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第15話 私達はBFF


 今日の授業は午前が数学、化学、国語、英語だった。

 昼休みに入り、俺は母さんが作ってくれた弁当を一人頬張り、ぼんやりとしていた。


「相席、いいかしら……?」


 俺の後ろから不意に聞こえたのは友達いない同盟兼親友一号の薫だった。

 友達がいない二人組なのに親友扱いは矛盾しているが、俺には断る理由もないし、一人で食べるよりも楽しいだろうとも思い、俺は快諾した。


「いいぞ。席をくっつけよう」


 俺はそう言い、薫と席を動かして相対する向きで弁当を手に持った。

 俺のは男子高校生らしい大きめの器にぎっしりと詰め込まれた白米や茶色い揚げ物、肉、それに釣り合う量の野菜が入っていた。


 一方で薫はサンドウィッチと水筒だけだった。

 明らかにこの後の授業を乗り切れるだけのエネルギー量を摂取できるとは思えない。


 ──なんだコイツは。補給する食料が少なすぎる。死にたいのか?

「食べる量は人それぞれだからいいんだよ」

「えっ?」


 アサルトに対してぼそりと呟いた言葉に薫は反応を示した。

だがこれは彼女に対して言ったわけではなく、露見すると面倒になりそうなので俺は取り繕う。


「いや、なんでも。それにしても珍しい。相席で食べに来るなんて。何か心変わりでもあったのか?」


 俺がそう聞くと、薫は「えーと、それは、うぅん…」ともごもごしながら悶えていた。


「答えたくないんならいいぞ」

「いや、そういうわけじゃなくて、あのー、そう!一人で可哀想だと思ったからよ!」

「それはお前もだろ」

「……」


 薫はそれを言われると押し黙り、俺も自分で言っておいて勝手に自分で傷ついて感傷に浸っていた。


「そ、そういえばどうなのよ」

「は?どうって、なんの話?」


 薫ははっきりとは言わず、うじうじもにょもにょくねくねと不自然に身体を揺らしながら言う。


「いや、だから、あの人、有馬さんとは……どうなのよ」


 有馬……?何故そこで彼女の名前が……はは~んそうか、わかったぞ。コイツの言いたいことが。聞きたいことが。さてはコイツ……


「お前、そんなに俺のことが気になるのか?気になるんだろ?」

「はっ?そんなわけないでしょ。何を勘違いしてるのか知らないけど」


 と、言っている。

 一見何事もないような風を装っているが俺からしたらどうにも怪しい。


 アサルトにも聞いてみよう。


 ──黒だな。目が泳いでいるし、制服の裾をしきりに掴んでいる。さらには心臓の鼓動も激しい。小柄なくせに旨そうな心臓をしている。ちょっとつまみ食いしてもいいか?


 俺が気付かなかった箇所を正確に見抜いたアサルトに対し俺は感心したが、奴の最後の言葉が引っかかった。

 一体どこを喰うんだ、心臓か?心臓のつまみ食いってなんだよ。

 武士道の精神はどうした。と思わず口に出てしまいそうだった。


「隠さなくてもいいんだぜ?お前の考えることは手に取るように分かる。俺のことが好きだから気になるんだろ」

「違う」

「いいや違うというのが違うね」

「違うわ」

「本当に?」

「違うったら違うわ」

「認めろよ」

「絶対嫌」


 なかなか認めようとしない薫に対し、俺は本当に違うのかもと認めてしまった。

 意外と強情だなとも俺は感じた。だが友人として、親友としても答えるべきだろう。


「正直、緊張してるよ。だって彼女はこのクラスでトップクラスに可愛い。しかも人気だ。今日だって話しかけようとしたけどとても輪に入れなかったしな」

「そんなに身分違いの恋なら……諦めたら?」


 と、薫は心にもないことを直球で言ってきた。


「なんてこと言うんだ。俺は真剣に考えてるんだぞ」

「だって、よく考えてごらんなさいよ。有馬さんはこのクラスのカースト上位、男子にも女子にも人気よ。可愛いし綺麗だし、性格は……物事をはっきり言っちゃうところもあるけど、

