護衛戦艦『神龍』 ~蒼穹の想い出~
活動報告でも報告させていただきましたが、活動報告を知らない方にはびっくりですよね。
二つの連載作品をかけもちしている私ですが、私生活の影響もあって、そのために艦魂作品を執筆することが難しくなっている現状。とか言いながらこの短編を書いたわけですが、ちょっと初心を思い出してみようという目的もあって、久しぶりに一年前に完結した作品、神龍を題材に執筆してみることにしました。
本編は三笠と神龍の二人がメインです。では、本編を読んで頂けたら作者としてはぜひ嬉しい限りです。神龍を読んで、懐かしい気持ちになってくれたら幸いです。
大東亜戦争末期。米英をはじめとした連合国との戦争は激化の一途をたどり、大日本帝国は窮地に追い込まれていた。既に戦争における海軍兵力は航空機と航空母艦に変わっていたため、戦艦は兵術的価値を失いつつあった。しかし大艦巨砲主義を捨てきれなかった日本の航空兵力は常に劣勢であった。
その果てに日本は大艦巨砲主義復活と航空兵力に対抗し得る戦力として、ただの戦艦ではない、護衛戦艦という前代未聞の特殊戦艦を生み出した。その一番艦として竣工したのが、護衛戦艦『神龍』であった。
その名の通り護衛を主目的として、本来の攻撃型ではなく防御型に特化された『神龍』は帝国海軍の期待の星とされ、横須賀から呉の軍港に回航されて以来、呉港にて残存兵力と共に温存されてきた。
昭和二〇(一九四五)年三月某日、空襲と新型兵器の実戦使用を経て、護衛戦艦『神龍』は遂に所属する第二艦隊と共に司令長官から、敵の猛撃を受ける沖縄への出撃命令を受け、作戦開始まで待機していた。
そんなある日のこと、艦隊が出撃を控えたよく晴れた呉の港で―――
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文字で伝えられないコトバがある
形に表せないキモチがある
眼には視えないその感情を伝えたくて
あなたに思いを馳せる
sovereignty of fear natumegumi.
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敵の攻撃を受けている沖縄への出撃命令が下された第二艦隊と第二水雷戦隊は出撃準備に追われていた。燃えやすい可燃物などは陸揚げされ、燃料や食糧、弾薬も次々と艦に積みこまれていった。
天に高くそびえ立つ城のような印象を与える艦橋を屹立した護衛戦艦『神龍』もまた同じだった。しかしその甲板などは静かだった。作業はほとんど艦内で行われているため、外は意外と海風が爽やかに吹きわたる静寂さが支配している。
そんな『神龍』の自慢の五〇口径主砲の二番砲塔傍に立つ一人の黒髪の長髪を流した少女。外見年齢は15か16くらいだろう。上着として紺色の第一種軍装を着ているが、肩から肌を出していて彼女に似合う風に可愛らしくアレンジされている。
以前までズボンだったが、最近になって彼女はスカートを履いていた。彼が『葛城』に配属された間に親友たちとの談議の末、履くようになった。少し短いかな、と少しだけ心配になってスカートの裾をくいくいと摘まむ仕草を見せる。やはりこの昭和の時代を生きる彼女にとっては未だに抵抗感は少なからずあった。
しかし今日という日は普段以上にこの格好が必要であった。似合っていると言ってくれたこの姿でなければ。
ぐっと両手を胸の前で握る黒い長髪を流した少女は、護衛戦艦『神龍』の艦魂―――神龍である。
今、彼女はある人物と待ち合わせをしていた。そのある人物は―――
「あ…」
近づいてくる足音を聞いて、神龍は視線を向けた。そして駆け寄ってくる彼の姿を見た瞬間、ドキリと高鳴った胸の鼓動を抑えようとするかのように、ぎゅっと自分の胸の前で拳を握った。
「すまん、神龍。待たせたか?」
「―――もうっ。遅いですよ、三笠二曹。女の子を待たせるなんて、最低です」
「そう言うなって。さっきまで烹炊所で色々やってて、そのせいで遅れちまったんだから」
そう言う彼―――少年は、護衛戦艦『神龍』の烹炊所で兵員たちの食事を賄う主計科兵であり班長でもある三笠菊也二等兵曹である。艦魂である神龍が初めて見えた人間であり、そして神龍が初めて交流を持った人間でもある。
「…三笠二曹がお忙しいのはわかっています。でも、今日は私と二人で一緒に過ごす理由を、三笠二曹は本当にわかっているのですか?」
頬をむっと膨らませて、丸い瞳の眉を吊り上げる神龍に対して、うっと唸る三笠。
「わ、わかってるよ……」
ぽりぽりと頬を掻いて、三笠は答える。
三笠と神龍は普段でも二人で過ごす時間は多いと言えばそうなのだが、今回は普段とはまた違う特別な時間だ。
何故、二人がこのような事に至っているかと言うと、それはその日の前日の夜に遡る……
昨夜。護衛戦艦『神龍』の艦内、いつものように兵員たちの夕飯を終えた三笠は、後片付けも終わって一息付くために夜風でも浴びに行こうかと狭い廊下を歩いていた時。
「三笠二曹、大事なお話があります」
疲れた溜息を吐きつつ肩を回しながら歩いていた矢先に、神龍は突然目の前に現れるや否やそう言った。
「お、おう。なんだ?」
「……………」
「……?」
三笠は神龍の言葉を待つが、目の前にいる神龍は何故か頬を朱色に染めて、口を開こうか戸惑っている様子だった。恥ずかしそうに顔を伏せては、チラチラと三笠の顔を伺っている。なんなんだ…と三笠は不思議に思うが、神龍の大事な話とやらを黙って待つことにした。
「―――あ、あの…!」
突然大きな声を放つものだから、三笠は少し驚いた。
「…あ、すみません……」
「い、いや…。別に構わないが……」
自分でも驚いたのか、神龍はペコリと謝った。
「…で、大事な話ってなんだ?」
「…そ、そうでした。あのですね、三笠二曹。実はですね……!」
「ああ」
「た、単刀直入に申し上げます…!」
「ん?」
神龍は一度、真っ赤にした顔を上げて口をパクパクと開閉させたが、声が出ていなかった。しかし次の瞬間、喉の奥から振り絞るようにして、神龍は声を張り上げた。
