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第16話 相棒なら喜びは分かち合おう


 俺と薫は終始黙ったまま下校していた。

 午後の授業は科目すら忘れるほど退屈だった。教師の顔すら朧気だ。

 俺はその事をアサルトに「お前は都合よく物事を忘れる能力を持っているようだな」と揶揄された。

 本人にはその気はなさそうだったが俺はそれを皮肉と確定して捉えていた。

 周りに同じ学校の生徒達や他校の生徒達、社会人やその他の人達がいても、そしていなくなっても、歩いていても、赤信号の前で止まってても、まるで暗に会話することを禁止しているみたいに気まずい空気が俺達を包んでいた。俺は一体どうすればいいのだ。


──簡単な話だ。この女はお前を好いている。

「そりゃ友人としてだろ」


 俺は薫に聞かれないように小声で話す。

 こんなことをしたら変人だと思われると分かっていてもつい癖で声に出てしまう。

 なので俺は出来るだけ聞こえないよう、極めて小さな声のトーンで話す。

──惚けたことを。女として好いているに決まっているだろうが。お前を見つめる時の恋慕の目、お前と話すたびに上昇する鼓動、頬の色変わり、数え上げればキリがない。


「ハァ!?そんなわけないだろう!」


 俺は大きな声で反応してしまった。これでは小声で喋っていたことも無意味だ。

 俺は恐る恐る薫を見た。

 俺に愛想を尽かして友好関係解消なんてことにならないでくれと心の中で祈った。

 だが薫の表情は真剣だった。

 何故か彼女はキリッとした表情で俺を見つめている。

 俺は今のアサルトの言葉を思い出し、つい薫の顔を見るとこちらまで変な感情を抱いてしまう。

 俺達は友達だ、変な気を起こすな。

 心を乱してはいけない。

 俺には既に好きな女がいる。

 俺は深呼吸をして自身を落ち着かせた。

 薫はただ俺の様子を黙って見ているだけだった。

 俺達は薫の家に辿り着き、彼女に家の中を案内された。

 薫と知り合って以来、俺は何回か彼女の家を訪れていた。

 薫の家は表面上は普通の家だ。

 住宅街の中に佇む何の変哲もない、気を抜けば見過ごしてしまうくらいの二階建ての住宅だ。

 そして家の中もさらに普通だ。

 といっても人の家なのだから少しの違いはあるだろうが特に目立つ物はない。

 広めのリビングに清潔なキッチン、洗面所。

 だが二階から違う。

 明らかに雰囲気が重い。

 何故だろうか。

 彼女の部屋の前に見たことのない文字で書かれた札があるからだろうか。

 薫の部屋と木製の立てかけの看板があったが相変わらず不気味だ。

 これが女子高生の部屋か?


 ──それはお前もだろう?マットの下にパスタ麺を置いて天井にビデオカメラをかけている男子高校生も滅多にいないぞ。


 アサルトが正論を突き付けてきた。

お前みたいな正論だけ突き付けてくる奴は嫌いだよとと頭の中で言い捨てると、


 ──なら正論をぶつけられても狼狽えない精神力を持て。


 と言われた。

 薫がドアを開ける。

 俺は彼女の後ろにいたが、開けた瞬間俺は心臓が少しキュッと締まった。

 部屋の中はオカルト系のグッズで囲まれていた。

 骸骨に未知の液体が入った小瓶、古びた辞典のような分厚さの禍々しさのある本、古い洋人形が二体、様々な彩度のある不思議な石、その他にも色々なオカルト系グッズがあった。

