第19話 初めてのデート、あるいは意欲的な殺人③
「大道君はさ、平穏な生と刺激に満ちた死、選ぶとしたらどっちが好き?」
花連の唐突で奇妙な話題に俺は意表を突かれ、眉を顰めて聞き返した。
「えっ?いきなり尖った質問だな」
「ふと頭の中で浮かんでさ。で、どっちが好き?」
どうしても聞きたいのか、強引に答えさせようと同じ言葉を反芻した。
俺は腕を組んで「うーん」と唸って考えると俺は一つの結論を出す。
「俺は平穏な死がいいよ。今まで結構苦労してさぁ、振り回されるのはこりごりだ」
「へぇ、どんなことがあったの?」
俺はその場の流れで説明しそうになったが踏み留まる。
もし俺が本当の話をすれば今度こそ愛想を尽かされるかもしれない。
「まぁ色々だな」
と俺が濁して言うと、花連は「ふぅーん」とだけ言った。
「私はさ、刺激に満ちた面白い人が好きなんだよね」
唐突に花連は自分の好みのタイプの人間について語った。
俺のことじゃないか。
──お前今日が一番調子に乗ってるな。
「せっかく生まれたのに平凡に一生を費やすなんて、もったいないと思わない?」
花連は俺に問いかける。
まるで俺を試しているかのような雰囲気だった。
だが実際に劇的で波瀾万丈な日々を過ごしてきた身の俺からしたら、体験したことがないから憧れているだけだ、という感想しか抱けない。
「でも常に殺伐で危険に満ちた物騒な人生なんて、俺は御免だよ」
「あれ?わたしは殺伐で危険に満ちた、なんて一言も言ってないよ?」
俺は彼女にそう言われ、はて?と首を傾げたがすぐに理解する。
彼女の言う刺激に満ちた人生と俺の考える物が同じではなかったからだ。
「でもね、だからこそ大道君のことが気になってたんだ。君はどこか、特別に感じるんだ」
「花連……」
何故か分からないが俺は、彼女に対して本当のことを話したいと思っていた。
秘密を共有しているのは薫だけだが、俺は花連にも秘密を打ち明けたいと、そう思わずにはいられなかった。
だがその時、俺は背筋がゾクリと寒気を感じた。
誰かに見られているような、殺意を抱かれているような気がする。
──ああ、アイツか。
アイツ、アイツとはだれだ。俺を、もしくは花連を狙っている誰かがいるのか?
──気にするな。敵じゃない。いや、もしかしたらこの女の敵かもな。
アサルトは曖昧模糊な言い方をした。
敵じゃないだの敵かもだのどっちかにしろ、と俺は思ったが、アサルトはただ「放っておいても危害はない」とだけ言った。
俺は疑問に思いつつもアサルトの言葉を信じた。
コイツは敵や獲物には容赦しないからな、だから言っていることは本当なんだろうと俺は直観的にそう感じた。
「あっ、あそこかな」
花連が指をさす。
示した先には俺達が入る予定だった店があった。
意外と近かったからか、彼女と話す時間が楽しくて時間が短く感じたからか、それはわからない。
中へ入ると、意外にも客はそんなにいなかった。
客層は様々な世代が居たが、落ち着いた雰囲気でとても好印象だった。
デートの場所としては凄く最適な場所ではないか、と俺は胸が高鳴った。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしかったですか?」
「はい、二名!です」
俺は二名、と言う言葉を強調した。
張り切り過ぎて唯一の救いだったのは、店員が微塵も表情を崩さず、プロとして徹していたこと。
そして花連は笑顔を崩さずニコニコしていたことだ。
「空いてる席がございますのでご案内いたします」
俺達は店員の言うままにテーブル席へと誘導される。
椅子とソファーのどちらかがあり、花連にソファーを譲り、俺は椅子に座った。
店員にメニューパンフレットを渡され、俺は何にしようか吟味する。
だがそもそもここはパンケーキが美味しい事で有名な店だからパンケーキを頼んだ方がいいに決まっているのだが。
俺はこういう場所に来た時、必ずどんな料理があるか、どれが食べたいかで悩み苦しみ、時間がかかってしまう。
「私はこのナンバーワンって書かれてるフルーツパンケーキにしようかな。元々パンケーキを食べるって気分だったから迷うはずもないいんだけどね」
「えっ?あ、ああ、そうだよな。うん、でもちょっと待ってくれるか?もう少しだけどんなのがあるか見たいんだ」
俺はこんな情けない事を言う自分を恥じた。
料理を選ぶのに迷って手間取って相手の女性を待たせる計画性のない男、それが俺だ。
もしかしたらあまりにも遅くて呆れられているかもしれない。
──ちゃんと慎重に選ぶのはいいことだ。俺だったらお前を非難したりはしないぞ。
アサルトは悩み焦る俺を気遣う。俺は心の中でどうも、と一言だけ言う。
「私も何にしようか迷う時があるから全然焦らなくていいよ。それにこういう時間って、悪くないって思うからさ」
と花連も俺を気遣ってくれた。
何故彼女はこんなに意味深な事を平気で言うのだろうか。
それだけで俺はまたもや勘違いしそうになる。いや、もうデートまで漕ぎつけてるんだ、大丈夫だ。
俺は信じてもいいんだ。
結局俺は散々悩んだ末に普通のパンケーキを頼んだ。
それから数十分経過し、俺と花連は世間話をしていた。
今流行りの物、映画、食べ物、他愛ない話をしていた。
だがしかし、一つ奇妙な点がある。
俺達が楽しく会話をしている時に誰かからの視線を感じることだ。俺の席側から向こうにかけて、俺達をちらちら見ている人物がいる。
ソイツは全身黒一色のジャージ姿でツバ付き帽子を被っていてサングラスをしている。
男か女か分からないまるで誰かを尾行して監視しているみたいだ。
全く、いくら俺がリア充に見えからって嫉妬は辞めて欲しいものだ。
一昔前の俺だったら首を赤べこみたいに首を縦に振って同意していたが今の俺は違う。
君達とは違って一つ上のヒューマンステージに到達しているんだ。
──いやはや、本当におめでたい奴だお前は。
そうだ俺は今めでたい状況にいるぞ。羨ましいだろ?
