第12話 一家団欒、寄生生物が一匹
「ただいま。いやー疲れた」
俺がため息を吐きながら言うと、母さんはただ俺を見つめる。
俺の発言に何か言いたいことでもあるのか、ただ、俺の目を見つめていた。
「ん?俺に何か聞きたいことでも…?」
「今日はどこに行ってたの。今日は学校はあの事件でお休みになったのに」
俺はその質問についギクリと肩を振るわせてしまった。
そうだった、物騒な事件を引き起こしたあとだ、何かしら連絡を入れて安心させるべきなのに今日の俺はアサルトの「今日は俺の中に居る異界からやって来た同居人のためにコンビニ強盗を犯した人間をごはんとして食べに行ったよ」とは言えない。
──今お前の頭をすっきりさせてやるからとりあえず落ち着け。
アサルトは囁いたすぐ後に、俺の頭の中はクーラーで冷たい風に包まれた部屋みたいに爽快感を感じた。冷や汗は止まり、言い訳が思いついた。
コイツは一体どこまで俺の身体をいじくることが出来るのか。それは分からないが、今は言い繕うべく口を開く。
「あぁそれは──」
「まったく、学校がないからどこか寄り道してたんでしょ。もう、ちゃんと連絡くらいいれなさい。私達ずっと心配してたんだから」
と母さんは真剣な表情で言う。
母さんも葵も、義父さんも追随するように、
「確かにメール送ったけどなんの返信も来なかったから少し心配したよ」
「高校生だし、遊び盛りだろうからあんまり言わないけど、あんな事件が起こった後だ、一言くらいは欲しかった、なんていったら嫌われるかな?」
三人は俺の身を真剣に心配していた。
俺は馬鹿だ。
家族に心配かけて、能天気に今日一日過ごしていた己自身を恥じた。
「ごめん皆、そんなに心配かけさせたとは知らなくて。気を付けるよ」
俺は自分なりの謝罪の言葉を言った。
すると義父さんが
「よし、辛気臭いのは辞めにして、ご飯にしよう。今日は俺が作ったからたくさん食べて」
椅子を引いて俺に座るよう促した。
すると目の前のテーブルの上には山盛りの唐揚げと炒飯が乗っていた。
「な、なんだこの唐揚げの量!?ていうか炒飯多ッ!?」
「今日はなんだか無性に作りたい気分でね、聡美さんには今日は休んでもらった」
「こんなに作って……ちゃんと食べられるの?」
「わたし女子中学生なんですけど。豚にさせて食べる気?」
──それはとても素晴らしい案だ。
「黙ってろ」
「えっ?」
しまった、反射的に言ってしまった。
というかそもそも、俺はさっきまた人間を頭から丸かじりにしたせいで食欲が激減してるはずなのだ。
それなのにアサルトが俺の脳に食欲を倍増させる分泌液を出しているのか知らんが無性に腹が減ってしまっている。
「あぁー、えぇと、お前が食わないなら、俺が全部食べちゃおうかなってことさ」
「い、いや食べないとは言ってないし!」
「心配しないで、サラダならちゃんとあるから。それと味噌汁も」
義父さんは安心させるように葵に言う。
葵は数秒悩んだ末、渋々椅子に座った。
俺もそれに便乗し座る。
家族全員で食卓を囲んだ。
昨日は出来なかったが、やはり全員そろうとなんだか安心する。
俺は育ちざかりで食欲の化け物が俺の身体に言点いているためチョモランマが如く山盛りのご飯で、葵は今を時めく女子中学生であるから炒飯は控えめに、サラダは多めに取っていた。
母さんも葵と同じかそれよりほんの少し多いかくらいの量だ。
そして義父さんと言えば、齢40を超えているにも関わらず俺と匹敵するかのような量だった。
おそらくこの家の食費は俺と義父さんが大きく消費に貢献しているのではないだろうか。
「葵ちゃん、そんなに少なくていいのかい。ちゃんと食べないと身体が大きくならないよ」
「うっさいそれセクハラ。父親じゃなかったら訴えてたよ」
「こら!お父さんに向かって言う言葉じゃありません!」
「いいんだよ聡美さん。これも彼女が成長するための過程なんだ。黙って見守ればいい」
「おい、食わないなら俺に寄越せよ。俺はひどく腹が減ってるんだ」
「あっ!それ私が食べようとしてたやつ!」
リビングの中で響く家族の和気あいあいとした喧噪。
普通の家庭ならどこにでもある普通の幸せ、これこそ俺にとってかけがえのないものだ。
友達がたくさんいなくても、厄介な出来事に巻き込まれても、この空間があるからこそ俺は今日を生きている。そのためにも、早く奴の頼みを聞いてやらねばならない。
──おい!もっと唐揚げを寄越せ!それとこの炒飯もだ!コイツは旨くてたまらんぞ!