 まるで魔女の部屋のような光景に俺は思わず息を呑む。

 何回かこの部屋に入ったことがあるが未だに慣れない。

 薫は「適当にくつろいで頂戴」と俺に言う。

 俺はとりあえず黒いふわふわのカーペットのある床に座った。

 俺は彼女の部屋を改めて観察してみた。普通の女子高生の部屋には見えないが、古びた(語弊があるかもしれない。歴史を感じる)木製の机の上には教科書、文房具があった。

 これらだけでも学生ということを再認識くらいは出来る気がする。 

そして下には学生カバンが掛けられており、ベッドは黒一色のゴスロリ系、とでも言えばいいのか、ファンシーな家具だった。


「はいどうぞ」


 薫は俺に白いソーサラーとカップを俺に差し出した。

 お茶だ。

 色は黒に近い紫色で覗いてみると底が見えない。

 カップの中に海底があるような錯覚を覚える。

 しかし見た目は不気味だが、俺を落ち着かせる爽快な香りが俺の花の奥を突き抜ける。

 俺は礼を言って口をつけた。

 口の中に含み、飲み込むとさっきまでの動揺や冷や汗、動悸などが一気に引いた。


「美味いなこれ。どこの茶だ?」


 つい生産地が気になり、俺が薫にそう聞くと、薫は

「知らないほうが神秘的に感じるわよ」


 二コリと笑いながら上品にカップに口をつけて飲んだ。

 俺は薫の不思議な含みを持たせた言葉に『これ以上は聞くな』という暗に含んでいるんだな、と勝手に解釈しながら茶を飲んだ。

 飲み終わった頃には頭の中がふわふわしするような、頭の中に霧や靄がかかったような、あまり考えがまとまらなくなってきた。


 ──な…だ……お……い俺の…えがき……か!


