この拳いっぱいの愛を
「……んふふ」
「何?」
「いや何、勇八もそういうお年頃なんだなーって」
日曜。俺は父の車で待ち合わせ場所の動物園に向かっていた。
ミラー越しに俺を見る父の顔はこれでもかとニヤけている。
「別にそういんじゃないよ」
「はいはい。分かってる分かってる」
俺もお前ぐらいの年頃はそういうの気恥ずかしてなあ! と笑う父。
いやマジでデートとかそういうんじゃないんだけどね。普通に遊びに行くってだけだし。
男と女が二人で遊べばそれもうデートじゃんね、と言われたらまあそうかもしれないけどさあ。
けど俺にも茉優ちゃんにもそういう気持ちがないんなら俺としてはやっぱデートとは言えないかなって。
「っと着いた着いた。ほれ」
「え、何これ?」
駐車場に車を停めたところで父が財布から万札を四枚取り出し俺に渡した。
「これでしっかりキメてきな!!」
小学生が何キメるってんだよ。
でもまあ、臨時収入ラッキーってことで特に何も言わず受け取る。
「茉優ちゃんってのはどんな子なのかなあ」
浮かれ気分で隣を歩く父がちと恥ずかしい。
そうこうしていると受付付近で茉優ちゃんを発見。
親御さんは帰ったのか一人だけでこちらに気付き軽く手を振ってくれた。
「あ、勇八くん――とお父さんですか? はじめまして相沢茉優と申します」
ぺこりとお辞儀を一つ。
あら可愛い。今日はゴシック系デザインの黒ワンピに身を包み片手には日傘を持っている。
何時もとは違うお姫様って感じだ。
「はじめましてお嬢さん。俺は十波勇気。息子がいつもお世話になってます」
「いえ。こちらこそ勇八くんには良くしてもらっていますので」
父はおいおいおい、とニヤけヅラで俺の腹を軽く小突く。
だからそんなんじゃねえってと言いたいが言えば照れ隠しと受け止められるだろう。
なので軽く肩を竦めるに留まった。
「カ~ッコつけちゃってからに。しっかりエスコートしてあげるんだぞ」
「はいはい。もう帰りなよ。今日は家の大掃除するんでしょ?」
「へへ、そうだな。邪魔者はとっとと退散させてもらうぜ。じゃあね茉優ちゃん。今度は家に遊びにおいで」
「はい」
父を見送りほっと一息。
「中々面白い人だね勇八くんのお父さん」
「はは、ありがと。ってか茉優ちゃんのとこの親御さんは?」
「もう帰ったよ。勇八くんに会いたいって言ってたけど用事があったから」
「そか。じゃ、そろそろ行こうか」
「うん!」
入園料を払って中に。
足を踏み入れた瞬間、前世のそれとは別物であることを本能で理解した。
構造とかは同じだ。檻というか専用スペースがあってそこに動物がいるのは同じ。
だが、
(やる気満々じゃんね)
肌を刺すような闘志があちこちから感じられる。
動物たちの面構えがもう普通のそれと違う。
飼い慣らされて牙を失ったのほほんアニマルじゃねえぜって無言で主張してる。
だが荒々しい野生がそのまま残っているというのともまた違う。
野生の中では発散し切れぬ荒々しい闘争心。
それをぶつけるためには人の社会に身を置く必要があってそこでは野生とは違う振る舞いが必要になる。
そう、言うなれば彼らは滾る闘争心の上に理性という名のスーツを身に纏ってここに居るのだ。
「どう? 初めての動物園の感想は」
「エクセレント!!」
率直に言ってやり合いたい。
左手に見える色鮮やかな鳥たちはどんな戦いをするんだ? 右手に見える鹿は?