──頭の中までパンケーキみたいに甘ったるいなお前は。奴が誰かも分かっていないとは。
奴?と俺はアサルトに詳細を聞こうとした時、俺と花連の前に注文したパンケーキが運ばれてきた。
俺は普通のシンプルなバターと蜂蜜の入った瓶が乗った、鼻腔を優しくくすぐるパンケーキ、そして花連はパンケーキの上に山盛りのカラフルなフルーツが乗ったパンケーキ。
「凄い。綺麗で美味しそう」
「確かにそうだな」
俺達は互いに手を合わせ、いただきますと言った。
──いいね、食事の前に感謝の言葉を言う女は好きだ。
アサルトは感心するように言った。
俺は何様なんだコイツは、と思いつつも確かにこういう礼儀作法がちゃんとしている女性は魅力的だと思った。
どれだけこの子は俺を誘惑するんだろう。
「それじゃあ早速……すっげ、美味い!」
「生地がふわふわしててこだわりを感じるね」
俺と花連は至福を感じながら食べていた。
調べてよかった、来てよかったと十分に思わせるこのクオリティに、俺は感動していた。
彼女と来て味が分からないくらい緊張していたらどうしようと憂鬱に思っていたが、それを超えるくらい美味だった。
「なんか、花連が食べているソレも美味そうだな」
俺が何気なく言うと、花連はナイフで切り分けたケーキの一部をフォークで刺し、俺の前に向けた。
「食べる?」
と、花連は一言。
そう、ただ一言だけ言った。
俺は立った三つの言葉で聞かれただけなのに「ふぇやあ?」とマヌケな声を出してしまった。
聞き間違いか。俺はアサルト以外にも幻聴が聞こえてしまうようになったのか?
「一口あげるよ。あーんして?」
否、幻聴ではなかった。
本当に俺に対して言っているのだ。
俺はその時、本当に時間が止まったように感じた。
今俺が言うべき言葉は何か、今移すべき行動は何か、俺は逡巡、することはなく、即座に
「頂きます」
と漢の顔で答えた。
俺はあーんと口を開けて彼女のパンケーキに近づく。
俺には一生縁がないと思っていたが、父さん、そして義父さん母さん葵、俺は今日、宇宙に行きま──
その時、ガタン!と机が揺れ、椅子から大きな音を立てて立ち上がった客がいた。
俺はそれに驚き、食べることに失敗してしまう。
クソ!どこのどいつだ、俺の至高の時間を邪魔した奴は!
俺は立ち上がった奴を睨んだ。
だが奴はさっさとレジに金を払って、俺の肩にわざとぶつかり、そして出て行ってしまった。
奴は肩を怒らせ、ズカズカと足音を立てて行った。
そこまで俺達がイチャイチャするのを見るのが耐えられなかったのだろうか。
「これでお邪魔虫ちゃんも退場したね」
花連は「フフ」と微笑みながら奴の背中を見送った。
俺は何だったんだ、ともやもやしながら差し出されたパンケーキを食べる。
ムードがぶち壊され、味はさっきと食べた時と同じ感想だった。
「これで落ち着いて話せるね」
花連は机に身体をズイッと近づける。
距離が近くなり、彼女の顔がより鮮明に見える。
俺はドキドキしながら「何の話?」と俺は言った。
「私が大道君を好きな理由」
「えっ!?好き!?えっなに!?」
俺は店内にも関わらず大声で叫んでしまった。
他の客達が一斉に俺を見た。
三秒か四秒か、正確な時間は分からないが、次第に客達は俺を見なくなり、自分の世界へと帰っていく。
だが少しの間だけ噂をされるだろう。
俺は手で口を押えながら静かな声で「どういうことなんだ?」と言った。
「言ったままだよ。私が大道君を好きな理由」
「あ、あぁ。どうぞ?」
何を言っているんだこの子は?花連は他の女と違って少々ぶっ飛んでいる。
デート一回目で俺を好きな理由を言うなんて。だが俺は彼女が何を喋るのか期待していた。
「大道君は周りと違う、特別な人間だって、ずっと思ってたの。もう一つの裏の顔があるってね」
「裏の顔……?いったい何の──」
「君だよね?東雲ビルの大量殺人犯って」
「……は?」