 アサルトの声が数百メートル先にあるかのように聞こえづらくなってきた。


「なんだ、聞こえないぞ」

「やっぱりこの素材が効いたのね。流石私」


 薫がポツリと呟く。俺は薫の言葉に怪訝な表情で見た。効いた?まさか……


「何か、俺に盛ったのか?」

「お茶にちょっとね。頭の中がお花畑な感じがするでしょう?」


 薫は茶を啜りながら平然と答える。

 彼女もまた俺と同じ茶を飲んでいるのに何も変化は起きていなかった。

 おれだけがふわふわと宙を浮いているような、あまり難しいことを考えることが難しいといった感覚が俺の頭から足先まで支配している。


「あなたの中の悪魔を抑える材料を混ぜておいたわ。常人には害はないわ」

「へー」

「いい?今からこの会話はあなたの中の悪魔には聞こえないわ。だから何があったのか話して」


 薫は真剣な表情で俺に言った。

 俺は薫の言葉の通りに今までの経緯を語った。

 何故か俺は薫に話してもいいだろうと思っていた。

 判断力も鈍っていたせいでもあるが、俺がこの悩みを話し、苦悩を分かち合いたかったこと、それと、彼女の目を見ていると安心していたというのもあるかもしれない。

 どういうわけだか、今の彼女の瞳は俺を安心させる何かがあった。


 俺が全て話し終えるまでに五分以上かかった。

 俺の意識は朦朧としていてちゃんと分かりやすく話せたかどうか不安だが、薫は「へぇ」と興味深そうに丸眼鏡を右の人差し指で杭ッと動かした。


「随分と厄介な事に巻き込まれてたのね。可哀想に。今からその悪魔を祓う準備をするから待っててね」


 薫は俺に労いの言葉をかけてきた。

 俺はその言葉を聞いて心の重荷が少し取れたような気がした。

 だが、今アサルトに出て行ってもらうと少し困るのだ。

 奴は人殺しで人でなし(人じゃない)上に価値観が大きくかけ離れている。

 だが奴の能力は明日のデートで力を大きく発揮する。

 さっきも薫が俺に好意を持っていると言って……あぁそうだ、本当かどうか聞いておかないと。

この際ハッキリさせておかないとスッキリしない。


「薫はさぁ~」

「何?」

「俺の事が好きなのか?」


 俺が薫にそう聞いた瞬間、薫は「えっ」と上擦った声で聞き返した。


「はっ?えっ?なに?な、なんのことかし、ら!?」


 薫は非常に慌てた様子で俺に振り返っていた。

 顔は前に見た時のようなほんのりとした桃色よりももっと濃く、真っ赤な色で顔を紅潮させていた。


「いやなー、アサルトが言ったんだよ。薫が俺の事好きだって。しかも異性として好かれてるって。どうなんだ?」

「は?どうやって……いや、それは…私は……ッ!」

「はっきりしろよぉ」

「なんでこの状況で…!もっと違う形で言いたかったのに……!」


 薫は眼鏡がほぼ外れ賭け、耳元に辛うじてへばりついているという状況だった。

 これは、脈ありというヤツなのだろうか。

 俺は、期待してもいいのだろうか?でも俺は花連のことが、そうボケッと考えているうちに頭の中の靄が晴れてきた。

 俺の思考が段々とクリアとなると同時に、俺の両足が勝手に立ち上がり、左手から刀を取り出した。


「しまった。薬が足りな……!」


 薫はしゃがみ、両手で頭を覆った。


「よくもこの俺を封じてくれたな」


 俺の身体がいつの間にかアサルトに移り変わり、薫を斬ろうとした。


「やめろッ!」


 俺は薫に迫りくる凶刃を止めるべく、急いで俺の身体の制御権を取り戻そうとした。


 頼む間に合ってくれ。

 俺の友達を殺さないでくれ。

 俺の手で殺さないで。

 と俺は必死に祈った。

 俺は改めて目を見開いた。

 斬ったか斬っていないか。

 その瞬間、刹那が俺には永久に感じた。

 漠然とした不安が俺の脊髄の上を走った。

 どっちだ、どっちなんだ。


「あ、あれ?生きてる……」


 薫の第一声を聞き、俺は彼女を見やった。

 薫は生きている。

 そして無傷だった。

 だが俺が身体の制御権を握ってはいなかった。コクピットはアサルトが乗ったままだった。


「相棒の友人を訳も聞かずに斬ることは出来ん」


 いつの間にか右手で握っていた刀は消え、彼女を脅かす凶器は消えていた。

 俺はそのことに安堵しつつ、俺の中から沸々と怒りが湧いてきた。


「お前、今何をしたか分かっているのか」

「すまない。どうかしていた。俺が悪かった」


 アサルトは俺の身体を介して謝罪をしてきた。奴にとっては誠心誠意謝っているつもりなのだろうが、俺の身体を許可もなく使って喋り、淡々と謝っているように思えて、俺は怒りが収まらなかった。


