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「じゃあ、シェル…また来るよ」

俺がそう声を掛けると、シェルもまたねとぎこちなく笑う。



いつかあの頃のような屈託のない笑顔で笑い合えたら…そう思いながら自室の扉を開けると、そこには居ないはずの人物が立っていた。

「おかえりなさいませ。公子様」


そう言葉を放った人物はにこりと笑った。

ーーーーーオリーブ・クレバリーである。

つい先日、初めて彼女の笑顔を見た気がするがこの笑顔も初めてである。なんというか……怖い。



なにか別な策を考えなければと思いつつ、現状に甘んじていたツケがついに回ってきた。

怒ってる?怒ってるよなー。やばい、なんの言い訳も考えていなかった。


「講義の時間内に、どちらに行かれていたのですか?」

威圧感のある笑顔を貼り付けたままオリーブが質問を投げかける。

「あー…ちょっと散策にー…」

「散策……」

「やっぱり、煮詰まった時には気分転換も必要だよな!」


俺は焦りの表情を隠せないままに苦し紛れの言い訳をする。

「それで……考えはまとまったのですか?」

俺の浅はかな言い訳など通じるわけもないのだろう。オリーブはじっと見据えてきた。これ以上誤魔化し切れる自信もない。元々嘘をつくのは苦手なんだ。



「実は…人に会ってたんだ」

俺は観念して事実を話す事にした。

「人……でございますか?」

「ああ、俺の姉、セレスティアだ」

「セレスティア様……」

オリーブの瞳が僅かに見開かれたような気がする。


「であれば、御姉弟(ごきょうだい)ですし…いつでも会えるのでは?」

「それが、そういうわけにもいかないんだ。俺と姉様は会うことを禁じられている。恐らく、それを手助けした者は罰せられるだろう」

「……それは、どなたから?」

「……お母様からだ」

「公爵夫人から……ですか」

オリーブは顔に手を当て、考える仕草をする。


「これまでも講義を中断していたのはそれが理由ですか?」

「そうだ、すまなかった」

「……いつもお嬢様とはどちらで会われているのですか?」

「別邸の中庭だ」

「別邸?」

「ああ、窓から見えるあの建物だ。普段は来客用に使用しているらしい」


俺は窓辺から見える建物を指差す。丁度中庭はこちら側にあり、窓からは高い木が見えた。

なるほど、だからシェルは俺達が見えるかもと思ったのか。

あの木に登り、こちらの屋敷を眺めていたのかと思うと、居た堪れない気持ちになった。



俺の悲しげな、何とも言えない表情を見てか、オリーブの声色は幾分柔らかくなった。

「かしこまりました。そういう事でしたら、これまでの事も不問に致しましょう」

「本当か!?」

厳しいオリーブが許してくれるとは…案外情に厚い人物なのかもしれない。


「ただし、これからは私に許可を取ってから会いに行かれてください」

「……これからも、いいのか?」

まさか、そこまで許してくれるとは思わなかった。


「えぇ、それしかお二人の会う時間が確保できないと言うならば、致し方ありません。ただし、授業の手を抜くと言うわけではありませんからね」

「ああ!任せてくれ!!」



それからというもの、俺がシェルと会っている間、オリーブは講義の時間終了まで俺の自室にいるようになった。

何かあった時に誤魔化しやすいというのが理由だ。


今までのように言い訳を捻り出さなくていい…。いい加減ネタも尽きて投げやりになっていたところだ。だからこそ、オリーブにバレてしまった訳だが、結果オーライということにしておこう。



「ノア…最近なんだかご機嫌ね」

「ああ!女家庭教師(ガヴァネス)がシェルと会うのを手助けしてくれる事になったんだ」

「そう…とても親切な方なのね……」

シェルも少しばかり驚いた様子である。


「ところで…さっきからその手に持っているものは何?」

シェルが姿を現した時、何かを後ろ手に持っていた。

今は隣に座っているが、膝の上に置き、両手でしっかりと握り締めている。

チラリと見えるそれは何か書物のようだ。


「あっ…」

シェルは小さく声をあげ、何故か膝で抱えるかのようにして隠してしまった。

「シェル…?」

俺はにっこりと笑い、右手を突き出し、大人しく隠した物を差し出すように無言で促した。


暫くぎゅっと膝を抱えていたシェルだが、おずおずと持っていた物を見せてくれた。

「これは…」


なんと、シェルが大事そうに抱えていた書物は、オリーブがいつも持ち歩いていたあの本だった。

確か、これはオリーブがとても大切なものだと言っていた…。


「シェル…これを、どこで?」

「えっと、あの……」

何故か口ごもってしまう。何をそんなに躊躇(ためら)う事があるのだろうか?まさか、何か(やま)しい事でも…?


「なぜ教えてくれないの?」

思わず怪訝な表情を浮かべる。眉根を寄せる俺の顔を見て、シェルはどう受け取ったのか、ハッと息を呑み、途端に睨みつけてきた。


「貴方には関係ないじゃない!」

声を荒らげて立ち上がると、本を抱えたまま走り去ってしまった。

シェルが居なくてはこの場に用は無い。俺は仕方無しにすごすごと帰る事にした。




「本日はお早いお戻りですね」

俺の自室で出迎えてくれたオリーブは開口一番そう述べた。

「シェルに逃げられてしまってね…」

「何をされたのですか…?」

訝しげな眼差しを向けてくる。


「いや、俺は何もしてないよ!」

変な誤解は受けるまいと慌てて弁解する。

……余計に怪しくなってしまったかもしれない。



「……オリーブ、あのいつも大切に持っていた本はどうしたの?」

シェルが答えてくれないなら、本の持ち主に尋ねればいい話じゃないか。俺はオリーブに問い掛けることにした。


「あの本なら…正しい持ち主にお返しすることができました」

オリーブの表情が和らぐ。

そういば、然るべき人に返す為に持っているとか言っていたっけか?


「その、正しい持ち主がシェルなのか?」

オリーブの表情がはたと固まる。

「それで、早くお戻りになったのですね」

申し訳なさげに眉根を下げて謝罪を口にする。


「申し訳ありません。公子様にはお話すべきだったかもしれません。あの本の正しい持ち主は確かにセレスティア様です」

「あの本は何なんだ?オリーブはシェルとも知り合いだったのか?」

「セレスティア様とお会いしたのは、本をお返した時が初めてです。本の中身についてはお嬢様にお聞きすべきかと思います」

「そうか…分かった」



俺は大人しく引き下がる事にした。

まだ聞きたい事も沢山があるが、シェルに聞けとキッパリ述べられてしまったからにはこれ以上教えてくれないだろう。


「せっかくお時間があるのです。いつも通り、講義を再開しましょう」

オリーブもこれ以上話を広げるつもりはないらしい。

その後は気持ちを切り替えて授業を進め、オリーブは屋敷を後にした。

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