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第13話 そんな目で俺を見るな

「これにデータが全部入っているのか」


 俺は車の後部座席に座ったまま窓を開け、そわそわしながら周りを警戒する男からある者を受け取る。

 男は刑事だった。

 だが刑事でも大金の前では正義というのはただの言葉に変わり、今は俺の操り人形と化している。俺は確認するように聞き、俺の言葉に男は「あぁ」と言う。


「そのメモリーの中に東雲ビル襲撃映像の全部が入ってる。俺も相当危ない橋を渡ったんだ。これがバレると懲戒免職どころじゃ済まなくなる。だから……」

「あぁ分かってる。お前の働きに免じて金は口座にたっぷり払ってやる。理解できたか?もう消えろ」

「頼むぞ」


 俺は窓を閉め、ノートパソコンにメモリー挿入し、映像を再生させる。

 映像の中では、一回中央のエントランスホールで一人の男が三人の警備員と揉めている姿があった。

 この警備員達は全員覇龍会の組の人間であり、部外者に詰め寄っていた。

 その部外者は白いジャケットを羽織り、下は青いジーパンというシンプルな格好をした男だった。

 三人のうちの一人が男の肩を掴む。

 すると、白ジャケットの漢は肩に掴んだままの男の手を掴み、掴んだまま男は警備員の男の胸に手を突っ込んだ。

 引き抜いた手には赤黒い物が握られ、警備員の男は床に力なく倒れた。

 白ジャケットの男は心臓を口に運び、咀嚼した。

 その光景に残された二人の警備員の男達は腰に隠していたドスを抜き、白ジャケットの男に襲い掛かった。

 刃物を持った二人の男に迫られたら普通は助からない。

 だが白ジャケットの男は何もない所から刀を出し、二人を瞬時に斬り伏せた。

 首、腕、胴体を切り落とし、頭に齧り付き、心臓を抜き取って捕食したりと人間の所業ではなかった。

 そして次の映像では白ジャケットの男が組員達を蹂躙している場面だった。

 銃弾を切り落とし、さらには弾き飛ばして組員達を返り討ちにしていた。

 あまりの強さに組員達は腰を抜かし、戦意が完全に喪失しかけていたその時、鈴木が前に出て男に挑んだ。

 他の奴等とは違って善戦はしていたが、最終的には斬られてしまった。


「馬鹿野郎、ウェポニアンには勝てねぇのに挑みやがって……」

 ──ただの人間が立ち向かった事は褒めてやるべきだな。


 スマッシュの言葉に俺は愚かにも勝てない敵に立ち向かった義理の息子を想い憂えた。


 ──可愛がっていた若頭候補が死んで悲しいか?