ワクワクが止まらない。こんなにも素敵な場所があっただなんて。
「ふふ、良かった。見たい動物とかいる?」
「そう……だね。やっぱ鉄板のライオンや虎を見たいかな」
「OK。じゃ、こっち!」
するりと茉優ちゃんの白く細い手が俺の右手を取った。
手を繋いで動物園を歩くとかまるでデートみたいだな。
「……わお」
「気に入った、なんて聞かなくても分かっちゃうね」
お目当てのライオンコーナー。
そこにいたのはなるほど百獣の王と呼ぶに相応しい者たちだった。
雌雄は関係ない。野生の枠に収まり切らなかった王の中の王。それが彼らだ。
確かな知性が窺える瞳。それでいて人には出せない独特の貫禄。
獣が獣であるがゆえの空気とでも言うべきか。
俺は思わず彼らに一礼していた。
「ぁ」
顔を上げるとライオンたちはどこか嬉しそうに鳴き声をあげた。
言葉は通じない。でも分かる。彼らは敬意を払った俺に応えてくれたのだ。
「……参ったな。恋に堕ちそうだ」
「ふぅん? こんな可愛い女の子が隣にいるのにライオンさんに夢中だなんて妬けちゃうな」
「おっとこれは失礼」
ふふ、ははと笑い合う。
それからしばしの間、ライオンを見ながらお喋りをして次の場所へ向かった。
愛らしいコアラでさえ、もう顔つきから違ったよね。
シャドーしてるカンガルーとかプロボクサーのそれだ。
筋トレしてるゴリラを見た時には思わず笑ってしまった。
「いやホント楽しい。最高だわ動物園」
「気に入ってもらえたようで何よりだよ」
良い時間になったので昼食をと俺たちは園内併設のフードコートで食事をすることにした。
茉優ちゃんはバーガーセットで俺はおにぎりセットとたこ焼きにホットスナックを数点頼んだ。
臨時でお小遣い貰ったからな。これは俺の奢りだ。
とは言え奢られっぱなしは申し訳ないということでデザートは茉優ちゃん持ちということになった。
「でもメインはこれから。勇八くんお待ちかねのナマケモノのバトルがあるからね」
「それな。マジ楽しみだわ」
回ってないとこは沢山あるけどナマケモノコーナーには敢えて行かなかった。
闘志に溢れるナマケモノの姿もどうせならバトルの場で見たかったからな。
「相手は何だっけ?」
ナマケモノ三匹がそれぞれ試合をするらしいとは聞いたが。
「前座がチンパンジー、セミファイナルがバイソン、メインがシロクマだね」
「もう組み合わせの時点でワクワクしかないじゃんね」
前座はまだ良い。チンパンジーね。類人猿だもの。ある意味分かり易い。
でもバイソンとシロクマはもう想像を余裕でぶっちぎってるだろ。
体格差をどう埋めるつもりだ? そもそもバトルスタイルは? これで興奮するなという方が無理だろう。
「子供みたい」
「いや俺ら小学生だかんね?」
似非小学生の俺よかマジ小学生の茉優ちゃんのが大人っぽいと言われたら返す言葉もないがな。
でもしょうがないじゃん。子供って超楽しいんだもん。
完全に俺、童心に帰ったまま戻れなくなってるよねっていう。
「あ、そうだ。勇八くんにも伝えておかなきゃだ」
「?」
「いやさ。実はこないだ間下先輩と連絡先交換してさ」
「へえ?」
何でも亀ちゃん先輩の件でお礼を言いに来た際に交換したとのこと。
「あれ? 俺は?」
別に感謝されたくてやったわけではない。俺がやりたくてやっただけだ。
でもそれはそれとして茉優ちゃんにだけというのはちょっと疎外感。
「いや間下先輩が教室に来た時にはいなかったし。校庭でドッジしてたし」
ジト目の茉優ちゃん。
どうにも間下先輩が来るタイミングで俺はいつも教室に居なかったとのこと。
「週明け改めてってことだから昼休み、給食食べても直ぐ出て行かないでね?」
「はーい」
「じゃ本題。連絡先交換して色々と話してたんだけどね。今日、デートなんだって」
「マジか!?」
テンションが一気にブチ上がった。
そうかそうか。そうなのね。いや分かる。もう一緒にいられる時間はあんまり残ってないからな。
これまでとは違う関係で繋がることはできたけどやっぱ傍にいないのは寂しいもんな。
だからその前に色々と思い出をってことだと思う。
亀ちゃん先輩からそんな話は聞いてなかったが照れ臭かったんだろうな。分かるよ。男の子だもん。
「うん。聞けて良かったでしょ?」
「おうともさ!」
亀ちゃん先輩の恋を応援していた身としてはね。
やっぱ上手くいってる話を聞けるのは安心するし嬉しい。
いやあの雰囲気なら大丈夫だろうとは思ってたけどさ。
「……」
「どしたん?」
「勇八くんさ。誰かの幸せな話を聞いてる時、ほんっと嬉しそうな顔するなあって」
「そう?」
「うん。そういうとこ、私好……良いと思うよ?」
「サンキュ!」
いやしかしこの話聞けて更に飯が美味くなったわ。
その後、デザートのアイスクリームまでしっかり平らげて食事は終了した。
そして本日の俺的メインイベント。ナマケモノのバトルステージの時間がやって来る。
観客席に座り今か今かとファイターアニマルの登場を待つ俺の胸はこれでもかと期待に溢れていた。
「え、ちょ、おま」
バニーなお姉さんの紹介で現れたナマケモノに俺は動揺を隠せない。
ナマケモノ、というのは実に覇気のない顔をしているものだ。
穏やかでぬへーとかんぼーみたいな擬音が似合いそうなそんな感じのイメージが俺の中にあった。
だがあのナマケモノ――レオナルドくん(♂三歳)はどうだ?