「―――も、もし明日お時間があるのでしたら、私と…ッ!」
一度、息を吸って、勢いに乗って、言葉を紡ぐ。
「――――私と、ご一緒に歩いたりしませんかッ?!」
「……………」
大きな声で紡ぎ終えた神龍は、そのままの体勢で固まった。――というよりは、ぷるぷると小刻みに震えていた。恥ずかしさのあまりに震え、そして顔はトマトのように真っ赤になっていた。
三笠はぽかんとしていたが、神龍が言った言葉の意味を理解しようとした。
「…歩くって、この艦の上でか?」
「そ、そうです…!」
「俺と神龍の二人で?」
三笠がそう言うと、神龍は改めて言われて、ぼんっと顔から蒸気を噴き出した。
「ひょ、ひょうでふっ!」
噛み噛みだった。
「んー…」
しかし三笠は特に気にしていない様子だった。その天然の鈍さに神龍は救われたとも言うが、あまりに度が過ぎるといつかそれが罪になりかねないのが三笠の欠点である。
しばし考え込むような仕草を見せる三笠に、神龍は「ど、どうでしょうか…?」と緊張気味に見詰める。
「……まぁ、明日は特に予定もないからな。三食以外なら時間を作れそうだから、構わないぞ」
「そ、そうですか…ッ!」
その時、ぱっと明るく輝いたのが神龍の笑顔である。そのあまりの無垢で可愛らしい笑顔に、三笠は不意にドキリとなった。
「よ、良かったです~~~っ」
「…そ、そんなに嬉しいか」
「それは勿論ですよ。だって、三笠二曹と……えへへ」
へにゃっと力がまるで感じられない笑顔の神龍に、三笠はある意味見ていられなくて、赤くなった顔を隠すように手で顔を覆いながら視線を逸らした。
「そ、そうか…」
「…はいっ!」
「…でも、なんでだ?」
「え…?」
三笠はふと思った疑問を問いかけてみた。何故、いきなり彼女が今のことを誘ったのか、三笠には正直言ってよくわからなかった。一度、ぽかんとなった神龍だったが、首を傾げながら口を開いた。
「……三笠二曹、覚えていないんですか?」
「何を?」
三笠も首を傾げて返す。神龍はそんな三笠の仕草に「う…」と頬を朱色に染めるが、こほんと咳きこんで気を取り直すと、むっとした表情で向き返した。
「……三笠二曹、言ってくれたじゃないですか」
「……?」
「三笠二曹が上陸する前、三笠二曹が私のそばにいなかった分、取り返してくれるって約束したじゃないですか…。三笠二曹、……その、い、一緒に寝てやる……とも、私に言ってくれたじゃないですか……」
恥ずかしそうに言葉を紡ぐ神龍だったが、それははっきりと三笠に伝わっていた。そして三笠はそんな約束をした記憶を思い出していた。
あれは姉から手紙が届いて、広島で姉と妹と会うために上陸しようとした日、三笠は確かに神龍にそんな約束をしていた。その約束で自分が離れることを嫌がった神龍を納得させ、上陸したのだ。
「…それと、三笠二曹が『葛城』に配属されていた間の分も取り返してもらいます」
「…そ、そうだったな」
すっかり忘れていた三笠は脂汗を流し、神龍はそんな三笠をジトッとした瞳で見詰めていたが、ぷいっとそっぽを向いた。
「す、すまん神龍……」
「…別にいいです。でも、明日は―――」
次に三笠が見た神龍の表情は、ニッコリと微笑んでいた。
「私と二人だけで、ご一緒させていただきますよ」
―――と、いうことで現在に至る。
第二砲塔傍で待ち合わせた三笠と神龍は、肩を並べて歩き始めた。その光景は傍から見れば立派な恋人同士に見える。そんな恋人同士に見える二人を、数多の視線が遠くから見守っていた。
「……始まったようね」
機銃座の影からひょっこりと現れたツインテールは、戦艦『日向』の艦魂、日向である。そしてその隣からまたひょっこりと顔を出したのは、姉の戦艦『伊勢』の艦魂、伊勢である。
「あらあら、こうして見ると本当にまるで恋人同士ですねぇ」
大和撫子の字がふさわしい彼女が着こなす和服の長い袖を口に当てながら、うふふと微笑ましく二人を見詰める伊勢。その伊勢の頭の上から、バッと勢い余って顔を出す少女もいた。彼女は戦艦『榛名』の艦魂、榛名。日の丸を描いた、首に巻いたスカーフの端が激しく揺れた。
「おのれ、あの男め…。私の神龍に何かしてみろ、只ではすまさ……」
自称神龍の姉を語る榛名にとっては神龍は本当に大事な妹である。一方では姉バカと呼ばれる榛名の頭を伊勢が閉じた扇子でピシッと叩く。
「何をする、伊勢!」
「物騒なこと言うからよ、榛名。ここは大人しく二人の行く末を暖かく見守りましょうよ」
「見守る、だと…? ふん、私はそんなつもりでここにいるのではない。神龍の姉として、私は神龍を護る義務がある。その義務の一環として、あの男の毒牙に神龍が掛かってしまわないかこうして見張っているのだ」
「二曹さんの毒牙が参謀長にって、どういうことでしょうか…?」
ふわふわした髪に、巫女服を着た童顔の少女、駆逐艦『雪風』の艦魂、雪風が首を傾げる。
「……捕食。本能を剥きだしにして、参謀長を襲う……」
「そ、それって…! あわわわ……!」
淡々とよくわからないことを口にする眼鏡の少女、軽巡洋艦『矢矧』の艦魂、矢矧だが、それで意味がわかってしまう雪風も雪風だが、雪風はぼんっと顔を真っ赤にするとパタリと倒れてしまった。
ちなみに彼女らは互いに親友同士でよく二人で居ることが多い。二人とも最も参謀格の戦艦艦魂に近い立場にいて、矢矧は第二水雷戦隊旗艦として、雪風は駆逐艦代表としての座にある。
「ううむ、しかしあの初々しい雰囲気を醸し出す二人を見ていると、ほんわかと癒されるなぁ」
豊満な胸を揺らした道着姿のポニーテール女、彼女たちの司令長官、戦艦『大和』の艦魂、大和がふぬけた表情で二人を見詰めていた。
「………菊也」
そしてまたもう一人、ひょっこりと顔を出し、ジッと無表情に見詰める少女は、雲龍型航空母艦三番艦『葛城』の艦魂、葛城だ。
三笠と神龍のおかげで最近戦艦組とも交流を持つようになり、今もこうして行動を共にしている。三笠が一時的に配属したことのある『葛城』の艦魂で、よく全裸で泳いでいたが、三笠に目撃されて以来、極力全裸で泳ぐのは避けるようになっている。三笠に一筋な女の子。
