この拳いっぱいの愛を⑤
十分な休息の後、俺たちは別室にあるバトル会場へと案内された。
だだっ広い空間で開始位置のテープはあるがリングはなし。審判も居ないところを見るに反則はないのだろう。
「勇八くん、その人たちが?」
会場で俺を待っていた茉優ちゃんが後ろを見て問いかける。
ここに居るのは俺が要望を出したからだ。
茉優ちゃんはカッコつける相手だもん。近くに居てくれないとやる気半減だもんな。
フリューゲルも一人ぐらいならと許可を出してくれた。
……大方、勘違いしてるんだろうな。好きな子の前でみっともない姿を晒させてやるとかそういうアレだと思う。
何でも色恋に結び付けたがるよね。やれやれだ。
「ああ、選ばれし四人の勇者さ! あ、皆さんこちらは相沢茉優ちゃん。俺の友達です」
一緒にツリーに行って拉致られたのだと言うと何とも言えない顔をされた。
うん、今のは俺が悪かった。
「俺のセコンド? 応援団? まあそんな感じです」
「……勇八ちゃんその歳でえらい色男やないの」
このこの、と坂田さんが俺の肩を小突く。
別にそんなんじゃないのになあ。
「直に顔を合わせるのは初めてだな。十分休息は取れたろう? 言い訳は出来ぬと思え」
俺たちは反対側で待機していたフリューゲルが声をかけて来た。
思わず舌なめずりをすると奴はとっても嫌そうな顔をした。おいおいおい釣れない態度だな。
「そんなことされると興奮するだろ」
「こ、このエロガキ……!!」
失礼だな。ちょっと人より愛に満ち溢れた小学生男児だよ。
「ってかさ。おたくちょっと分かってないんじゃない?」
「は?」
「いやさ。君ら悪者だよ? 立場分かってる? 何堂々と姿晒してんだよ」
あっちも男女混交なんだが問題は全員、堂々と姿を晒していることだ。
「こういう時はさ。全身をすっぽり覆うフードつきマントで姿を隠すのがお約束だろ」
ガッカリだ。楽しみが半減だよ。
「バトルの様式美ってもんを知らねえのか? 小学校で何習った?」
「ん゛あ゛ぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「お、落ち着いて! 落ち着いてくださいフリューゲル様!」
「そうですよ! 子供の言うことなんですから!!」
「ムキにならず……ね? ね!?」
「どうどうどう!」
アットホームじゃないか。
ってかさ、
「子供って言うけどさ。その子供に乗せられてまんまとこんな場に引きずり出された自覚がおありでない?」
≪何だぁテメェ……?≫
「良~リアクションだぁ。そんなに俺の好感度を稼いでどうするつもりなんだよ」
疼く身体を抱き締める。熱い吐息が漏れだした。
≪うわ……何だアイツ……親にどんな教育されてんだよ……≫
「愛情あふれる素敵な教育さ。何せ可愛い一人息子だからな」
≪……≫
そして数年前まで箱入り息子でもあった。
……激ウマギャグじゃないかこれ? ちょっと心のメモ帳に書いとこう。
「何であんなの攫って来ちゃったんですか……」
「玉と石が混ざってるのはしょうがないですけどあれ玉でも石でもないでしょう」
「有害物質ですよ」
「……私のせいではなかろうが!!」
し、失礼な奴らめ……まあええわ。
「じゃあそろそろ始めようぜ。いい加減、焦れて来た」
「たっぷり休憩時間を要求した挙句、意味の分からぬトークを繰り広げておきながら……!!」
「そういうの良いから。ね? 早くやろ? それとも何? もっと俺とお喋りしてたい系?」
「~~シルド!!」
フリューゲルの呼びかけで二メートル近い巨躯の禿男が前に出た。
如何にもなタフネス系。坂田さんの身長は170あるかないかぐらいなので厳しいか?
