小さな恋の拳④
意外ってのは失礼かもしれないが亀ちゃん先輩はバトルこそ苦手だがフィジカルはそう悪くはなかった。
苦手意識があったせいかハナから身体を動かすことに消極的だったせいだろう。
しかし鍛えていないわりに体力はあったしガッツもある。
期間は一か月だがこれなら想定よりも多くのものを与えてあげられるだろう。
ただ厳しいことに変わりはない。
肉体面は悪くないとは言え運用、身体の動かし方がどうにも……。
無論、俺と茉優ちゃんもできる限りの知識は叩き込む。
だが知識だけではどうしたって限界がある。センスというのは残酷なほどに重要だ。
間下先輩が割と持ってる側の人間だから余計にな。
「だ、ダッシュ終わったぞ……」
「お疲れ。じゃあゆっくり歩いてクールダウンしつつ聞いてくれ」
「私と勇八くんで先輩の立ち回りを考えたから」
「おぉ!?」
亀ちゃん先輩は嬉しそうだ。
そりゃそうだよな。これまで体力作りとか受け身とかじみ~なことばっかだったもん。
意欲はあっても子供だしつまらないと感じてしまうのは無理もない。
「というわけで勇八くん、発表どうぞ」
「うむ……」
じゃん! とスケッチブックを見せつけ宣言する。
「――――名づけて亀の騎士作戦」
「それ俺の名前から取ってる?」
わお冷静。
いやまあちなんでないかと言えばちなんでるけど流石に名前だけで決めたわけではない。
「まず最初に言っておくけど先輩にバトルの才能は欠片もないから」
「う゛……わ、わかってたこととはいえキッツイなあ……」
「バトルの勝ちが亀ちゃん先輩にとっての勝利じゃないからそこは良いんだよ」
だからとて負けても良いなんて甘えはダメだけどな。
そんな弱腰じゃ間下先輩にハートが伝わるもんかよ。
勝ちとか負けとかそういうのを超えた先にあるものを目指して突っ走るって気概を胸に戦うべきだろう。
「ともかく才能がない先輩には器用な立ち回りは無理。絶対無理」
「具体的に言うと相手の攻撃を読んで回避したり捌いたりだね」
そこらはもうハナっから選択肢としては除外しておく。
「だから耐えて耐えて相手の攻撃の切れ間を狙って自分の攻撃を入れることだけ考えて」
「攻撃の、切れ間」
イマイチピンと来ていないようなので実際に見てもらおうか。
茉優ちゃん、と呼びかけるとコクリと頷き構えを取った。
「やっ!!」
可愛らしい掛け声と共に茉優ちゃんが蹴りをメインにした連撃を仕掛けて来た。
俺は身体を丸め被弾面積を小さくしながらひたすら亀の子を決め込む。
耐えて耐えて耐えて……。
「――――こんな感じだね」
呼吸の隙間を狙って手刀を茉優ちゃんの首筋に突きつけてやる。
「息つく暇もない、とか嵐のような、なんて風に言うけど実際はそんなことないんだよね」
茉優ちゃんが淡々と告げる。
「だって人間なんだもの。呼吸しなきゃどうしようもないよ」
完全無呼吸なんてずっとは続かない。
呼吸はしてても動き続ければ取り入れる酸素より消費する酸素の方が大きい。
どうしたってどこかで大きな息継ぎが必要になるのだ。
「そこを、狙うのか?」
「そ」
「……素人の俺にそんなことできるかなあ」
「亀ちゃん先輩。俺らは出来ないことは言わないよ」
「間下先輩の呼吸のタイミングについては私と勇八くんが大体、把握してるから」
その時のコンディションとか対峙してる相手の違いで多少の変化はあるだろうが大体の癖は掴めたと思う。
スパーによる反復練習でそれを亀ちゃん先輩にも叩き込みある程度、決め打ちできるようにするのだ。
「な、なるほど。それならやれるか……?」
「やれるさ。絶対に。じゃ、改めて整理しよう」
耐えて耐えて隙間を見つけて攻撃。攻撃を終えたらまた耐えて耐えて隙間を見つけ攻撃。
これを限界が来るまでやり抜く。作戦はこれだけだ。
「これ以外は考えなくて良いよ」
「……良いのか?」
「うん。だってあんま複雑なこと指示しても戦いの中でやれるかどうかわかんないもん」
俺や茉優ちゃんは拳打の嵐の中でもあれこれ立ち回りを考えることができる。