「ええい、みんなうるさい! 気付かれたらどうするのよ…!」
「そう言う日向が一番声が大きいわよ?」
「姉さんも黙ってて。もし気付かれたりなんかしたら、二人の逢引が台無しになっちゃうわよ。私はこれをじっくりと最後まで観察したいんだから」
ニヤニヤと口端を歪める日向と、溜息を吐く伊勢。そして逢引という言葉にピクリと反応する榛名と、榛名とは別の意味でその言葉に嬉しそうに反応する大和。
「……楽しんでるわね、日向」
「むしろ何か起きた方が面白いんだけど……ブツブツ…」
「…おい、日向。今聞き捨てならないことを言わなかったか?」
「気のせいよ」
「……ていうか、なんで僕まで」
三笠と神龍が二人だけになって逢引、英語で言うならばデートするという情報を聞いてここに集まった集団に、一人、二ノ宮朱雀少尉も混ざっていた。彼は本来戦艦『榛名』の第二砲塔を担当する砲術士だ。
「…そもそも、こういうのはよくないよ」
「何言ってるのよ。こんな面白いのある?いたくないなら帰ればいいじゃない」
「…無理矢理連れてきたのは誰だよ」
「なんか言ったかしら?」
「別に……」
これ以上言っても無意味だと悟った二ノ宮は日向に気付かれないように小さく溜息を吐いた。
「あ、ほら。追いかけるわよ…!」
色々と話している間にいつの間にか二人の姿が遠くなり、見失いそうになって日向は慌てて駆けだした。
「え…ッ! あ…、ちょ…! 待って下さい日向参謀…! あ…!」
突然のことに、後の者も慌てて続いた。その時、雪風が足を引っ掛けて、耐えきれずに「きゃあ…!」と声をあげて前のめりに倒れてしまった。
そこに一人やる気のない二ノ宮が日向のすぐそばに立っていたのだから、雪風は二ノ宮を巻きこんでしまった。
「へ?」
転んだ雪風に背後から押された二ノ宮はわけがわからないまま、つい先ほど駆けだした日向の方に勢い余って倒れこんだ。
「ぶっ!」
「――――ッ!!?」
いや、正確にはギリギリ倒れてはいない。前のめりに倒れそうになった二ノ宮の顔面を日向の小さくて柔らかいお尻が受け止めたおかげで、二ノ宮は転倒せずに済んだ。
「……………」
「(……や、柔らかくて、暖かい……)」
そんな呑気な感想を頭の中で浮かべた二ノ宮だったが、その場の空気はシンと氷のように冷たくなって固まり、そして二ノ宮の顔面を受け止めたお尻を持つ日向は、硬直したまま顔をカーッと真っ赤に染めた。
「―――こ、この変態馬鹿二ノ宮ぁぁぁぁぁあああぁぁぁッッッ!!!」
「待てッ! 今のは不可抗力―――――ぶはぁぁぁぁッッッ!!!」
振り向けざまに叫んだ涙目の赤面日向の渾身の一撃を、二ノ宮はその顔面の鼻先にド真ん中で浴びせられたのだった。
その後ろでは、転倒した雪風が涙ながらに謝罪する姿と、親指をぐっと立てている約一名を除いたその他一同が黙祷を捧げている光景があった。
艦首から右舷甲板を移動し、艦尾までの長い道のりを、二人の男女が肩を並べて歩いていた。ほとんどの者が艦内にいるせいか、その世界にいる者は彼と彼女の二人だけだった。
ハリネズミのように並ぶ機関銃と高角砲は綺麗に整備され、『神龍』の対空装備の優秀性を表すと同時に兵員たちの丁寧な仕事ぷりが垣間見える。埃や汚れ一つなくピカピカに磨かれた機関銃などが日の光に照らされて輝いている。
そんな光景を背景にして、三笠と神龍は右舷の海側に寄り、呉の港を見渡した。各岸壁には様々な艦艇が繋留され、人々の日常が溢れる港町が伺えた。雲と蒼に塗られた空に、海鳥たちが唄っている。
一見、平和そうな光景だった。繋留された艦艇は大人しくしていればやはり船の一種で、人間の造船技術の粋を結集させた誇りが恍惚と光輝いているように見える。
最近大きな空襲を受けたばかりの呉の港町にも、生きようとする人の日常が確かにそこにある。
柵に手を掛けて、海に身を乗り出さんとばかりにしながら、神龍は呉港を見詰めていた。その微笑みの横顔を、三笠は気付いていた。
「気持ちいいですね、風」
「そうだな…」
海の香りを運んで吹いてきた潮風を浴びて、黒髪を靡かせた神龍はくすぐったそうに微笑んだ。そんな神龍の横顔を見て、三笠は安堵していた。
自分なんかと二人だけで、こうしてただ歩いているだけで彼女を楽しませることができているのか、正直三笠は不安だと思っていた。艦魂は自艦と僚艦の間しか移動できない、歩けないから仕方ないが、見慣れた自艦でただ二人で歩くという場面に、彼女は本当に満足できるのか、三笠は自信がなかった。
だが、三笠は神龍のその表情を見て、それが嘘偽りのないものだと知って、心のどこかで安堵していた。
それは、当たり前だった。微笑する三笠を、神龍がチラリと見詰めていたのを、三笠は気付いていない。彼を見る彼女の心は、たとえどこにいようが、それは幸せに満ちていた。
場所は関係ない。ただ二人で、彼といるだけで、神龍は幸せなのだ―――――
神龍は幸せを噛みしめるように微笑み、そしてそっと胸の中に秘めるのだった。
「――あ。三笠二曹、見てください。鳥さんです」
神龍が指を指したのは、どこからともなく現れた海鳥だった。白い羽毛を生やした羽を力強く羽ばたかせながら、海鳥が海面に向かって降下していった。
「鳥さん、空を飛んで気持ち良さそうですね」
「はは…。神龍も空を飛びたいか?」
「私は……海に生きる艦魂ですからね。でも、空の上ってなんだか憧れません? 海も蒼いですけど、空も蒼いじゃないですか。 そんな空を、海の上にいるように過ごしたいとは、思いませんか?」
「う~ん、俺も艦乗りを選んだ海軍軍人だからなぁ。空はあまり考えたことなかったが……まぁ、そうだな。人間も、空を飛ぶことを憧れて、飛行機を作ったわけだからな…」
「そうですね。そう思うと、人って凄いですよね」
神龍は微笑み、そして希望を見るような瞳で、楽しそうに口を開いた。
