第21話 逃げろよ負け犬!
「本当にあのガキが組の襲撃犯なのか?」
ヤクザの一人が暇そうにつぶやいた。
「鈴木の兄貴が奴から直接聞いたんだ。俺だってウソだと思うがよ、間違いないだろ」
もう一人のヤクザがそう言った。
確かに信じられないのも当然だ。
高校生がヤクザの事務所に入って半数を皆殺しにしたなんて、何度聞いても疑いを持つのは当たり前のことだ。
「しかも俺達の仲間を何十人もぶっ殺したあと呑気に女のガキとデートをしてるだなんて、尚更信じられん。頭のネジが飛んでるとしか思えんね」
望遠鏡を目に当てて店の中を観察しながらヤクザ達は「違いねぇ」と鼻で笑って言う。
「いやいや、どんな奴だってデートの邪魔をされたら怒るだろ」
俺は監視されている男の立場に沿って言った。
すると周りのヤクザ共は俺の顔を見ずにブーイングの嵐で俺を非難する。
「おいおい、なんだお前。奴の肩を持つのかよ」
「奴は俺達の兄弟をぶっ殺したんだ。当然代償は払ってもらう」
「なぁ聞けよ。ソイツがどんな思いで生きてきたか分かるか?周りに怖がられて友達は作れないし恋人もいない。おまけに頭の中には何でもかんでもぶった斬るのが大好きな化け物が住んでる。しかも俺は人生最大の有頂天だった時にデートの邪魔をされた。これからお前らはどうなると思う?」
「あぁ?何言ってんだおま…え……」
俺の意味深な言葉にヤクザ達一同は俺の元に振り向く。
俺の顔を見た全員が口をくるみ割り人形みたいなマヌケな顔で口と目を見開いた。
「やぁ兄弟。サイコロステーキはお好きかな?」
俺は右手から刀を抜いた。
ヤクザ達は俺の正体に気づくのに数秒遅れて、俺の刀による振り降ろしに対応出来ず、まともに喰らう。
頭から股先まで刃が降り、桃太郎の桃みたいにパッカリと二つに割れた。
「アイツだ!侍野郎が来たぞ!」
一人が叫ぶがもう遅い。
俺は叫んだ奴の喉元に刀を突き刺し、足で蹴り上げるように刺さった刀を抜いた。
ゴボゴボと血を吹き出しながら倒れる。
「いつの間に来やがった!?」
「ぶっ殺す!」
「ぶっ殺すだとォ?ぶっ殺されるの間違いだぜこの反社共が!」
奴等は聞き飽きた言葉で俺を罵りながら銃やらドスやらを向けて俺に襲い掛かる。
だが俺にそんなものは効かない。
俺の前にはおもちゃも同然だ。
「今まで彼女のいなかった童貞の初デートを邪魔するとこうなるってママに教わらなかったかァ~!?」
俺は恨み辛みをぶちまけながらヤクザ共を叩き斬る。
拳銃や自動小銃で俺を撃ってくる奴もいたが、銃弾が俺の身体を貫いても構わずそいつらの元までまっすぐ行って近づき、銃ごと身体を切断した。
最初は俺を殺さんと息巻いていた奴等だが、段々数が減ってくると士気が下がり、尻込みする腑抜けばかりになってきた。
「お前ら全員生きて帰れると思うんじゃねぇぞ!サラミみてぇに極薄にスライスしてやるからよ!」
「なんで死なねぇんだよ…!?」
「殺される、殺される!」
終いには逃げ出そうとする奴までいた。
俺はそいつ等を逃がさなかった。
へっぴり腰になって地面を這う奴等を俺はゆっくりと追いかけ、刀を突き刺す。
小さい悲鳴と共に力が抜けて倒れ伏す。
「アサルト!こいつ等斬るの中々楽しいなぁ!」
俺はヤクザの首を飛ばしながら叫ぶ。
今の身体の主導権はアサルトではなく俺だ。
俺自身が喜んで担っていた。
今までこんなに楽しい事を俺はやってこなかったのか、と俺は自分自身を恥じた。
悪人を斬るという大義名分のもと、俺は初デートを邪魔された憂さ晴らしとして斬り続ける。
──ようやくこの喜びを共有できたか。うれしいぞ!
