小さな恋の拳
月曜。楽しい楽しい休日が終わり長い長い週の始まりを告げるその日。
休日が良いものであればあるほど去り行くそれを惜しみ迎える月曜日が憂鬱なものになってしまう。
だが楽しさがリミットを振り切ってその余韻が未だ胸焦がしているとなれば話は別だ。
(たまらぬ休日であった)
窓側の一番後ろという小学生的王様席で俺は一人、熱い夜の火照りに浸り続けていた。
不思議パワーを使える相手と戦えただけでも満足感はすごいのに、だ。
(俺自身も急激な飛躍を果たせたんだ。最高以外の言葉はねえよ)
透さんも驚いていたし多少はバトルでも満足させてあげられたと思う。
そんなこんなで透さんとはこれからも改めてよろしくねということになった。
地味にバトル以外の面でも透さんと友達になれたのは嬉しい。
年上だけあって色々なことを知っているし語り口が上手いので話をしていても全然飽きないのだ。
(……いやでもちょっと早く来過ぎたな)
時刻は七時前。テンション爆上がりし過ぎて五時半に目ぇ覚めちゃったのだ。
朝飯食べてゆっくりしようかとも思ったが身体が疼いて疼いてしょうがなかったのでつい家を飛び出してしまった。
教室にはまだ俺だけ。そろそろ寂しくなってきた。
「はぁ」
溜息一つ。どうやって時間を潰そうかと思案して気付く。
そういや宿題と一緒に白鯨もランドセルに入れていたなと。
途端にまたしてもテンションが上がる。そうだよ白鯨だ。忘れてたけどまだ途中だったんだ。
「へへ。朝から読書とか俺ってばインテリ~」
IQの低さがにじみ出る言葉と共にランドセルから白鯨を取り出す。
「敵が鯨なんだからステージは当然、海上になるんだよな」
船を足場に海洋生物と死闘を繰り広げる。想像するだけでワクワクが止まらない。
俺個人の趣向としては自然のステージよりも人工物に囲まれたステージのが好きだ。
ただ自然系のステージもそれはそれで悪くないとも思う。
常食するつもりはないが時々、挟む感じなら良いお付き合いができそうだ。
「今度近場でそういうとこないか調べるか」
言いつつページを捲る。
捕鯨の知識と異種との戦いにおける知識がちょこちょこ挟まって来るの笑っちゃうんだよね。
前世の価値観があるからこその楽しみだ。
「――――楽しそうだね」
夢中で読み耽っていたら声をかけられた。
「茉優ちゃん。おはよ」
「おはよう。何読んでるの?」
「白鯨って小説。図書館でおススメしてもらったんだけどこれがまたすげえおもしれえの」
「どんなお話?」
「船乗りと鯨の異種格闘を描いた話だよ」
今はまだ序盤も序盤。海に出てすらいない。
だが先に述べた雑学的な知識や登場人物の掘り下げだけでも十分面白い。
文学というよりは娯楽小説に近いのかもな。
一応小学校高学年から中学生向けだがちょいと文章が硬くてとっつき難いのが難点か。
「鯨とってことは海で? 良いね。アウェイでの戦いに赴くのって私、結構好き」
「燃えるよな!!」
主人公たちが痛快な活躍をするのも好きだ。
けど逆境で心を燃やす様も同じぐらい好きだ。
どっちもロマンがある。甲乙つけ難いよな。
「ってか勇八くん、動物もありなんだね」
「どゆこと?」
茉優ちゃんが意外そうな顔をしている理由が分からず首を傾げてしまう。
「だってほら、相手の気持ちとかそういうのを感じるのが好きなわけでしょ?」
「うん」
「動物が相手だと一方通行になりがちじゃない?」
「おいおいおい、そりゃとんだ偏見だよ」
動物にも心はあるさ。
本気でぶつかり合ったのなら動物の気持ちだって伝わるし人間の気持ちだって伝わるはずだ。
「ふぅん?」
「……?」
少し、緊張したような空気が……気のせいか?
「じゃあ、さ。今度一緒に動物園でも行く?」
「動物園?」
何でこの流れで――あ、いや待て。これ白鯨の時と同じだったりする?