「空に憧れて飛行機を作って、自分達も飛べるようにしたのも同じように、人は早く走りたいから車を作って、そして海の上を翔けたいから船を……私たちを作ったわけじゃないですか。人って本当に凄いと思います」
「…そうかもな。だけど、人は神様じゃないからな。何でも作れるように見えるが、何でもは作れない」
「もちろん、人は人です。でも、もしかしたら私たちのような存在って、そういう人の憧れや想いのもとで生まれたものなのかもしれませんね」
人は初めにそれを憧れ、想いを込め、形を作り出す。早く走りたいから車を作り、空を飛びたいから飛行機を作った。そして、それらと同じように海の上を翔けたいから、船を作った。
そしてそんな船に魂が宿った存在、艦魂。
人と同じ姿をし、人と同じ心を持った、神秘的で不思議な存在。何故彼女たちはこの世に生まれ、生きているのか、それは生命の歴史を調べることとは一味違うものだ。
艦魂って、何なのだろうか。いつの間にか、そんな気持ちが想いを巡らせて、最終的に浮かんだ三笠だった。
「…すみません、私なに言ってるんでしょうね。えへへ……」
「……楽しそうだな、神龍」
「へ…ッ? あ、う……ッ!」
微笑する三笠に言われ、神龍は一度カッと顔を朱色に染めて戸惑ったが、やがてすぐに頬を朱に染めたまま、ニコリと微笑んだ。
「はい…ッ。私、今とても楽しいです…!」
「………そうか」
眩しく光った神龍の今日一番の笑顔に、三笠は心がふわりと不思議な感覚に包まれるのを感じた。
三笠は定番の、神龍も大好物の、特製おにぎりを葉の包みから解いた。真っ白な握り飯が二つ葉の上にテンと乗っかり、肩を並べて座った二人、三笠の隣から神龍がキラキラした瞳でその握り飯を見詰めている。
「三笠二曹のおにぎりです~♪」
「ま、いつもと変わらずおすそ分けだ」
そして一つずつ手に持った二人は、神龍の「いただきまぁす」の嬉しそうな挨拶を始まりとして真っ白な握り飯を頬張った。
相変わらず小さな口でもぐもぐと「おいひいでふぅ」と本当に幸せそうに食べている神龍を、三笠は嬉しさも噛みしめながら自分の握った握り飯を口に運んだ。何故か、いつもより美味しく感じられた。
「あ…」
二人が美味しそうに握り飯を頬張っていると、いつの間にか目の前の柵の上に一羽の海鳥がとまっていた。羽をくちばしで手入れした海鳥は、今度はジィッと二人の握り飯を見詰めていた。
「あいつも食べたそうだな」
三笠はそう言いながら、チラリと神龍の様子を伺った。三笠は、「これは私のですから駄目ですぅ!」と反応する神龍を想像したが、結果は正反対だった。
「三笠二曹、あの鳥さんにもおすそ分けしたいです。いいですか?」
「あ、ああ。構わないけど」
「ありがとうございます」
そう言うと、神龍は立ち上がり、海鳥のそばに寄った。人に慣れているのか、神龍が近づいても海鳥は逃げなかった。
「(ていうか、鳥も神龍が見えてるんだな……)」
それとも神龍が見えないからか、とは一瞬だけ考えたが、海鳥は明らかにジッと神龍を見詰めていたし、神龍の僅かな仕草に微かな反応を見せていたので、海鳥も神龍が見えているという事実に納得した。
動物は霊感が強いと聞くが、その類なのかもしれない。
三笠は、神龍が米粒を摘まんで海鳥にあげている光景を見学していた。神龍の手のひらに乗った米粒を、海鳥が優しくつっ突くようにして、米粒を食べている。
神龍はくすぐったそうに笑っているが、その表情は嬉しそうだった。そんな嬉しそうな彼女を見ていると、三笠はまた心が不思議な感覚に陥るのを感じた。
やがて、一羽しかいなかった海鳥が、一羽、また一羽と、段々と神龍の周囲に集まってきた。白い羽根が舞う中、鳥たちと戯れて微笑む神龍の姿は、三笠を感嘆させた。
それはどこか神秘的で、美しい光景だった。まるで芸術画を見ているような感覚だった。
光の中、白い羽根が舞う中で、長い黒髪を流した一人の少女が鳥たちと共に踊る。そんな芸術画が三笠の脳裏に焼きついた。
やがて海鳥たちは神龍の傍から一斉にバタバタと白い羽根を乱暴にまき散らしながら飛び去ってしまった。驚いて、しかし楽しそうな表情で頭を庇った神龍は白い羽根にまみれ、そして海鳥たちが去った空を見上げた。
海鳥たちが飛び去る様を見送ると、白い羽根に囲まれた神龍は、ふと三笠のほうを見て、クスッと微笑んだ。
「えへへ、びっくりしました。皆さんいきなり飛んでいっちゃいますから」
腰をおろしたままの三笠の傍に駆け戻った神龍はそんな言葉を口にしていた。
「……凄かった」
「はい。いつの間にか私の周りに鳥さんたちが集まって、確かに凄かったですよ~」
「……さっきの神龍、見てたけど凄かったぞ」
「……三笠二曹?」
三笠は、舞いあがる白い羽根に囲まれて佇む神龍の神々しい姿を思い出していた。
神龍は首を傾げるが、三笠は突然ぷっと吹き出した。
「な、なに笑ってるんですか…! や、やっぱりさっきの私、子供っぽかったでしょうか……」
恥ずかしそうに頬を朱色に染めて戸惑う神龍だったが、三笠は小さく笑いながらも首を横に振った。
「そんなんじゃないよ」
「そ、そんなんじゃないって……どういうことですかぁ」
三笠は笑い、神龍はちょっとだけ怒りながらも、「もう…っ」と小さな笑みにその表情を変えていた。いつしか二人の間には暖かい笑いが交叉していた。
二人で座って握り飯を頬張っている最中、ふと三笠は口を開いた。
「そういえば、神龍……」
「はひ?」
握り飯を口に含んでもぐもぐしたまま、神龍が三笠の方に顔を向ける。三笠は、何故か目のやり場に困るという風に視線を逸らし、頬を朱色に染めた。
「……また、その格好なんだな」
実は三笠は神龍と会ってからずっと気になっていた。それは神龍の格好であり、スカートだった。しかも長いとは決して言えない、むしろ短すぎると言えるほどの丈の長さのスカートは三笠にとっては刺激が少し強すぎた。神龍の熟したような美しい白い太ももが見えそうで、健全な男子としては非常に目のやり場に困る。
神龍も、改めて指摘されるとやはり恥ずかしいものだった。だが、この格好が良かった。彼が似合っていると言ってくれたのだから。
