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あれから数週間過ぎたが、シェルとの距離感は相変わらずである。

何度か理由をつけては、講義を抜け出し中庭を訪れていた。しかし、シェルは待てど暮らせど姿を現さない日もあれば、気まぐれに姿を現し、不機嫌そうに睨みつけては罵倒してくる。


全く、こんな幼い少女がどこからそんな言葉を覚えてくるのか……。




うーむ、俺は攻めあぐねていた。

このままでは、俺の悪役令嬢改心作戦が遅々(ちち)として進まない。



「公子様……公子様!」

「あっ…はい!」


まずい、オリーブの授業中だった。

「公子様…近頃授業に身が入っていないようですね」

「いえ、そのような事は……申し訳ありません」


ここは下手に言い訳せず謝ろう。

最近はシェルとの溝をどう埋めようかとばかり考えていた。

はたして原作の強制力に、ゲームキャラの俺が(かな)うのだろうか?


「確かに公子様の授業のスピードは、他に類を見ないものです。(むし)ろよくここまで集中を途切れさせず、知識を吸収してきましたね」


褒められてる。褒められてるのか?これは…?

俺を持ち上げておいて、今から落としにかかってくるんじゃないか?

普段厳しいオリーブが、手放しに褒めちぎってくるものだから思わず身構える。



「来週一週間、授業はありませんので、ゆっくり休まれてください」

「えっ……」

何の話だ?

俺の授業中の態度が悪いから家庭教師を降りるとか言い出すんじゃないだろうな。


「……まさか、夫人から聞かされていないのですか?」

オリーブが怪訝な表情を浮かべる。

まさか、本当に辞めるのか!?


「近日中に、グリーンフィル公爵様が屋敷に戻られるそうです」

グリーンフィル公爵様……?

それって、俺の家の名前だよな??

未だに理解していない俺に向かって、オリーブはふぅと小さく溜息をつく。


「フィンレー ・グリーンフィル公爵。現グリーンフィル家の当主であり、公子様のお父様です」


俺の父……?

一瞬オリーブの言葉が飲み込めず、きょとんとする。

「お父…様?」

「はい、久方ぶりのご帰還です。どうぞご家族でお過ごしください」


そして、オリーブはいつものようにてきぱきと資料や教材の片付けをはじめた。

教材の中の一冊がチラリと目に映る。


「ところで、その本いつも持っているな」

俺はその一冊を指差して声を掛ける。


オリーブは、講義の際にその本をいつも手にして訪れていた。授業で使う教科書のようなものかと思っていたが、一度もその本を開いたことは無い。


「これは……」


オリーブは他の教材に紛れていたその本を手にした。表紙を見せるようにして胸の前に持ち、優しい瞳で見つめる。

幾度となくその背表紙は見たことがあるが、初めてじっくりと見た装丁(そうてい)は美しかった。

繊細なカリグラフィーで描かれたその金文字のタイトルは『My story』。著者は書かれていない。



「とても、大切なものなのです」

「そんなに大切なものならば、しっかりと保管していた方がいいんじゃないか?」

いくらハードカバーの本とはいえ、そう頻繁に持ち出してしまえば手垢は付くし、紙は擦れていく、なんなら日焼けや湿気の恐れだってあるのだ。



「いえ、これは…然るべき時に然るべき人にお返しする為に持っているのです」

ふーん、つまりは、その然るべき時がいつくるか分からない。もしくは然るべき人といつ出逢うか分からないと言うことか?よくわからないな。


「早く返せたらいいな」

「はい」

オリーブの口角が緩む。

…初めて彼女の笑顔を見た気がする。




夕食の時間になり、ダリアが自室へと食事を運んでくる。

俺は年齢の事もあってか、食事はいつも一人、自室で取っていた。一人といってもダリアが傍に控えているが、一緒に食事をするということはない。


一緒に食事を取らないか?と何度か誘ってみたことはあるが、決して首を縦には振らない。

一人での食事はなんだか味気ない……。



俺は一人、静かな部屋で食べ物を口に運びながらダリアに尋ねる。

「そういえば、ダリア…」

「はい」

「俺のお父様が屋敷に帰ってくるらしいんだけど」

「え?」

「え?」


ダリアが予想外の反応をするので、思わず反復してしまった。俺の乳母なら当然知っているものかと……。


「……今日の講義の終わりに、オリーブが言っていたんだ」

ダリアは深く深呼吸をして口を開いた。

「クレバリー夫人が仰ったのであれば、誤りはないでしょう。公爵夫人から使用人への伝達が滞っているようですね」



ダリアはにこりと口角を上げたけれど、その瞳は笑っていなかった。……これは相当頭にきているな。



「旦那様がお戻りになるならば、ご子息であるノア様ともお食事を共にされるかと思いますが……」

ダリアがふと目線を上に上げ、考える仕草をする。

そして満面の笑みを浮かべる。今度は本当に嬉しそうな笑顔だ。


「お姉様であるセレスティア様にお会いできますね!」

「あ……あぁ、そうだな」

こっそり俺が会いに行くのでは無く、家族として堂々と会うのは二年ぶりである。


その後のシェルがどのような変貌を遂げたのかはダリアは知らないようだ。

「楽しみですね〜。久しぶりのご家族での会話、楽しまれてくださいね」

「うん、楽しみだよ」

思わず引き()った笑みになる。



しかし、心を弾ませるダリアは俺の引き攣った笑みに気づかなかったようだ。

会話を楽しむって……いつも一方的に罵倒されてばかりなんだが……。


「ところで、お父様はなぜ屋敷を空けていたんだ?どんな人なんだ?」

「丁度ノア様がお生まれになった頃が守護の儀(チューティラリィ)の時期だったんです。王城で行われるものですから、その護衛の任に就かれました。その後、貴賓達を国境(くにざかい)まで御守りして、そのまま国境の守備を整備するよう命が下ったために永く屋敷を空けていたようですよ」

守護の儀?なにか典礼だろうか?



「公爵様がどのような方なのか直接は存じ上げません。私が乳母になった頃には、もう王城に向かわれていたようですから。けれど、帝国の盾と言われるグリーンフィル公爵家の当主に相応しい方だと知られています」


帝国の盾……。恐らく厳格な人間なのだろう。

初めて他の人と食事をするというわくわくイベントが、シェルのことも相まってキリキリイベントになってしまった。

果たして、最後まで無事に食事を終えることが出来るのか……。

食べ終わるまでもってくれよ…俺の胃。



ーーーーーとりあえず、胃薬代わりに飴でも準備しておこう。

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