「馬鹿な事を、悲しいに決まってるだろう。今から涙を流す。よく見てろ」


 スマッシュは笑いながら俺に聞いた。

 なんて酷い質問をするんだ。

 俺は怒りに打ち震える。

俺の息子が死んだのだ。

 悲しいに決まってる。

 俺は鈴木を想い涙を流そうとするが、全く涙が出てこない。

 何故だろうか。俺は鈴木ではなくチワワやポメラニアンが死にそうになっている姿を想像する。

 そうするとやっと目から一滴の涙が出てきた。


「……まぁ子犬が死ぬところは誰だって悲しいだろ?」

 ──お前、長い間生きてきたせいってのもあるが元々どこか壊れているな。


スマッシュは俺に対して呆れた感じで言う。

 だが鈴木は死ぬ前に俺に最高の贈り物を与えてくれた。

 ウェポニアンの契約相手だ。

 名前は瀬田大道。

 陽門町の黒竹高校に通う高校二年生。

 義理の父親と母親、妹がいる以外に細か調べてもティーンのガキが何故ウェポニアンと共生出来ているのか不思議で仕方がなかったが、俺は鈴木の言葉を信じることにした。

 奴があのアサルトと一緒にいるのなら、接触すれば間違いなくこちらに手を出すはずだ。

 今は兵隊を集めて機会を待とう。


「瀬田大道、アサルト……待ってろよ」

 俺はまだ見ぬ同類の人間と会うことを夢見て、車に揺られながら夜の街を駆けて行った。




 俺はベッドから飛び起きた。

 何も悪夢を見なかったしすこぶる快調な事に多少の疑問を感じていたがすぐに消し飛んだ。

 おそらくアサルトが悪人を喰ってすこぶる元気だから俺も元気なのだろうと勝手に自己解釈した。


「今日はぐっすり寝れたぞ」


 俺は気持ちよく朝を迎えられたことに満足感を覚えていると、


──そういえば夢を見たのだが、お前、好きな雌がいるのか。


 アサルトが想定外の質問をし、俺の心臓がドキリと震えた。


「なんで知ってるんだよ」

 ──夢に出て来たんだよ。お前がその雌と話しているところを。その時のお前と来たら、発情した猿そのものだったぞ。

「おい、確かに俺は彼女の事を想ってはいるが、そんな直球的な事までは今は考えていない。お前の物言いは生々し過ぎる」


 俺は焦りながらも言い繕う。

 そうだ、コイツは俺の脳味噌の中も覗こうと思えば覗けるんだ。

 夢で見たと言ってたがバレるのも時間の問題だったのかもしれない。

 もしかしたら馬鹿にされるかもと俺は警戒心を抱く。

 被害妄想かもしれないが、俺が今まで生きてきて学んだ教訓の内の一つは『他人に理想を求めてはいけない』いということだ。

 俺が友達を作ろうと俺が努力してきた結果はいつも分かりきっていた。

 誰もが俺に距離を取り避けていく。

 俺にも問題はあるのかもしれない。

 だが、仲良くしようとしてくる奴はいなかった。薫を除いて。


 ──なんだ、それならそうと早く言えよ。


 アサルトは意外にも好意的だった。それが意外だった。俺は意表を突かれ、ポカンと口を開けてマヌケな表情をしてしまった。


「俺はてっきり小馬鹿にするのかと。軟弱者とか、色惚け小僧とか」

 ──俺はお前の相棒だぞ。困ったことがあれば相談に乗るし、何だったら手伝ってやる。

「お前が?気持ちはありがたいが、お前を手本にすると悪いことが起きる気が……」


 この会話はどこかで聞いたことがあるな、と既視感を覚えた。

 そしてアサルトはフンと鼻を鳴らし、


 ──俺が一体どのくらい生きてきたと思う?俺は様々な事を学習し、苦難を乗り越えてきた。人生の先輩としてアドバイスや手伝いならお手の物だ。


 アサルトは自慢げに言う。

 心の中で「お前は人間じゃないけどな」と呟いたが、有り難いと俺は思った。


 ──まぁ俺に任せておけ。俺さえいればお前は勝ちまくりモテまくりだ!酒池肉林の放蕩三昧にだってしてやろう!

