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第10話 コンビニ強盗なんてするもんじゃないよ


 夜のコンビニはどうしてこうもギラギラと目に入れるには悪影響になりそうなくらい眩しいのだろう。

 コンビニの中では今流行りの音楽が流れていた。

 俺には流行りの音楽は分からないが、どこかで聞いたことのあるようなないような良く分からないメロディーの音楽が、とにかく流れていた。


「いらっしゃいませェー」


 二十代前半くらいの男の間が伸びた声で客を歓迎していた。

 マニュアル通りの言葉でなんの感情も乗っていなかった。

 店員の男は客の男の顔や姿を見ず、俯いたままスマートフォンを見ていた。


「……」


 客の黒ずくめの男は黙ったまま店員の前に立ち、店員に一枚のメモ用紙と布袋を渡した。


 『レジのかねをぜんぶよこせ』


 ただ一言、そう、ただ一言のメッセージカードを手渡した。



「…お客さん、アンタちょっと──」


 店員の男が男に何かを言おうとした時、黒ずくめの男の右腕が店員の男の頬に触れた。


「俺の口から直接言わせる気か?俺が怒ってお前の顔をめちゃくちゃにする前に、ちゃんと言うことは聞いたほうが身のためだぞ」


 男の右手には包丁が握られていた。

男は無精ひげを生やし、鼻の下や顎、頬にも濃い黒髭を生やし、手入れしている様子は見当たらなかった。

 銀色の刃はコンビニの灯りに良く照らされ、鋭利な刃物っであることが良く分かる。

 刃は良く研がれていて、あり大抵の物ならすぐ傷を付けることが出来そうだ。

 事実、その包丁は店員の男の右頬から血が流れている。

 包丁を突き付けられ、「うっ」と小さい悲鳴を漏らす。

 頬を切られた店員は男が刃物を持っていることに気づき、萎縮した。

 健康的な肌は血が引き、一気に蒼白へと変わる。

 そして命令通り、店員は両手を震わせながらレジの中にある札と銭を掻き出し始める。


「ちゃんと銭も奇麗に出せ。金は大切だ。この世のものは大体金で買える。だが全部じゃない。愛と友達以外は全部買える。だから一銭も無駄にしちゃいけねぇ。分かるな?」


 男は包丁を突き付けながら変なうんちくを垂れる。

 店員はそんなことを聞く余裕もないのかただひたすらにレジスターの中から金を出しては袋に詰めていた。


「こ、これで全部です」


「へへへ、ちゃんと全部抜いたか確認したか?あとは帰って数えるとするとしよう」


 男は袋に金が全部入ったのをカウンター越しにレジスターをきっちりと確認し、袋の中を二度確認した。

 男は満足げに頷き、店を去ろうとした。


「はいそこまで」


 男は俺の胸にぶつかり、「痛ェ」と言葉を漏らしながら俺を見据える。

 その瞬間、男は目を猫みたいに丸くした。

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべてこちらを凝視している。

 なんだ、一体俺は何を着ているんだ。突入する前に鏡で見るべきだったか。


「なんで、コンビニに侍がいるんだよ…?」

「侍?俺が侍に見えるのか?」

「当たり前だろうが!そんなご立派な甲冑着込んどいて何しらばっくれてんだよ!?」


 俺は強盗犯の男にそう言われ、店内の飲み物を取り扱っている冷蔵ショーケースの前に立つ。

 そこは鏡のように反射していて、自分の姿がはっきりくっきり見えるのだ。

 俺はそこに立ち、自分の姿を見る。

 ……確かに、侍だ。

 甲冑だ。

 武士だ。

 鎧武者だ。

 アサルトは何故こんな格好を選んだのだろうか。

 だがよく見てみると忠実に再現されている。

 漆黒に塗られ、それでいて反射して光る白い光沢、刃も矢も、弾丸すらも防いでしまいそうな重厚な大鎧に、額を覆う漆黒に塗られた鉢金があった。

 さらに、口元は般若の面頬を装着していた。

 そしておまけに、


「お、お前……目が発光してるぞ」


 強盗犯が心配そうに言う。

 そう、おまけに目が光っていた。

 白く、真っ白く光っていた。

 LEDライトみたいに発光していやがった。

 だが全く眩しくない。普通に景色が見える。

 本当にどうなっているんだ。


 ──かっこいいだろう。

「ふざけんな!お前を頼った俺が馬鹿だった!」


 俺は激しく憤るが、ショーケース越しの俺の甲冑姿は確かに少しだけかっこよく映って

いた。

 まぁほんの少しは良いとは思うがな。


「うおっ!?お前いきなり何言いだすんだ!?」


 強盗犯が驚いて包丁を向けるが今は眼中になかった。

 今はコーディネート担当のアサルトに問いただすことが最優先だった。


