第18話 初めてのデート、あるいは意欲的な殺人②
俺は集合場所の白百合の花公園という名前の公園で待っていた。
公園といっても都会の中にある公園で土地が広く、ランニングしている人間もよく見る。
通学路だったから見覚えがあった。
花連も通学路でこの公園を通るのでお互い覚えがあると言うことでこの場所に集合するよう連絡した。
俺はソワソワしないよう気持ちを落ち着かせようとしていた。
──心臓が非常ベルが鳴らされたように凄まじく鳴っているぞ。俺が落ち着かせてやろうか?
アサルトは俺に提案した。前にやってもらった頭をすっきりさせるアレだろうか?
──正確に言えば、俺はお前の脳を支配しているから気持ちを操ることが出来るんだよ。冷静にさせることも、激情に駆らせることも出来る。
「なんだよそれ、お前にとっていいこと尽くしじゃないか。いざお前が本格的に乗っ取ろう押したらすぐにできるってことだろ?」
──そう便利でもないんだ、俺はウェポニアンの中でも弱小だった。だから俺の支配に抗える精神をもってる奴なら頑張って抵抗すれば跳ね返すことも出来るんだよ。例えばお前みたいな奴がな。
「あぁ、そうなのか。ならいいけど……」
──で、やるのか。やらないのか。
「あ、あぁ。頼む、やってくれ。さっきからドキドキしてしょうがないんだよ」
──そら、お薬の時間ですよ。さっさとキメて、でぇともキメな。
別に上手くねぇんだよ、と言いたかったが今の俺はそんなことも全く気にならないくらい俺はテンパっていた。
もしアサルトの助力を得ずこの状態で花連と会ってしまったら、
『お待たせ。遅れちゃったかな?』
『あっあっあっいやべべべべ別にそんなことないよよよよ?』
なんて気持ち悪い反応をしてしまうかもしれない。
漢たるもの、ドンと構えていなければならない。
軟弱な男は、恋愛という名の戦場では生き抜いていけないのだ。
俺はアサルトに感情をリセットしてもらった。
どうやったか知らないがもう先程のような慌てふためいた俺はいない。
ここにいるのは一世一代の勝負を決めに来た漢、ただ一人(それと俺の頭の中の同居人)だけだった。
──どうだ、いけそうか?
「あぁ、全く問題ない」
俺は仁王立ちして彼女を待った。
「大道く~ん!」
聞き慣れた声で俺の名前を呼ぶ声がした。
だがそんなに待つことはなく、指定時間ちょうどに彼女は来た。
彼女は黒のベレー帽に白のオフショルダーと緑のロングスカートというシンプルながらも破壊力のある服を着ていた。
「ごめんね、遅れちゃった」
花連は申し訳なそうに頭を下げて言った。
黒のベレー帽が落ちそうになり、慌てて彼女は頭を押さえた。
「一応早めに起きて準備してたんだけど、おめかししてたらこんな時間になっちゃったの。本当にごめんなさい」
花連は続けて謝った。
なぜ彼女が謝る必要があるのだろう。
遅れたと言っても約束の時間ぴったりに来ただけで、断じて遅れたという範囲には入らない。
それに彼女は俺と会うためだけに時間をかけて化粧や衣服選び、その他諸々をしてくれたのだ。
そんな彼女のひたむきな努力を責める者がどこにいようか。
いたら俺がソイツの首を斬り取ってジャングル川のピラニアの餌にしてやりたい。
「あの、もしかして大道くん…怒ってる?」
花連は返事のない俺に近づき、恐る恐る俺を見た。俺の感覚は鋭敏になり、彼女の鼓動の音が聞こえていた。
彼女の息遣い、筋肉の動き、内臓の音、全てを感じ取れた。アサルトの力だろうか。
──おい、こんな事で能力を使うな。それより彼女が心配してるぞ、なんとか言え。
アサルトは俺に何か言っていたが、何一つ理解できなかった。
「おい、今目の前に妖精がいるぞ。い、いや天使か?例えるならチワワとポメラニアンを足したような可愛いに可愛いを重ねた、完璧なフォルムだ」
──対して変わらないだろ。
俺は硬直していた。
あまりにも、現実離れした出来事が起こっていたからだ。
俺の隣に超絶的な美少女がいる。
まるで映画の中の主人公のような気分だ。
今俺に起きている出来事は現実なのか?俺は今まで日陰の下で生きてきた。
だが今の俺はどうだ、イケイケのリア充だ。
劇的な展開が俺の前に舞い降りている。
──俺との出会いは劇的じゃないのか。
黙れ。俺は今この至福を噛み締めるのに忙しい。
「あ、また変な考え事してるでしょ」
俺が天を仰いで見上げていると、花連は両手で俺の顔を彼女の視線に戻し、顔を近づけた。
突然の彼女のスキンシップに俺は強制的に意識を彼女に向けられ、俺は顔が紅潮してしまった。
「えっ、あっごんごめごごごん!」
「なんて?」
俺は気が動転し、意味の分からない言語で反応してしまった。
アサルトにしてもらった精神統一も形無しだ。結局こうなるのか。
──俺がせっかく気が利かせてやったのに意味がないじゃないか。ビビりの勘違い童貞野郎が。少しは冷静に物事を進められないのか。
