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「シェルー、シェルー」



俺は再び、別邸の中庭に来ていた。

肝心のシェルの部屋が何処にあるのかは分からなかったし、ここで一度会えたのだから、また来ているかもしれない。



しかし、シェルは中々姿を現さない。

見つけるまで忍耐力との勝負だ!俺は何度でもこの中庭を張ってやるからな!


ーーーーーー野生動物を相手している気分になるな…。



「シェル〜いないのー?」

「あー、もう!うるさいわね」

何度目としれない俺の呼び声にようやくシェルが応えた。


前回よりも高い位置に登っていたシェルが軽々と飛び降りてくる。

「シェル…怪我するよ?」

「アンタに関係ないでしょ!てか、来ないでって言ったじゃない」


「言うこと聞くなんて言ってないだろ?」

俺はにこっと笑みを向ける。

まずはフレンドリーに、警戒心を解かなければ…。


「生意気ね!」

シェルはブスッと不機嫌そうにする。

やはり昔のように、にこにこ笑うシェルの姿は面影もなく、仏頂面で踏ん反り返っている。


あの悪役令嬢の姿こそ夢だったのではないかと思っていたが、やはり現実だったのだと実感し、肩を落とす。



「なによ…。人の顔を見るなりがっかりして……そっちが呼んだんでしょ!」

フンッと鼻息を鳴らしそっぽを向く。



「……シェルは、また会えて嬉しくなかった?」

俺の言葉にシェルは、酷くバツの悪そうな顔をして(うつむ)く。

ん?……案外、悪役令嬢を改心させる俺の作戦はいけるか?


そう淡い期待を抱いたが、シェルは歯噛(はが)みしてこちらを睨みつけ、

「うるさい!うるさい!貴方のような卑しい身分が、偉そうに公爵家に住んでいるだけで腹ただしい。私は貴方の顔を見なくて済んでせいせいしてたのよ!」



矢継ぎ早に怒鳴り散らすので、思わず指で耳を塞いでいた。シェルをチラリと見やると、肩で息をし、じろりとこちらを見ている。


どうやら、暴言の嵐は過ぎたようだ。

悪役令嬢…中々に手強いな……。


しかし、卑しい身分とはどういう事だろうか?

そういえば、前回再開した時もそんなことを言っていた気がする。

俺たちは血を分けた姉弟ではないのか?要調査だな。



「シェル…ごめん。そろそろ時間だ」

ダリアの目を離れ、自分の時間を持つことが難しい年齢の俺は、今日もオリーブの講義の時間を削ってきている。


その上、まだ三歳になったばかりの俺だ。時計など持ち合わせもない。俺の体内時計だけが頼りだ。

誕生日プレゼントは時計をねだろう…。頼めば何時でも買い与えてくれるだろうが、それは何となく気が引ける。


腕時計にしようか…。そういえば、ダリアの鏡も綺麗だったな…懐中時計なんて格好良いかも…。まだ見ぬ時計に思いを馳せていた俺は、ハッと我に返る。



「じゃ、また来るよ。今度は早く姿を現してくれよな」

中々出て来ないから全然話が出来なかったじゃないか。俺だって暇じゃないんだぞ。……逆ハーレムまでのタイムリミットがどれくらい残されているのか、分からないからな。


「はあ?もう来ないで!」

二度目の再開も、シェルの叫び声と共に自室へと帰る事となった。




俺が卑しい身分か……。

ダリアに聞くのが一番手っ取り早いだろうが…聞いたら卒倒しそうだ。

と、言っても俺の選択肢は限られている。

ダリアが無理なら、やはりオリーブに尋ねるしかないか。




「オリーブ」

次の日の講義終了後、いつもならすぐに資料を片付けて去っていく彼女を呼び止めた。

「なにか、講義の内容でご質問ですか?公子様」


「いや、質問は質問なんだが…授業の事じゃない。今いいか?」

年上の、それも教えを乞う側の者としては不遜(ふそん)な態度に思えるが、ちゃんと公私は分けている。


度々耳にはしていたが、俺の身分は『公爵』というらしい。

なんと、この国で俺の家より偉いのは皇族だけなんだそうだ。

そして、オリーブはクレバリー侯爵夫人。爵位で見れば俺の一つ下だ。


そのため、学ぶ者として授業中は敬語を、普段は公爵家と侯爵家の者のやり取りとして砕けた口調を使っている。


これらの事は、オリーブの講義で教わった。

前世の俺は、貴族たちの優劣なんて知らないし、マナーなんて無くても構わない環境で育った。

一からこの世界の基本を勉強できる年齢で良かったと思う。これが、召喚とかだったら、この世界の常識が無さすぎで恥ずかしい思いをするところだったかも…。



「ええ、時間ならございますよ」

「一つ質問なんだが、俺は卑しい身分なのだろうか?」

「何をおっしゃいますか」

オリーブが、ホントに何言ってんだこいつ…という様な訝しげな目で見てくる。やめろ、俺がバカみたいだろ。


「あー、爵位のことなら理解しているつもりだ。…もし、誰かがそう思ったとしたら、理由があるのかなと思って」

「…どなたかにそう言われたのですね」

オリーブが鋭い視線を向けてくる。

「あっ、いや」

確かにそうなんだが、シェルの名前をあげるのはまずい気がする…。


「通常であれば、公爵家へ暴言を吐いたものは処罰されて(しか)るべきですが……」

その暴言を吐いた者が公爵家の人間なんだよなー…。



「処罰とか、そういう対応はいいんだ。ただ何となく引っかかって、根拠があるのだろうか?ってね」

「そう、ですか…。この事を私の口から申し上げるのは(いささ)(はばか)られますが…」

オリーブが思案顔を浮かべ、俺をじっと見てくる。


暫くして、彼女は決心したかのように話し始めた。

「現公爵夫人…つまり、公子様のお母様は娼婦の出なのです」

「娼……婦……」

予想外の返答に驚きを禁じ得ない。



「その…公子様が理解するにはまだ、難しい職業の女性で……」

これでも一応、前世で成人を迎えるまで生きた俺だ……。その実態は分からないけれど、なんとなくはイメージがつく。

つまりは、男性に性的サービスをするような……。

「しかし、娼婦と一言にいいましても、公爵夫人は高級娼婦(クルティザンヌ)でございました」


「高級娼婦…?」

それは流石によく分からない。

「はい、高級娼婦(クルティザンヌ)のお相手はとくに王侯貴族に限られ、度々相手を選ぶ権利もあります。そのため、彼女たちは一定の知識と教養を持ち、多くの貴族たちの様々な情報を有しています」


なるほど…だから公爵家に近づくことも出来たのか……。

しかし、まるで授業を受けているような返答だ。流石…と言っておこうか。


しかし、オリーブは気が(とが)めるかのように目を伏せて謝罪する。

「このような不躾なお話、お許しください」

「いや、いい。俺が聞いたんだ、ありがとう」



しかし、俺が卑しい身分と(おとし)められる理由が母にあるのだとすれば、シェルの母はグロリアではない…という事か。それならば今までのお互いの母娘(おやこ)と思えぬ態度に納得がいく。

それに考えてみれば、母の俺に対する態度についても()に落ちる面がある。いつも俺の事を気にかけていたのは、自身が公爵夫人としての地位を保つため。そのために俺の存在は絶対だったという訳だ。


俺たちは腹違いの姉弟なのか、それとも血の繋がらない姉弟なのか…。どちらにせよ、家族の溝は深まるばかりである。



俺の二度目の人生どうなるんだろうな……。

思わず、俺は遠い目をする。

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