最終話
懐かしい匂いが鼻を擽り、意識が浮上する。
真っ白な天井。ぼんやりとした頭でも分かる。
(第二のマイルーム……)
つまりは病室だ。
俺が病弱時代に使っていたあの個室に相違あるまい。
ここにいるということは上手いこと生き残れたというわけだ。
フリューゲルとの決着は……クッソ、あそこで爆発するとかマジでアジト空気読めてねえわ。
いや空気を読めてないのは爆薬か?
(頼むぜボンバー、もうちょい空気読んでくれや)
と、そこで扉が開かれる。
「! 勇八、目が覚めたのね!?」
母だった。
手に持っていた荷物を落とし俺に抱き着き良かった良かったと笑い泣くその姿に少し罪悪感。
巡業は、なんて聞くのは野暮だろう。
息子が悪の組織に拉致られたと思ったら重傷で帰って来たのに心配しない親がいるもんか。
話を聞くとどうやら俺は一週間も眠りっぱなしだったらしい。
「おはようゆうちゃん。気分はどうかね?」
少しすると父がお爺ちゃん先生を連れて病室にやって来た。
母の声を聞いて俺が目覚めたのが分かったからお爺ちゃん先生を呼びに行っていたようだ。
「悪くはない。けど良くもないって感じかな。あそこで決着つかずとかあり得ないでしょ」
身体の方は全て問題なし。
俺がそう答えるとお爺ちゃん先生は腹を抱えて笑い始めた。
「ふぁーふぁふぁふぁ! ほんに元気な子になったのう!」
「毎日飯がうめえ!!」
「そりゃ結構! とは言えわしも医者じゃて。検査はせんとな」
そりゃそうだ。
検査の最中、俺は付き添いの父母に細かな経緯を聞くことにした。
まずは外の状況。当然、大騒ぎだったらしい。
それでも十波家としては最初は他人事だったようだ。
ただ俺が夕方になっても帰って来ないのと連絡がつかないことでまさかと思っていたら警察から連絡が来たらしい。
どうも茉優ちゃんは親御さんにツリーに行く連絡を入れていたそうなのだ。
それ経由でうちにも連絡が来て母も慌てて家に帰って来たという。
「で、そっちの状況は勇八と一緒に戦った人たちからのまた聞きになるんだが」
まず第一に拉致された被害者の中で人死にはなかったとのこと。
それは嬉しいことだが、
「……よく全員、生きてたね」
最初に目覚めた部屋と透さんたちと顔を合わせた部屋、そしてバトルをした部屋。
これぐらいしか知らないがそれでも悪の組織のアジトなのだ。結構な広さだったろう。
全員がスムーズに脱出できたというのは驚きだ。
「話を聞くに既に準備は整っていたらしい」
「準備?」
「勇八たちのバトルは拉致されていた人たちにも中継されていたそうなんだ」
その戦いぶりに触発されたのだろう。
俺がフリューゲルとやり始めて少しした段階で一斉蜂起したらしい。
フリューゲルに報せが届いていなかったのは……どっちだ?
失態を知られたくなかったから内々に収めるつもりだったか、フリューゲルのバトルを邪魔したくなかったのか。
まあ理由はどうでも良い。そういうことなら納得だ。
「既に動き始めていたから脱出に間に合ったらしい。それでもかなりギリギリだったみたいだが」
「俺はどんな感じだったの?」
「爆破の衝撃でかなり吹っ飛ばされたようだがしっかり息はしていたそうだ」
かなりの重傷ではあったが命に別状はなかったとのこと。
「なるほど。じゃあ俺の賭けは成功したんだ」
「“死に際のロマンティクス”ね?」
「うん」
体力が一割を切った際に発動可能になる超必殺技だ。
効果はシンプルで一定時間の超強化。
身体能力が跳ね上がるだけじゃなくコイツが発動すると体力ゲージが一定時間マックスになり減らなくなる。
一時的な不死身状態だな。時間経過で元の体力に戻るがそれまではどんな攻撃にも耐えられる。
記憶が飛んでるのでその時のことは覚えていないが爆発の中、体力が一割を切ったところで俺は発動に成功したのだろう。
でなければ五体無事で生きてるわけないもの。
「で、続きだが」
被害者の中に医療関係者やヒーリング系の技を使える人がいたそうでその人たちが手当をしてくれたらしい。
それから数時間ほどして救助がやって来たとのことだ。
管制室に殴り込んだ人たちがアジトの場所を警察に伝えたんだとか。
「……フリューゲルは?」
「死体は見つからなかったが」
じゃあ生きているのかと言われればそれはどうか……って感じか。
(でも俺がこうして生きているということはあっちも生きてる可能性があるわけだ)
死体が見つからなかったとか如何にもじゃんね。
奴が生きてるならリベンジに期待できるな。
復活の“F”とでも称するべきか。何時かの未来に想いを馳せて頬が緩む。
「まあ何にせよ皆々様無事で何より!」
「ゆうちゃんもな。ほい、諸々オールオッケーじゃて」
もう二、三日入院することになるが問題なく退院できるとのこと。
「おう勇八ちゃん! 元気になったみたいやな!!」
病室に戻ると入口の前で決戦のメンバー+茉優ちゃんが俺を出迎えてくれた。
何でも父が連絡を入れてくれたらしい。本当に気の利く男である。
「嬉しいんですけどお仕事とか大丈夫なんです?」
≪……≫
「え、何か変なこと言いました?」
確か今日平日だよな? まだ日は高いので茉優ちゃんと……透さんはどうなんだ?