「安心せえ勇八ちゃん。バトルはガタイやない根性や!!」
上着を脱ぎ捨て上半身裸になった坂田さんが男臭い笑みをたたえ前に出る。
服の上からではただの小太りのように見えていたが……ほう、これはこれは。
かなり練り込まれた肉体だ。正直、抱き着きたい。
「シルド、やったか? めいっぱい楽しもうや」
「楽しむ? くだらん。直ぐに片づけてやろう」
ゴングはない。当事者二人が勝手に始めれば良い。
皆もそれを分かっているから何も言わないのだ。
(……見た感じで分かる力量からしてゲージが出現してもおかしくはないが)
マスクバトルか。ゲージの出現を阻害したり現れたそれを見えなくする機械もあるらしいからな。
ゲージがあれば分かり易くはあるが、ないならないでハラハラを楽しめる。
(まあ今回のはエンタメじゃなくプレッシャーを与えるのが目的だろうが)
相手の残りHPが分からない。自分の残りHPが分からない。
何も懸かっていない純粋なバトルなら気にはならずとも命運が懸かったバトルの場でともなれば、な。
「お」
同時に動く。禿の拳が坂田さんの顔面を、坂田さんの拳が禿の腹を打った。
吹っ飛びこそしなかったが坂田さんの身体が横に大きく流れたのに対し禿は僅かに身体を折り曲げただけ。
禿の追撃。大ぶりの蹴りが側頭部へ。ダウン。しかし直ぐ立ち上がった。また追撃。
「……伊達に悪党はやってないってわけね」
と茉優ちゃん。冷静だな。
自分の命運を託した相手が一方的にやられているように見えているはずだろうに。
「さ、坂田さん!!
鳴海さんが堪らず声を上げた。
「「「大丈夫」」」
俺、透さん、沢木さんの声が重なる。
鳴海さんの様子からして坂田さんは選出の段階では多分、使ってなかったのだろう。
だが分かる人には分かる。
鳴海さんも平常心を保てていたら気付いていたと思う。
「おや、勇八くんも気付きましたか」
「ええまあ。予想になるので当たってるかは分かりませんが」
「だ、大丈夫ってどういうこと?」
「よく見てみると良い鳴海さん。坂田さんの表情を」
駄目だ。まだ笑うな。堪えろ!
坂田さんはそんなモノローグが聞こえてきそうなわる~い顔をしている。
一方的に嬲られてピンチになっている人間の顔じゃあねえわな。
「で、でも!」
「落ち着いてお姉さん。戦ってるのはあのおじさんなんだから外野が騒いでも意味ないよ」
「う゛」
子供に諭されるのはバツが悪いのだろう。
鳴海さんは一度深呼吸をすると小さく謝罪し唇をキツク結んだ。
「何や自分、ちょっと動きが鈍くなってへんか? どっか痛いんか?」
「……貴様が受けながらこちらの身体を攻撃しているのは理解している」
ああ、やっぱりそうか。
受けながら壊すという技術は存在している。というかうちのダッドの得意技だ。
何となく同じ匂いを感じたのでそうじゃないかとは思っていた。
が――――“それだけじゃない”。
「だがそれがどうした!? 俺が壊れる前に貴様をぶっ壊せばそれで済む話だろうが!!」
禿のペースが更に加速する。
嵐のような乱打。受けて壊す技術は分かり難いが多分、対応できているのは六割強。
禿の言い分は決して間違いではない。手足が完全に壊れて攻撃ができなくなる前に相手を倒せば済む話。
だが冷静に考えてほしい。それぐらいは坂田さんも分かっているだろう。
にも関わらずその表情に焦りが見えないのは……。
(虚勢か自信か)
まあ、後者だろう。
いやポーカーフェイスなどを用いた駆け引きも得意そうではあるけどな。
だが今回に限っては明確な自信がありと見た。あくまで俺の所感だが。
「「む!」」
空気が変わった。それを感じ取ったのは俺と……フリューゲルだった。
察知すると同時に坂田さんがここに来て初めて大きく距離を取った。
逃げた、と禿は判断したのだろう。即座に追撃はせずニヤニヤと笑いながらゆっくり距離を詰め始めた。
「いかん! シルド、必殺を打て!!」
「良いねえ坂田さん! やっちまえ!!」
俺たちのリアクションを見て取るや坂田さんがニンマリ笑って高らかに指を鳴らす。
「なに……ぐわぁああああああああああああああああああ!?」
瞬間、禿の手足が爆ぜた。吹き飛んだわけではない。ちゃんとくっついている。
だが内部から爆発したように肉は裂け骨が露出しており戦闘力は大幅に減少したはずだ。
「ゲージを見えへんようにするっちゅーんは何もそっち側だけに利するわけやない」
クツクツと喉を鳴らしながら坂田さんが膝を突いた禿の頭部に蹴りを入れる。