クソ、俺の身体をタダで貸してやってるのに言いたい放題言いやがってこの寄生虫ニート人食いモンスターが。
だがこれは正真正銘俺の失態だ。だから俺は何も反論できない。
「ごめん、君が綺麗で見とれてて、ボーっとしてた」
「えっ?」
「えっ?」
俺と花連はお互いに聞き返した。
「あっいやちがうんだ今のは何も考えずにぽろっと……」
俺は必死になり言い繕おうとしたが、花連はニヤリと口角を上げて笑いながら
「…じゃあ今のはウソなの?」
「えっ!?いやウソっわけじゃないよ!ただ直感で感じた言葉が……」
「あーあ、悲しいなぁ。大道君の事を想いながらおしゃれとかしたのになぁ」
花連はあからさまに残念がる表情をし、頬をむくれさせる。
そんな彼女に俺はまたもやあたふたしながら混乱した。
──落ち着け。もう一度やってやる。
アサルトはそう言って俺にもう一度あの頭がスーッとなるお薬をくれた。
頭の中でバラバラになっていた思考は固まり、頭の中で言葉が纏まる。
「ま、そういうことだ。俺は正直者だからね。常に自分にも他人にも正直でいたいんだよ」
「あれっ?急に落ち着いたね。変なの」
俺はなんとか冷静に振る舞うことが出来た。
だがさっきまで突然取り乱していた男が突然スン、と落ち着きを取り戻して気さくな男になったのだ。
普通は気味が悪いと思うだろう。
「面白い人」
だが花連はクスリと笑いながら言った。俺は彼女の笑顔に意表を突かれる。
「…えっ?変人とか、気持ち悪いとか思わない?」
「まぁ確かに、普通の人ならそう思うのも無理ないけど、私、普通の人じゃつまらないもの」
と花連は言った。
俺みたいな問題のある変人でも受け入れてくれてしかも過度なスキンシップもし、さらに俺にとびきりの笑顔を見せてくれる。嗚呼これは、もう……
──もう、なんだ?
両想いだろ。と俺は確信した。
──気が早すぎる。
そう思っても当然ではないか。
こんな理想的な女の子、彼女以外絶対いない。
今後俺の前に現れることは金輪際絶対ない。
──辻薫は?あの女もお前のことを好いているぞ。
おい、やめろよ。
今この場面で薫は関係ない。
今アイツの事を考えてデートに支障を来すことは出来ない。
そのことについては後で本人と話し合おう。
「それじゃ、行こっか」
そう言って花連は俺の手を引っ張って行った。
君達、女性の手に触れたことはあるか?俺は今日初めて女性の手に触れた。
まるで生きている大理石のように滑らかで、摩擦ゼロといってもおかしくないほど綺麗な手だった。
女性の手は素晴らしいぞ。
この世で最も美しい。
どこへ連れてってくれるんだろう。
お花畑かな。
──カフェだ馬鹿が。
そうだ、カフェだった。
俺達はこれからおしゃれなカフェに行き、おしゃれな食べ物や飲み物を嗜み、おしゃれな会話をして素敵な一日を送るんだ。
──お前こそが頭の中が蜂蜜で満たされてる哀れな男だ。
アサルトは珍しく俺に悪態をつく。
コイツ、俺が依然奴に言った悪口を覚えてやがった。
陰湿な奴だ。
だが今日の俺は気にしない。
物事には優先順位がある。
公園からカフェに移動するまで、それなりに距離があったので俺達は二人で横に並びながら歩いていた。
俺はどんな話をすればいいか分からず、黙ったままだったが、最初に口を開いたのは花連だった。
「今日は誘ってくれてありがとう。男の子と出かけるのって初めてだから、勝手が分からなくて」
と花連は言う。
「はじめて、だと……?」
俺は驚嘆の声を漏らす。
初めて、男とデートをするのは初めて。
俺はその言葉を噛み締めながら彼女の言葉に感動を覚えた。
──なぜ感動を覚える?ただ雄と群れた経験がないだけだろうが。
とアサルトは惚けたことを言う。
俺は奴に哀れみすら感じるよ。
肩に手をポンと置いて慰めの言葉をかけてやりたいくらいだ、この感動を共有できないなんてな。
これが男にとってどれだけの最高な状態かを理解できないとは。
後で教えてやるべきかもしれない。
「やっぱり変かな。この年になって異性と遊んだことが無いなんてさ」
「何を馬鹿な事を言うんだ。健全でイイ事じゃないか。そもそも中学生の段階で男女の色恋沙汰に発展する方がおかしいんだ。そもそも俺だってないよ」
と言うと花連は何故かニヤニヤしながら俺を見る。
「辻さんとは常に一緒にいるくせに~?」
花連は何故か薫の名前を出した。どうしてアサルトといい花連といいなぜ彼女の名前が出てくる?
「アイツは俺にとって大切な親友だ。だけど異性だからってそれ以上の関係になろうとしたことは考えたことはないよ」
俺が至極真面目に言うと、花連は「そうなんだ」とだけ言ってこの会話は終わった。
その時、花連は一瞬だけ後ろを振り返った。
「どうした?誰か知り合いでもいたのか?」
「…んーん。気のせいだったみたい」
花連はまたもや微笑みながら言った。
彼女の表情は何を考えているか読み取れないが、少なくとも何か楽しいことでも考えてそう、と俺は何となく思った。




