この拳いっぱいの愛④
大体一時間ほどか。
フリューゲルが寄越した使いの人間にあれこれ持って来させて存分に寛いでいると連絡が入った。
どうやら残る四人の代表選手が決まったらしいとのことで別室に移動することになった。
「こちらになります」
「うむ、ご苦労」
「……いえ」
小学三年生のガキに上から目線であれこれさせられるのはさぞ屈辱だったのだろう。
それでもボスに命じられた以上、やるしかない。
ここで粗雑な扱いをすればそれはそのままフリューゲルの格が下がってしまう。
あの男の性格からして断じて許容できまい。それゆえキツク言い含められていたのだろう。
世話役の男は青筋を浮かべ頬をひくつかせながらも笑顔で扉を開けてくれた。
「……事前に聞かされてはいたが本当に子供なのか」
「こ、この子が大将かいな。いや……う、うーん……まあでもチャンス作ったんはこの子みたいやしなあ……」
「……なるべく彼に回さないようにしないと」
部屋の中に居たのは男女二人ずつの四人。
ビシっとしたリーマン風の兄さん、小太りのオッサン、何故か頭を外した着ぐるみ着てるお姉さん。
……あ、この着ぐるみツリーのマスコットの翼ちゃんじゃん。
おいおいおい、バイトかよ。せめてスタッフは自分とこの組織から人出せよなフリューゲル。
まあこの三人は良いとして問題は、
「ゆ、勇八くん?」
「……透さん」
最後の一人はまさかまさかの透さんだった。
「ど、どうしてここに?」
「いやぁ友達と遊びに来たら拉致られちゃいまして。そういう透さんは?」
「私も友人の付き添いで来たらこんなことに……いやそれより!」
悪の組織の親玉に喧嘩を売るなんて危険な真似をしたことを咎められた。
危ないことをしたというのはその通りなので素直にごめんなさいをした。
「まあでも俺にも譲れない一線があったものでして」
「……本当に、この子は」
「八雲のお嬢ちゃんは、坊と知り合いなんか?」
小太りのおっつぁんがそう疑問を呈する。
どうやら俺以外の四人は選出の段階でそれなりに話し合いをしたみたいだな。
「透さんはお友達兼師匠の一人みたいなもんです。截拳道教えてもらってるんですよ」
馬鹿正直に言うつもりはないのでさらっと言い訳をしておく。
透さんがキョドる前にフォローを入れたので怪しまれることはなかった。
「ということは君も截拳道の使い手なのかい?」
「截拳道含めて色々使う我流ですね」
「……勇八くんの実力は確かですよ。ええ、モードチェンジした後は私にストレート勝ちをするぐらいには」
「貴女もかなりの実力者だと思ってたけど……ストレート勝ち?」
「ちゅーこたぁ坊も戦力として数えてええっちゅうことか」
「となると少しばかり方針を変更する必要がある、か」
「ちょっとちょっと! こんな小さい子を戦わせるつもり!?」
何か揉めそうな雰囲気なので俺はその場で大きく手を打ち鳴らした。
「とりあえず自己紹介しません? 皆さんは既に済ませてるようですけど俺まだなんで」
俺は十波勇八と申します、と告げると三人も名乗り返してくれた。
「わしは坂田辰夫や。よろしゅうな勇八ちゃん」
「沢木次郎だ」
「……鳴海真希よ」
「坂田さんに沢木さんに鳴海さんですね。はい、覚えました!」
さて蒸し返される前に俺が話をまとめないとな。
「で、話を戻しますけど俺が戦うことは織り込むべきでしょう」
「でも!」
「何せ俺、フリューゲルの奴を散々コケにしてやりましたからね」
相手は悪党で、ここは敵のホーム。
奴は自らの手で俺を甚振りたいはずだ。となると必ず俺の出番が回って来るだろう。
「皆さんの実力を疑ってるわけではありません」
重圧のかかる場面だというのに誰一人そこまで気負った様子はない。
これだけでもう一定の信を置けるというもの。
「ふむ。奴が汚い手を使う、と?」
「部下が役に立たないならそうするでしょう」
「……勇八ちゃん、何言うたんや?」
「まあ色々と」
細かいことは省く。あんまり時間もないだろうしな。
奴が痺れを切らす前に意思統一を果たさねば。
「必ず俺が出る。その前提でこの団体戦の方針を定めるべきだと思います」
「ならば僕から提案しよう」
と沢木さん。
「順番は後で決めるとして基本的には一人一勝が理想的だ。
勝ち抜き戦だから勝てばそのまま次のバトルが始まるがある程度戦って降参するようにしよう」
ある程度というのは次の相手が戦いやすくなるよう幾らか敵の情報を暴いてからということだろう。
ほどほどで切り上げることで汚い手を封じつつ有利に事を進めようってわけだ。
「ほなら副将が敵方の大将の情報をできるだけ暴いて勇八ちゃんにバトンタッチするんが百点満点の展開っちゅーわけや」
「そうなりますね。少しでも彼が優位に事を運べるようにと考えるならそれが一番かと」
どうです? と沢木さんが全員を見やる。
「異議なし。心配ではありますが私は勇八くんの強さと……まあその、出鱈目さを身を以って知っていますから」
「わしもないで」
「……思うところはあるけれど避けられないというのなら最善の状態でバトンを渡せるよう努力するわ」
「俺は勿論、バッチ恋です」
フリューゲルがクソ野郎なのは揺るぎない事実だ。
だがそれはそれとして妙な愛嬌も感じているし、何より“そそる”。
やりたくてやりたくてしょうがないという気持ちが今にも溢れそうなのだ。
「ほな次は順番決めやな。勇八ちゃん以外は互いのスタイル分かっとるさかいスムーズに進みそうや」
「やっぱり坂田さんが先鋒かしら?」
「わしはそのつもりや」
「坂田さん、ですか?」
「わしめっちゃタフやさかいな」
ああそういう?
