ヤ×目×××プ編 Result
透さんのお住まいは大学生が暮らすにはちょっとご立派過ぎない? というマンションだった。
普通のアパートで部屋はちょっと小洒落た感じなのかなとか思ってたのでかなり意外だ。
「透さんってお金持ちなの?」
「ストレートに聞きますね……まあそうですね。実家はそれなりに裕福かと」
ただこのマンションについては違うとのこと。
それはどういう? と事情を聞いてみるとこれまた予想外の返答が返って来た。
「私の住んでるところが実は幽霊が出る所謂いわくつき物件と呼ばれる部屋でして」
実家が不動産屋をやっているという友人に頼み込まれて入居したのだという。
「マジで!? うわ、やべえ超見てえ!」
エレベーター早く来ねえかな!? 一瞬にしてテンションが爆上がりしたわ。
「気にしないだろうとは思ってましたが本当に予想通りのリアクション」
「いやだって幽霊出るいわくつき物件とか普通、リアルでお目にかかれませんよね!?」
何かこう胡散臭い怖い話の中だけの存在じゃん。
それをお前、ナマで見られるとか超テンション上がるじゃんね。
「期待を裏切るようで申し訳ありませんが既に除霊は済んでしまっているので」
「済んで……え、透さんがやったんです?」
「はい。魔族の血が流れてると言ったでしょう? 夜間に魔力を使ってちょちょいのちょいという感じで」
そのお礼ということで大学卒業まで格安の家賃で住めるようになったのだとか。
そうか。幽霊居ないのか。ちょっと残念だ。
まあでも元とは言え幽霊物件でお泊りできるのは滅多にないことだしそれで良しとするか。
「ただ怪しい壁のシミとかはまだ残ってますから」
「マジで!? しゃ、写真撮って良いですか!?」
「どうぞどうぞ」
「やった! 今度佐吉らに自慢したろ!」
そうこうしている内にエレベーターが到着し最上階である八階へ。
透さんの部屋は角部屋で曰くがなければ家賃もかなりお高そうだ。
「おじゃまします」
頭を下げて中へ――わ、早速だ。
「こ、これが例の!?」
「はい。シミその①です」
玄関入って直ぐの廊下右側には人型のシミが浮かんでいた。
そりゃこんなん貸せねえわな。
「壁紙を張り替えてもシミが浮かぶし上からポスターか何かを貼り付けても同じでして」
やれやれと透さんは肩を竦める。
いやまあ、気にする性質ではないだろうとは思ってたがマジで気にしてねえ。
許可を貰い数枚、写真を撮らせてもらう。
「ありがたやありがたや」
「拝むのも何か違うと思いますがね」
透さんに連れられてリビングへ。
うっわ、分かっちゃいたけど広いな。学生の時分にこんな部屋住めたら毎日パーリタイムじゃん。
「お茶を淹れますのでまあゆっくりテレビでも観ていてください」
「はーい」
リモコンを渡されたので早速、電源を入れソファに飛び込む。
「『本日未明、五島財閥本社ビルにて謎の爆発が……』」
「またかよ」
五島財閥と言えば内ゲバ。内ゲバと言えば五島財閥。それぐらいには常に揉めてるとこだ。
これもうニュースにしなくて良いだろ。道路に変わった野菜が突然、生えて来たとかのがよっぽどレアじゃん。
「『秘密結社ALTAIRを名乗る組織がタンカーを乗っ取り……』」
「聞いたことねえな」
新興組織だろうがどこまでやれるのか。
悪の組織界隈はな。やっぱ昔っからあるのが強いよ。
隆盛と衰退を繰り返しながら雑草のようにしぶとく残り続けてるからな。
「うん?」
ごろんと寝転がったが何か頭に変な感触。起き上がって確認すると、
「おぉぅ」
下着が無造作に放られていた。着替える時に脱いで籠に入れるの忘れたんだろう。
色がソファと同じ黒系統だから気付かんかったぜ。
にしても、
「透さんてば結構過激なのつけてんのね」
透け透け黒レースのブラとTバックだ。
あんまり化粧っけがないけど見えないとこはしっかりしてる、と。
「お待たせ致し――――はっ!? ち、ちが! それは!!」
わなわなと震えながら透さんはこちらを見ている。
とりあえずお盆に乗せたお茶が危ないから一旦それ置こう。
「あ、ああああの! いや、ホント! や、やらしいこと考えてたとかではなく!」
いや別に下着どんなんでも個人の自由でしょ。
「大丈夫ですよ透さん。巡業から帰って来たうちの母さんのがよっぽどすげえから!!」
「えぇ……?」
「それ下着の意味ある? みたいなんばっかだから!!」