ともかく大人は仕事だろう。
「い、いやほら。あんまりにも真っ当なこと言われて驚いちゃったのよ」
「皆さんは勇八くんが気持ち良く変態してるとこしか見てないからしょうがないよ」
気持ち良く変態って……参ったな返す言葉が見当たらん。
両親も詳しい経緯を聞いているようで苦笑している。
「ま、それはさておき仕事ら後回しでええねん!」
一緒に命を懸けた仲間がようやっと目を覚ましたのだからと坂田さんが笑い他の皆も同意した。
「事情を話したらうちの上司は快く送り出してくれたよ」
「私も今日はバイト休みだし」
「私は午前中で終わりですから」
そういうことなら良いのかな?
ってか今気づいたんだが病室、何かやたらと荷物多くない?
「一緒に拉致されていた方たちが勇八のためにって贈ってくれたのよ」
「わしらがこうしてここにおるんは勇八ちゃんのお陰やさかいな」
勿論、わしらも手土産持参しとるでと各々紙袋を見せてくれた。
食べ物だったり本だったりと色々で……いやはや照れるね。
「ありがとうございます。あの、沢木さんは大丈夫だったんですか?」
他の面子は単純な負傷だが沢木さんだけは毒を食らっていたはずだ。
「問題ないよ。アイツらも言ってたように最初は殺すつもりはなかったようだしね」
二、三日で毒は抜けたと微笑む沢木さん。
この姿を見ているとあの時、ブチキレていた人と同じには思えんな。
「とりあえず終業式には出られそうだね。皆、勇八くんの話楽しみにしてるよ?」
「え、広まってるの?」
「うん。ニュースで取り上げられたし」
お手柄小学生、悪の組織を壊滅させる! みたいなんがあったとのこと。
未成年ということで配慮して名前は出ていなかったが……まあ近しい人間にはバレるか。
俺と茉優ちゃんが拉致られたとなれば学校から他の保護者にも連絡行くだろうし。
「参ったなこりゃ学期終わりにヒーロー誕生しちゃうじゃんね」
「ふふ、そうだね。まー……アレなところもあったけど総合すると滅茶苦茶カッコ良かったし」
「期待に応えられたようで何よりだよ」
それからしばらくお喋りをして皆と両親も家に帰って行った。
寂しくはない。何ならこの病院、第二の家みたいなもんだからな。
夕飯を終え体を拭きダラダラと夜まで過ごし後は就寝……するだけなのだが、
「眠れないな」
一週間爆睡こいてたからな。当然である。
個室なのでテレビもゲームも問題なくやれるがどうにもそんな気分ではない。
俺は病室を抜け出し屋上に向かった。
「ふぅ」
夏だが今日は涼しく風が心地いい。
頬を撫でる夜風に目を細めていると、
「良い夜だね」
男の声。屋上には誰も居ない。扉が開いた音もしなかった。
警戒しつつ振り返り、
「お、お前は……?!」
その髭。そのグラサン。そのアロハ。
十年近くそのツラを拝んではいないが見間違えるものか!
「せ、政拳伝説P森原!?」
「今でも覚えてくれているとは……はは、いや照れるね」
「な、何故」
いやこれはどういうことだ?
そもそもの話をすればゲームの世界に転生なんてこと自体、非常識ではあるんだが……。
「うん? あれ? お前」
どう反応すれば良いか分からず困惑していたがはたと気付く。
コイツ――――“人間じゃない”。
力に目覚めた影響だろうか。人ならざるものの気配というのが何となく分かるようになった。
視線の先に居る森原から人外の気配。それも何だこの圧倒的な質量は……?