生来の打たれ強さを活かす方向性のバトルスタイルを構築したのかな?
だとすれば適任だ。フリューゲルも初っ端からいきなりイカサマを仕掛けてはこないだろう。
となると純粋な勝負になるのは目に見えている。
勝てるならそのまま負けそうならできるだけ情報を引っこ抜いて負ける。
その役割を担うのであれば守りに長けた人間を初手に持っていくのがベターだろう。
「なら二番手は私ね。私も坂田さんみたいにストレートに硬いわけじゃないけど」
泥仕合に持ち込んで勝つのが得意なのだと鳴海さんは言う。
体力に自信があるタイプでそれを強味と捉えてスタイルを構築した感じかな。
坂田さんと合わせてそういうタイプとはやったことないので是非、一戦交えたいものだ。
「異議はありません。長引けば長引くほど相手は手札を晒すことになりますからね」
「負ける時は嫌がらせの如く粘ってやるから期待してちょうだい」
善性の人なんだろうな。ますますそそる。
俺の短いバトル経験の中での話ではあるが良い人の拳は気持ち良いのだ。
じゃあ性格の悪い奴のは気持ち悪いのかと言えばそうではない。
善も悪も等価値と呼ぶほどヒネてはいないが悪い奴の拳にも別種の美味を感じる。
スパイシーというかビターというかぁ……ちょっと大人の味?
とは言え本格的な悪党とやるのはこれがお初。正直、興奮を抑え切れない。
愛がため欲がため。モチベーションは山よりも高い。大人の身体になったら隆起しちゃうほどに。
「ならば中堅は僕だな」
「ふむ? 私でも問題ないと思いますが」
「そうだな。修めている技術こそ違えど立ち回りの理念は大体、同じようなものだろう」
ふむ。綺麗にまとまった堅実なタイプってことかな?
何となく足技が主体っぽいが何を使うんだろう。
「だからこれは僕の極々私的な……そう、気分の問題だよ」
≪気分?≫
全員が首を傾げる。
「白黒白黒とキッチリ並んでいるのにいきなり白白黒白のような並びが混ざるとどうにも気持ちが悪い」
不快ですらあると吐き捨てる沢木さん。
「信号機などもそう。信号機の色を言葉にする時、赤青黄と言うだろう?
おかしいじゃないか。実際の並びは左からなら青黄赤。右からなら赤黄青じゃないか。
何故言葉にする時はどちらでもない赤青黄になる? どちらが最初になるにせよ真ん中は黄色であるべきだろう。
青は進め、赤は止まれ。黄色はその中間。基本は止まれだが場合によっては進むことができる、だ。
ならば最後に持って来るのは変だろう。何故赤青黄なんだふざけるなよ」
やだ何怖い。
ちょっと面倒な人なのかな? いやだがこれはこれで面白くある。
こういうちょっと偏執的な人とのバトルは楽しそうだ。
「……失礼。少し熱くなり過ぎたね。つまりはだ」
「男女と来たら次は男やろがっちゅー話かいな?」
「そういうことです」
「……理由は分かりました。そういうことなら受け入れましょう」
副将に据えて変に拗れても嫌だし、という言葉はなかったが暗に言っているのは分かった。
沢木さんも分かっているようで配慮、感謝しますと小さく頭を下げた。
まあ実際、モチベーションは大事だからな。気分良く戦えるのが一番だ。
「勇八くん。出来る限りの成果と共にバトンを渡せるよう尽力することをお約束します」
と透さんが言えば残る三人も同じように力強い言葉をかけてくれた。
「ありがとうございます。感謝の気持ちは勝利を以ってお返しするんで期待しといてください」
「はは! ええやん、気に入ったわ。縮こまっとるよりよっぽどええ! わしらも期待しとるで勇八ちゃん!」
「っす」
さて。何か良い感じに話もまとまったしそろそろ聞こうか。
「あの、鳴海さん。何時までその格好してるんです?」
着ぐるみで戦うわけにもいかんだろう。
俺の指摘に全員が何とも言えない渋い顔になる。
「あの、勇八くん」
「……良いわ。自分で説明するから」
透さんが何か言いかけるが鳴海さんがそれを制する。
あ、そうか。俺が来る前から一緒だったのならもうツッコミ入れられてるよな。
「十波くん」
「はい」
「今の季節は何かしら?」
「夏ですね。アイスが美味しい季節になり申した」
「そう、夏。夏真っ盛りなの」
……?