アサルトがきゃっきゃっと子供のような無邪気さで言う。
悪逆を犯した罪人を断罪し、刀を振り回し縦横無尽に動き斬る。
肉や骨を熱したナイフでバターを斬るように手首をしならせ刀で斬る感覚が心地よかった。
俺はこの感覚を味わうと同時に人間性を消失しつつあると沸々と感じていた。
「お前か、瀬田大道ってのは」
その時、一人の男が俺の前に現れた。
白を基調としたスーツでオールバックの髪型に薄い髭をこさえた強面の初老の男だった。
瞳は野生動物のようにギラギラと輝き、見た者すべてを萎縮させるような雰囲気だ。
まぁ俺が殺した奴も全員ゴツイ顔をしていたが。
「は?誰だソイツは?だがそろそろ俺でも分かって来たぜ。テメェがボスだろ?」
俺は念のため素知らぬ振りをした。
今の俺の顔は瀬田大道ではなく正道の顔を使っている。
だから俺が瀬田大道だとは思われず、どさくさに紛れて逃げたと思われるはずだ。
「そうかい。まぁどうでもいい。如何にも。俺を殺せたら組をやるぜ。だから喧嘩をしよう。俺達をがっかりさせるなよ?」
「オ、オヤジ!」
ボスの男、つまりヤクザの組長が俺にタイマンを張ろうと言ってきた。
状況が分かっているのか分かっていないのか、奴、水無瀬は俺に対して臆していない。
楽しそうに笑いながら俺を見ていた。
「無視は困るな。殺されても仕方ねーよ!」
化け物に近い俺を前に余裕を持って部下共に笑って話す水無瀬に俺はイラつき、大地を蹴り上げて速攻で奴の素っ首を斬り捨てるべく、俺は鞘に納めた刀を抜刀術の要領で刀身を叩きつけた。
だが、水無瀬の首が飛ぶことはなかった。
いつ持っていたのか、左手にある刀の鍔で俺の一撃を防いだ。
あり得ない。
なんだこの膂力は。
俺の刃を受け止めやがった。
あまつさえ鍔で。
ギリギリと金属と金属がぶつかり合い、不快な音を発している。
どれだけ力を込めても刃は届かず、一旦形勢を整えるため、水無瀬の元から離れた。
「安心しろよ。お前はメインディッシュだ。これから活躍してもらうぞ」
俺は数歩引き、奴から離れた。
今まで感じたことのない不気味さを俺は味わった。
得体のしれない存在、まるでアサルトと出会った時のような……
──……!まさか、あの刀は…いや、そんなはずはない…!!
アサルトが俺の頭の中で呟く。
アサルトも動揺、焦りや緊張感を感じていた。
だが、それと同時に恐怖のような感情も抱いていた気がした。
「はぁ?もうかよ。……あぁ、分かったよ変わるぞ」
水無瀬は俺でもなく部下に話しかけるでもなく別の誰かと会話をしていた。
似たようなやり取りを思い出す。
俺がいつもしているやりとり。
俺もアサルトも、最悪な展開を想像した。
「よぉアサルト。久しぶりだな?」
瞬間、水無瀬とは少し雰囲気の違う悪辣さを帯びた声に変わる。
いや、実際に声は変わっていない。
だが雰囲気が違う。
ゲーム機からディスクを抜いて別のディスクを入れると違うゲームになるように、人格が入れ替わり、別の存在が現れた。
──スマッシュ……!!