バトルが好きだし痛みも平気だから落ち着いていられるのだ。
しかしバトルが不慣れな亀ちゃん先輩にとって戦いというのはかなりの重圧になるだろう。
攻撃を喰らいながら冷静に頭を回すなんて絶対に無理だ。
だからシンプルなのを一つだけ。これさえ守っておけば良いというものを一つだけ頭に叩き込んでもらう。
一つだけなら混乱の最中であろうとも、まあやれるだろう。
「さて。息も整ったみたいだしそろそろスパー行こうか」
「私と勇八くんが交互に相手をするから」
「見てる方が攻撃の切れ間で「ここ!」って指示出すから亀ちゃん先輩はそこで攻撃を打つこと。良い?」
「おう!!」
「良い返事だ! じゃ、最初は俺から!!」
スパー開始。
これまでの人生でバトルの経験はゼロ。当然、攻撃を食らうのも初めて。
茉優ちゃんは初っ端からドギツイの経験させて慣れさせようと提案したが却下した。
スパルタも人によっては正解ではあるが亀ちゃん先輩には当て嵌まらないと思ったからだ。
それではバトルに対する苦手意識が更に強くなってしまう。
頑張れはするだろうが苦手意識が強くなり過ぎて嫌いだけど我慢するになってしまうのはよろしくない。
だって間下先輩はバトル好きみたいだからな。好きな人の好きなものを嫌いになってしまうのは悲しいことだ。
(だからほどほどに厳しくしながらも適度に達成感を覚えさせるのが俺の役目だ!!)
最初は亀ちゃん先輩にとってちょっと速いと感じるぐらいのスピードで攻め立てる。
それでもいっぱいいっぱいという感じだが前向きに食らいつこうとしているのがよく分かった。
「先輩、今だよ!」
茉優ちゃんの声にビク! っとなりながらも亀ちゃん先輩はパンチを放った。
食らってやりたいがこれは駄目。片手で受け止める。
「今のは良くなかった。慌てて攻撃したから腕だけのパンチになってた。身体全体で打たないと駄目だよ」
「す、すまん」
「じゃあもう一回」
攻撃を再開。しばらく打ち続ける。
そして再度、合図。今度も言葉を飾らず言えば駄目な攻撃ではあったが先ほどよりは改善されていた。
なので素直に攻撃を食らうことにした。
「良いね! まだまだ改善の余地はあるけどさっきよりずっと良い!!」
「そ、そうか?」
「うん、その調子でガンガン行こうガンガン!!」
「おう!!」
その後、数回繰り返して茉優ちゃんにバトンタッチ。
亀ちゃん先輩は結構息が上がっているけどそれで良い。
疲れた分、力が抜けて逆に動きが良くなっている。
「じゃ、今日はこれぐらいで」
「お、俺ぁまだまだやれるぞ!!」
元気いっぱいをアピールしているのか両手を挙げて茉優ちゃんに噛み付く亀ちゃん先輩。
「いや腕も足もぷるっぷるじゃん。無理して怪我でもしたら逆に練習時間減るんですけど?」
「う゛」
ド正論。仰る通りである。
ただ俺は何も言えない。何たって無茶を通した側だからな。
「……すまん」
「良いよ。それよかしっかり水分補給して身体解してから帰ってよね」
「はーい……」
指示通りにストレッチをして身体を解してから亀ちゃんは特訓場を去って行った。
まあ特訓場つっても裏山にあるただの開けた場所なんだがな。こういうのは気分だ気分。
「で、どうよ?」
「悪くはない。けど良くもない。ってのが感想かな」
茉優ちゃんの評価は厳しいが俺も似たりよったりだ。
そう、悪くはない。悪くはないんだ。でも良いと言えるほどでもない。
特訓を始めて一週間ほどだが亀ちゃん先輩はよくやってる。
「やっぱこう、一つ何か大きな武器が欲しいよね」
「欲を言えば必殺を、って言いたいとこだが」
「難しいでしょ」
そうね。
自画自賛するようで恥ずかしいがこの年齢で必殺技持ってる方が稀有なのだ。
まあ俺は中身の方が少々特殊だから除外するとしても茉優ちゃんは本物である。
「できるとすれば私か勇八くんのを動きだけでも仕込む、とかだけど」
「う、うぅむ……茉優ちゃんのはともかく俺のは……」
癖が強すぎるんよ。
「強いて挙げるならラッシュ系二つかなぁ」
とは言ってもこれはこれで難しい。