「……はい。私、この格好が好きですから」
ぽっと頬を朱に染めながら、クスリと微笑む神龍。
「…好きなら、いいけどさ」
「どうですか。これ」
これ、とはスカートのことであるのは勿論だ。三笠は神龍に言われてついまたスカートの方を見てしまったが、神龍のぷっくらした太ももが目に飛び込んできて、慌てて視線を逸らした。
「……ま、前も言ったろ」
「もう一回言ってほしいですね」
「く…」
ニコニコと微笑みながら三笠の言葉を待つ神龍に、三笠は内心溜息を吐いた。
「……可愛いよ」
「えっ?」
ボソリ、とした言葉。
「あー、何度も言わせるな。似合ってるよ、うん可愛い」
「か、かわ…ッ!!」
予想以上の嬉しすぎる言葉に、神龍は顔をぼんっと真っ赤にして、恥ずかしそうに顔を俯けてしまった。三笠も、後になって自分は何を言っているんだと恥ずかしさがこみあげてきた。
「……ありがとうございます」
恥ずかしすぎて声が小さくなってしまったが、それはよく通った声で、そして本当に嬉しそうな声で、三笠に伝えた。
それをきっかけに一生この格好でいようと神龍が決意したことを、三笠は知らない。
「あれ……?」
握り飯を食べ終え、また二人で歩きだそうとした矢先、三笠はふとある光景を見つけた。
「どうかしましたか、三笠二曹?」
「いや、あれ…」
三笠が指指す方向は、海だった。そして神龍も一緒になって見たものは、さっきまで神龍の傍にいた大勢の海鳥たちがまた集まっている光景だった。
「なんなんでしょう…。鳥さんたち、あそこに集まって……」
「餌……魚の群れでもいるんじゃないか?」
しかし、港内でこんな光景も少しだけ珍しい気がする。魚は港内にもいるが、鳥があんなに集まるほど魚の群れがいるだろうか。
「(まさか……な)」
それとも、前の空襲で海に放り投げられた遺体があるのではないか、ということまで三笠は想像していたが、すぐにその想像を振り払った。
「どうしました、三笠二曹?」
「いや、なんでもない。それより、そろそろ行くか」
「えっ? でも、鳥さんたちが気になります…」
「別に大したことはないと思うぞ。ほら、行こう」
まさかの想像がもし当たっていたら嫌だし、何よりそんなものを神龍に見せたくない。三笠はその場から離れることにした。
「……わかりました。では……あっ」
神龍の声に、三笠はギクリとする。
「ど、どうした?」
「鳥さんたちから、何か見えました……。あれは…!」
「神龍ッ!?」
三笠の傍から駆けだし、海鳥たちが集まった海面の方に向かった神龍。まさか自分の想像が当たってしまったのではないかと、三笠は神龍の後に続いた。
「み、三笠二曹……!」
先にその光景を確かめたらしい神龍が、震えた声をあげる。
「どうした神龍…! まさか本当に……」
「あ、あれ……ッ!」
「な…ッ?!」
神龍がわなわなと震えた指が指す方向を、三笠は視線を向ける。そしてその光景に驚きを隠せず、声を漏らした。
「あ、あれは……」
その光景。それは二人を震え上がらせるのに十分なものだった。それは――――
海面に浮かび、海鳥たちに突かれる、二ノ宮の無残な姿だった。
「「二ノ宮少尉ぃぃぃぃぃイイイィぃぃぃッッ!!?」」
あまりの衝撃的な光景に、二人は同時に声をあげた。
「ちょ…! な、何故二ノ宮少尉があんなかわいそうな姿で海に浮かんで鳥さんたちに餌の如く突かれてるんですかっ!?」
「俺にもさっぱりワケがわからないが、とにかく助けようッ!」
まさか二ノ宮の遺体を見つけるとは、三笠も想像していなかった。
とりあえずなんとか海鳥たちの餌になりかけていた二ノ宮を海から引き揚げた三笠と神龍だったが、そんな遭遇した場面にまったく理解できなかった。
「それにしても何故二ノ宮少尉が……」
「脈はある…。心臓も動いてるし、息もしている……。ただ気がかりなのが……『日向ぁぁぁ……』と呻いていることだけだ」
「………私、たった今大方理解しました」
「………実は俺もだ」
目をぐるぐる巻きにして気絶している二ノ宮のそばで、三笠と神龍は同時に息ぴったりの大きな溜息を吐いた。
「……いい加減出て来いよ、お前ら。どうせ、そこにいるんだろ?」
三笠がそんな言葉を投げかけると、やがてどこからともなく、ゾロゾロとその一団は現れた。
「か、葛城までいたのか…。お前、なんでここに…」
「皆さん……。は、榛名姉さんまで……」
続々と見慣れた面々が各々の表情で二人の前に並ぶ中、一人無粋な表情をした姉を見て、神龍は呆れるように溜息を吐いた。
「…ほら、見つかっちゃったじゃないのよ」
「日向のせいでしょ? あんなところに二ノ宮さんを放り投げるからこうなったのよ」
「…まぁ、聞きたいことは色々あるけど、なにしてるんだお前ら? というか、少尉はなんであんな惨めな姿になってたんだ?」
「二曹さん、さらりと仰いますね」
何故彼女たちが自分たちの後を付けてきたのか、色々と山程聞きたいことはあったが、まずは二ノ宮が何故漂流していたのか、三笠は一番不可思議な事象を彼女たちに問いただした。
一番事情を知っているであろうそっぽを向く日向の代わりに、伊勢が事情を説明した。誤って日向の小さなお尻に顔を埋めてしまった幸せ者(?)の二ノ宮は赤面爆発した日向の大規模な攻撃を受け、最終的に海に放り出されてしまったのだ。
あまりの予想通りの呆れた展開に、三笠と神龍は揃って今日何度目かわからない溜息を吐いた。
「…少尉の事情はわかった。……じゃあ、次は本題だ。お前ら、なんで俺たちの後をつけてきた?」
三笠の問いに、並べられた一同は各々の口を開いて答えた。
「面白そうだったから」と日向。
「妹の付き添いで「なに言ってるのよ姉さん。凄く興味津々だったくせに…アイタッ!(日向)」」と日向を扇子で叩く伊勢。
「私はあくまで神龍の姉としてだな……」と無粋に言う榛名。
「私は勿論ハァハァするためだ」とハッキリ言う大和。
「………菊也、浮気は駄目」と言って「誰が浮気だ」とツッコまれる葛城。
