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模試のおまもり 前編

 前編


 高校に入学してからしばらく時間が経ち、ある程度高校の空気にもなじみ始め、心に少し余裕ができ始める。そんな五月。だが待っているのは楽しいことばかりではない。高校受験で頑張ったこともあり、周りからは進学校と呼ばれる学校に通っている。そのせいで気分の乗らないものがもうすぐ明後日にまで迫ってきていた。佳奈は夜勉強机に向かいながら小さくため息をつく。

 その名は某進学塾が行っている模試だった。成績の面はそこまで不安ではないものの、佳奈には一つ重要な悩みがあった。それは二時間近い数学の模試の時間、トイレを我慢できるかというものだった。

 中学校から始めた陸上部。水分を多くとる癖がついてしまいそのせいでトイレが近い日が続いていた。長くても二時間、短いときは数十分でトイレに行きたくなってしまう。数学の模試は八十分。我慢できるか微妙なところだった。他の国語と英語は六十分だ。それだけならまだうまくいけば何とかなるような気がするが次の教科との時間が短く五分しか取られていない。もしトイレに行けなかった場合、我慢するのは不可能だろう。

 (でも高校のトイレ混むんだよなあ)

 さすがに高校デビューを果たしてすぐに何か失敗をするわけにも、模試の途中でトイレに立ってクラスで目立つのも避けたかった。

 またため息をつく。だがため息をついていても解決にはならない。シャープペンシルを置き、席を立つ。こういう場合は人に相談するに限る。

「おかーさん。あのさ、相談があるんだけど」

「なあに?」

 周りを見渡す。リビングには兄も父もいないようだった。そのまま話を続ける。

「明後日、模試あるでしょ?で数学の時間が八十分で・・・・・・その・・・・・・トイレ、まにあうかなって」

「あーまあ大丈夫じゃない?最悪先生に言ってトイレに行けばいいし」

「でも・・・・・・先生にみんなの前でトイレ行きたいっていうのも恥ずかしいし・・・・・・みんなに変に思われたくないし・・・・・・」

「みんなそんなに気にしないと思うけどな。必死に問題解いててそれどころじゃないと思うし」

 母は特に難しい問題と考えていないようで軽く言われてしまう。それは本人ではないから軽く言えるわけであって本人からしたら到底納得できるものではない。

「でも・・・・・・」

「・・・・・・まあ高校に入って初めての模試で心配なのは分かるけどそんなに気にしなくてもいいんじゃない?」

「どうにか他に安心して受ける方法はない?」

「まあ、前日くらいから水分をとる量を減らすとか・・・・・・それかおむつ穿いてく?」

「水分をとる量を減らすのはいいと思うけどさすがにおむつは・・・・・・」

「だって最悪そうしかないでしょ?大丈夫だって。心配なのは分かるけどそこまで心配しなくても。ほら、明日の準備もしないとでしょ?そろそろ寝なさい」

「はあい」

 自分でもわかっていた。水分をとらないこと以外解決策はないと。さすがにおむつは・・・・・・高校生になって・・・・・・それはさすがにない。そう思う。

 母親におやすみと告げ、再び部屋に戻るために階段を上がっていく。おむつはさすがに・・・・・・ありえない・・・・・・うん。あり得るわけがない・・・・・・でも・・・・・・万が一のことがあったら・・・・・・受け止めてくれるわけで・・・・・・

 階段を登ろうとしている足が止まる。そして向きを変え登っていた階段を再び降り始める。

「・・・・・・ん?まだ何かあるの?」

 母親は不思議そうな顔をしている。

「・・・・・・あのさ、やっぱりさっきの話なんだけど・・・・・・最後に言ってた・・・・・・あれ・・・・・・念のため買ってきてほしいの・・・・・・」

 恥ずかしくて「おむつ」の三文字を口に出すことはできなかった。だがそれでも母親は理解してくれたようだった。

「本当に言ってる?お母さん冗談のつもりで――」

「もちろん、使わないに越したことはないと思うけど念のためにね?だからその・・・・・・恥ずかしいから・・・・・・お父さんとお兄にはバレないようにお願い」

 頭を下げる。さすがに冗談だと思っていた母親も佳奈が頭を下げてきたのを見て冗談ではないと感じたようで表情を変え、真剣なまなざしで佳奈を見る。

「・・・・・・わかった。佳奈が高校デビュー頑張ってたのも知ってるし、協力する。明日帰ってくるまでに部屋の中に置いておくね。それなら二人にバレずに済むでしょ?」

「うん。ありがと」

 母親に頭を撫でられ、再び階段を上がっていく。先ほどよりも軽い足取りで。

 おむつ、か・・・・・・いつ振りだろ。覚えてないけど。




 翌日、部活もこなして家に戻り部屋に戻るとドラッグストアの袋が置かれているのを発見した。中身が見えない、銀色のものだ。瞬時に中身を察する。袋を開けなかを確認すると案の定おむつだった。大人用の白いものになるかと思っていたらどうも違うらしい。パッケージは紫色でカラフルな色の線が斜めに描かれているおむつがプリントしてある。名前にはスーパービッグとあり、子供用らしかった。

 子供用でこのような大きいおむつがあるのが驚きだった。自分のは比較的同級生の中でも小柄で細身なので大丈夫だろう。使うつもりはなく、ただの保険。そう思うと心のつっかえが一つ消えたような気がした。それと同時にどきどきするがこれはなんだろう。

 母親がノックをし、ドアを開ける。

「見た?お店の人に聞いたらそれがいいんじゃないかって。心配なら試しに使っちゃってもいいし、サイズだけは確認しておいてね」

「うん。ありがと」

「二人には見られてないから安心して。じゃあご飯になったら呼ぶね」

「うん」

 それだけ言うと母は下へと降りていった。赤ちゃんでもないのにおむつを穿くわけにもいかない。仮に保険だとしても、だ。だが言われた通りサイズだけは確認しておいた方がいいだろう。そう、サイズだけ。

 パッケージをミシン目に沿って開き、一列に入っている十四枚のおむつの中から一枚取り出してみる。一枚の厚さは思ったよりも分厚く、脚の付け根部分についているひらひらが幼稚さをよく演出してくれている。

(本当に私でも穿ける大きさの子供用のおむつなんてあるんだ・・・・・・)

 おむつの中に手を入れて手で左右へと広げてみる。本当にするっと穿けてしまいそうなほど大きかった。この大きさなら大丈夫だろう。

 ふと我に返ると自分の今の状況を思い出す。学校帰りに自分の部屋で制服のまま子供用のおむつを胸の前でおもいっきり広げている。買ってきてもらった母親にもこんなところは見せられない。勢いよく広げていたおむつをパッケージの上に戻す。そしてクローゼットを開き、ハンガーにかかっている服の裏側にパッケージごとしまい込む。これなら急に家族が入ってきても全く問題ないだろう。

 制服を脱ぎ、部屋着に着替えて勉強をする。明日は高校に入って最初の模試だ。先生たちも大事な模試だと言っていた。悪い点数を取るわけにもいかない。お守りもある。きっと何とかなる。そう信じながらひたすら勉強に打ち込む。母親に晩御飯まで呼び出されるまですっと――


 後編に続く

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