アサルトが驚きと怒りを内包した声で唸るように言った。
スマッシュ……アサルトが言っていた同族か?全員殺したんじゃなかったのか?何故生きてるんだ?しかも地球にまで来ている。
どういうことだ?と俺は頭の中で疑問をぶつけたがアサルトは何も答えない。
まるで存在していないかのように。
「おい、どうした。出てこいよ。昔みたいに仲良くしようぜ?」
スマッシュ、と呼ばれた水無瀬の別人格、いや同居人はニヤリと口角を上げて笑いながら言う。
だがアサルトは答えようとしない。
俺の中で沈黙を貫くのみだった。
「あぁ、そうか言葉も出ないか。なんで生きてるって思ってるんだろ?確かにお前はあの時俺達の乗っていた船を爆破させたもんなァ」
「船って……アサルトが言ってた……」
「ん?なんだ、お前には言ってねぇんだが…まぁいい。奴も聞いてるんだろ?聞かせてやるよ」
スマッシュは薄気味悪い笑みを辞め、表情を一瞬無にした。
「俺は死んじゃいねぇ!てめぇに船をぶっ飛ばされた後ゴミみてぇなザマでこの星に居た!俺が散々世話掛けてやったのに恩を仇で返しやがって!テメェは楽には殺さねぇ!殺してくださいって言うまで何度でもぶっ殺してやる!!」
そして激昂しながら刀を振り回して周りにある道路や車、電柱などに八つ当たりするかのように斬りつける。スマッシュに斬られ物は全て真っ二つになったり細切れになったり、原型を留めていられなくなったものもあった。
なんなんだコイツは。
アサルトの何十倍も狂暴じゃないか。
獣同然だ。
奴の目は血走り、俺に、いや俺の中に居るアサルトに向けて睨みつけていた。
だが、その刹那の瞬間、スマッシュの夥しい殺意の波動が消え、水無瀬に戻っていた。
「ま、そういうわけだ。俺はお前と戦いたいし、俺の兄弟はお前のかつての部下を殺したいそうだ。ウィンウィン、だろ?」
「ふざけてんじゃあねぇぞ。何がウィンウィンだ。辞書で意味を調べたらどうだ?」
刀身を肩に置き、飄々とした態度で変わらずふざけたままでいる水無瀬に俺はまたも苛立ちを覚える。
元々向こうに手を出したのは俺達だが、俺と花連のデートを邪魔をしたのだけは許しちゃおけない。
これから俺の家族や友達の命を狙われないためにも、奴と奴のその部下も、全員血祭りに上げてやる。
「…癪だがお前の誘いに乗ってやるよ。お前ら全員ぶっ殺して、俺はリア充になってやる」
「いいぞ、それでこそ漢だ。さぁ闘ろう!俺とお前、どっちが強いかをよォ!!」
水無瀬は刀を頭上に構えてトリケラトプスのような構えを取る。
すると次に奴の身体から赤みがかった泥のようなものが沸々と湧き出る。
それが次第に鎧の形となって大将軍のような豪壮な甲冑となる。
兜は鹿の角のような物が生え、鋭利で刺されたら死にそうだ。
されに甲冑が厚い層の赤黒い謎の物質で構成されており、何者も通さない頑強さを示している。
水無瀬の部下のヤクザ達は驚きと混乱の声と表情が見て取れた。
まさか自分達の大将が仲間の仇と同じことが出来るとは夢にも思わなかっただろう。
鎧も武器も同等、後は魂のぶつかり合いだ。
俺は刀を正面に構え、アサルトを呼び起こす、
「さぁアサルト!いつまでもビビッてねぇでコイツぶっ殺してまた心臓食うぞ!」
と俺は煽るように発破を掛けて言った。
だが返答は無い。
「おいどうした。俺にも鎧を着けろよ」
俺はアサルトにそう言ったが「あぁうん」だの「まぁ、その」だの言葉を濁す。
いつもの傍若無人の態度とはかけ離れた消極的なアサルトに不安を覚え始めた。