俺が完全に退院したのは六歳の頃。入学の数カ月前だったか。
そこから数えると二年ちょっとか。これまでの時間を取り戻すように家族でお出かけとかもめっちゃした。
ただ動物園や遊園地などには行ったことがない。
というのも両親は俺の行きたい場所に行かせてやりたいという気持ちが強く毎回リクエストを聞いて来るのだ。
俺は動物園や遊園地なんかは興味がないので自然と足が遠のいてしまった。
最近は少しずつ両親の行きたいところも聞けるようになったのだが……まあそこは置いといて。
(……動物園もこの世界だと違うのか?)
違うと考えるべきだろう。この話の流れで出て来たわけだしな。
「え、何か変なこと言った?」
「ああごめん。動物園とか行ったことなくて。ほら、俺身体が弱かったからさ」
「あ」
気まずそうな顔をされると俺も罪悪感が……。
「ねえ動物園ってどんな感じなの?」
何でもないよう努めて明るく聞いてみる。
「え、えっと。そうだね。やる気満々なアニマルたちが沢山居て……」
茉優ちゃんが動物園について語りだす。
うん。やっぱり俺の知ってる動物園とは別物だった。
どうにも動物園に居る動物とはある種、契約したプロ選手のようなもののようだ。
闘志に溢れる自然界の動物たちに飯と寝床、戦いを提供する代わりにそれを見世物にさせてもらう。
それがこの世界における動物園らしいのだが、
(……こんな笑える馬鹿要素、何故本編に出てない?)
エイリアンとかキャラに居たんだからカンガルーとか出せるじゃん。
あ、これひょっとして追加要素か?
Pの構想によれば政拳伝説は無謀にも長期シリーズを予定していたらしい。
現行の作品をアプデしつつ熱を絶やさないようにしてその間に続編を開発していくつもりだったみたいだからな。
動物園とかはアプデか続編で追加される予定だったのかもしれない。
「――――面白そうじゃん」
今俺が高校生だったなら学校サボって動物園直行してたぐらいには興味をそそられてる。
「母さんが巡業から帰って来たら……あ、駄目だ。今度のお出かけは別の予定で埋まってる」
今やってる大河ドラマ縁の地を観光する予定なのだ。
母さんがリクエストしてくれたのだからこれを変更するのはな。
言えば喜んで変えてくれるだろうが俺の心情的にはなしだ。
なら母が帰って来るまでに父と二人だけで――母さん拗ねちゃうしこれもなしだな。
「お小遣いあるし一人で……いや小学生が一人で行けんのか?」
「めっちゃ興味津々じゃん」
と茉優ちゃん。
ちょっと恥ずかしくなってしまい「うへへ」と愛想笑いを返す。
「なら、さ」
「うん?」
「今度のお休みにでも私と一緒に行く?」
「茉優ちゃんと?」
「うん。話してたら何か私も行きたくなってきたしさ」
茉優ちゃんとか。俺より詳しいだろうし一緒に居てくれるのはありがたいな。
「二人だけで大丈夫かな?」
「送迎だけしてもらって入園まで見送ってもらったら大丈夫だよ」
それならまあ、問題ないかな?
父さんと二人だけなら拗ねるだろうけど友達と二人で動物園行く分には母さんも何とも思わんだろう。
何なら女の子と二人? デートじゃない! キャー♪とかはしゃぎそう。
「じゃあ、お願いしようかな。うん、付き合ってくれる?」
「喜んで」
愛らしい笑顔が返って来た。
「勇八くんは土曜と日曜どっちが良い?」
「茉優ちゃんに合わせるよ。俺は別に習い事とかもしてないし」
「なら土曜ね? 約束だよ?」
「うん!」
指切りをしてキッチリ約束を交わす。
しかし何だね。指切りって良いよね。大切な約束をしてるって感じがする。
「へへ楽しみだ……うん?」
「どうしたの?」
「いやあれ」
と教室の入り口を指さすと茉優ちゃんも振り返る。
そこには上級生らしき男子が居て半分身体を隠してわなわなと震えながらこちらを見ている。
「……誰?」
「さあ?」
茉優ちゃんにも心当たりはないらしい。
困惑する俺たちをよそに上級生男子はぽつりと呟く。
「う、噂以上の色男だぜぇ……!!」
色男? 男――――え、俺?
「朝の教室で女子とデートの約束取り付けるとか信じられねえ……」
えっと、どういうこと?
