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惰14話 友達は量より質


「今日のテスト、難しかったわね」


 数学の授業が終わり、ぐったりしながら薫が話しかけてきた。

 俺は正直ズルで赤点回避をしただけだから何にも疲れていないのだが、その場しのぎで同意した。


「あぁ。確かにな」

「…今適当に返事しなかった?」

「してないよ」


 この女はなぜ俺が隠している事を当てるのだろうか。

 もしかすると薫は呪術師ではなくエスパーなのではないのだろうかと俺は感じ始めていた。

 俺はふと周りを見渡す。

 授業が終わり、休憩時間の間に談笑を楽しむ同級生達がいた。

 俺も同じクラスメイト達とくだらない会話をして笑い合ってみたかった。

 長年の夢の一つでもあるのだ。俺は行動に移そうと決意する。


「そうだ、俺達だけで話すのもいいけどよ、他のクラスメイト達とも交流してみないか?友達は多いほうが良いだろ?」


 俺は七人くらいの男女達が集まっている場所を指さした。


「い、いきなり何言いだすのよ。二年生になっても殆ど会話したことないのに。私達はいわばアウトサイダーズよ。今更輪に入ったって怪訝な目で見られるだけよ」


 薫はだめよやめときなさいと否定的だった。だが俺は


「やってみないとわからないだろ」


と言った。それに対して薫は


「やらなくても分かる事だってあるのよ」


 と悲観的な事を言った。

 人生観は人それぞれだが、俺はそうは思いたくない。

 人生は困難な事に挑戦してこそ意味がある。

 俺はデートの申し込みの許可をもらえたのだ。

 妄想の中でだが。

 今の俺に不可能はない。

 俺は勇気を出し、クラスメイト達の中に混ざる。


「なんか楽しそうな話してんじゃん。俺も混ぜてくれよ」


 俺はごく自然な流れで会話に混ざった。

 会話が止まり、全員が俺を見る。

俺は注目されたことに感動し、チラリと薫を見る。

 初めのインプレッションは決まっただろう?とアイコンタクトをする。

 だが薫は両手で顔を覆い、俯いた。

 なんだあれは、何を意味しているんだ。

「あ、ああ瀬田君。どうしたの?普段は入ってこないのに」

「思い立ったが吉日っていうだろ?そういうことさ」


 俺の言葉に七人全員が?マークを浮かべる。俺はしまった、と心の中で後悔したが仕方がない。

 何故なら本当に突然話しかけようと思って行動を起こしたからだ。

 何も考えずに言った結果がこんな形で帰ってくるとは思わなかった。


「まぁ、そういう気分もあるよな。そうだろ皆?」


 七人のうちの一人の男が口を開く。

 俺はここでフォローしてくれる親切な人がいて助かったと心の中で思った。

 もしこのまま微妙な空気のままなら俺が一方的に喋り倒すところだった。


「そういえばこのクラスになってから全然友達出来なくてさ、話しかけても皆すぐいなくなっちゃう気がするんだけどなんでだと思う?」

「さ、さあ」

「俺って顔が怖いらしくてな、それに背もそれなりに高いしもしかしたら化け物扱いされてるからかも!ははは!」


 俺は大笑いして言った。

 掴みは完璧だ。

 クラスの皆が俺の言葉の一挙手一投足を待っている。

 ほら見ろ薫。

 俺はこんなにも面白い男だぞ。

 俺は薫の方へ再度誇らしげに振り向いた。


「……はぁ」


 だが薫は憂鬱そうにため息をつき、俺の方から目を逸らした。

 死んだ魚のような生気のない暗い瞳で俯いていた。


 ──正解だ。お前が避けられていたのには理由がある。俺の気配を中途半端に感知できる人間は生存本能でお前に近づこうとしないようにしているからさ。


 とアサルトは重大で衝撃的な事実をさりげなく俺に言った。


「お前のせいかよ!クソが!」