 ──誉れに思うことだ。この鎧を着せたのは前任者とお前だけなのだからな。

「どうでもいいわ。もうちょっと目立たない地味な奴にしてくれよ」

 ──いくらお前でもこの鎧を侮辱することは許さんぞ。

「あぁ言ってやるね。お前の選んだ服は時代錯誤で老いぼれの──」

「おい!お前いい加減にしろよ。いきなりやってきてべらべら独り言ばっか喋りやがって」

 強盗犯は俺の首に包丁を突き付ける。首には鋭利な金属があたり、いい気分にはならない。

「今俺はお前とは話してないんだよ。後にしてくれ」

「お前イかれてんのか?状況を理解しているか?今お前は刃物を持ったコンビニ強盗の狂人に殺されそうになってんだぞ?」

「いや、それは違うな」


 俺の口調が変わり、怪訝な表情になる強盗犯。

 俺は面倒事はアサルトに任せ、一時的に意識を切り替えた。

 アサルトは腰に着けていた刀を抜き、強盗犯の頭を掴んで刃を目の前に向けた。


「状況を理解していないようだからお前のその栄養失調の脳に免じて教えてやる。お前は愚かにも善良なコンビニ店員に傷を付け、あまつさえ金を掠め取ろうとした。よって俺が罰を与える」

「お前、本当に頭がどうかしてるっ」


 強盗犯は俺の身体に向けて包丁を刺そうとしてきたが、アサルトは刺そうとした男の腕を右の片手で掴んで離さない。


「クソ、離せ!」

 強盗犯は振り払おうとジタバタ身体を動かすが、全く抜ける気配がない。

 アサルトは男の持っていた包丁を刃先を掴んで奪うと、強盗犯の男の顔に近づけ、「これは人を斬って傷つけるものじゃない。そしてこれこそが人を斬るための物だ」と言って持っていた刀で男の右頬に小さく切り傷を付けた。


「お前は略奪者ではない。俺の餌だ。まずは爪先からゆっくりとお前の足先を喰って、痛みを理解させる。その時お前は何もできず女のように泣き叫ぶ。だが俺は手を緩めない。爪先がら膝、膝から腰、腰から背骨、背骨から胸、胸から脳髄までしっかりと嚙み砕いて咀嚼してやる。そのあとに残るには何だと思う?お前はただの肉塊だ。肉塊から俺の糞になって出てくる。その時お前は何の価値もないただの、糞だ」


 そう言うとアサルトは般若の面頬の口の部分から口元をガパリと裂いて開き、舌なめずりをした。

 面頬が顔の一部となって一体化しており、まさしく般若が大口を開いて獲物を捕食しようとする姿そのものだった。

 人間の口の開き方ではないことに気づき、男はアサルトの言う通り、「ヒィッ!」と女のように甲高い悲鳴を上げた。


「お前には俺の腹の中で懺悔する時間をたっぷりと与えてやる。せいぜいこれまでの人生を悔やんでから逝くんだな」


 アサルトは遂に強盗犯を食べようと手を放し、逆に今度は足を持ち上げ、口に放り込もうとした。

 俺は頭の中で目をつぶった。

 と言ってもそんなことは出来ないし何度も言うようだが、身体の制御権はアサルトに一任しているのでどのみち俺は見届けなければいけなくなる。


「頼む、もう強盗は止める。金も今すぐ返すし二度とお前の元に姿を現さない。この町にも!だから俺に最後のチャンスを!チャンスをくれ!」


 強盗犯は最後まで命乞いをし、泣きじゃくり「神様仏様お侍様」と神頼みまでし始めた。


「おい、悪人なら最後まで悪人のままでいろよ。食いづらいだろうが……だがまぁ、そこまで言われたらしょうがないな。反省の機会を設けてやる」


 アサルトはどういうわけか、強盗犯に生存のチャンスを授けた。

 なんのつもりだと俺は疑問に思った。

 俺は彼と意識をいくらか共有しているため、彼の腹減り具合も把握している。

 正直に言うと尋常じゃない。

 常に飢餓状態で目の前に餌を吊り下げられている獣のような気分になる。

 どうやって奴が理性を保てているのか分からないが、だからこそ奴がいきなり食うのを辞めた理由が分からなかった。


「人は誰しも罪を犯す。問題はそれにどう向き合うかだ。俺は平気で民を傷つけ、法を犯す奴は容赦なく斬り殺す。が、改心の暇を与えないほど冷酷じゃない。分かるな?」


 アサルトは男を開放し、両肩に手を置いて、諭すように話しかける。

 その姿がどう映ったのか俺には分からないが、男は大層ありがたりながら涙を流す。


「あ、あぁ。アンタ、あぁいや貴方様は寛大な慈悲の心があります。どうか、どうか俺にやり直しのチャンスを!」

「はっはっはっ。そう焦るな。まずは店員の男の謝罪をするんだ。誠心誠意、気持ちを込めて、目を見据えて言うんだ」


 アサルトに言われ、うんうんと頷きながら店員に向き直り、「先程は申し訳ありませんでした」と何回も繰り返し、頭を下げて、さらに床に額をごりごりと擦り付けて謝るという異様なスタイルだった。


