この拳いっぱいの愛を②
「いや~最高だった。動物園。これからはヘビロテになりそうだわ」
「ふふ、すっかりハマっちゃったみたいだね」
午後三時を少し過ぎた頃。俺と茉優ちゃんは街を歩きながら動物園の感想を語り合っていた。
まだまだ見るところは残っていたので帰る時間の六時までは十分時間を潰せただろう。
でもナマケモノたちのバトルがあまりにも素晴らし過ぎてな。
こんな状態で他の動物たちを見ても気がそぞろになっちまうと判断し切り上げたのだ。
だがここで解散というのも味気ないのでとりあえず街ブラをしようということになったのである。
「あ、服見たいからちょっと入って良いかな?」
「良いよ~」
服は重要だ。普段のお洒落という意味でもそうだがバトル的な意味でもな。
戦業は皆、専用コス着てるし勝負服というのはバトルを嗜む者なら誰でも持っている。
俺も普段着はともかく勝負服には――――と言いたいがイマイチ、これというのが見つからず今は試行錯誤の真っ最中だ。
茉優ちゃんが興味を持ったティーン向けのお店はメンズもあるようなので俺もちょっと色々見てみよう。
「んー、このオフショルシャツは結構良いかも? 勇八くんはどう思う?」
「ちょっと大人っぽいけど茉優ちゃんなら似合うと思うよ」
「んふふ、そっか」
満更でもないって感じだ。
やっぱ小学生ぐらいの女の子なら大人っぽいと言われたら嬉しいもんなんだな。
「ところで茉優ちゃんってバトルで使う勝負服とか専用コス持ってるの?」
「んー? まだないなあ。ちょっと色々決めかねてる感じぃ」
あら意外。
「そうなんだ。てっきりバレエの衣装を改造した感じのとか持ってるんだと思ってた」
「あー……」
「?」
「いやバレエの動きを戦い方に取り入れてるのはそうだけど、でもバトルってそうじゃないでしょ?」
あくまで一要素。バレエだけで構成されているわけではない。
相沢茉優という人間全てでスタイルは構築されている。
ならばバレエの衣装をというのは違うだろうと茉優ちゃんは言う。
「バレエの要素も取り入れつつ私って人間を全体でアピールしたいんだけど」
イマイチピンと来るデザイン、組み合わせが思い浮かばないのだと肩を落とす。
なるほど。いや分かる。分かるよその気持ち。
「勇八くんも迷ってる感じ?」
「うん。寝る前とか自由帳でこれはやべえ! ってデザイン書き起こしたりするんだけどさ」
「朝起きたらこれどうなのよ? ってなる?」
「そう!」
冷静になってみるとこれそんな良くはねえな。いやむしろダセエなんてことはしばしば。
上っ面の派手さだけでそこに俺は居ないって言うの?
でもじゃあ俺って何よ? って疑問も浮かぶしマジで勝負服選びは難易度高い。
「まあそう焦ることないのは分かってるんだけどねえ。大体、高校生ぐらいからだって聞くし」
茉優ちゃんの言う通り勝負服というのは大体、高校生ぐらいから形になり始めるのが普通だ。
「でもやっぱ早くに決めて馴染ませたいって気持ちもあるんだよね俺としては」
「そうだね。やっぱ長く着てるほど様になるだろうし」
「ちなみにさー、茉優ちゃん的には俺ってどういう系統のが似合いそう?」
「勇八くんに似合いそうな服かぁ」
口元に人差し指を当て小首を傾げながら思案する茉優ちゃん。
可愛い女の子のこういう仕草、地味に好きだったりする。
「性格的にもこう、かなり尖った感じのが似合いそうだよね」
「ほうほう。例えば?」
「胸元がハート型に開いてるピンクのジャケットとか」
「えぇ? 似合うかぁ?」
それ着こなせる自信ねえよ俺。
「うん。勇八くんってかなり大胆で堂々としてるでしょ? 特にバトルの時はさ」
「テンション上がってはっちゃけてるだけな気もするけど」
「話の腰を折らない」
ぺい、と額を指で弾かれる。
「ピンクって女子でもわりと難しい系統の色なんだよね。男子なら尚更」
それはまあ、そうね。
茉優ちゃんはピンク系統着こなしてるけどピンクは主張が強すぎるっていうのかな?