「えっ瀬田君!?」


 俺はつい思考から外れて口から言葉がこぼれてしまった。

 俺の怒声にクラスメイト全員が俺に注目する。


「いや、最近自律神経がおかしくてね、ついとっさに出ちゃったんだよ。いやぁ悪い悪い」


 俺はこれで誤魔化せるかと一か八かで賭けてみたが、クラスメイト達はひとしきり黙ったあと各々が「あ、そーなんだ」とか「へー」など相槌を打った。

 上手く誤魔化せた、と俺は心の中で安堵する。


「話を続けてくれ。何話してたんだ?」

「あー、なんだっけ。あ、そうだ。あだ名だ。クラスメイト達それぞれにあだ名をつけようって話をしてたんだ」

「あだ名!いいじゃん。俺にはどんなあだ名をつけるつもりだったんだ?」

「えっ?あっいやまだ決まってなくて……」


 俺と話している男子は何故かしどろもどろになりながら話す。

 俺はなんで俺と話す時はこんななも様子がおかしいんだ?さっき他のクラスメイト達と話している時は全然普通に楽しそうに話していたのに。


「ふーん、そうか。あっそうだ。じゃあ薫は?」


 俺が薫の名前を出すと、クラスメイト達は「あー」とか「アイツか」とか「あの女ね」と言い出した。

 なんやかんやで薫も同級生達に認知されているじゃないか。

 よかったよかった、と俺は安心した。


「魔女とか?」

「いや、変人だろ」

「気味が悪いよねぇ」


 とクラスメイト達は口々に言う。クスクスニヤニヤして、良くない雰囲気だ。

 やはり、というか薫に対する周囲の反応は良くなかった。

 というより聞くべきではなかった。

 今の俺はわざわざ本人が聞きたくない事を俺が聞かせたようなものだ。


「正直言って根暗だしブスに見えちゃうよなぁ。瀬田君はどう思う?」


 俺は突然そのような話題を振られる。

 もしこのまま迎合すれば俺は陰で変人扱いされながらもこのグループの一員になれるかもしれない。

 もう一人ではなくなるし、友達もたくさんできるかも。

 どっちを選べばいいかなんて、ちょっと考えればすぐわかることだと俺は直観的に思った事を言った。


「いや、薫は……辻薫は皆が思ってるような奴じゃあない。確かに皆と趣味は違うし、近寄りがたい雰囲気はあるけど、話してみると案外面白い。そしてなにより…友達想いな奴なんだ。だからあんまり彼女に対してそんな風に言うもんじゃねぇな」


 俺は思った事、言わなければいけない事、訂正しなければいけない事をクラスメイト達に言った。

 俺の言葉に、遂に彼等は完全に黙り込んでしまった。

 それに俺をウザそうに見ている人もいた。

 俺だってこんな輪を乱すことは言いたくない。

 また俺は皆から避けられるだろうし、KY,空気嫁、など影で言われるかもしれない。

 だがこれだけは分かって欲しかった。

 碌に対話もしていない人間を見た目や雰囲気だけで判断するのは間違っているからだ。

 話すことで分かることもある。その逆もまたしかりだが。


俺はそれだけ言うとにっこり笑って、

「あぁ、もうチャイムが鳴っちまう。それじゃあな皆。楽しかったぜ」


 俺はクラスメイト達にそう言って踵を返す。俺は無関心を装いつつも心配そうにこちらを見ていた薫の元へ向かう。


「それで、上手くいったの?」


 薫はそっけなく聞いた。薫のその言葉に俺は苦笑いしつつも、


「まぁ、これは俺の持論だが……友達は量より質、ってことだ」


 と俺は頷いて言った。

 薫はそれに対して一瞬驚いた表情を見せたが、俺の言葉の意図に気づき、頬を緩めて微笑んだ。

 次の授業のチャイムが鳴った。

 俺と薫は席に着く。

 いつも授業は退屈に感じるが、今はそんな考えはほとんど浮かばなかった。


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