「あ、あのーアサルトさん?出番ですよ?お前が出てこないと俺死んじゃうよ?」
──……いや、まぁなんだ、アイツと戦うのは辞めて逃げよう。
と、アサルトはあり得ない提案をした。
俺はあまりの衝撃的な返答に「は?」と口をあんぐり開けながら言い洩らした。
しかも、なぜか俺の手元にあった刀が無い。
いつの間にか収納されていた。
つまり今の俺は丸腰だ。
「はぁ?おい何言ってんだ!?馬鹿な事言ってねぇで早く出せ!何弱気になってんだよ!」
「おーい?何してんだ、早くやろうぜ!」
「うるせぇ!ちょっと待ってろ!」
待ちくたびれたのか水無瀬はこっちに手を振りながらまだかまだかと待ち望んでいる。
「うるせぇ!直ぐに殺してやるからあと少しちょっと待ってろ!おい!アサルト!いつものお前に戻れよ。このままじゃ俺が殺される!」
──ならばいい方法がある。
遂にアサルトは逆転の方法を閃く。
俺はそれを聞いて安心した。
ようやく正気に戻ったか。
両足を順番に上げてウォーミングアップするように跳ねた。
「ふう、どうやら待たせたようだな。首とさよならする準備はできたか?」
「やっとか。遅いぞ」
水無瀬は刀を杖みたいに地面に突いて腰を落としながら言う。
そしてゆっくりと立ち上がり、俺を見据えて楽しそうにニヤリと笑う。
「よし、来いやァ!」
水無瀬は俺にホームラン宣言のように刀を向けた。それに対して俺は
「細切れにしてやるよ!」
と言って水無瀬の元に近づく──!
ことはなく、俺の脚は後ろへと下がり、水無瀬からどんどん離れていく。
「……は?」
水無瀬は俺の行動に理解が追い付かず、純粋な疑問から生じた「は?」という言葉を発し、目を丸くして口をポカンと開けた魚のような間の抜けた表情で俺を見た。
「アサルト!?何やってんのお前!?」
俺も同じく自分の取った行動、否、アサルトが取った行動に驚きを隠せなかった。
「アサルトさん?…おい、戻れアサルト!アイツは俺達でぶっ殺すんじゃなかったのか!」
俺がアサルトを説得するように声を荒げて言うと、アサルトは「いいや」と否定した。
──俺達は、俺では奴を倒せない。
とアサルトは滅多に言わない弱音を吐いた。
俺はコイツの初めての後ろ向きの言葉に俺は非常に戸惑った。
「なんでだよ!?」
俺は当然思った疑問を奴にぶつける。
この間俺の身体は水無瀬から逃走している。
水無瀬の居た方角を見てみると、既にあの野郎の姿は見えない。
超スピードで俺の身体はコンクリートの大地を蹴って跳躍して移動していた。
──俺とスマッシュはかつて同じ部隊のメンバーだった。
俺が部下で、奴がボス。
俺は奴を殺せば俺が上になれると思って、毎日戦いを挑んでいた。
アサルトはぽつりぽつりと呟く。そしてため息を吐いた。
「だが一度も勝てなかった。何度も死にかけて、もう勝てないと思うのに百年はかかった。だが憎しみだけは強くなっていた。だから俺はあの日、ウェポニアン全員が乗った船を破壊し、奴ごと同族共々皆殺しにした。したはずだった」
アサルトは俺の身体を通して拳をぎゅっと握りしめる。悔しさが俺の心に浸透した。
「だが奴は生きていた。完敗だよ。ウェポニアンとして、侍として、武士として。俺は悪を斬る侍なんかじゃない。ただの落ちこぼれのバカな化け物さ」
「アサルト……」
と自分を嘲るように、笑うようにアサルトは心の奥底に封じていた本音を零した。
俺はそんな奴の言葉に、何も返すことが出来ず、ただ俺は助手席に座って奴にハンドルを任せきっていた。