「今のお前の目には光が見える。心を入れ替え、これからはお天道様に胸を張って生きていけるほどの覚悟が見えるぞ。俺には分かる」

「お侍様……!」


 何を言っているんだコイツは。

ただ暴力で相手の戦意を砕いて服従させているだけではないか。

誇りも名誉も慈悲もあったもんじゃない。

だがまぁ、俺もアサルトには賛成の意見だった。

犯罪者といっても所詮はコンビニ強盗。人を殺したわけでもない。

店員に刃物を向け、頬を切ったのはいけないことだが死刑に値するものではないだろう。

 アサルトもそのことを理解して温情を与えたのかもしれない。

 暴力だけが取り柄のコイツだが千年も生きているのだから多少は学んだこともあるはず、俺はそう感じていた。


 ふと、雷のような大地を震わせるような低い騒音が店内に響いた。

 だが外は雨など降っていない。

 雲も無く星々が仲良く空を覆っていた。

 音の原因は店内の人間、俺の腹からなっていた。

 強盗犯も店員も、目を丸くして俺のことを見ていた。

 しかも、俺の口から何か垂れ出ている。

 拭ってみると、ほぼ水のような透明度の唾液だった。

 再び腹から音が鳴る。

 今度は肉食動物の唸り声に近い他の動物を萎縮させるような音だった。

 アサルトは強盗犯をちらりと見た。

 強盗犯は何故自分が見られているのか理解できない、と言いたげな困惑した顔だった。


「さて、懺悔も出来たし、もういいだろう」

「そうですね、俺ももう行きます。今日から俺は生まれ変わったつもりで──」

「いや、お前には実際に生まれ変わってもらう」

「えっ?」


 そう言うとアサルトは強盗犯の両肩を掴み、


「いただきまァ~す」


 と言って舌なめずりをして食べようとした。


「えっなっなんで」

「お前ら人間は輪廻転生とやらを信じているんだろう?お前のその反省は次の機会に活躍するさ。また会おう。兄弟」

「えっ、ちょ待って、待って!まだやりたいことがあぁぁぁぁぁぁあ!!」


 命乞いをする男の言うことを全て無視して、アサルトは巨大な口に男を詰め込んだ。

 男は頭蓋を噛み砕かれる最後の瞬間まで泣き叫んでいたが、頭を喰われたあとはビクンと痙攣した後、動かなくなった。

 最初は首から行ったが、あとは上半身を持ち上げて一気に食べ尽くしてしまった。

 喰い終わった後アサルトは怪鳥のような声のゲップをし、腹を満足そうに叩いた。


「…結局食べたのかよ」

「しょうがないだろう。腹が減っていたんだ。お前も分かるだろ、腹が減っている状態でしかも目の前にご馳走があるのを耐えろというのは、誰だって耐え切れない」

「今の流れは更生させて警察に連れて行くのがセオリーだったろ。全く、あり得ないぞ」

「大丈夫だ。アイツは死ぬ直前で改心した。今頃立派な人間になるために生まれ変わりの準備をしているさ」

「多分今感じているのは今日ここに来なけりゃ良かったっていう後悔だろうよ」


 口調が変わり、声色も変わり、振る舞いも何度も変えて俺達が文句を言い合っている様子は、さながらコメディー映画のワンシーンのようだった。

 俺はふと店員の男の顔を見た。

 レジカウンターの隅っこでハムスターみたいにぶるぶる震えて俺達を見ていた。


「あー、おい。お前、こっちに来い」

「えっ、お、俺?」

「そうだよお前だよ。逆にこの場にいるのお前しかいないだろ」


 可哀想に、今日一日で彼はコンビニ強盗に襲われ、殺されそうになったりかと思えば突然現れた侍が強盗犯を食い散らかすという濃い一日を経験してしまった。

 それを喋らないでいてもらうためにも彼を説得しなければいけない。

 俺は鎧をガチャリガチャリとかさばった音を立ててレジの目の前に立つ。


「なぁ、今日はもう疲れただろう。帰って休んだらどうだ。今日は悪夢を見たと思って、な?」

「え…あ……」

「言ってもどうせ信じないぜ?今日は一日分の監視カメラ映像を消して、家に帰ってゆっくり睡眠を取るといい。風呂に入ってさっぱりして美味しい物を食べて家族と一日を過ごすんだ。一応俺はお前の命を助けた。命の恩人の言うことは聞いておいたほうが良い。そうだろ?」


 俺が念入りに、相手の頭の中に刷り込むように目を見て言った。

 俺の目の眩しさに店員の男は目を細めながらも「あ、あぁ」と自分自身で納得させるかのように反復して言った。


「わか、分かったよ。監視カメラの映像は今日中に消しておく。俺はアンタなんか見ていないし今日はここにいなかった。ああそうだ、もうここもやめるよ」

「それがいい。それでいい」


 こうして俺は店員の男が映像を宣言通り消したか確認し、口裏を何回か合わせてコンビニを後にした。



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