「ふざけるなよお前ッ!今俺の友達を殺そうとしてなんだよその態度は!?」

「いいの。危険を承知してのことだから」

「俺が良くないんだよ。もしお前が死んだら俺は一生……いや、死んでもお前の事を引きずるぞ」

「それは……ごめんなさい」

「いや、俺が巻き込んだんだから俺が悪いんだよ」

「いやいや、彼女が大道を殺すと勘違いして斬ろうとした俺が悪いんだ」

「そうだよ!」


 この口論はしばらく続き、落ち着くまでにかなりの時間を要した。

 だが結論としてはもう二度と薫に危害を加えようとしないこと、それ以外の家族や友人に手を出すことは金輪際、どんなことがあっても禁止という条件をアサルトに宣誓させた。


「俺は瀬田大道さんの身近な存在に危害を加えることを禁ずることを誓いますって言ってみろ」

「俺は瀬田大道さんの身近な存在に危害を加えることを禁ずることを誓う。この度は本当にすまなかった」

「いやもういいわよ、何回するの、このやり取りは……」


 薫はしばらく同じような会話を聞いていたせいもあるが、さっきまで殺されそうだった人間の態度とは思えない。ベッドの上で女の子座りで姿勢を楽にして座っている。


「これで仕切り直しにしない?もう喧嘩するのはよして」

 俺はなぜそこまで冷静な状態でいられるのか聞きたかったがもう薫はこの話を終わらせて次に進みたいようなので言わなかった。


「それで、何しようか」

「一応今日やる予定だった瞑想だけど……その前に二人の事を知りたいからいくつか質問してもいいかしら」

「えっなんで?」

「俺はいいぞ」

「あら、早速意見の食い違いが発生ね」


 薫は何かメモを取り始めた。俺とアサルトのやり取りで一体何を知りたいのだろうか。


「じゃあ次の質問だけど、アサルト、でいいのよね。あなたはどんな種族で、住んでいた故郷はなんていう国なの?」

「俺の住んでいた所はディアンゴサスという国だ。元は人間達が支配していた国だったが、俺の一族、ウェポニアンが人間達を一掃し、独自の文化を築いたのが始まりだ」


俺はやると言ってないがアサルトと薫は既にQ&Aを始めていた。これ以上抗議しても無駄だと思ったので俺は何も言わなかった。


「何か弱点はある?」


 薫は驚きの質問をアサルトに投げ掛けた。

 さしもの奴もそんな自分の首を絞める質問に答えるとは思わない。


「基本的に俺に弱点はない。俺は人間の心臓を喰うことで予備の命を生成することが出来る。言うなれば心臓のスペアだ。現時点の大抵の地球の武器は俺には効かない。だが、ウェポニアンの持つ武器ならばまともに何回も攻撃を喰らい続ければ致命傷を与えることも可能だ」

「案外簡単に答えるのかよ。用心したりはしないのか。それとも慢心しているだけ?」


 俺はアサルトがあっさりと自分の弱点を答えたことを指摘すると、奴は愉快そうに笑う。


「ククク、地球に来ようとした同族は俺の手で船もろとも破壊して殺した。ここに俺と同じウェポニアンがいる筈がない」

「あぁ、そんなこと言ってたな。でもよ、もし生き残りがこっちに来ててお前を死ぬほど恨んでたらどうするんだ?」


 俺がアサルトに聞くと、アサルトは一瞬黙り込む。

「その時は、俺もお前の身も危ういかもな」

「おい勘弁しろよ。全員死んだんだろ?」

「安心しろ、奴らは死んだ。地球に住んでるウェポニアンは俺だけ。安心するといい」


 その言葉を聞いて俺は安堵した。もしコイツみたいな倫理観まで食ってそうな残虐生物が何匹も世に放たれていると思うとゾッとする。


「それじゃあ基本的に無敵なのね」

「そういうことだ」


 薫は納得し、アサルトは頷く。

 薫は「それじゃあ」と言い、新しいメモ用紙を用意し、次の質問に移る準備をした。


「アンタ達二人はお互いの事をどう感じてる?」


 と薫が意味の分からないを聞いた。俺がアサルトをどう思ってるかだと?そんなの決まってる。


「俺と大道はとても気が合う。まるでソウルメイトと同居しているかのような居心地の良さだ。たまに馬鹿をやらかしたりビビりな時もあるが、それも長所だ。俺と大道は良好な関係を築いていると俺は思う」


 ……?


コイツは何を言っている?俺は今まで一度も言葉にしたことはないし感じたこともないが。一体どんな脳味噌を持っていれば俺をソウルメイトなんて呼ぶ関係性が生まれるんだ?