「助かったでフリューゲル。わしの必殺技はマーカーがゲージ下に表示されるタイプやさかいな」
マーカー……破壊された禿が攻撃に使った部位にぼんやり浮かんでいる赤い光の紋様か。
身体に刻まれたのは発動するまで見えないがゲージには表示されるわけね。
受けて壊すという素の技術が必殺に昇華したのだろう。
ゲームで言うところの累積デバフのようなものを禿が攻撃する度に付与していたのだ。
そしてその累積デバフが満タンになった時、それは火力へ転ずる。さっきの爆発だ。
ゲージが見えていれば累積デバフのマーカーが見えて警戒できたのだろうが隠蔽したせいで発見が遅れた。
「ついでに言うと、や。この必殺を発動した後に使える必殺もあってな」
あちこちに散らばっていた赤い紋様が蠢き禿の胸部に集まっていく。
……ここを攻撃すればやばいことになるというのが見ただけで分かる。
「ま、待っ!!」
「――――ほな、さいなら♪」
坂田さんが胸部のマーカーを打ち抜くや稲妻のようなエフェクトが走り、禿は全身から血を噴き出して倒れた。
デスマッチではないので死んではいないだろうが誰が見てもこれ以上の戦闘は不可能だ。
「……彩」
「はっ」
副官らしき女に命じて禿はそのままどこかへ運ばれて行った。
「アベーユ、次は貴様だ。分かっているな?」
「お任せあれ!」
ヒールを履いたけばい化粧の女が前に出る。
まあ予想はしてたがインターバルはなし、か。
挑発しても……多分ここは譲られんな。しゃーない。
「……にしても何だあのメイク? 化粧っていうのは自分をより美しくみせるためのものなんじゃないのか?」
アベーユという女の化粧は言うなればそう、
「何で性格の悪さを際立たせるようなメイクを?」
≪……≫
「性格ブス三割り増し! って感じだぞあれ」
≪……≫
人を見た目で判断してはいけないのはその通り。
だが悪の組織で悪党やってる時点でカス認定は避けられまい。
性格ブスなのは確定だろう。
しかしわざわざ自分の性格ブスっぷりを強調するようなメイクをしているのは理解できない。
普通そこは清楚系のナチュラルメイクとかで取り繕うもんなんじゃないのか?
「やっぱ悪の組織だからか?」
一般的な男の感覚では性格の良い女性が好まれるものだ。
しかし悪人基準で言えば性格の良い女性なんてのはつまらないだけなのかもしれない。
「性格ブスがモテるというのも不思議ではない、のか?」
≪……≫
「だとすればあの性格ブスメイクも理に適っていると言えるわ……ん? 何? 何で皆こっち見てるの?」
ちょっとした会話の後に即、バトルが始まるかと思っていたが何故か無言。
性格ブスも坂田さんも相手ではなく何故かこっちを見つめている。
性格ブスの頬がひくひくと痙攣しているが……あ、興奮か?
弱った相手をこれから甚振れるという興奮で――いやそれならこっち見てるのに説明がつかないな。
「……あのさ」
「お、おう?」
茉優ちゃんがしらーっとした目で俺に話しかけてくる。
「わざとやってるわけじゃないんだよね?」
「え、何が?」
「あのさ。勇八くんって普段から気の良い性格で悪口とか全然言わないじゃん?」
「まあ、そうね。でも俺の性格ってより皆が良い奴だからだよ」
ってか何で急に俺を褒めるの? 照れるじゃんね。
「はあ……いやもうハッキリ言うよ。いきなり性格ブスとかディスり出したらそりゃ空気凍るでしょ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ディス? それはとんだ誤解だ!
「だってアイツら好きで悪党やってるんだぞ? そんな輩に性格美人って言うのはむしろそっちが悪口じゃん!」
「いやでも最初からその理屈で性格ブスとか言ってたわけじゃないよね?」
「最初のは単なる純粋な疑問だよ! 誓って悪口を言ってるつもりはない!!」
そして仮にあっちが悪口だと思ってるとしてもだ。
「悪いことしてるのに性格美人に思われたいとかただの馬鹿じゃないですか!!」
良いことをすれば良い性格だと思ってもらえる。
悪いことをすれば悪い性格だと思われる。
こんなん小学生だって分かる理屈だぞ? 俺悪くねえだろ。
「~~~フリューゲル様! 嫌い! あたしアイツ嫌いですぅううううううううううううう!!」
「お、落ち着け! いやまったく以って同感だが落ち着くのだアベーユ!!」
えぇ……? 何この人たち……。
「引くわぁ」
「いや私たちもわりとマジで勇八くんに引いてるよ」