「お、お二人の応援を……」と言って三笠に「意味がわからん」とツッコまれる雪風。
「……私の役目は観測だから」と言って三笠に「その台詞はどこかで聞いたことがあるな」とツッコまれる矢矧。
「……………」
三笠はチラリと神龍の方を伺った。そして三笠は、神龍の身体からどす黒いオーラが出ていることに気付いてぎょっとした。
「………皆さん」
神龍の呟きのような低く、しかしハッキリと通る声に、ざわっと震える空気。そしてその場にいる者は全員ゾクリと寒気を感じて、一斉にその寒気の根を恐怖の瞳で見る。
「……折角、三笠二曹と二人だけで……ブツブツ…」
「?」
しかしその呟きは小さすぎて隣にいる三笠にもよく聞き取れなかった。
だが、聞きとれなくても神龍の心中を察した三笠以外の全員が、身を震わせて慌てて弁明に走りだした。
「……あ、いや…! わ、悪かったわよ神龍ッ! 私たちが悪かった!」
「そ、そうね…。わ、私もそう思うわ。うん、ごめんなさいお二人とも」
「…や、やはり覗きはよくないな」
「う、うむ。榛名の言うとおりだ。やはり妄想で抑えとくべきだったよ。はっはっはっ」
「……………」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「……邪神覚醒……」
普段は想像もできないような震えっぷりを見せる一同の姿を見て、三笠はもう許してやりたい気分になっていた。未だに黒いオーラを揺らしながらブツブツと呟く神龍の肩を、三笠はぽんと叩いてやった。
三笠が神龍の肩を叩くと、不思議と神龍の身から溢れていた黒いオーラは一瞬で浄化されてしまった。
「…あ。三笠二曹……?」
「…まぁ、みんなも謝ってるし、反省もしてるみたいだからさ。もう許してやらないか? 神龍」
「……わ、私は…その……えっと…」
肌を露出させた肩に触れる三笠の手の暖かさが直に伝わって、神龍は恥ずかしくなって言葉に戸惑ったが、すぐに顔を赤くしながらもコクリと頷いて見せた。
「み、三笠二曹がそう言うのでしたら……」
「――ということだ。良かったなみんな。許してやるって」
「に、二曹さんは……?」
一同の中で一番怯えて、可哀そうなまでに瞳に涙をいっぱいにしてガクブルと震える雪風の問いに、三笠は苦笑しながら答える。
「勿論俺もだよ。許す」
「よ、良かったぁぁぁぁ~~~」
ほっとしたのか、雪風は力が抜けたようにヘニョヘニョと腰を崩し、ぺたんと座りこんだ。そのそばから、新友の矢矧が雪風の肩に手を添えて支えてあげていた。
実を言うと、珍しくキレた(?)神龍より、雪風にとっては三笠に許されないことだけはもっと嫌だった。雪風は無意識にそう思っていたが、その理由は本人でもよくわかっていなかった。
そして許しをもらった一同は安堵した表情で、各々の開いた口で礼を述べた。
「あ、ありがとう。神龍」と日向。
「ありがとうございます、二人とも」と伊勢。
「……………」と頬を微かに朱に染めつつ無言の榛名。
「……ありがとうお二方。こんな貴重な絵も見れ……ゲフンゲフン」と榛名を見詰めながら咳ばらいする大和。
「……ありがとう、菊也。大好き…」とドサクサに紛れて告白する葛城。
「本当にごめんなさいですぅ」と未だに泣いている雪風。
「……謝礼」とさりげなく二文字で済まそうとする矢矧。
そして一同は、これ以上長居するのも悪いと判断したのか、三笠と神龍を本当に二人きりにしようと退却する。
「では、後はお二人の本当のお時間。楽しんできなさいよ~」と、気絶した二ノ宮の襟首を掴む日向。
「私たちはここで失礼しますね」と笑顔で小さく手を振る伊勢。
「…神龍、何かあったら必ず私に言うのだぞ。わかったな?」と未練がりに言い残す榛名。
「……若いって素晴らしいな」とうっとりとする大和。
「……菊也、何かされたら私に言って」と言い残す葛城。
「言っておきますけど、この中だと長官が二番目に若いですよ?」と首を傾げながら言う雪風。
「……さらば」とピッと敬礼を投げる矢矧。
また好き勝手に各々の言葉を残して、彼女たちはさっさと光に包まれてその場から消え去った。
二人、残された三笠と神龍はしばしの間、互いに隣同士で並んで黙っていたが、やがて沈黙も破られた。
「……行こう、か」
「……はい」
改めて“二人”というのを意識すると、恥ずかしいものだった。だが、悪くなかった。
三笠は神龍とまた二人で歩くために、神龍の方に視線を変えた。微かに顔を上げて、サラリと揺れた黒髪から見えた神龍の瞳は、いつもの綺麗さで、そして楽しそうな瞳に変わっていた。頬は微かに朱色に染まり、柔らかそうな桃色の唇は、ニコリと紡がれる。
みんなといるのはやっぱり楽しい。だけど、彼と二人だけというのは、もっと楽しい。
そんな気持ちが、今、神龍の中でより強く気付かされた。
「行きましょうか」
立ち尽くす彼に微笑み、神龍は踵を返して歩を刻み始める。三、四歩ほど歩いたところで、神龍は立ち止まって、三笠の方に振り返った。
神龍の笑顔に見惚れてぼーっとしていた三笠に、神龍の真っ白な手が差し出された。
「さ、一緒に行きましょう。三笠二曹」
「…ああ」
三笠も微笑み返し、そっと神龍の真っ白で小さな手を、自分の手で優しく握った。
二人の若い男女は、傍目から見たらまるで恋人同士のように仲良く手を握って歩いた。日が暮れるまで、二人はただ歩くだけでも幸せな時間を得たと云う。そんな二人を見ていたのは、港の空を飛び回る海鳥たちだけだった。
伊勢「伊勢と〜」
日向「日向とぉ〜」
大和「大和の」
伊勢・日向・大和「神龍完結一周年記念特別編艦魂ラジオ~~~ッッ」
――本番組は、北は樺太、南は台湾まで、全国ネットでお送りいたします―――
――大本営・海軍省・大日本帝国海軍支援協会・艦魂同盟の提供で、お送りいたします―――
伊勢「どうも皆さん。パーソナルティの一人である、戦艦『伊勢』の艦魂、伊勢でございます」
日向「同じく妹の日向よ」
大和「みんなの司令長官、大和だ」