だって、
「ラッシュ系はちゃんと繋がるようにしないと意味なくない?」
「だよね」
単に連続で攻撃を繰り出せば良いという話ではないのだ。
分かり易いイメージとしては音ゲーか。
単に連打してもスコアは増えないだろ? タイミング良く適切なボタンを押さなきゃスコアは加算されない。
ラッシュを意味のある攻撃にしようと思えば相応の工夫が必要なのだ。
ただ徒に手数を増やす……のもまったく無意味とは言えないが亀ちゃん先輩レベルなら意味はない。
体力の消耗が増えるのでやらない方がマシまである。
「…………あの超必殺技は動きだけ真似してもある意味、大丈夫だとは思うけど」
あの超必殺技、というのは何度でもキスしたかっただろう。
確かにバトルの最中にいきなりキスされりゃ隙はできるだろうが、
「それ片思いの女の子にやるのはまずいでしょ」
間下先輩に脈があるならその瞬間にもうハッピーエンドだけどさ。
脈がなければ悲惨だぞ。振られるどころか嫌われる。
純情小学生男子にそれはキツイって。
「そうだね。まあ勇八くんは嫌いってハッキリ言われた女子にやったんだけど」
「へへへ」
愛想笑いしかできねえや。
「ちなみに茉優ちゃんのは?」
「私のは単発でドギツイのを、ってのが多いけど」
「けど?」
「バレエの動きが基礎にあるからちょっと難しいかなあ」
あー……。
今からバレエの基礎を仕込むなんて不可能だ。亀ちゃん先輩のキャパがオーバーしちゃう。
「ネットで戦業の動画漁って何か良さそうなの探してみる?」
「そ……いや待てよ」
少し、考える。
以前も述べたが必殺技の習得は天啓方式だ。突然、思い浮かぶ。
ただ突然とは言ってもそこまでの積み重ねがあればこそ。
茉優ちゃんであればバレエの動きを取り入れたスタイルを磨いている内にとかだろう
なので心も身体も鍛え続けるのが必要不可欠、ではあるんだが……。
「ふむ」
「勇八くん?」
俺は透さんとの一件で積み重ねではなく想い極まった末に一つ、新しい力を得た。
それは長年抱えてる想いでも、バトルスタイルの延長線上にあるものでもない。
その場で生まれ煽られ大きく燃え上がった炎だ。
素養があったとは言えそういう例もあり得るのなら……。
「――――愛を布教すれば或いは?」
「最近暑いから頭おかしくなっちゃった?」
「いや違うんだ。とりあえず話を聞いてくれ」
所々伏せつつ大まかに経緯を語る。
「焦らされて焦らされてその末に想いが爆発しちゃってさ。それで新しい力に目覚めちゃったわけ」
「……それは勇八くんのバトルスタイルにも大きく関わる心の在り方から派生したとも言えるけど?」
「かもしれない。でも亀ちゃん先輩にとっての恋がどうして俺のそれに劣るって言える?」
子供の、なんて馬鹿にして良いものか。子供だって本気で恋をしてるんだ。
じゃなきゃこんなしんどい想いをしてまで前に進もうとするかよ。
「あー、じゃあ、つまりはその特訓と並行して」
「そう。亀ちゃん先輩の中にある恋の火をもっともっと強くしてやるのさ」
恋の成就にはバトルが必要不可欠。
ならばバトルで使える必殺技が生まれる可能性もなきにしもあらずだ。
「……他に良いアイデアがあるわけでもないしそれに乗るとして」
「うん?」
「どうやって恋心を刺激するわけ?」
「そこはほら、ねえ?」
俺は男で正直、そういうのには疎い。
「乙女な茉優ちゃんに御助力頂ければな、なんて」
「んもう。肝心なとこ人任せなんだから。勇八くんはしょうがないなあ」
「うへへ、いやホント助かりますです」
「調子いいんだから。でもまあ、そういうことなら幾つかアプローチはある……かな?」
「おお!」
流石茉優ちゃんやで!!
「それで、そのためには勇八くんの協力も必要不可欠なんだけど」
「勿論! 俺にできることなら何だってやるさ!!」
「――――言ったね?」
少し、背筋がぞくぞくとした。何だ今の?
「じゃ、協力してもらうから
「お、おうともさ!」
まあ良い。茉優ちゃんの協力があれば何とかなるべ!