「へぇ、それはいいじゃない。仲良しさんなのね」

「そうだ。奴はなんだかんだ文句を言ったりするが、本当はそんな事は思ってない。照れ隠しさ」

「お前、いい加減にしろよ。俺はお前が俺の人生に訪れた中でも一番に近いほどの厄災だと思ってるぞ」


 俺が怒りを露わにしているのにも関わらず、アサルトは「ハハハ」と面白可笑しそうに笑いながら、


「ほら、見ろ薫。これが照れ隠しさ。愛い奴め」


 と言った。

 俺はそんなアサルトの態度に無性に腹が立ち、こめかみに青筋が浮かぶのではないかと思うくらい怒り気味に言う。


「お前、脳味噌ハチミツで満たされてるんじゃないのか。妄想も程々にしないと怒るぞ」

「本当はそんなこと思ってないんだろ」

「思ってる」

「素直になれ」

「思ってるって」

「ウソが下手だな」

「やめろ、うんざりだ」

「まるでデジャヴね……」


 俺とアサルトが言い争いをしていると薫はニヤニヤしながらそんなことを言った。

 こんなやりとりを前にしたような記憶があるような……


「そういうことね。大体分かったわ」


 薫はうんうんと頷き、一通りメモを書き終わったのか、手元に置いた。


「分かったって、何がだよ?」


 俺が薫に聞くと彼女は口元に右手を当て、こほんとわざとらしい咳をし俺を見据え、真面目くさった表情になる。


「アンタ達は、お互いに壁を作っているのよ」

「壁?何もない所からどうやって壁を作るんだ?不可能だろう?」

「壁は多分比喩だ。頼むから少しだけ黙っててくれ」


 俺がそう言うと「ぐうう」と言ってアサルトは唸りながら黙り込んだ。コイツに話を合わせると進まない。今だけじゃなくでこれからずっと永久に黙っててくれないだろうか。


「本当ならすぐ取り除けるのにアンタ達は何かとお互いを否定する理由を作っているの。まずはお互いの壁を無くすために窓を作ってお互いにあいさつをしなきゃ。お互いを知って理解して、友好関係を築くのよ」


 薫のセラピストのような物言いに俺は胡散臭さを感じながらもなるほど、そうかもしれない、と得心が行った気持ちもあった。

 アサルトは基本的にアホで抜けてる部分はあるが、それは生きてきた環境や価値観が違ったから起こった衝突なのかもしれない。

 俺とアサルトがお互いを同時に受け入れればこのわだかまりも解消されるのでは?と俺は思った。


「俺は大道に強い武士になって欲しいだけなのに」

「一方的に押し付けちゃダメなのよ。価値観が違うのは人間とウェポニアンだけじゃない。人間同士もそうよ。お互いの不満とか、隠している事とか、して欲しい要望とか言ってみたら?ちゃんと話したことはあった?」


薫にそう聞かれた俺は確かにちゃんと話したことはあっただろうか、と疑問に感じるくらいには自信がなかった。この際思い切って言ってみるのもアリか。


「薫……貴様は良いことを言うな。気に入った。お前の嫌いな奴を教えろ。俺が斬って食ってやろう」


 アサルトは機嫌良く薫に言い、左手から刀を取り出そうとする。俺はそれを防ぐために精神力を発揮してアサルトの動きを留めようとする。


「えっいいの?それじゃあ私の趣味に嫌味を言った女子六人と三人の男子を……」

「お前も乗らなくてもいいんだよ!そいつ等には俺がお灸を据えてやっから」

「えっ?……あ、ありがとう……」

「それじゃあ、まずは俺の不満から言うよ。アサルト、悪人を喰うのは良いんだけど、俺の家族や友達を巻き込むのは止めて欲しい。俺の親しい人達に食欲を抱かないで欲しいんだ」


 俺がそう言うとアサルトは「えっ」と虚を突かれた声を上げた。


「えっ、てなんだよ」

「ああ、なんだそれか。そうだな。俺は正道と悪人以外の善良な市民は食べないと誓った身、食欲くらいは持ってもいいとは思ってたがもうやめる。もうこれからはお前の家族や友人、恋人を俺の聖戦に巻き込まない。約束しよう」