俺の名誉のために言っておくが母さんの着替えを覗いたとか箪笥漁ったわけではない。
普通に洗濯ものとして外に干してあんだよバトル(意味深)用としか思えないランジェリーがな。
子供だから分からないと気を抜いてるんだと思う。
ただ俺が前世の知識とかなかったとしても気付いてたんじゃねえかな。
だって俺ら普通に捨てられたエロ本とか秘密基地に隠して回し読みしてっからね。
いや小学生のエロ事情はどうでも良いんだ。
「それに母さんと違ってやらしい理由じゃないのは見て分かるんで」
単純に趣味趣向だろう。
「あ、あの……まじまじと下着を見られるのはちょっと……そ、そのとりあえず解放して頂いても?」
「おっとごめんなさい」
何か人質取った犯人を刺激しないようにしてる警察官みたいでちょっと笑う。
持っていたブラとパンツをお渡しすると透さんはほっと胸を撫でおろした。
乙女的には洗濯してない下着を子供とは言え異性に見られるのは辛いよねっていう。
「……ところで見て分かる、とは?」
「ああほら、変なものが見えたりするって言ったでしょ?」
「? え、ええ。しかしそれが」
「見えるんですよ。オーラみたいなんが」
常にってわけではない。
俺も詳しく検証したわけじゃないから推測になるがと前置きをして説明する。
「母さんや外に干してある下着からからもうすんげえピンクのオーラ出てんですよ」
ドギツイピンク、略してドピンクのオーラがな。
こう……むっわぁあああああああ! って擬音が聞こえてきそうなぐらいのやつ。
「ちなみに父さんからはどこか悲壮な決意漂うシリアスなピンクオーラが漂ってます」
「……お、お父さん」
さっと口元を手で押さえる透さん。うんまあ、言いたいことは分かる。
「あとそうですね。前に駅前で公開プロポーズかましたリーマンの人にもピンクオーラ見えました」
多分だがエロ含む愛全般の強い気持ちが一定水準を超えると視認できるようになるんだと思う。
透さんの下着が水準以下のエロさという可能性もあるがそこは触れぬのが武士の情けだろう。
「まあそういうわけで透さんの下着からはオーラ出てないんで大丈夫ですよ!」
仮に出てても何の問題があろうか。
「エロくても良いじゃない。そこに愛があるならオールOKだと思います!」
ぐっ! と両手の親指を立てて笑いかけると透さんは引き攣った笑みを浮かべた。
「……軽い気持ちでマッチングした男子小学生のキャラが濃過ぎます」
「お嫌いですか?」
「大好きです! ――――はっ!? いや変な意味ではなく! 人間! 人間的な意味で!!」
「まー、どっちでも良いですよ。何であれ誰かに好きになってもらえるのは素晴らしいことなので!!」
それに俺だって下心ムンムンだしな。
(へへ、夜中が待ち遠しいぜ。ああ、バッチリキメてやるさ!)
少し雑談をしてから夕食タイム。
最初は途中で何かを買って行こうかと言われたのだが俺の希望で透さんの手料理になった。
本人は人並程度だからとちょっと腰が引けていたけど折角だし御馳走になりたいじゃん。
お出しされたのはシーフードミックスを使った炊飯器ピラフにサラダ、スープ、鶏のソテー。
透さんが好きな物をというリクの結果だがこれがかなり美味しかった。
食事の後はお風呂。お客様ということで一番風呂を頂いた。
『……残り湯』
ぼそりと呟いていたがまあ武士の情け武士の情け。
透さんが風呂を済ませたらバトル談義。これも大いに盛り上がった。
そして二十二時就寝。子供を夜更かしさせるのは忍びないとのこと。
でも夜の十時とか今日日小学生でも起きてるよ。
ただまあ“後の予定”を考えると都合が良いので俺は素直に従った。
用意された部屋で来客用の布団に包まれ就寝し――先ほど仕掛けたアラームで目を覚ました。
「ぬふふ」
時刻は午前二時。草木も眠る何とやらだ。
俺は素早く持参したパジャマから運動用のジャージに着替え部屋を出た。
向かう先は透さんの自室。抜き足差し足忍び足で侵入しベッドで眠る透さんに跨る。
「うん……うぇ!?」
子供とは言えそこそこの重さだ。目を覚ました透さんがギョッとした顔でこちらを見ている。
「ゆ、勇八くん? こ、こんな時間に何を」
「夜這いで~す♪」
「よばっ……!?」
俺が悪いのか? いや俺は悪くねえよ。
“深夜”にしか力を使えない、なんて口を滑らせた透さんが悪い。
あんなん聞かされて我慢できる奴居る? 居ねえよなぁ!!
