第17話 初めてのデート、あるいは初めての意欲的な殺人
「ど、どうしよう……このままじゃ大道が本当にリア充になっちゃう……」
大道が帰って一人になった部屋で、私は焦っていた。大道は人格や雰囲気はアレだけど、顔は正直言ってイケメンだ。
いや、多分異性として見ている上でどうしてもかかっているフィルターがかかっているとは思うけどそこまで悪くない。
大道とあの有馬さんがカレカノ関係になったら私に構わなくなってしまうのではないかと恐れていた。
『悪いな薫!俺、この子しか見れないや!ウヒャヒャ!』
『彼、とても楽しい人なの。貴方には悪いけど大道君は私が頂くわ!オーホッホッホッホ!』
彼等が甲高く嘲笑する姿を私は頭の中で思い描いた。
「ひいい!考えるだけでも恐ろしい……!」
私は想像しただけでも身震いする恐ろしい起こり得るかもしれない未来を憂えた。
どうすればいい?この悲惨な未来を回避するにはどうすればいい?大道は私のただ一人の親友、フレンドオブザベスト、彼を失えば友達ゼロ人、暗黒時代突入…!それに……
「大道は…私の初めての……」
私は悩んだ。
どうすれば今まで通りの関係を維持できるかを。私の本当の気持ちを伝えることは出来ない。
伝えてしまったら、今までの関係ではいられない。
有馬さんをクラスの知人程度の関係にして、私と大道はいつも通りの温かい空気を維持した親友関係としていられるにはどうすればいいか、悩んだ末に私は──
「そうだ!呪いをかけよう!」
我、天啓を得たり!と言いそうになるほど妙案が浮かんだとばかりに高らかに部屋の中言い放った。
そうだ、何を悩んでいたんだろう。自分の欲しい物は自分で手に入れればいいじゃないか。
私には呪術があるんだから。
「そうと決まればさっそく準備ね…!軽い災いを掛ける呪文はなんだったかしら……」
私は呪術の儀式を行うため道具を漁り始めた。でも、この時私は知らなかった。軽い気持ちで行った呪術が、まさかあんな大事件を引き起こすなんて……
朝が来た。
休日だ。
希望の朝だ。
何故か今日は夢を見なかった。
覚えていないのではなく、確実に見ていないまま寝たという謎の確信があった。
今までの悩みが消えたと思えるくらい俺は清々しい目覚めだった。
頭は冴えている。
眠くもない。
視界はクリアに広がり、身体も気怠くない。
「…いい朝だ」
俺は誰に言うでもなく、心から思った言葉を小さく吐き出す。
ベッドから起き上がった俺はシャワーに入り、歯を磨き、身体を清めた。
これらをするだけでさらに俺は気持ちのいい気分でいられた。
──もう日記や録画はいいのか。
アサルトが俺に語り掛けてきた。
そう言われて俺は「ああ、忘れてた」と思い出すかのように言うが、手は付けない。
「もういいんだ。原因がお前だってわかつたし、解決もした。だからこれ以上やる必要もないと思ってな」
──俺を追い出すんじゃなかったのか。
「正直今も少し迷ってるけど、それは後で考えるよ。なんてったって今日は……」
──交尾か。
「早ェよ馬鹿。その前にやる事それは……」
アサルトは全く違う下品な回答をし、俺は頭を痛めた。
コイツは気が早すぎる。
交尾の前はデートだろうが。
──お前も気が急いている気がするが?
