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「ルーカス、ここまで付き合わせてしまってごめんなさい。これありがとう、返すわね」

私は靴を脱いで彼に返そうとしたが、ルーカスに制された。


「いや、セレスティア。それは君にあげるよ」

「え、でも」

「僕のお古で悪いけど、動きやすい靴を買うまでの間使っていてくれ。その後は捨てていいよ」


「ありがたいけれど、貴方の靴はどうするの?」

「家にもう一足あるから大丈夫。今日はこのまま帰るよ。父さんの馬車の荷台に座ってるだけだからなんて事ないさ」


「……ルーカス、なぜこんなにもよくしてくれるの?」

初めて会ったばかりの、それも…魔女に。

硬く冷たい表情の使用人達に、怒りを(あらわ)に激情をぶつけてくる金色の瞳が私を突き刺す。


それと同時に、温かく包み込んでくれるソフィや穏やかな笑みを浮かべるダリア。軽口を叩き合いながらもそばに居ると落ち着く人……そういえば彼の名前はなんて言うのかしら?

いつもシェフとしか呼んでいなかったわ。



「父さんがさ…」

私に向けられる眼差しが浮かんでは消えていく中で、ルーカスの声が耳朶(じだ)に響き、弾かれたように顔を上げて彼を見た。


「言ったんだ……公爵家で黒髪の女の子を見たら親切にして差し上げろって、とてもよくしてくださった方の忘れ形見だって」

「…忘れ…形見?」

「僕も意味はよく分からないんだけどさ。大切な家族とか、物とか、そんな意味らしい」


「大切な…家族」

私が何よりも求めていたもの…。そんな存在に、私が……?

胸がきゅーっとなり、胸元をぎゅっと握り締めた。


「だから僕は、セレスティアの味方でいるよ。じゃ、そろそろ父さんの所に行くよ。またなー」


「うん」

返事をして小さく手を振ったが、すでに彼は走り出していて私の声が届いたかも分からない。

けれど『またな』。彼はそう言っていた。


この出逢いには続きがあるのだ。

私は部屋を出た時よりも足取り軽く、別邸の新たな自室へと帰って行った。




次の日の朝は、いつもより早く目が覚めた。

今日もルーカスに会えるかもしれない。

『またな』と言っただけで、今日会おうと約束した訳では無いけれど……。


侍女は朝食を置き、清潔な衣服を置くとさっさと部屋を出ていった。

私は食事を取ると置かれた服をクローゼットに仕舞い、床を掃いて乾拭きをする。それが私の朝の一連の流れだ。


食べ終わった食器はそのままに、集めた塵や汚れた雑巾は隅に置いていればいつの間にか回収されている。

ソフィが居なくなった頃には戸惑ったけれど、今では手馴れたものだ。


それに、今日ばかりは自分で掃除をしていて良かったと思う。

私は屈んで姿勢を低くすると、ベッドの下に手を突っ込んで中の物を引っ張りだした。


ルーカスからもらった麻の靴である。

もし見つかったら、捨てられてしまうかもしれない。

彼は新しい靴を買うまでの間と言ったが、私はそんなおねだりを出来るような立場では無い。


この靴を大事に履き潰してやるんだから!

普段の履きなれた靴とは違い、ふにゃふにゃと柔らかくとても軽い。

「やっぱり、私の足にもぴったりね」

昨日小さいと言われて不機嫌になったルーカスのことを思い出し、ふふふっとひとりでに笑ってしまった。




一先ず、昨日彼と出会った場所に来てみた。

きょろきょろと辺りを見回して見たが彼の姿は見当たらない。約束していた訳でもないし……。


それでも、期待していた分だけ落ち込んでしまう。

……せっかく靴を貰ったんだもの。ノアを捜してみよう。

捜すと言っても彼が庭に出てくるのを待つだけなのだけれど。


昨日ルーカスに案内された生垣の近くまでやって来た。

もしかして、と期待したがここにも彼の姿はなかった。

「なによ、またねって言ったくせに…」


ぽつりと不満を漏らしながらも木を登っていく。

見通しの良い所まで登ると、すーっと深呼吸をした。さわさわと木の葉を揺らす風が心地良い。


その後は、ただぼーっと本邸の白いタイルを眺めていた。

屋敷の中に居たところですることもないし、これが私の正しい時間の使い方なのかも…。

暇を持て余してぼんやりとそんなことを考える。


「セレスティア…セレスティア…」

近くで私を呼ぶ声がして下を覗く。

木の根元に立っている少年が此方を見上げている。ルーカスだ。


私は顔を綻ばせるとスルスルと木を降りた。

しかし、にこにことするのは癪なので頬を膨らませるとツンとそっぽを向いた。


「あら、今日も会ったわね」

「またなって言っただろ?」

「だって…いなかったじゃない」


彼はきょとんと驚いたような顔をしてすぐにイタズラっ子のように歯を見せて笑った。

「あー、探してたんだ」

「なっ…」

そうだけど……認めたくない気もして言葉に詰まる。


「一応、手伝いとはいえ仕事しながらだからな」

「…そう、よね」

彼は遊びで来ているわけではないわ。私の我儘に付き合わせることは出来ない…。


「セレスティアは弟を見るために決まってこの場所にくるんだろ?」

「…そうね」

「今度から休憩をする時はここに来るよ」

「え?」

「それならすれ違うことも無いだろう?」




それから私とルーカスは、度々この場所で会うようになった。

会うといっても、ずっと楽しくお喋りを交わしているわけではなくて、私が長い時間本邸のタイルを眺めているだけの時もあるし、彼は休憩と称して昼寝をしているだけの時もある。


彼は庭師の手伝いだけでなく、家の手伝いもしているので来ない日もあった。

そんな日にはなんだかつまらないな、と思う程には彼と過ごす時間が心地よかった。



今日も本邸の庭をぼんやりと眺めていると、

「あっ」

思わず声が漏れた。真っ直ぐ伸びるタイルの上をベビーカーを押しながら、ゆっくりと歩く人物が見えたからだ。

顔まではっきりと見えるような距離ではないが、おそらくノアとダリアだろう。


「どうかしたか?」

木の根元で昼寝をしていたルーカスが視線だけ向けるようにしてこちらを見て声を掛けてきた。


「ノアだわ…きっと、弟よ」

ルーカスは素早く身を起こすと、私の足下までサッと登ってきた。

片手で体重を支えるように幹に触れながら、もう片方の手を額に(かざ)し私の視線の先を追う。


「うーん、元気そうじゃん。良かったな」

「うん…うん、良かった」

遠目に見えるだけで表情も分からないけれど、会えて良かった。じっと小さな人影を眺めながら瞳が潤んでいくのを感じた。

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