんでもなく、この私だ。
行動しなかったせいで、素直にならなかったせいで、私は目の前でイチャイチャしている二人をむざむざと見せつけられ、挙句その場から逃走した。
そのおかかげで今の最悪な一日がある。
私がアイツを好きになったのはいつだろう。
私は人と少し趣味が違うだけで避けられていた。
でもアイツは、大道だけは一緒にいてくれた。
どれだけ私が彼にとっては意味不明な言葉を羅列しても、なんだかんだ言って傍にいてくれた。
そう言った日々を過ごすたびに、私の中で彼の存在が大きくなっていった。
でもこのまま彼等がくっついちゃったら、もう私が立ち入る隙が無くなって、またひとりになっちゃうかもしれない。
ううん、なるだろう。
大道は彼女に恋焦がれ続けていたから。
彼にとっては、これでいいのだろう。
でも私はそれが嫌で、許せなくて、呪ってしまった。
彼らの間に、ちょっとした災難が降るように、私の信仰する呪いの神様にお願いをしてしまった。
一時の気の迷いだった。
今は後悔してる。
本当なら祝福するべきなのに。
「ん……?」
何やら外が騒がしい。
男の怒号とか、女の悲鳴が聞こえる。
でも、この声どこかで聞いたことがあるような……
「オヤジ、先程捕まえました。ですがあのガキは見つかりませんでした」
「ほう、そうか。ご苦労さん」
「いや!放して!」
「お前、あの時あの男を楽しそうに観察してただろ。知り合いか?」
顔に傷のある黒いスーツの男が一人の女性の腕を掴んでいた。
白いスーツを着たオールバックの男がボスだろうか。
見た目は明らかにワイルド系で、下手に関われば命の危険にまで発展しそうなほどの裏社会の人間であることは私もなんとなく察していた。
私は建物の陰からこっそり覗く。
腕を掴まれていた女性の正体は、有馬花連だった。
それに辺りをよく見ると建物やコンクリートの道路が砕かれ、荒れ果てていた。
おまけに周辺の壁周りにはハチの巣のような弾痕や細い傷があった。
刀で斬ったのだとわかったのは、あの店の近くには大道がいて、いざこざがあったと気づいた後だった。
「えっ?なんであの人が……!?」
一体どういうことだろう。
何故うちの学校のクラスメイトを、しかも同じクラスで、大道の好きな歩とが連れ去られようとしているの?
「安心しろ、危害は加えねぇ。お前は餌だ。でっかい獲物を吊り上げるためのな。野郎、ようやくヤれると思ったら逃げやがった。俺は一度気に入った獲物は逃がさない。必ず見つけてやる」
白スーツのヤクザの男は少し乱れた髪をかきあげながら言う。
「君達!何をしている!その子を離しなさい!」
そこに現場の異変を察知して警官が二人駆けつけた。
状況証拠は完璧に揃っている。
すぐにでも捕まえられるだろう。
「オヤジ、ポリ公です。マズイです退散しましょう」
「そんな必要ねぇよ」
そう言って白服ヤクザは花連を部下の男に押し付け、警官達に近づいていく。
「止まりなさい!」
「止まらねぇよ。俺がこの世界で生きている限りな」
そう言って、白服ヤクザはガパリと人間の身体構造上不可能なはずの口の開け方をして、警官の頭を丸ごと齧って捕食した。
首が無くなった警官の身体は千鳥足で不規則な動きをし、そして地面に倒れた。
何が起こったか分からず、呆然としていた警官の一人が我に返り、発狂気味に腰に着けていたホルスターから小ぶりの拳銃を取り出し、全弾を撃つ勢いで引き金を引く。
だがヤクザの男は、弾道がどこに来るか分かっていたかのように右手に持っていた刀で弾き飛ばす。
そして弾丸は切れて拳銃は無用の長物となり果て、警官の男はヤクザの男を恐怖に支配された、濁った眼で見る。
「た、助けて……」
「悪いな。今の俺は腹が減ってる。無理だ」
そう言って白ヤクザの男は警官の男の頭をかじり、遂には一輪の花が開花したかのようにパッカリと大口を開けて全身を食い尽くしてしまった。
「な、なにあれ……!?」
私は一部始終を見た後驚きと恐怖が隠せなかった。あんな、人を何とも思わず食い殺して、しかも警察官をものともせずに、たまたまお腹がすいたからコンビニで食べ物を買って来るかのようについで感覚で殺すなんて……
逃げないと。
このままじゃ、私まで巻き添えを喰らってしまう。
花連には悪いけど、私にはどうすることもできない。
「いいかあのガキを、瀬田大道を見つけろ。鈴木は学はねえが、嘘はつかない。あのガキは侍野郎と絶対何か関係してるはずだ」