デートの約束ってのは今しがた交わした動物園に遊びに行く約束のことか?
普通に友達と遊びに行くだけだが、まあ小学生だしな。
男子が女子とつるんでるだけで囃し立てられるようなことも珍しくはないか。
「やっぱり、アイツっきゃねえ」
震えが止まり意を決したような顔になった上級生の子が教室に入って来る。
そして、
「頼む! どうか、どうか俺に力を貸してくれぇえええええええ!!」
土下座。
ぽーん、だよ。俺も茉優ちゃんも突然のことに漫画なら目玉ぽーんしてたわ。
マジで状況が飲み込めない。茉優ちゃんに助けを求めるような目を向けると「え、私?」と軽く引いた。
それでも根が優しいからだろう。茉優ちゃんは小さく溜息を吐くと口を開いた。
「あの、先輩ですよね? 急に何なんですか?」
「そ、そうっすよ。いきなり力を貸せとか言われても」
困りますぅ。
「お前しかいねえんだ! 頼れるのはもううちで一番のモテ男であるお前しか!!」
「「ど、どういうこと!?」」
最初から! 最初から説明して! 順序立てて!
「とりあえずあの、自己紹介からしてくれません? 私も勇八くんも先輩の名前すら知らないんで」
茉優ちゃん頼りになるなあ。
「わ、わりい。えっと、俺は5-2の亀井智明だ。好きに呼んでくれ」
「じゃあ亀ちゃん先輩」
「勇八くんはいきなり距離詰めすぎじゃない?」
「いや何か相談事あるみたいだしさ。だったらもうぐいぐい心の距離縮めといた方が良いかなって」
俺がそう言うと、
「こ、この詰め方やはり……!」
何なのそのリアクション?
とりあえず俺と茉優ちゃんも改めて自己紹介をし場を仕切り直す。
「亀井先輩。続きお願いします」
「あ、ああ。その、実は俺……す、好きな子が居るんだ」
キョロキョロ周囲を見渡しつつ亀ちゃん先輩は小声で言った。
「「はあ」」
気のない返事だがそうとしか言いようがない。
「ただその子は一学期が終われば転校しちまうんだ」
それはまた切ないな。
「だ、だからその前に告白……は無理でもその、転校後も繋がってたいっつーか……」
志が低いと笑いはしない。告白ってのは一大事なんだからそう簡単にはできないさ。
相手に向ける想いが強ければ強いほど二の足を踏んじまう。
「それで、十波に相談に乗ってもらいたくて」
「何で俺?」
「何で勇八くん?」
ここまでのやり取りを見れば分かるように亀ちゃん先輩と俺は今日が初対面。
学年も違えば今日まで私的な付き合いがあったわけでもない。
何故そんな相手を頼ろうと思ったのか。俺にはこれが理解できない。
「十波が拳小一の色男だって聞いて……」
「どこ情報よそれ?」
拳小というのはうちの小学校の名前だ。正式名称は拳道小学校。
まあそれは良いとして一体何をどうすれば俺がうちで一番の色男だなんて噂が出回るんだ。
「あ」
「茉優ちゃん?」
何か心当たりが?
「噂によると十波って奴はうちで一番可愛いって言われてる女子の……その、何だ。
ふぁ、ファーストキスを人前で堂々と奪ったとか。しかもまるで恥ずかしがる様子もなく口説き文句を連発したって」
とんだ偏向報道だぜ……。
というか茉優ちゃんってうちの小学校で一番可愛いとか言われてるのか。
「俺も最初は半分ぐらい疑ってたんだが頼れるのが他に居るわけでもねえし」
いや絶対居るでしょ。
「それでちょろっと教室を下見に来たら……あ、朝っぱらから女の子とデートの約束を!!」
それは……いや、まあ、傍から見ればそう、なのか?
「コイツは間違いねえって思った! だから頼む、俺に力を貸してくれ!!」
再度、土下座。これもう一種の暴力だろ。
「……どうするの?」
「どうするって言われても」
……困ってるのは事実だ。
でも好きな子に少しでもその想いを届かせようと年下のガキにマジで頭下げてる。
その心意気を酌まねえのは俺の男が廃るってものだ。
「まあ、力になれるかどうかわかんないすけどそれでも良いなら」
「と、十波……ありがとう! 本当にありがとう!!」