「ツリーの中は冷房が効いているとは言え外で風船を配ったりもするのよ」
「ぁ」
「なるべく熱中症にならないように涼しい格好で中に入ってるの」
……そういうことか。
下着か殆ど下着みたいな格好で脱ごうにも脱げないってことか。
あれ? でもそういうことならこれ……使えるな。
「……ちょっと待っててくださいね」
ドアを開け外で待機してる世話役の男を部屋に招き入れる。
「君さあ、幾つ?」
「は?」
突然のことに男は呆気に取られるも32と答えた。
「二十歳で社会に出たとしても十二年。十二年社会でやって来たわけだよね。え、今まで何して来たの?」
「……な、何か不手際でも御座いましたでしょうか?」
「わかんない? 言われなきゃわかんない?」
一からか? 一から説明しなきゃ駄目なのか?
更に煽ってやるとめちゃ愉快な表情になった。
「これから俺ら何するわけ?」
「……ふ、フリューゲル様たちとの団体戦ですが」
「マジでわかんないの? 正気? え、偏差値幾つよ君?」
んんん! とうめき声を漏らす男に構わず続ける。
「鳴海さん。あそこの着ぐるみの女性ね。あれで戦えると思ってるの?
いや選出のためのバトルはできてたんだろうさ。でもさ、これから始まるバトルは違うよね?」
自分の人生を賭けた大一番だ。万全の態勢で臨むべきでしょう。
「し、失礼致しました。直ぐに……」
「駄目だ話になんない。繋いで、フリューゲルに繋いで。ほら早く。早く!!」
パワハラトークで無理矢理フリューゲルに繋がせる。
そして経緯を説明し、問う。
「あのー、これひょっとしてアレかな? 少しでも勝ちの目を増やそうっていうセコイ仕掛けだったりする?」
だとしたらごめんねと謝罪すれば画面の向こうのフリューゲルが青筋を浮かべる。
【そんなわけがあるか!!】
「じゃあ手落ち? フリューゲルの手落ち? え、まさか把握してなかったとかないよね?」
報告は届いてるか何なら選出バトルもこっそり見てたんじゃないの?
え、なのに気付かないとかある?
「勝ちの目を増やしたいっていう卑小さか呆れる間抜けさかの二択なんだけど大丈夫? 大丈夫フリューゲル?」
【つ、つくづく口の減らぬ……!!】
「まあでもしょうがねえか! 上がこんな調子じゃ部下の君も気が利かないのはしょうがないよね!」
説教しちゃってごめんねと肩を組み笑いかける。
世話役の男の顔面は真っ青だ。
フリューゲルがめっちゃ睨んでるからね。
言われずともそれぐらいやっておけ! お陰で恥をかいたではないか! ってさ。無言の圧半端ねえ。
「……はぁ、なっさけな」
【ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!!!】
「しょうがない。十分な休憩。三時間ぐらいかな? それでそっちの手打ちにしよう」
朝から働きっぱなしで鳴海さんは特に疲れてるだろうしな。
【……良いだろう】
「良いだろう? え、おかしくない? そっちの無様を見なかったことにしてあげようって言ってるんだよ?」
【か、感謝する……!!】
通信が切れた。
「じゃあ君。諸々の準備しくよろ~」
「……か、かしこまりました」
世話役の男が部屋を出て行く。
「とりあえずそれなりに時間はもぎ取れましたんで英気を養いましょう」
≪えぇぇ?≫
……?
「自分、肝据わり過ぎやで。ほんまに小学生け?」
「……まあ、相手のプライドの高さを逆手に取った交渉なのだろうけど」
「む、ムカつくとはいえあまり刺激し過ぎるのはどうかと思うわよ?」
「そ、そうですよ。確かに許し難い相手ではありますが」
「ああいや違いますよ?」
パワハラトークは別に鬱憤を晴らしたいとかそういうことではない。
「確かにフリューゲルもその部下もカスではあると思いますが」
それはそれとして割と愛嬌があるっていうかさ。
こう、弄ったらすんげえ良いリアクションしてくれるの。
「さっきのあれは言うなれば好きな子に意地悪する小学生男子のそれみたいなもんです」
つまりは不器用な愛情表現だ。
特にフリューゲルが良い顔するの。もう、堪らない。ぞくぞくしちゃう。
今すぐにでも抱き締めて熱いキスをしたいぐらいだ。
≪えぇぇ……?≫
おっと涎が……うへへへへ。