そこもまた美徳だと思うわ」

「なら」

「だからこそよ。彼女は今日あなたに一言も話しかけてこないし見てもいないわ。それってつまり、なんとも思ってない証拠よ」

「いやでも……」


 俺が言い淀んでいると、薫は畳みかけるように怒涛の勢いで言い続ける。


「もしかしたら本当はからかって遊んでいるだけなのかも。そしてドッキリを仕掛けて貴方をおもちゃにしようと──」

「ちょっとちょっと!そんなことなんて考えてないよ!?」


 途端に第三者が乱入してきた。

 その相手は有馬花連だった。

 俺と薫の会話が大きくなって聞こえてしまったのかはたまたこっそり聞いていたのか分からないがとにかく彼女はいつの間にか薫の背後に周り、どういうわけか机と椅子をくっつけて昼食に参加しようとしていた。

 薫はギョッとし、俺は心臓が高鳴り、顔もまともに見れない。


 ──どうした、鼓動がとんでもない速さに加速しているぞ。敵が現れたのか!?

「いいからお前は黙ってろ」

「えっ?」

「また?」


 薫と有馬は俺の言葉に目を見張った。

 俺はどう取り繕ったものかと思ったが、


「あぁ、彼ちょっと痛い所があるのよ。勘弁してあげて」


と薫が助け舟なのか泥船なのか分からない発言をした。

 だが有馬はクスリと唇に手を当てて、


「やっぱり瀬田君は面白いね。ますます気になっちゃうよ」


 と有馬は俺にそんな衝撃的な言葉を不意に言ってきたので、俺は思考がごちゃごちゃになりまともに考えられなくなっていた。


 ──おい、頭の中でドーパミンやエンドルフィン等の脳内麻薬が凄まじい速度で流れ出

ていくぞ!これが恋か!?気持ちの悪い感覚だ!


 俺はアサルトの疑問に構うことが出来ず、腑抜けた顔をしていた。

 いや、自分の顔は鏡を見ない限り分からないのだがその時の俺はなんとなくそうなっていることは分かっていた。


「ちょ、ちょっと。大道。なにフニャフニャした顔してるのよ!」

「えっ」

「ちゃんとしっかりしなさいよ。笑われるわよ。もう笑われてるけど」

「そんな…もっと早く言えよ薫」


 俺と薫のやりとりを一通り見た有馬が興味深く、目を輝かせて見ていた。

 何故か分からない。

 その瞳は面白いおもちゃを見つけた子供のような、大きな発見をしたような目つきだった。


「二人って仲が良いんだね」


 唐突な謎の質問に俺と薫は顔を見合わせ、互いに唸って見つめ続けた。


「俺は友達が出来なかったから仕方なくつるんでるだけなんだけど。そうだよな?」

「そうよ。私はオカルトの実験に使える頑強な人間を探してたらちょうど良く表れて体よく利用させてもらってるだけかしらね」


  俺達はお互い補い合うように、口裏を合わせるように言い合った。

 するとさらに有馬は笑う。

 何がおかしいのかまるで分からない俺達は有馬の顔を呆然と見る他なかった。


「それでも、二人とも本当に仲いいね。少し嫉妬しちゃうかも」

「そうよ。なにせ私達はBFFなのだから」

「えっごめんなんて?」


 俺が疑問を抱くと薫は肘で俺の肋骨を突いた。

 びーえふえふとはなんだ。コイツはカタカナを使うのが好きなのか知らないがあまり分からない言葉を使うのは控えて欲しい。


「ふふ、本当に面白い」


 花連は神によって完璧に設計された陶器のような美しい表情に目を奪われる。俺はここでまた迷っていた。日和っていた。ここでデートを申し込まなければ今度はいつ言える機会が訪れるか分からない。 

 だが、やはり薫の言う通り俺には彼女とは釣り合わないのではないか、俺はクラスの不気味な男、対して彼女は高嶺の花にして月下美人、この言葉の意味は知らんが彼女は美人で可愛いってことだ。……やはり諦めるべきなのか。


 ──何をためらっている。さっさと言え。


 俺が真剣に悩んでいると、アサルトが不意に俺の頭の中に囁いた。


 そう簡単に言うがな、これは男、いや漢にとって一世一代の大勝負なんだよ。

 ここでしくじったら学校という狭いコミュニティじゃあ一生笑い者として生きていくことになるんだ

ぞ?


 ──それならもう心配することはないだろう。お前はこの学校とやらで既に奇異の目で見られ、関わり合いにならないよう避けられているのだから失う物など何もあるまい。


俺はそう言われグヌヌ……!と歯を食いしばる。

 くそ、言いたい放題言いよってからに…!じゃ、じゃあまずは挨拶か。

 『今日はいい天気だ』とか、『調子はどう?』から始めればいいか?


