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父がいつ来るのか明確な日付を知らされないまま日は過ぎた。

だからといって暇を持て余している訳ではない。



「ノア様、テーブルマナーはクレバリー夫人から教わりましたか?」

「えっと、知識だけなら……」

いつも自室でのんびり自分のペースで食事をしている為、実践では行っていない。


「では、復習しましょう。私も準貴族なので、一般的な教養はあるんですよ」

ダリアがにこりと笑う。




俺は、目の前に準備されたカトラリーを見つめる。

えーと、外側から使用していって、スープ以外はナイフとフォークをセットに取って……。ナプキンを使う時は内側で口元を拭いて、汚れは外側に見えないように……。スープは手前から奥へ音を立てずに……。


あー、こんなまどろっこしい事を考えずに好きな順にがっつきたい……。

心の中で泣き言をいいながら、俺はテーブルマナーを頭に叩き込んでいった。そんなに難しい事は要求されないが、普段の習慣として優雅な動作を心掛けなくてはいけない。




そして、ついに……特訓の成果を発揮する時が来た!!

なんなら、一生そんな時は来なくてもよかったんだが……。


和気あいあいとした家族の団欒……。などではなく、ピリピリとした緊張感に包まれている。



頼む、誰か口を開いてくれ。俺は無理、無理無理。

こんな空気の中声を発した瞬間視線が集まるだろ?

想像しただけで身が(すく)む。


シェルー。なんで空気読めないとこ、ここで発揮しないんだよ!いつも人の話聞かずに一方的に喋ってるだろ!?


俺はシェルに助けてくれ!と言わんばかりの熱い視線を送るが、当の本人はどこ吹く風……。

こんな時ばかり静かになりやがって腹が立つ。



グリーンフィル家の当主、(すなわ)ち俺たちの父は帝国の盾とか言うものだから、どんな筋骨隆々の大男かと思えば、逞しいながらも引き締まった精悍(せいかん)な身体つきである。

シルバーブロンドの輝く髪に、青みがかった緑の瞳、高く通った鼻筋、要するに容姿端麗だった。美形一家なのか……。

前世の俺が見たなら眩しくて目が潰れていたな…。



(おもむろ)にシェルがナイフとフォークを皿の右下へと揃えて置き、ナプキンで口元を拭う。


ん?なんだか違和感を感じる……。

今は突き出し(アミューズ)前菜(オードブル)、スープと続き、魚料理(ポワソン)が出されている。



その時、母は(あざけ)るかのように意地の悪い冷笑をたたえた。

その嘲笑(ちょうしょう)を見てハッとする。




『ノア様、お食事の途中で手を止める時はナイフとフォークはクロス、ですよ。交差させずに離してもいいですが、ナイフとフォークの先が向き合うように斜めに置いてください。その時ナイフの刃は内側、フォークはカーブの膨らみある背中を上に向けます』


ダリアとの特訓を思い出す。

『揃えて置くのはお食事終了です。その時フォークはカーブの凹みのある方が上です。絶対に間違えないでくださいね』




確か、ダリアが要注意とか言っていたテーブルマナーだ。


「シェ……」

俺がこっそり正そうとしたが、気づくのが遅かった。

「セレスティア様は体調が優れないようですね」

グロリアは歪んだ笑みをたたえながら声を発した。


シェルはまだ気づいていないようで、その表情には疑問が浮かぶ。

しかし、父もカトラリーのサインに気がついたようだ。



「ん?もう食事はいいのか?消化にいいものを部屋に運ばせるから、後は休みなさい」

シェルはその言葉と視線に気づき、ハッとなり、途端に顔を赤らめていく。


恥ずかしさからか、悔しさからか、唇を噛み締め席を立つと、そのまま何も言わずに食堂を後にした。


シンとした気まずい雰囲気が流れる。

まあ、先程から静かなのに変わりは無いのだけれど……。




ーーーーーーシェル、ずるい!!

俺は心の中で地団駄を踏んだ。

なに自分だけこの空気から逃げ出してるんだよ!俺も連れて行け!!いや、連れて行ってください!!



その静けさを掻き消すかのようにグロリアからため息が(こぼ)れる。

「難しい年頃なのです。私が義母として上手く扱えておらず、申し訳ありませんわ」


さも苦労しています。と言うかのようにその長い睫毛(まつげ)を伏せるが、ふざけるな。何が扱えないだ、人を馬鹿にしやがって。俺の予想に過ぎなかったが、やはりグロリアは、シェルにとって義理の母で間違いないようだ。


「あの子に女家庭教師(ガヴァネス)は付けていないのか?」

「セレスティア様は今のままでも十分教養がありますわ。女はあまり賢過ぎると愛嬌が無いと言われ、可愛がられません。あの子が人に愛される為なのです」


何を言ってるんだこの人は、それならまずは自分が愛すべきじゃないのか?とても愛情を持って接してるようには見えないが……。


「セレスティアの乳母(ナニー)を解雇したようだな」

「解雇だなんて……。乳母の娘が身体が弱いのはご存知でしょう?体調が急変したので心配で実家に帰ったのです」

「……そうか」



「フィンレー様、大丈夫ですわ。娘の事は、女の私にお任せください」

母はにこりと笑顔を向ける。


なにやらシェルの事で、父と母が問答を始めたようだ。こんな空気の中余計に逃げ出したくなる。

「お父様、お母様、食事の途中申し訳ありません。俺も失礼します」

「えっ、ノア?座りなさい!」

途端に母が慌て出すが、そんなことは知ったこっちゃない。

これ以上ここにいたら、本当に胃に穴があくぞ。


「お姉様が心配です。様子を見てきます」

「ノア!待ちなさい」

母の静止の声を無視して俺も食堂を後にした。




廊下に出て別邸を目指す。

シェルの様子を見てくると言ったのは口実ではなく、本当だ。

あんな温かみの欠片もない空気の中恥をかいて、流石のシェルも落ち込んでいるのではないか?


悪役令嬢とはいえ、あれで優しい時もあったのだ。

姉の心配くらいしても文句は言われまい。

……いや、愚物の分際で馬鹿にしてるのか!とか文句は言われそうだ……。

まあ、それくらい威勢が良ければ元気な証拠だとでも思っておこう。



……と、数十分前に思っていた俺。本当に馬鹿だった。

なぜって、シェルの部屋が何処か知らなかったわ。

颯爽と食堂を出てきた俺、迷子で辿り着けないとか……俺こそ恥ずかしいわ!


これはもう、あれだな。開き直るしかないな。うん。

のんびり散策しながらシェルの部屋を探すか。

俺は(およ)そ、迷子とは思えぬ堂々たる歩みで探索を始めた。

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