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次に目覚めた時、目に映ったものは勿論天井だ。
俺、生きてたのか……。
しかし、その天井というものがとても高く、しかも豪奢だ。
ん?ここ病院だよな?
病院の天井とは真っ白なイメージがあるが、違うのか?
とりあえず起き上がるか…と腕にチカラを入れるが身体は動かない。
どこも痛くないが、まだ動けるような状態ではないらしい。
仕方なしに視線を巡らせる。
まず目に付いたのは木の柵……。
ーーー柵!?
いやいやいや、確かに病院のベッドにも柵はあるだろう。……が、しかし、こんなに高く人を囲むようにあるわけないし、しかも、木…って。
柵の間から見える部屋の様子も豪華な装飾品が垣間見える。
えー、俺ってどういう状態なの?
辺りを確認したいが、身体は思うように動かせないし、声もあげられない。
声をあげようとしたが、自分の耳に届くのは、あっ、うっ、などの言葉にならない声だった。
身体が痛くないので無事かと思ったが、俺って結構な重傷者?
まあ、あれだけの体験をしたんだ。
死んでいてもおかしくない。
これ以上自分ではどうする事も出来ず、ただぼんやりと過ごしているとガチャリと扉の開く音がした。
お、誰かきた!よっしゃ!
すみませーん、と声を出そうとし、あーうーと唸り声をあげる。
重そうな扉を開けて姿を見せたのは、まだ幼い女の子だった。
黒髪に赤いリボンを付け、赤いドレスに赤い靴の少女。
うわー、まじかー。今時の親ってあんなフリフリのドレスみたいな服を子どもに着せるのかー。
まあ、小さな女の子は皆お姫様よ!って姉ちゃんも言ってたしな。
まだ6歳くらいだろうか?
覚束無い足取りで近寄ってくる少女は美少女だった。
綺麗な女の子だ。が、しかし、一つ違和感をあげるとするならば彼女の瞳は燃えるように赤かった。
え?カラコン?その年齢で?
まじか、親!
俺が少女の親の心配と眼球の心配をしていると、俺のベッドの下まできた少女が踏み台に登る動作をする。
このベッドそんなに高いのか。
木の柵の上から俺を見下ろし、目を輝かせた。
「うわー、かわ……んん、全っ然、可愛くない!!」
途端にキッと目を釣り上げる。
20歳の成人男性。こんなに幼い女の子から見て可愛いわけないだろう。
すると、柵の上から少女の白く細い腕がにゅっと伸びてきた。
待て待て、どうする気だ?
そのまま俺の体に腕を回し……、ふわりと空中に浮かぶ感覚がした。
ーーーー!?!?
どういうことだ!?
こんな小さな女の子に俺を持ち上げられるわけが……。
って、下ろせ!今すぐ俺を下ろせ!!
俺を勢いよく持ち上げた少女はバランスを崩し、不安定な踏み台の上でぐらぐらと揺れている。
「えっ、と、ちょっと……やだ」
うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。
金切り声があがる。えっ?これ、俺の声か??
「きゃーーーー」
少女の甲高い声と合わさり、俺たちはけたたましく倒れた。
続いてバンッと勢いよく扉の開く音がした。
「お嬢様!!」
数人の女性が部屋に雪崩込んで来る。
「ーーー何事ですか!」
その中で一際大きな声を発する女性がいた。
紺色の髪に金色の瞳。とても美しい女性だった。
その美しい眉を釣り上げて少女を見やる。
そして、少女の腕の中にいた俺にハッと気づき、乱暴に俺を取り上げた。
俺を抱えたまま少女に問いかける。
「……セレスティア様。……なぜ、こちらに?」
そう、美少女に持ち上げられた時に、闇雲に身体をばたばたと捩らせ気がついた……。
なんと、俺は小さくなっていた。
ちらりと視界に映る俺の手らしきものは、それはそれは小さかった。
単純にサイズが小さい、というわけではない。
丸っこく、ぷにぷにと柔らかそうで、まるでこの世の害意に一切触れた事のないような白肌である。
もしや、俺は子どもに……いや、赤ん坊になっているのか?
到底信じられる話ではないが、少女に持ち上げられたこと、自分の目で見たもの、そして、今女性の胸の中に抱えられていること、それらが事実として乗っかってくる。
女性に問いかけられた少女はカタカタと小さく震えていた。
まあ、美人の怒り顔にはとても迫力がある。
まだ幼い少女には、それはそれは恐ろしい事だろう。
セレスティアと呼ばれた少女が口を開く。
「……グロリア様が、無事にご出産されたとの事。……早くお目見えしたかったのです。」
「左様ですか。……しかし、セレスティア様はこちらの部屋に入室されぬよう、言付けを寄越したはず、ですが?」
「……納得いきません」
セレスティアのか細い反抗に、グロリアの眉が不機嫌そうにぴくりと上がった。
俯き気味であったセレスティアの顔がバッとあがる。
「ノアは私の弟です。なぜ会ってはならぬのですか!」
ーーーふぅ、と一つ溜息を吐いて、グロリアが言葉を放った。
「セレスティア様、まだノアは幼いのです。セレスティア様と遊べるような歳ではありませんわ。ノアが怪我をしてしまいます。」
「私は別に……幼い弟と遊ぼうなどと……ただ一目、顔を……」
「現に、ノアは怪我をするところだったではありませんか!」
「……ッ、それはッ」
その後の言葉続かず、セレスティアはぎゅっと強く唇を噛んだ。
そんなに強く噛んでしまったら、少女の柔らかな唇に血が滲んでしまうのではないかと心配になる。
それに俺は大丈夫だ。セレスティアが倒れ込む際に、俺を強く抱き締めたおかげで宙に放り出されることなく、彼女の腕の中に収まっていた。
まあ、息は苦しかったが問題はない。
それにしても、これは母娘の会話なのか?
どうやら、話を聞く限り、セレスティアという美少女は俺の姉で、グロリアという迫力美女は俺の母らしい。
ならば二人は母娘だろう?
とりあえず、この場を収めようと「俺は大丈夫だ!」と言い放とうとしたが、あー、うーと声を発するのみだった。
そうだった、今の俺はまともに喋ることもできないのだった。
「あぁ、ノア……可哀想に、恐ろしかった事でしょう」
俺の顔をそっと見つめた後に、セレスティアへと厳しい視線を向ける。
「お引取りを」
「……でも!」
「お引取りを」
取り付く島もないというほどの冷たい声色に、セレスティアはくるりと踵を返して扉を乱暴に開け放ち、走って去って行ってしまった。
セレスティアがばたばたと走り去ってしまった廊下を見つめながら、グロリアはぽつりと言葉を零した。
「悍ましい魔女の娘め」