 ──馬鹿か。そんな言葉で女が靡くと思うか?お前の気持ちを伝えろ。そのままだ。お前がその女としたいことをそのまま伝えるんだ。大道。お前はその雌を物にしたいのだろう。なら攻撃を仕掛けるんだ。波に乗るな。波を作れ。お前は俺が見込んだ男だ。常に攻め続けるんだ。戦うことを辞めるな。


 アサルトは俺に熱く説得し続ける。

 俺は奴の言葉に感銘を受け始めた。

 今まで被害者意識で後ろ向きで生きてきた俺だが、今こそ変わる時ではないか。

 芋虫が蛹から蝶へと昇華するように、俺も人として男として、いや漢として進化するべきだ。

 超えられない壁などない。

 例えあったとしても叩き斬ってしまえ。

 そうだ、俺は言う。

 俺はやれる。

 いけ、瀬田大道!

ガッツを見せろ!俺が何者かを教えてやれ!


「なぁ、花連。明日デートに行かないか」

「えっ?」


 俺の突然の言葉に花連は言葉を失った。

 さらには薫も口をくるみ割り人形のように口をあんぐりと開けながら女子としてはあるまじき驚愕の表情で俺を見ていた。花連は数秒経ってから俺の言った言葉の意味を理解し、絵の具で新しい色を作るように徐々に頬を赤らめる。


「ご、ごめんね」


 彼女の第一声は謝罪の言葉だった。

 俺はやはりダメか、と失意の念で俯く。

 だが花連は「ああいやそういう意味じゃなくてね!」と言葉を付け加える。


「私も大道君ともっとお話したいなって思ってたとこなの。だから誘ってくれてうれしい。

行く場所そかは決まってるの?」


 花連は恥ずかし気に唇を義手で隠しながら言った。これは、OKってことなのか?そう判断していいのか?


「あ、あぁ。最近近くにスイーツ屋が出来たんだ。なんでもパンケーキが絶品らしくて、好

評なんだ。俺はそこに行きたいんだが……」

「えっ?パンケーキ!?私パンケーキ大好きなの!明日行こう!絶対!」


 花連は突然喜びながら俺の手を両手で握って嬉しそうに言った。


「時間は?場所は?」


花連は俺にあれこれと計画の詳細を聞き、俺は戸惑いながらもそれらの質問に答える。


「そっか、誘ってくれてありがとう!そうだ、せっかくだから連絡先も交換しておこうよ」

「えっ?い、いいのか?」

「連絡取れないと困るでしょ?ケータイ貸して?」


 俺は言われるがまま花連にスマホを渡す。

 花連は俺のスマホを手に取るとすばやい指裁きで俺と彼女の連絡先を交換した。

 「はいどうぞ」と返却され、俺は本当に入ってるかどうか確かめた。見てみると花連の携帯番号とメールアドレスが入っていた。


「楽しみにしてるね。あ、そろそろ戻らないと。二人ともお話楽しかったよ!」


 花連は彼女の友人達の元に戻り、忙しなく席を離れて行った。


 俺は一連の会話を回想していた。

 彼女が、花連が明日の予定を楽しみにしていると言っていた。俺はいつの間にか食べる箸を止め、心ここにあらずの明後日の方向に顔を向けていた。


 ──よかったな、イイ方に事が運んで。変人扱いされる可能性もあったというのに。


 アサルトは博打にも等しい駆け引きを俺にやらせたが、俺は気にしなかった。アサルトの言う通り、良い方に物事は進んで、俺はデートの約束えお取り付けることが出来たのだから。


「大道」


 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。だが俺は余韻に浸ってまったくどうすることもできない。


「……」

「大道」

「……」

「大道!!」

「おっ!?」


 俺は何者かの怒号に肩をビクリと震わせ辺りを見回した。

 すると俺の隣に鬼の形相で顔をしかめた薫がいた。

 普段の落ち着いた陰鬱そうな顔からは想像もつかないような顔だった。

 俺はその表情に驚愕させたことによる怒りは消え失せ、得体のしれない彼女の怒りを前にただ黙って見ていることしかできなかった。


「今日学校が終わったらすぐに私の家に来なさい」

「えっなんで──」

「来なさい」

「あっはい」


 元々行く予定だっただろうと言おうとしたが、俺は何故か怖くて言えなかった。

 脳と声帯が俺の発言を禁止したような気持ちの悪い感覚を抱いた。

 俺は彼女の命令にただ一言、二文字の言葉を言う他なかった。


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