「い、いやでもそんな……」
「深夜の公園で二人きり。そんなシチュはお嫌いですか?」
「お好きです! ――――はっ!?」
互いに好き者。だったらもう変な我慢はなしにしよう。
行こう、と手を差し伸べると透さんは少し躊躇いつつも手を握り返してくれた。
「あ、着替えが先ですね。すいません気が急いてしまって」
ハーフパンツにシャツとラフな格好で一応、外を出歩いてもそこまで変ではないと思うが……。
「いえ。力を使うというのであれば着替えは“必要”ありませんので」
「?」
「行きましょうか」
透さんの瞳は微かに赤い光を湛えていた。
ぞくぞくと背中が震える。最高の夜になる。これはもう確信だ。
「さて」
透さんに手を引かれて近場にある公園へ。
深夜の公園で立ち会う。バトルのお約束だろう。これにそそらない奴はそうそうおるまい。
「勇八くんも……ふふ、これ以上焦らされたくはないでしょうし、ね?」
魔力の影響か。少し、性格が変わっているように感じる。
良いね。そういう変化も嫌いじゃないよ。むしろ好き。
「!」
どろりとした黒炎が透さんの身体から立ち上る。
「おぉ……おぉ……! 動画とかではこういう不思議パワー見たことあるけどナマはやっぱちげえなあ!!」
そして着替えが必要ないと言った理由が分かった。
黒炎に巻かれ燐光となって衣服が消えていく。
全裸に? いや違う。服の代わりに黒炎が局部を覆い隠しているのだ。
揺ら揺らと揺らめく黒い炎のコスチューム、といったところか。かなりセクシー路線なのは魔族ゆえか?
爛々と赤く輝く瞳。色濃くタトゥーのような形に変化した隈。背中から生えている蝙蝠のような翼。
これが透さんのミッドナイトバージョンか!
「さ、おいでなさいな」
変身を終えた透さんが指を踊らせ手招きする。
ありがたく! と俺が叫ぶと同時に互いのゲージが出現。バトルが始まった。
「ッ……なるほど、変わったのは姿形だけじゃないってわけか!!」
「ええ。この姿になると、少しばかり意地悪になるみたいです。ふふ」
根っこにあるのは変わらず截拳道だ。
しかしその使い方が変わっている。
ノーマル透さんがオーソドックスな戦い方ならダーク透さんはイヤらしい戦い方と表現すべきか。
このイヤらしいというのは巧妙という意味ではなくエロい意味だ。
もどかしさを与え俺をひたすら焦らして中々気持ち良く戦わせようとしない。
それでいてこちらの興奮を煽るような立ち回りをしてくるのだからこれはもうエロとしか言いようがないだろう。
「昼間は翻弄されっぱなしでしたが」
ちゅっ、と投げキッスのようなモーションと共にエネルギー弾が放たれた。
両腕を交差し防ぐが踏ん張り切れず仰け反るように吹っ飛んでしまう。
「少しは年上のお姉さんの面目を保てたでしょうか?」
ふわりと背中に柔らかな感触と甘い囁き声。
一瞬で回り込まれて優しく抱き留められてしまったとワンテンポ遅れて気付く。
「……ドキドキしっぱなしですよ。心音、聞きます?」
「是非に」
艶めかしい手つきで俺の体を空中で動かしお姫様抱っこのような形に収めてしまう。
抗おうとしたが抵抗は全て出鼻を挫かれ成すがまま。
そして頬擦りをするように俺の胸に耳を当て、一言。
「可愛い」
ふっ、と手が離される。
落ちる前に体勢を立て直し習ったばかりのリードパンチを顔面目掛けて放つ。当たらない。
指先で撫でるように軌道をずらされてしまった。
(嗚呼)
何て、何て焦れったい。
優しく優しく俺を傷つけないようにしつつも気紛れにほんの少し、ミリ単位でゲージを削られる。
あまりのもどかしさに俺はもう、どうにかなってしまいそうだ。
(悔しさがある)
己の不甲斐なさに対するもの。
(申し訳なさがある)
透さんに対するもの。
その他、語り尽くせぬほどに雑多な感情が胸の中で渦巻いている。
(感情が……感情が……溢れ出す……!!)
いや良い。それで良い。解き放て。多分、それが正解。
「!」
ゴゥ! と風が吹き抜けた。
大きく見開かれていた透さんの目がとろんと蕩ける。
「……素敵」
「まだまだカッコイイとこ見せたげますよ」
まあ何となく察しもつくと思いますが……目覚めた力はいずれってことでマチアプ編終了です。