「気付くか。まあ気付くよねそりゃあ」
クツクツと笑い森原は言う。
「――――僕ぁこの世界のいわゆる創造神というやつなんだ」
「そ、そうぞうしん……?」
「そう。まあ創造神と言っても前世で君が生きていた世界ではあくまで神の一柱でしかないんだけどね」
「は、はあ?」
横に並び星を見上げながら奴は語り始めた。
曰く、俺がかつて生きていた世界は基底世界と呼ぶらしい。
神々はそれをコピーし自らの世界を創り上げるのだという。
「ゲーム制作における無料配布のアセットみたいなものさ」
自らが創り上げた世界を創作物という形で基底世界で発表するのが神々の間で流行っているらしい。
全部の創作がそうではないが俺がプレイしていた政拳伝説は神の創作だったようだ。
俺たちは空想の皮を被った一つの現実を遊んでいたということなのか……。
いやそんなことはどうでも良い。
Pがただの人間ではなく、この世界の創造神だと言うなら、だ。
「……俺をこの世界に転生させたのは」
「僕さ」
「な、何故?」
決してイヤだったわけではない。だが何故、俺が神などというものに目をつけられたのか。
「君がこの世界を愛しているから」
「は?」
「政拳伝説が不当な仕打ちで販売禁止になった涙の日……」
「いやあれは妥当な仕打ちだよ」
何言ってんだお前。実際にある世界だからって何しても良いってわけじゃねえんだぞ。
創作って形にするなら名前や容姿ぐらい変えろや。
「あれの少し前、公式サイトでキャンペーンを開いたのを覚えているかな?」
「スルーしやがった……ああうん。何か豪華賞品貰えるっつーアレだろ?」
政拳伝説への愛を叫ぼう! みたいなやつだったかな?
俺もすんげえ長文書いて送った覚えが……え、まさか……。
「当選おめでとう」
「マジかお前!?」
「全てのメールに目を通した結果、君が一番愛に溢れていたから選ばせてもらった」
ただ、とPは溜息を吐く。
「まさかこんなに早く転生させることになるとは……」
「???」
「特に病気の兆候もなかったし平均寿命ぐらいは生きると思ったんだがねえ」
本来の予定では俺がじじいになりポックリ逝った後にご招待する予定だったという。
「いや今思い出しても震えが走るよあのピタゴラ死イッチ」
高所作業中の足場から落下して来た工具。
突っ込んで来る車。
通り魔。
ヤクザの抗争。
他にも無数の死に繋がるものが営業で外回りをしている俺に降りかかったのだという。
「十二個までは見事回避したんだけど最後のは駄目だったね」
「……覚えてないんだけど何だったの?」
「君の名誉のために伏せておこう」
「何だったんだよ!?」
「それでまあ、死んじゃったから慌てて僕の世界に転生させたってわけさ」
というわけで改めて当選おめでとう! とPは拍手をする。
……どうリアクションすれば良いんだ?
「で、わざわざそれを言いに?」
「それもあるけど、こっちはオマケ。君に聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
Pは一つ頷き、俺の目を見て口を開いた。
「幼い頃から病魔に蝕まれ明日をも知れぬ命。
ようやっと健康になったかと思えば今回のような事件に巻き込まれる。
この先、幾度もまた命の危機に直面するだろう。どうも君はそういう星の下に生まれついたみたいだからね」
……?
「そんな君の目にこの世界はどう映る?」
ああ、そういうことか。
「君にとってこの世界はどんなものかな?」
どうって? そんなの決まってる。
「OK!!」
この一言で伝わっただろう?
Pは一瞬キョトンとするも直ぐに心底嬉しそうな笑みを浮かべ、
「OK!!」
そう告げて去って行った。
その背を見送り、俺は何だかおかしくなって笑ってしまった。
「! おやおやおや」
良い気分のまま星を眺めているとぞわりとする悪意の気配を察知。
この香り……ボスをやられた残党の報復とかそういうあれかな?
「ふ、ふふふ! ハハハハハハハ!!」
月に向かって腹の底から叫ぶ。
「――――OK!!」
血沸きたつ、いざ生きめやも。
最初は小学生の主人公を通して世界観をざっくり説明。
以降は老年期、中学生、青年期、また小学生とか時系列バラバラで話を書くつもりでした。
ファイターとして脂の乗った三十代や老いて尚ますます盛んな爺主人公とか色々と。
格ゲーでも爺キャラ(主に平八)とかが好きなので。
フリューゲルも初登場は中学時代で作中で示唆した復活のF的話を書いて後々因縁の始まりを書こうと思ってました。
ただ考えてる途中であれこれどうやって話を終わらせるんだ?と行き詰まりまして……。
時間の流れが真っ直ぐなら積み重ねていけば自然にって感じですがバラバラの場合は?
私の腕では時系列をバラバラにした場合のオチが思いつかなかったのと
そもそも主人公が特に目的もなくこの世界をエンジョイしてるだけというのもあり
ならばこういう形で一先ずオチをつけようということでこの最終話になりました。
アフター的な形で上で語った復活のFや
爺になっても元気に興奮しちゃうじゃないか(意味深)してる話とかを書くこともあるかもしれません。
その時はまたよろしくお願いします。
では改めて最後までお付き合い頂きありがとうございます!