差し色とかならまだしもメインでとなると地味に難易度高いと思う。
「変に腰が引けてたりするともうそれだけで駄目。
でもその点、勇八くんは特別美形ってわけでもないけど雰囲気が良いよね。
さっきも言ったけど堂々としてて言動も大胆なのが多いから人が服に負けることはまずないの。
奇抜なデザインとかでも自分がアリだと思えば胸を張って着られるから見てる方も受け入れ易くなるっていうのかな」
すらすらと語られると俺もそうなんじゃないかって思い始めてきた。
お洒落は大事だと言ったがぶっちゃけ普段着にそこまでこだわりはなかったりする。
父が選んでくれてるのをそのまま着ることが多い。
で、父の趣向が寒色系の落ち着いたものが多いので自然とそっち寄りになってたが……。
うん、こうして話を聞いていたら暖色系統にも手を出してみるのも良いかもしれない。
「あ、ふふ。折角だし私服でちょっと冒険しようとか思ってるでしょ」
「……分かるの?」
「分かるよ。勇八くんって素直だもん」
参ったな。
「でもそういうことなら私が何か選んであげよっか?」
「良いの? じゃあお願い」
「任せて」
手を引かれ男子エリアにGO。
「あ、これとか似合いそう」
茉優ちゃんが手に取ったのはアーガイルチェックのクロップドパンツだ。
水色、オレンジ、白のチェックは爽やかな感じで夏物としては悪くないかも。
「これに合わせるなら上も似た色使いにするかいっそ無地の白とかが良いかな?」
「なるほど。でもこのパンツなら俺こっちもありだと思うの」
赤白ストライプを指さす。
「これで全体的にピエロっぽい感じにまとめられてないかな?」
「あー……うん、勇八くんには似合うかも。でもそれならアクセサリーとかも欲しいよね」
あれこれと候補を挙げてくれる茉優ちゃん。
値段もお手頃だしこれは買いだな。臨時のお小遣いもあるし。
近くにあった籠を取って中に服と小物を突っ込む。
「即決~」
「折角茉優ちゃんが選んでくれたしね」
「えへへ。じゃあさ、次は私のも選んでよ」
「うぇ!? いや俺お洒落とかわかんないから茉優ちゃんが着てるとこ見たいなーみたいな服とかしか選べないよ?」
「良いよ良いよ」
「なら」
再度、女子ゾーンに戻ってぐるぐると辺りを見渡す。
店員のお姉さんたちがこちらを見て微笑ましそうに笑っているのが視界に映った。
多分、おませなカップルが互いの服を選びあっているように見えたんだろう。
「お」
「何か良いのあった?」
「うん。ほら茉優ちゃんって普段はこうお姫様って感じじゃん?」
だからこう偶にはちょっと違う方向性も見てみたいなって。
「バスパンにカットソー……スポーティな感じが見たいの?」
「うん。凝ったのも似合うけどシンプルにまとまったのも茉優ちゃん可愛いし良い感じになるんじゃないかなって」
色は上下黒の寒色系をピックアップしてみたけどここはまあ茉優ちゃんの好みで変えて良いと思う。
「確かにあんまこういうのは着ないな……うん、気分転換には悪くないかも」
とお気に召したらしい。
そういうことなら是非、プレゼントさせて欲しいと申し出る。
「え、良いよ。お金はちゃんと持ってるし」
「いやうちのダディからこれでキメてこいって結構なお金渡されちゃったんだよ」
お昼を奢った時は素敵な場所に連れて来てくれたお礼ってことで濁したが……。
流石に服とかとなれば説明しないわけにもいかんだろう。
恥ずかしい父親を晒すようで避けたかったが、プレゼントを受け取ってもらいたいし。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな?」
「うん。甘えちゃって甘えちゃって」
二人分のお会計を済ませほくほく顔でショップを後にする。
「次どこ行く? 勇八くんの希望あったらそこで良いよ」
「そうだな……あ、じゃあフリューゲルツリーに行きたい!」
フリューゲルツリーってのは少し前にできた街を一望できるタワーのことだ。
色々商業施設も入ってるので暇潰しには持って来いだろう。
「あ、良いね! 私もまだ行ってなかったんだ。開いて直ぐは人いっぱいだから避けてたんだよね」
「俺も俺も。いや人込みも嫌いじゃないけどゆっくり楽しみたいもん」
「分かる分かる」
まあまだオープンして一か月と少しなので人は多いだろう。
それでもオープン当初よりかは客足も落ち着いているのではなかろうか。
茉優ちゃんの同意も得られたのでバスに乗ってツリーへ。
休日で人は多いが、それでもうんざりするほどでもないので十分許容範囲だ。
「ねえねえ、展望台にある喫茶店から見る眺めが良いらしいしとりあえずそこでお茶しない?」
「お、良いね~」