クソ、頭の中で食欲の権化が早く口に運べと頭の中で叫んでやがる。落ち着いて食べることすら許されないのか。
俺は急ぎ目で唐揚げとご飯を口に放り込む。
なんてことだ、最近は味の違いすらどうでもいいと思っていた食事がこんなにも楽しい。
唐揚げはサクサク口内で音が鳴るのを感じ取れるし、肉汁が溢れ出し、肉のうまみと生姜、ニンニク、そしてその他諸々の調味料が入っていることが瞬時に読み取れるほどに俺は食事を楽しみ、制を実感していた。
これも奴が俺の身体にいるからか。
不本意だが、非常に不本意だが俺はアサルトに感謝の念を抱いてしまった。
──もっとだ!もっと持ってこい!
アサルトは俺の頭の中で食え食えとしつこく催促する声が聞こえた。
ふざけるな!これ以上口に入れたら食欲旺盛なリスみたいになるわ!限度を考えろボケ!と心の中で俺は叫んだ。
じれったく思ったのかアサルトは途中で俺の身体を主導権を横取りし、箸でひょいひょいと掴んでそのまま口の中に放り込む。
その様子を見て家族は唖然としていた。
「やっぱり変わったわね、大道。前は小食だったのに」
「確かに……しかもほら、筋肉えげつないほどついてない?何があったの?」
母さんと葵がギョッとしながら俺の顔と俺の身体をマジマジと見る。
いや、母さん達の言う通り、食欲は言わずもがな、ひょろひょろだった筋肉は逞しく発達し、肌を焼いてオイルを塗ればボディービル大会に出場できるのではと思えるほど発達していた。
「んーまぁ、うーん…適切な運動と適切な食事をすればいんじゃねぇの」
「脂質とタンパク質と炭水化物の塊を頬張って食べてる状態で言われてもね」
「まぁ、成長期なんだから食べなきゃ損ってことだ」
俺はそれ以上何も言わず黙々と食べ続けた。
葵はそれ以上追及することはなく、呆れた視線を送っていた。
夕飯を終え、風呂に入り歯を磨き、床に就いた俺はベッドの上で思考を巡らせていた。
なんと今日の俺は白米を四杯もおかわりしてしまった。
アサルトは『全然足りない』と言っていたが、今は明日の予定のことを考えていた。
学校での振る舞い、食料確保、考えるだけでも忌々しい。
「あぁ~、現実はこうも辛いのに夢まで悪夢なんてどうしようもないな」
──なんだ、どんな夢を見るんだ?
「なんだお前、俺にわざと見せているんじゃないのか。あれだよ、侍が侍を斬って食っちまう夢だよ。推測するにあれ、お前の過去の記憶だろ?」
俺がアサルトにそう言うと「うぅん」と考えたような声で言う。
──おそらく、そうであろうな。あの時は数えきれないくらい食っていたから全部は覚えていないが。俺が寝ている時に俺の過去の記憶がお前の中に流れ込んでくるのだろう。これからまた見ることになるかもしれないが時代劇とでも思って気軽に楽しんでくれ。
「なんで夢の中でも流血沙汰を見なきゃいけないんだよ。夢ならもう少し心地いい物にしてくれ」
──心地良いだろう!悪人を華麗に斬り倒し、蹂躙する。男ならだれもが虜になる場面だ!何が不満だというのだ。
「眠ってる時くらい穏やかな夢を見ていたいと思うのは軟弱と思うか?」
──あぁ、当然だ!この弱虫が!
俺はアサルトが言っていることをちゃんと理解する気も聞いてやる気にもなれず、俺の顔の横にあるデスクライトの電気を消し、眠りについた。今回は割と簡単に寝につくことが出来る気がした。段々と眠りの穴に吸い込まれていくような錯覚を感じながら俺は意識を手放した。