 アサルトは声を張りながら真剣な眼差し(俺の身体を通しているので実際には分からないが雰囲気でそう思った)で言い放った。


 何故か分からんが今のアサルトの対応には何かおかしいと思ったが、俺は気にしないことにした。

 コイツの行動にいちいち目くじらを立てると疲れてしまう。


「お前はないのか。俺に不満とか、して欲しいこととか。隠し事とか…」

「俺は……」

「なんだよ。あるのかないのか?」


 言い渋るアサルトに苛立ちを覚えた俺はさっさと言うよう催促した。このまま真意を黙っていられるより今言ってほしかった。


「俺は……お前と一緒に悪人狩りを楽しんで欲しい。お前といるのは楽しい。本当はお前から出て行きたくないんだ」


 と切実そうに言った。

 何を考えているか分からない奴だったが、まさかこんな風に俺を思ってくれているとは思わなかった。

 だがその願いは、俺にとっては酷だった。数日前までは俺は普通、いや少し普通だった高校生の俺に悪人とはいえ殺しを楽しめというのは、中々な無理難題だった。

 しかも奴にはあのヤクザ共の巣窟から抜け出させてもらったし(実際は奴がもたらした厄災だが)、テストはやり直しや成績の減点を防いでもらった。

 そして、明日のデートでは奴の目と耳が頼りになる。それらを鑑みて、俺は覚悟を決めて悟ったような、諦めたような気持ちで言った。


「分かったよ。一緒に悪人狩りを楽しもう」

「…本当か!?本当に狩りを一緒にやるのか!?人肉を喰らって美食を探求してくれるの

か!?」

「そんなことまで言ってない。だが、まぁ俺のできる事ならやってやるよ。これでもう俺達は健全な関係、とまではいかないが親睦を少しは深めた相棒くらいにはなるだろ?」

「やった!やったぞ!大道が俺を認めたぞ!そうだ!ついでに沢山悪人をぶっ殺して有名になったら正体を知らしめて群衆共から賛辞を得よう!」

「それは嫌だ」

 俺は断りを入れたが馬の耳に念仏のようで、アサルトは俺の身体を使って部屋の中を飛び回った。

 楽しそうなアサルトに俺も薫も何も言えなかった。いつの間にか、俺は奴に絆されていたのかもしれない。

 奴の残虐性は十分承知しているが、自分の親しい者やさらにその親しい人間の親しい人間には寛容的だった。

 俺の妹を旨そうだと言ったり、俺の友達を殺しかけたが、ちゃんと事前に話したり、やめろと言えばやめてくれる(はず)、俺の敵にはならないのかもと俺は

直観的だったがそう感じた。


「それと正道はお前の父親だ」

「ああそうかよ……え?」


 アサルトは突然、そう。本当に突然、『あっ今日のご飯カレーだから』と似たような雰囲気と態度で衝撃の事実を言い放った。


「え?お前が散々よいしょしてたお前の前のパートナーが、俺の親父?」

「ああ、お前は奴を毛嫌いしてたみたいだから言いづらかったんだが、ここで吐き出した方が良いと思って言ってみた」

「テメェ俺の出生の秘密軽く言ってんじゃねぇよ!俺の人生に関わるめちゃくちゃ重要な話じゃねぇか!」

「俺だっていつか言おうと思ってたんだ。だが時間が過ぎれば過ぎる程言いづらくて……」


 コイツ人を斬って喰う事については何とも思わないくせにこういう時だけためらいがあるのはなんなんだよ!?


「お前の親父、正道は俺と同化した事で不老不死の存在になった。ずっと同じ顔ではこの国の管理者や監視者が俺達を見つけ出す。だから顔を変えて生きてきた。その時にお前の母と出会って恋に落ち、子を設けた」

「そんな事が……」

「つまりお前は俺の子でもあるわけだ」

「それはねーよアホ」


 アサルトの言葉に一部反論しつつも、俺はパズルのピースが少しずつはまっていくかのような感覚に陥った。

 正義感が強く、夜には家を空けてどこかに出掛け、自分が担当した容疑者が失踪する。

 今までなんとなく疑問に思っていた親父の行動が理解できるようになってきた。


「お前の親父はお前から見れば不甲斐ない親父かもしれんが、悪を許さず必ず裁きにかけていた姿は、紛れもなく人間の守護者であり、正義を執行していた善人だった。それだけでも覚えていてくれ」

「……まぁ、考えとくよ」


 俺は肯定も否定もせず、濁すような回答をした。

 俺の親父にはまだ秘密があるような気がする。

 もっと聞きたいことがあったが、今は自分の父親の正体を自分なりに消火する事に精一杯だ。


「なんだか雰囲気が明るくなってきてよかったわ。なんだかさっきまでのアンタ達はおっか

なかったから」


 呆れつつも笑って済ます薫。俺達はそれからしばらく男と女とエイリアンとの談笑を楽しみ、夜も更ける前に帰り、明日のデートに思いを馳せていた。

 だがそれと同時に俺は何かを忘れていた気がした。俺は何だったかと頭を悩ませていたが……そうだ、薫に俺が好きかどうか聞くのを忘れていた!と最終的に思い出したのはベッドに潜った後だった。


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