伊勢「今回は作者さんの艦魂初作品であり代表作、そして作者さん自身の小説史上最大の大作である“神龍”完結一周年を記念して制作された“護衛戦艦『神龍』 ~蒼穹の想い出~”の特別艦魂ラジオです」
日向「そしてなんと、今回はゲストとして神龍をはじめとした懐かしき艦魂一同をお呼びしたわ。それでは、拍手~」
パチパチパチパチ☆
大和「神龍とゆかいな仲間たちの登場だ」
神龍「どうも皆様、お久しぶりです。護衛戦艦『神龍』の艦魂、神龍です」
三笠「護衛戦艦『神龍』の烹炊班、主計科の三笠菊也です」
榛名「…金剛型三番艦『榛名』の艦魂、榛名だ」
葛城「……葛城」
雪風「雪風です。お、お久しぶりです…ッ」
矢矧「……矢矧です…よろしく……」
二ノ宮「えっと……二ノ宮です」
伊勢「皆さん、本当にお久しぶりですね~。まるで同窓会で友人たちと数年ぶりに出会った気分ですよ」
日向「そうねぇ。―――ていうか、なんで馬鹿二ノ宮までいるのよ」
二ノ宮「僕だって知らないよ。折角だから来てみたけど」
日向「……変態」
二ノ宮「だからあれはごめんって!」
伊勢「こらこら、三笠さんが主人公なのに……三笠さんを差し置いてなに先に喋ってるのかしら」
三笠「……まぁでも、二ノ宮少尉はある意味この物語で結構目立ってましたね」
神龍「私も見つけたときは本当にびっくりしました…」
日向「何せ水死体が浮いてたんですものね」
二ノ宮「誰が水死体だ! ていうかそもそも僕をあんな風にしたのは誰のせいだよ!」
日向「…あ、あんたが私のお尻に顔なんか突っ込ませるからよ! 馬鹿!」
二ノ宮「だからあれは不可抗力であって……」
日向「問答無用!」
二ノ宮「ひどいっ! ぐはっ!」
伊勢「二ノ宮さんも災難ですわねぇ…」
雪風「ごめんなさいごめんなさい……」
矢矧「……気にするな、雪風…」
大和「羨ましい限りだなと言いたいところだが、しかし今回は少年も、なんとも羨ましいことをしてくれたもんだ」
三笠「…は?」
大和「こんな可愛い女の子と逢引(今風でデート)とは、彼女いない歴を持つ男子から見れば貴様は完璧な敵だな」
三笠「…なに言ってるんだよ、大和」
神龍「は、はうう……」
葛城「………」
三笠「葛城、危ないから包丁は置こうな」
大和「しかし神龍。そのスカート姿は……は、犯罪だな……実にけしからんぞ…(ボタボタ)」
日向「鼻血出てるわよ」
榛名「…そ、そうだぞ神龍。大和長官の仰る通りだ。なんだその破廉恥な格好は。帝国海軍軍人足る者、もっと節度を持ってだな―――」
神龍「す、すみません榛名姉さん…。でも私、この格好でないと駄目なんです…」
榛名「なに?」
神龍「…だ、だって……似合ってるって……可愛いって…言ってくれましたから……」
スカートの裾を摘まんでもじもじしながら三笠の方をチラチラと見る神龍。
榛名「………ほう、なるほど。そういうことか…」
三笠「?」
榛名「―――貴様がすべての元凶かぁぁぁッッ!!」
三笠「榛名姉さまご乱心ッッッ!!」
榛名「誰が貴様の姉だぁぁぁッッ! 認めん! 認めんぞぉぉぉッッ!!」
伊勢「こんな光景も懐かしいわね」
日向「初期のころはあの二人、決闘したことがあるものね」
大和「見事に少年が勝ったがな…」
榛名「……………」
雪風「ああっ! 榛名参謀が抜刀した日本刀を落としてorzになってる!」
榛名「……わ、私の大切なモノたちがどんどん離れていく…」
神龍「姉さん…」
榛名「し、神龍……」
神龍「私、榛名姉さんも大好きですから。だから姉さんの落ち込む姿、見たくないです…」
榛名「し、神龍ぅぅ……」
日向「…さっきから思ってたんだけど、榛名、キャラ崩壊してない?」
伊勢「きっと気のせいよ」
大和「再びあの二人の姉妹愛が見れて……お姉さん嬉しいよ…ハァハァ」
日向「あんたのハァハァはいつまでも変わらないわね~」
三笠「……女って怖いですね、少尉」
二ノ宮「……まったくだね」
日向「そこ、何か言った?」
三笠・二ノ宮「「いえなんでも」」
一〇分後。
三笠「…ところで、神龍」
神龍「なんでしょうか?」
三笠「作中でも記されてたけど、お前のスカートといい、確か艦魂って自分の服装を自由自在に変えられるんだよな」
神龍「そうですよ。艦魂は自在にモノを発現できますが、それと同じように自分の着ている服も好きなように変えられるんですよ。ほとんどの人は軍服ですけど、中にはそれぞれの好みの服を着ている人もいます」
三笠「確かにな…。道着姿の大和、巫女服の雪風……」
日向「大和はいいとして、なんで雪風は巫女服なの?」
雪風「巫女さんが大好きだからです」
日向「キッパリ言うわね…」
雪風「いいですか?巫女さんというのは日本古来から神に仕える者として伝えられており、それらは皆うら若き乙女であって、そもそも巫女さんの歴史というのは日本の―――」
日向「あんたの巫女談議は延々とキリがないから、もう結構よ」
雪風「うう、全然語り足りないです…」
矢矧「……雪風、私に思う存分話してもいいよ…」
雪風「あ、ありがとうございます矢矧~」
矢矧「……うん…」
大和「相変わらずあの二人は仲が良いな」
日向「…矢矧、絶対寝る気だわ」
伊勢「そういえば“神龍”でも、三笠さんが『葛城』に配属されている間、神龍、雪風と矢矧と三人でなにかしてなかった?」
神龍「あ…えーと……その…」
矢矧「……コスプレショー」
神龍「や、矢矧ッ!」
大和「何故私を誘ってくれなかったんだ…ッ!」
日向「あんたは黙ってなさい」
雪風「…というか、きっと忘れてる読者の方が圧倒的に多いと思いますが」
矢矧「……第十七話参照……」
三笠「…神龍、お前、俺がいない間にそんなことを」
神龍「ち、違いますよ菊也さんっ! あれはその…!」
大和「神龍の可愛い服装の数々、ぜひ見てみたかったな。なぁ、榛名」
榛名「……なッ! わ、私は別に……そもそも、帝海軍人が軍服以外何を着ると…」
大和「見たくなかったのか?」
榛名「…み、見たく……ない…ッ…たい…ッ!」
日向「ああ、あの勇ましい武人の榛名は一体どこへ…」
神龍「そ、そうだ!思い出しました!」