釣り上がった目は闘志に満ち満ちておりその口角は闘争の愉悦に歪んでいる。
「デッッ!?」
そして体躯。身長そのものは俺よりも小さい。
しかしその筋肉。ミチミチと擬音が聞こえてきそうなほどに練り上げられたそれはただただ美しい。
見ろよあのぶっとい首。ありゃ生半な打撃じゃ脳を揺らせんぜよ。
そして
「わー、すんごいやる気に満ち溢れたナマケモノだね。ってか相手のチンパンジーもかなりのもんじゃない?」
と茉優ちゃん。
確かに彼女の言う通り対戦相手のチンパンジーJJ(♂二歳)もかなりのもんだ。
パワー対パワー。前座は分かり易く派手なのをということか? エンタメとしては正しいな。
現に俺も二匹のドツキ合いに超ワクワクしてるもん。
「それではバトルスタート!!」
最初に動いたのはJJだ。
機敏な動きで距離を詰め攻撃を仕掛けようとするがレオナルドはそれを読んでいた。
接近に合わせてアンダースローのような動きで長い手を用いた振り上げ。
JJはまんまと鋭い爪に切り裂かれたかと思いきや!
「「おぉ!!」」
制止。既のところ。触れるか触れないかのところで背中を反らしギリギリで回避。
だが攻防はまだ終わらない。レオナルドの腕が完全に伸び切ったところで踏み込み。
レオナルドの顔面に拳を叩き込んだ!!
「……勇八くん、今の見た?」
「ああ。レオナルドは見事に威力を散らしてのけた」
ヒットする瞬間、レオナルドは軽く後ろに跳んだ。
しかもあれ、首も捻って衝撃を逃してたよな?
時間にしてみれば十秒ほど。しかしこの攻防で会場の熱は一気に高まったと言えよう。
パワー対パワー……と見せかけて技巧輝く攻防を魅せ付けられたのだ。そりゃあ盛り上がるわ。
「キャキャキャ!!」
「……」
JJは心底楽しそうに笑った。
レオナルドも声こそ出ていないがニマァ、と蕩けるように笑っている。
そうしてひとしきり笑い終えたところで、
「「ここで!?」」
二匹はゆったりと歩き互いの射程圏内で足を止めるや同時に拳を放った。
避けない防がない。足を止めての真っ向からの殴り合い。
最初、俺含む観客が予想していた通りの光景。
だが先の技巧溢るる攻防を見た今だと感じ方は違う。
高い技術を持ちながら、しかしそれを敢えて使わず真っ向からドツキ合う風流を感じるよね。
「顔立ちからしてそんな感じだけどレオナルド負けん気つええ……!!」
ナマケモノという種族に真っ向から中指をおっ立てているかのような戦いぶりだ。
そしてJJの方もガッツがある。今多分、良いのが入って意識が飛びかけたと思う。
だがここで飛べば負けると思ったのだろう。
恐らく舌か頬を思いっきり噛み千切ったんじゃねえかな。口からダラダラ血が零れてる。
「んお?」
ここで寝技に移行か。初手仕掛けたのはレオナルドだがJJも中々のもの。
技をかけようと縺れ合う様は見ていて楽しい。
「あ、私分かったかも」
「うん?」
「多分さ。あの二匹、目立ちたがり屋というかエンターテイナー気質なんだと思う」
「と言うと?」
「戦うのが好きっていうのが大前提であってその上で観客を盛り上げるのが好きなんじゃないかな」
だから俺たちの反応を見て戦い方を変えているのではとのことだ。
言われてみれば納得である。正面切っての派手なドツキ合いは勿論楽しい。
だがそれだけだと見てる側としてはどこかで飽きがくるのも事実。
「……そうか。俺らが白ける瞬間を見たくないからその前に、ってわけね」
「多分ね」
いやすげえわ。立派な戦業だよあの子たち。
ってか、
「やべえな。アイツらと気が合いそうだわ」
「それ私も思った。何か勇八くんと仲良くなれそうだなって」
果物をつまみに一杯やりたいね。




