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第20話 初めてのデート、あるいは意欲的な殺人④


 俺は言葉を失った。

 背筋が凍り、言葉が出ない。

 頭の中が混乱して思考が纏まらない。

 何故、よりによって彼女が、どうして彼女が、と思うと苦しくなる。


「い、や……なん……俺は違……!」


 俺は動揺と焦りでッ言葉が紡げず、ほとんど話すことが出来ない。


「大丈夫。誰にも言わないし、そもそも誰も信じないよ。大丈夫、私は敵じゃないよ」


 対して花連は全くと言っていい程焦らず、さっきと同じような優しい微笑んだ表情で安心させるべく俺の手を握る。

 俺は彼女との身体的接触による気分の高揚よりも動揺がまさり、先程のドキドキとは別のドキドキを感じていた。

 予想外の事態に、今だけはアサルトから助言をもらいたかった。


 ──身体を貸せ。俺が話す。


 だがアサルトはいつもの声色とは違う、更に低い声で俺に言った、有無を言わさずアサルトは俺の身体の制御権を手にした。

 俺は助手席に座っている感覚で見守る。

「何故俺達の正体を知っている?お前は何者だ?」

「えっ?俺達……?って事は実は二重人格ってことなの?」

「ああ、いやそう言うことじゃなくて、ちょっと複雑な事情があるんだよ」

「あっ大道君に戻った…ふふ、面白い」


 俺とアサルト同時に身体を貸し借りしている状態で話しているのにも関わらず花連は愉快そうに笑っていた。


「私はあなた達の敵でも何でもないよ。うーんでも、強いて言うならファンかな?」

「えっどゆこと?」

「学校でさ、刀を持った不審者が近くを徘徊しているって聞いたでしょ?」


 俺はつい最近の出来事を思い出す。

 先生が朝のホームルームで言っていたことを思い出した。

 それは実は俺だったのだが。そこで俺は気づく。まさか彼女は……


「私見ちゃったんだ。私の家の近くで、ニュースに出てたおじさんの顔が大道君に戻るところ」

「おいおいおいウソだろ。しっかりしろよアサルト!お前のミスじゃねぇか!」

「いや、ちが……違う!わざとだ!俺はわざとこの女に素顔をみせたんだ!」

「動揺してんじゃねぇか!認めろよ!『僕はマヌケにも彼女の気配に気づかずに正体がバレました』ってよォ!」

「ふふ……ははは!コントみたい。普段からこんな感じなの?」


 俺とアサルトが一人二役が喧嘩している様子を花連は実に愉快そうにまたもや笑っていた。

 殺人鬼と話しているのにこの余裕は一体どこからくるのだろうか。

 だが俺は彼女に好意を抱いているため、得体のしれない恐怖よりも嫌われていないことに安堵する気持ちの方が強かった。


「ふん、まあ俺が引き起こした失態だ。それは認めよう。だが俺は今目撃者のお前をどう処理するか決めあぐねている。お前は悪人じゃないが、誰彼構わず言いふらす危険性もないとは言えないからな」

「そんな事言わないよ!」

「最初は誰もが皆そのような同じ事を──」

「だってあなたみたいなかっこいい人を他の人に教えるなんて、もったいなさすぎるもの!」

「……ほう」


 花連がそう言い放った時、アサルトの気持ちが一瞬ブレるのが分かった。


「続けろ」

「あなたは有名なヤクザ組織のど真ん中に突入して派手に戦った。しかも刀一本で」

「そうだ」

「なのにも関わらずあなたは無傷で生還して伝説を作った。ヤクザと聞けば誰もがしり込みするのにあなたは臆さずに立ち向かった。現代に蘇った悪に鉄槌を下す正義のお侍様よ!」

「そうだ!」

 アサルトを称えるような話を花連は白熱させ、アサルトは首をぶんぶん振りながら肯定していた。自分でやってて恥ずかしくないのか。

「まさにそうだ!いかにもこの俺は千年を生きる古の最強無敗の侍、アサルト様だ。くるしゅうない面を上げろ!」


 花連は別に首を垂れているわけでもないのに、アサルトは明らかに気が大きくなり、ご満悦といった表情だ。

 実際には顔は見ていないが見なくても分かる。

 俺の顔、俺の表情筋を使って呆け、恍惚とした笑みを浮かべているのだろう。

 なんなのだコレは。

 今日は俺が主役で奴は補佐役に徹するべきだと思うんだが。

 どうなっている?


「本当に、実際に会って話しているなんて夢みたい。気絶しちゃいそう」

「ククク、そうかしこまるな。まさか俺を好いている人間がいようとは。こちらまでむずがゆくなりそうだ。気に入ったぞ。この女は俺が娶るべきだ」


 俺は我慢の限界に達しようとしていた。

 アサルトが俺の任せろと言ったから俺は身体を貸したのに、これでは俺のデートが台無しになってしまう。


「さてはお前、俺に惚れているな?」


 とアサルトが花連に対してふざけたことを言った。

 いい加減にしろ、我慢の限界だ、と俺は思った。

 花連が好きなのはお前ではなくこの俺だ。

 夢を見るのもいい加減にしろと俺は反論すべく身体の制御権を取り戻そうとした、その時だった。


「うん!大好き!」


 と、花連は宣言するように言った。


 ……え?