三笠「…な、なんだ?」
神龍「実はですね。私、その時色んな服を着てみたのですが、その中で『あ…これ、菊也さんに似合いそう』っていうのを見つけたんですよ!」
三笠「…は?」
神龍「艦魂は自分の服装を変えることもできますが、他人の服装だって変えてみせますよ!なので、菊也さん。似合いそうな服を見つけてきましたので、着てみてください!」
三笠「…ちょっと待て。神龍が着たものだろ…?それって、女の子の服ってことじゃ……」
大和「なるほど。それは良い案だ、神龍。手伝おう」
三笠「ちょ…ッ! 大和…ッ?!」
神龍「ありがとうございます、大和さん。では……」
三笠「いや、俺は遠慮させてもら……」
大和「もう逃げられんぞ、少年」
三笠「な…! や、大和…お前…ッ!?」
大和「さぁ、少年はしっかりと捕まえておいたぞ。思う存分やれ、神龍」
神龍「菊也さん、きっと似合いますよ」
三笠「そんな凄く良い笑顔で言われても俺は嫌だぞッ! ちょっと待て、これ、なんかデシャヴ…!」
葛城「………」
三笠「か、葛城…! お前だけが頼りだ…! た、助けてくれ…ッ!」
葛城「……菊也」
三笠「か、葛城ぃ…」
葛城「……菊也の可愛い姿、見てみたい」
三笠「――って、お前もかよぉッ!」
二ノ宮「…というか、可愛い姿なのは前提なんだね」
三笠「しょ、少尉…! た、助け……」
二ノ宮「御愁傷様」
三笠「御愁傷様二ノ宮君ッ!!?」
日向「そのネタ、わかる人しかわからないわね~」
神龍「観念してください、菊也さん。それでは、え~い」
三笠「待て…ッ! 俺は……うわあああああッッ!!」
……で。
三笠「……屈辱すぎる」
神龍「や、やっぱり似合ってますよ菊也さん! 可愛すぎますぅぅ~~っ!」
葛城「……菊也、可愛い」
大和「ぶはッ! こ、これは……」
三笠、見事なまでのウェイトレス姿(※)男です。
雪風「あ、確かに可愛いですね」
矢矧「……男の娘?」
榛名「な……なんてけしからん。日本男児がそんな格好……」
伊勢「榛名、顔が赤いですよ?」
日向「まぁ……いいんじゃない?」
二ノ宮「………(ぷるぷる)」←笑いを堪えている。
三笠「は、恥ずかしすぎる…ッ!」
大和「仕上げにネコミミなどどうだ?」
三笠「ちょっとこれッ! 大和と初めて出会った時と同じじゃねぇかッ!(第二話参照)」
大和「そういえばそうだったな。懐かしいなぁ」
神龍「きゃあああ。菊也さん、本当に可愛いですぅ~っ!」
三笠「し、神龍…?」
神龍「菊也さぁぁぁんッッ!」
三笠「うわッ!? おま…ッ!」
大和「おお、大胆」
榛名「し、神龍…ッ!? そんな女装変態男などに抱きつくなッ! 変態が移るぞっ!」
三笠「俺が好んで着ている風に言うなっ!」
神龍「あああ、もう可愛すぎて抱きしめたくなっちゃいました~。スリスリ」
三笠「し、神龍……。お前……いい加減にしたほうが……うわああ……」
葛城「………」
雪風「葛城参謀ッ! おさえてください!」
矢矧「包丁は没収……」
大和「ふふ、私も久しぶりに愛でたくなってきたなぁ」
伊勢「そういえば大和は“可愛いものなら男でも女でも愛でる”んでしたっけ」
三笠「ぐ…ッ!? や、大和まで…! や……背中に何か当たって…!」
大和「……当ててるのさ」
三笠「ぶっ!」
葛城「……私も、ぎゅっ」
三笠「葛城ぃぃぃッッ!! そ、そこに抱きつくのは非常に困るからやめろッ! 下半身には……ッ!」
雪風「……ずるいです。えいっ」
矢矧「…じゃあ私も」
三笠「お前らぁぁぁッッ!!?」
榛名「………」
伊勢「…私たちもやりましょうか?」
榛名「誰がやるかッ!」
伊勢「そうねぇ。抱きつくなら二ノ宮さんの方がいいわよね、榛名の場合」
榛名「―――ッ!? な、ななな……」
日向「ちょっと! なにを言って―――」
二ノ宮「ひぃ……腹筋が痛い…。あれ?どうしたの、三人とも」
日向「あんたはなにを馬鹿みたいに笑ってるのよ!」
二ノ宮「いや、三笠二曹には悪いけどこれは笑えなきゃおかし……」
日向「とか言いながら実は内心、『ウホッ』とか『やらないか?』とでも思ってるんでしょ?」
二ノ宮「そんなわけないでしょっ! ……まぁ、ちょっとは可愛いと思ったけど」
日向「馬鹿ぁぁぁぁぁッッッ!!」
二ノ宮「な、なんで泣くのッ!? ぐはぁぁぁッッ!!」
伊勢「ウチの男たちって悲惨ねぇ」
榛名「馬鹿ばかりなだけだろう」
三笠「ちょっとそこのお二人様……た、助けてくださ……」
伊勢「あら、三笠さん。羨ましいわねぇ、ハーレムじゃない」
榛名「……ふん。くだらん」
三笠「そ、そんな……あ…ッ…ちょ……誰だこら…ッ! 変なところ触るなぁぁっ!」
葛城「……菊也のピーーーって、結構ピーーーだね……」
三笠「言うなぁぁぁぁッッ!!」
大和「あぁ…可愛いなぁ少年……」
三笠「大和も……胸が当たってるっつーの……」
神龍「菊也さぁ~ん……」
三笠「し、神龍……お前も……ぐ…神龍、柔らか……じゃなくて…ぐああああ…」
伊勢「三笠さんがハーレム地獄に落ちてるところで、そろそろお別れといきますか。それでは皆さん、また会える日まで~」
榛名「……また再び出会える時が来ることを願う」
三笠「お、終わるなぁぁぁッ! 俺を救ってからにし……あああああああッッ!!」
神龍「菊也さん、大好きです…ッ」
……ということで、ここまでお読み頂きありがとうございました。そしてお疲れ様でした。
神龍完結一周年、そして最近艦魂を書くというか、小説を執筆すること自体が難しくなっている今、この機会に初心を思い出してみようということでこの作品を制作するに至りました。
時間を見つけてはちょくちょく前々から書いてはいたのですが、久しぶりに神龍や三笠たちを書けて楽しかったです。
神龍が完結して一年、色々あったような気もしますが……長かったような短かったような……実際よくわからないものですね。
でも、これからも艦魂は書き続けていきたいと思います。
それでは、これからも伊東椋と艦魂作品をよろしくお願いしますm(_ _)m
それでは~。