「別にそこまではしなくていい」


 そんなやり取りをしながら俺は朝の支度を始めた。



 教室はガヤガヤと騒がしかった。

 男と女の声が混じり、俺は右から左へ受け流しながらぼうっとする。

 朝のホームルームは騒然としていた。

 俺が引き起こしたヤクザ殺しの事件がまだ熱を帯びていた。

 マジヤバくねだ怖いだの色んな声が聞こえた。

 だがほとんどが「なぜ一日だけしか学校は休みじゃなかったのか」ということについて議論している。


「はい席ついて。これからホームルーム始めるからー」


 女教師の間の伸びた声が教室中に響いた。先生のいつもの言葉で生徒達の声は次第に小さくなっていく。

 俺を飲み込みに来た大きい波が直前で小さな波に変わり、九死に一生を得るかのような安心感を感じていた。

「二日前にあの事件が起きたね。学校は昨日だけ緊急で休日にしたけど今日から引き続き通常授業になります」


 教室中が軽いブーイング状態になった。このブーイングが俺に向けられている気がしてならなかった。

 一日休みになってリラックスできたのは誰のおかげだと問いかけてやりたい。

 俺に祝福や喝采はないのか。

 社会の害虫のヤクザを掃除して休みまで作ってやったんだぞ、と甲冑に身を包んで変身して公言してやろうかと思ったがそれはあくまで頭の中だけにしといた。

 人間なら頭の中だけで行動を終えたことが何回もあるだろう。

 嫌いな奴を殺したりする妄想とか学校の中に現れたテロリスト相手に無双とか。

 俺は高校生としては健康的な想像をしてホームルームを乗り切った。

 ホームルームが終わり、一時間目は数学の時間だった。

 数学の中年の坊主の男の先生が入ってきた。そして彼はいの一番にこう言った。


「今日は小テストから始めます」


 教室の中は騒然とした。

 ある者はもう遅いのに数学の教科書やノートを開いたり、頭を抱えたり、何かを悟り、微笑んだまま動かない者など、多岐に渡る反応を見せていた。

 一番前の生徒は先生からプリントをもらい、後ろの生徒に渡している。

生徒の一人ひとりがもらうたびにゴーヤを丸かじりしたような苦味を帯びた表情を見るたびに先生はその様子にニコニコしながら眺めていた。

 あまつさえ身体をブルブルと身震いさせている。

 学生の必死な表情を見て愉悦を感じている先生に俺は良い趣味しているなと惰性で感じていた。

 ──お前は他の者とは違い落ち着いているな。ちゃんと勉強しているようには見えなかったのだが。


「勉強?全くしてないが」

 ──していないのならなおさらなんでお前はそんなに冷静なんだ。

「元々この先生の授業は何言ってるか理解できないし、数学は苦手なんだ。だから諦めて何も手を付けていない」


 俺はリラックスしながら言った。元々負け戦なのだ、諦めて運命を受け入れた方が気が滅入ることもない。


 ──こんなどうでもいいことで運命を語るな。試験如きの些細な問題くらい俺が解決してやる。

「えっそれほんとか?」


 俺はアサルトに聞き返す。するとアサルトは「本当だ」と答える。


「それで?どうやってこの危機的状況を乗り越えるんだ?」


 俺は囁き声でひそひそと言う。


 ──この中で一番頭がいいのは誰だ?


 アサルトは不意に俺に質問した。俺はその質問の意図に疑問に思いつつも答える。


「戸頭君だ。メガネを掛けてておにぎりみたいな顔した真面目ちゃんだ」


 戸頭君はクラス内では大変優秀で、必ず自分は日本一の大学に行くと言っていたほどのがり勉だ。


 ──なんだおにぎりみたいな顔って……そんな人間がいるわけが……ん?おお、本当に握り飯のような頭だな……だがまあいい。それでは次に音を良く聞くんだ。周りの有象無象の音は聞かず、ソイツの動く音だけ集中しろ。


 俺は試しにアサルトの言葉の通り実践してみた。

 意識してやってみると耳の中、つまり三半規管というのか、それが鋭敏化したような錯覚を感じた。

 ビキビキと異常発達した聴力でクラスの中の雑音がヘビメタバンドのライブハウスの中にいるような騒音に感じる。

 くそ、普段のクラスの雑音とは大違いだ。

 このまま続ければ頭がパッカリ割れてしまうくらい耐えられぬ、と言えるくらい苦痛だった。


「私語はおしまい。それでは始め!」


 先生の張りのある声と共に小テストが始まる。

 俺は配られたプリントを一瞥する。紙の上には意味不明な記号が浮かんでいた。

 授業で習ってなんとなく理解したと思っていたが、後半から理解できなくなったうえに復習していない。

 分かるはずもなかった。


 ──集中するんだ。標的を一つに絞れ。周りの雑音は遮断するんだ。戸頭の動きを筋肉の電気信号まで感じ取るんだ。早くやれ、お前ならできる。


 とアサルトは淡々と言った。

 簡単に言ってくれちゃってまぁ。

 だがこの小テストに失敗すればあの変態教師のことだ、ありえない課題を与えるとか休日返上で救済という名の苦行を課すに違いない。

 それだけは阻止せねばならなかった。

 アサルトの言う通り、集中するんだ。

 周りの音は聞き流せ。

 戸頭君を探すんだ。

 俺は瀬田大道ではなく、人間ソナーと自分で思い込み、音を拾った。

 そう思い込むと段々とターゲットを戸頭のみに絞れてきた。

 ゾーンに入ったとでもいうのか、戸頭以外の音が消え、彼の動きを耳で追った。

 筆記用具であるシャープペンシルのシャー芯が削れて文字が生まれる光景が脳内で見えた。

 さらには眼を瞑り、頭の中で戸頭の身体全体を把握するまでに俺はコントロールすることが可能になった。

 俺はそれに倣って彼の回答を丸写しする。

 3Ⅾプリンターのような精密かつ最適な動きでプリントの解答欄を埋める。

 まるで俺自身が機械になったような感覚だった。

 戸頭君は答えを全て知っていたかのように、淡々と最後まで回答を埋めた。

 俺もちょうどそのタイミングでペンを机に置いた。

 ガタンと強くおいてしまったせいか教室内で少し響いてしまった。

 小テストが始まってから一分、クラス内で俺と戸頭以外の生徒達が苦痛にさいなまれながら目を血走らせてプリントに向き合っていた者がほとんどだった。

 特に薫は肉親を殺した仇と対峙するかのような壮絶な顔だった。

 彼女もまた、数学は苦手なのだろうか。

 やがて小テストは終わり、先生に返却することになったのだが、戸頭君の元に俺の小テスト用紙が届いた時、戸頭は手を止め、俺と回答用紙を交互に見た。

 一瞬チラリと戸頭と俺の回答用紙が見えた。その瞬間俺は「あっ」と声を漏らしてしまった。

 筆跡が全く同じだったのだ。

 まるで自分の回答用紙が分身してしまったような錯覚に陥った戸頭は俺のと彼の回答用紙を何度も確かめていた。

 だが先生がそれをなんの感慨もなく回収してしまった。

 戸頭は俺の顔をずっと見ていたが、俺はただひたすらに目が合わないように目をそらしていた。


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