 今、彼女はなんて言った?


何を?誰に?どのくらいのトーンで?俺は突然の事態にさっきよりも動揺し、酩酊感を覚えた。

 考えが纏まらない。

 花連が来るまでのドキドキ感によるクラクラフラフラ感ではなく、不安や疑心暗鬼からくる思考停止状態。信じられない。

 これは夢か悪夢か?と俺は今の状況が信じられなかった。


「ほう!それは真か!ふふ、聞いたか大道。この女は俺のことが好きだとよ。良かったな!」


 俺は奴の一言に完全に頭の中の導火線に火が付いた。


「良かったな、だと?何様のつもりだお前は。突然俺の身体の中に潜り込んできた寄生虫の分際で取る気だろ。寝取る気だろ!」

「……大道?お前何を言って──」

 俺はアサルトに怒りをぶつけたが、アサルトは言葉を途中で止め、辺りを見回す。

 周りにはただの客しか居らず、異常は見当たらなかった。だがアサルトは警戒を解かない。


「大道。外に敵意を持って監視している奴らがいる。12人はいるぞ」

「は?」

「えっなになに?」


 偶発的か運命的かは分からないが、連続して起こる不運に俺は辟易しながらも耳を傾ける。

 店の中から俺は聞き耳を立てる。

 するとアサルトの言う通り、確かに12人の男達が店を囲んでいる。


「なんでだ……!なんでバレたんだ?」

「ふむ……あっ、そういえば俺が殺したヤクザの一人に名前を教えたんだった。もしかしたらそいつが生きていたのかもしれん」

「お前がここまでマヌケだと思わなかったよ!人間の脳味噌食ってるくせに頭に栄養は回らなかったのか!?」

「いや、絶対死んだと思ってたんだ。ほら、人間は脆いだろう……」


 アサルトは苦し紛れに言い繕う。

 だが俺はもう言い訳など聞きたくなかった。

 やはり俺は不幸の星の元で生まれたのだ。

 奴のせいで友達は出来ず、好きな女は寝取られ、ヤクザには命を狙われる。

 不幸話だけで長編小説が何十冊も書ける。


 ──まだ寝てないだろ。寝言は寝て言え。


 くそ、上手いこと言ってやったとでも思ってんのか。

 問題はそこじゃねぇんだよ黙ってろ!と俺は頭の中で叫んだ。


「ねぇねぇ、ヤクザ達がいるんでしょ?やっちゃわないの?」


 花連は随分と物騒な事を聞いてきた。


「やる?やるって殺すってことだぞ?なんでそんなことが平気で言えるんだ?」

「こんな刺激的な事が目の前で見れるなんて光栄だからだよ!あっ派手に戦ってね。地味な戦い方はだめだよ?」


 なんてことだ……俺が惚れた女の子は頭のネジが外れた危険思想の破滅主義者だった。

 俺は彼女の美貌とやさしさ、人を思いやる心と俺への熱い視線にくぎ付けだったのに、なんだか拍子抜けしてしまった。

 だが彼女の潤んだ瞳の前には抵抗する気も失せていた。


「……はぁ~。なんて俺は単純なんだ。ここまでチョロい男は俺しかいない。ギネスは確実だな」


 俺はそう言って席から立ち上がった。

 その俺の様子に花連は目を輝かせる。


「やるの!?遂にやっちゃうの!?どこに行くの!?」


 花連の問いに俺は苦笑いしながらこう言った。


「ちょっとおめかししてくる」


 俺はそれだけ言い残して化粧室、つまりトイレへと向かった。

 男の子の大好物、変身シーンの始まりだ。

 もう俺はあぁだこうだと考えるのを辞めた。

 時には波に身を任せるのも良い。

俺は瀬田大道からあの浅黒い肌の色に無数の皺を刻んだ男の顔に変え、トイレの洗面所の鏡の前に立つ。


「あのクソ野郎ども、俺のデートの邪魔しやがって……絶対許さねぇ」


 ──いいぞ怒れ。怒りは戦闘に於いて必要不可欠だ。お前は悪に地獄を味合わせる復讐の戦士だ!


 アサルトの言う通り、俺は怒り心頭になりながら鏡の前で叫ぶ。


「俺の初めてのデートだったんだぞ。もう次があるか分からないのに!キャベツみてぇに斬り刻んでやる!」

 ──その意気だ!

「人の女を寝取りやがって!あとでお前もぶっ殺す!」

 ──そうだ!邪魔者は一人残らず……ん?そんな奴居たか?


 俺は頭突きで窓ガラスを破壊し、その場を後にする。

 正義の鉄槌と個人的な恨みとゴミ掃除をするために。

 震えて待ってろ、外道共。


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