「デートだよ」
──どっちも同じだろうが。
「違うに決まってんだろ。お前の価値観どうなってんだ」
所詮人間とウェポニアン、見た目も違えば考え方も違う。分かり合えるはずもなかった。
俺は二階の部屋からリビングへと降り、テーブルとセットの椅子に座る。
「大道、これ飲んでみる?」
母さんは俺に一人分のソーサラーとカップを俺の目の前に置いた。
中を見てみると真っ黒な液体と多少の泡を含んだ物。
つまりコーヒーだ。
俺は淹れたてのコーヒーを啜る。
母がコーヒー作りが好きで、休日の朝に作っている。
俺は今まで飲んだことが無かったが、生身の女性と会ってカフェに行くという一つ上のヒューマンステージへと到達した俺の、いわば祝いと言った所だろうか。
俺は口に含んだコーヒーを咀嚼する。
ゆっくりとこの大人の味を楽しむのだ。
そしてその感想は──
「おえええええええ!苦ェェェェェェェェ!」
あまりの苦さに思わず一気に流し込んでしまった。
吐いて捨てるのは作ってくれた母さんに失礼だと思ったから我慢して飲み込んだが、後味の悪さが延々と残っている。
さっきまでの爽やかな気持ちから一気に気分が下がった。
「やっぱり大道にはまだ早かったかしら」
「本当にお兄ちゃんは子ども舌だよね」
好き放題言いやがって。
コーヒーが飲めないからなんだ、俺はリア充への第一歩を踏み出した男だぞ。
全くなんとも思わぬわ。
と俺がそんな事を考えていると「いやいや」と義父さんが反論する。
「遅かれ早かれいつかは美味いと思うようになるさ。若いんだから、人生これからだよ」
と俺をフォローしてくれた。俺はその言葉に救われた。すると葵や母さんは笑いながら、
「今の内はまだ子供ってわけね」
「大人になってもお酒にがーいって言ってそー」
と俺を小馬鹿にした。
俺は彼女等の言葉に「ハァ」と肩をすくめてため息を零した。
「そういえば今日でしょ?デートって」
葵が不意にそんなことを言う。俺は「そうだよ」と答える。
「どう?緊張してる?」
葵は俺にニヤニヤしながら聞いてきた。
コイツ、最初から俺を笑うために聞いたんだな。
だが無駄だ。俺には全く効かない。
「あぁ、全然まったく多分おそらくしてない」
「めっちゃ動揺してんじゃん」
あっさり看破された俺は項垂れる。仕方ないじゃないか。人生で生まれて初めてなんだぞ。
「まぁ、焦らず気を張らずいつも通りもお兄ちゃんでいいんじゃない?」
「そう言うがな、案外これが簡単じゃないんだ。例えば葵、隣にお前の好きなアイドル?俳優?がいたらどうする?」
「少なくともクールビューティでいるのは無理だね」
お前にクールビューティはまだ早い、と言おうとしたが、言ったら足で蹴られそうなので言わないことにした。
言葉は場面とタイミングが重要だ。
何か失言すれば取り返しのつかないことになるかもしれない。
だから俺は発言に気を付けていた。
「そういえば服はどうするの?身だしなみも」
母さんが心配そうに聞く。俺は堂々と胸を張ってこう答えた。
「タキシードを着て髪をワックスで固めようかと思う」
「はっはっは!面白い冗談だね大道君!」
「えっ?」
「えっ?」
今まさに豪快に笑っていた義父さんが真顔になり、俺を見る。ダメなのか?
──相手に本気度を示せるから良いのではないか?
アサルトは俺にそう助言をする。
そうだよな。
そうなの?俺はなにがなんだか分からなくなってきた。
俺以外の家族全員が互いに見合い、口を開く。
「タキシードは辞めよう」
満場一致で俺の案は廃止となった。
俺はどこか世間様とズレているのだろうか。
「やっぱりいつも通りの私服、且つ今回はおしゃれをして少し本気度が見える格好にしたら?」
「俺、馬鹿だからよォ、よく分かんねェや」
「馬鹿の振りしても無駄だからね」
俺の言葉は届かず、コーディネーターの妹に服と髪やその他諸々を弄られることになった。
俺のクローゼットの中にある衣服を探し回り、巡り巡って、ようやく俺は解放された。
実に長い数十分間であった。
「まぁ何もしないよりはマシになったかも」
「これだけ時間かけてその感想かよ」
「女子のおしゃれは男よりも手間暇掛けなきゃいけないの!」
葵は怒りながら言う。
俺はそれを鼻の頭を搔きながら「へー」と答えた。俺の言葉にむっきー!と言いたげに憎らしそうに俺を見た。
「ありがとう。お前のメイクスキルが役に立つことを祈るよ」
俺は葵に礼を言った。
碌に何を着ればいいか、どんな髪型にすべきか分からなかった俺になんだかんだ言いながら最後まで仕上げてくれたのだ。
感謝の言葉は言わなければならない。
「あたしが出来ることは全部したからこれで失敗したら完全にお兄ちゃんの人格に問題があるからね」
最後に毒を吐くところは俺の妹だ、と俺は痛感した。
だがこれが妹なりのエールなのだと俺は知っている。
もし俺が妹の立場なら同じような言葉を投げかけるはずだと思ったからだ。
「大道、ファイト!」
母さんが俺の胸に軽く拳で叩いた。
俺は「痛て」と言ったが母さんには聞こえなかったのか、
「男の子なら気合よ気合!」
と豪快な事を言った。これもまた母さんなりの応援の仕方だ。不安にさせないよう配慮してくれている、と俺は感じていた。
「大道君、がんばれ!」
義父さんはシンプルな言葉を俺に送った。
こういう素朴な言葉も相手によってはちゃんと届く事も俺は知っている。
俺は全員の応援の言葉を胸に、家を飛び出した。