私が踵を返そうとした瞬間、何故か彼の名前が出てきた。
どうして今この場で大道の名前が出てきの……?彼は何も関係ないはず。
と私は思った。
だけど花連が攫われそうになっている事、あの白ヤクザの男が刀を持ってて人を食べたこと、そして何より、大道を狙っている事、これらすべての要因が重なり合って、私の脚は思考と真逆の方へと動いた。
「ちょ…ちょっ…と!」
私は馬鹿な選択をした。本当に、場かな選択を。
「あ?なんだお嬢ちゃん。俺は今飯を食って気分がイイ。気が変わらんうちに消えな」
白ヤクザの男はくちゃくちゃと咀嚼をしながら私に一瞥もせずに言う。
私は怖くてたまらなかった。
「あ、あんた…有馬さんを、は、放しなさい」
「えっ…?辻さん……?」
有馬さんは驚いた表情で私を見る。
本当なら見捨てるつもりだった。
私と彼女は友達でもなんでもないし、ただのクラスメイト、しかも恋敵。助けるメリットは一ミリもない。
それでも私は声を震わせて言葉を紡ぐ。
「なんだ、知り合いか?俺も本当はこんな姑息な事はしたくねぇ。だがこの女は最高の漢を誘い出すための餌だ。放すことは出来ん」
「私は、大道の親友よ。彼女を…放しなさい。代わりに私がアンタ達に付いていくから」
私がそう言うと、ヤクザの男は目を丸めて私を見た。そして何故か噴き出して笑った。
「お前、本気か?逃げてれば助かる自分の命を、むざむざお友達を助けるつもりで捨てる気なのか?」
「親友とその親友が好きな女の子を助けるのに、理由は要らないでしょ?」
私は覚悟を決めてヤクザの男を睨みながら言った。白ヤクザの男は睨んだ私を睨み返す。
私も負けじと見つめ続けると、白ヤクザの男は目を逸らして、「負けだ負けだ」と右手を振って笑った。
「お前気に入ったよ。今まで見て来た中でお前ほどの肝が据わった女は見たことがねぇ。漢だな、お前」
「は?私は女だけど」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」
「そうです組長。このガキはどう見ても女です。男じゃありませんよ」
「うるせぇよ!分かってるわ!性別の意味で言ったわけじゃねぇよ!心だ心!心意気の顔を評価したんだよ!」
私は真剣に言ったのに、殺伐としたムードは崩れ去り、殺伐さと穏やかさが交じり合う、何とも言えない雰囲気になる。
「ま、お前の肝っ玉に免じて、この女は放してやるよ。あぁそうだ、おいお前、奴に会ったらこう伝えろ。お前が俺達に喧嘩を売った場所に来いってな」
だが直ぐに切り替え、そう言って白ヤクザは有馬さんの手を放し、解放した。
捕まれた右腕を押さえながら私を見た。
心配そうに、不安そうに見る。
友達でもないのに、何故そこまで私に同情をしてくれるのだろう。
「辻さん、なんで…?」
有馬さんはたった一言の簡素な言葉で何故来た、なぜ助けたのかという想いを乗せていた、そんな気がした。
私は彼女のその言葉にどう言おう、何を言おうと思った。
「だって、貴方は大道の好きな人だから、親友の好きな人を助けるのは親友として当然の務めでしょ?」
何故かこの時はかっこつけたかった。
自分でも分からないが、大道を、親友を助けるためだと思えば勇気が出るような気がしたからだ。
「でも本当は辻さんも大道君のことが……!」
「大丈夫、アイツは必ず来る。だからそんなに心配しないで。親友は親友を裏切らない。私は信じてる」
私はそう言って有馬さんに背中を向け、白ヤクザの男達に付いていった。
こんな大変な事態に巻き込まれて、命の保証もないのに、大道の事を考えると、ほとんど恐怖や不安は消えて、自信が生まれていくのを心の底から感じた。
必ずアイツは私のために来る。
だって、私はアイツのBFF(一生の友達)なんだから。
「大した自信だ。そんなに奴と仲が良いのか?」
白ヤクザは感心した風に言う。
「勿論よ。もしも私と彼が逆の立場なら彼も同じことをするわ。親友なら当然でしょ?」
「はは!違いねぇ!早く会いたいぜ!」
白ヤクザの男は屈託のない笑顔で私の言葉に同調した。
その口で人を食い殺したのに普通の人と違わない笑顔の出来る男に、私はペースを乱される。
でもいつ機嫌が悪くなって私に刃を向けられるか分からない。
だから大道。信じてるから、早く助けに来て、と私は祈った。