パンフを読んでいた茉優ちゃんに提案され即快諾。
ちょっと遅めのおやつだ。
パンフで紹介されているからおススメスポットの一つなのだろう。
ちょっと待たされるかな? とも思ったがそんなことはなく普通に入れた。
通された席もしっかり外が見える窓側で最高だ。
「うんま~♪」
「勇八くんってクリームソーダ好きなの?」
頼んだクリームソーダに舌鼓を打っていると茉優ちゃんがクスクス笑いながら聞いてきた。
よっぽど顔に出てたらしい。少々恥ずかしいが美味いもんは美味いんだからしょうがないね。
「うん。父さんの影響でね」
アイスクリームをスプーンでチョイと削って口の中に放り込みすかさずストローでソーダを啜る。
しゅわぁああああ! っと爽快な炭酸にバニラアイスの蕩ける甘さが混ざってもう無敵としか言いようがない。
父さん曰く、
「『これは俺の推測なんだがクリームソーダは神もしくは堕天使が人間に与えたレシピだと思ってる』」
とのこと。
ある程度、身体がマシになってそのお祝いで外食した時のことだ。
父さんの一番大好きな飲み物だと嬉しそうに薦められた際、おまけでこの語りがついて来た。
何だこのオッサン何言うとんのや、ってのが素直な感想だったよね。
そこから父の熱いクリームソーダ語りが始まった。
メロンソーダ、バニラアイス。単体でもビックリするぐらい美味い。しかしそれは同じ甘味でも別種の美味さだ。
一見交わりそうにないこの二つ。だが実際に組わせてみると凄まじい相乗効果を生み出す。
これは最早、罪の味だ。人ならざる者の介入があったとしか思えねえ。
エデンの林檎。堕天使が人に与えた武器の作り方を始めとする禁断の知識。それらに比肩すると。
「そんな感じで外食の度にクリームソーダの魅力をマーケティングされてさ」
「好きになっちゃったと」
「うん。いや別に元から嫌いだったわけじゃないんだけど特別好きってわけでもなかったのよね」
でもこう何度も執拗に語られちゃうとさ。
魅力とされる部分を気にしながら飲むようになるじゃん?
したらあれこいつ実はとんでもねえ奴なんじゃねえかってなって気付けば好物になってた。
「へえ。ふふ、挨拶された時も思ったけど勇八くんのお父さんって面白い人なんだね」
「はは」
「ちなみにお父さんは何が切っ掛けでクリームソーダにそこまで?」
「ああ。何かむか~し。五歳だか六歳の頃、親戚の集まりがあってさ」
そこで俺の祖父に当たる人と幾人かでカラオケに行くことになったんだそうな。
カラオケつっても俺らがイメージするカラオケボックスではなくスナックの方だが。
何となく父も親戚の子と一緒に着いて行き、そこでクリームソーダを出されたらしい。
「最初は何だこれ!? ってなったみたいでさ。
いやこれ美味しいの? ソーダとアイス何で一緒にしちゃったの? どう飲むの? ってすげえビビったらしいよ」
だがスナックのママさんに食べ方聞いて口に入れた瞬間、革命が起きたとのこと。
「一週間はクリームソーダのことで頭がいっぱいになったってさ」
「あはは! 可愛いじゃん! うん、可愛い!」
「それでドハマりして大学に入って自由になるお金が増えたら自作にも手を出したらしいよ」
「自作って……えっと、炭酸メーカーみたいなの使ってってこと?」
「家電屋さんとかで買えるご家庭の? 違うんだなこれが」
ガスボンベだ。
「ガスボンベ!?」
「そう。お店とかで使ってる液化炭酸ガスが入ったデカいガスボンベで作るの」
今の家にもあって父はちょこちょこそれ使って炭酸作ってたりする。
「んでアイスも家でやる時は市販品じゃなくて手作り」
「アイスも!?」
「うん。何か最初は普通にアイス買ってたんだけどソーダとの理想の比率がどうとかで自作に手を出したみたい」
そこまでこだわりがあるならじゃあ手作りが至高なのかって言えばそれも違うらしい。
お店、喫茶店、ファミレス、スナック、場所場所で提供されるクリームソーダにもまたそれぞれの魅力があるとか。
「……人生を変える一杯だったんだねえ」
「ねえ? そこまで何かを好きになれるのは純粋にすごいと思うよ」
などとお喋りしていたら、
「ま、茉優ちゃん!?」
突然茉優ちゃんの目が蕩けたと思ったら机に顔から突っ込んでしまった。
ぴくりとも動かないその姿を前に混乱していると、あちこちで何かにぶつかるような音が。
見渡せば店の中であちこち人が倒れていく姿が目に入った。
「う゛!?」
強烈な眩暈が俺を襲う。
朦朧とする意識の中、ふと店の入り口を見る。
(あれは……)
統一された衣装に身を包んだ謎の集団が店内に踏み込み倒れた人を回収している。
これは、これって……。
(――――悪の、組織?)




