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「あれ…なんで俺、地面に倒れているんだ…?」
ゴツゴツとしたアスファルトに横たえている感覚。
ーーーなんか、頭熱いな。
全身がドクドクと脈打つ。
身体は上手く動かせない。
かろうじて視線を動かす。
ーーー赤い……血?
視線の先にはドロリとした赤い水溜まりが出来ていた。
ーーー俺のか??
俺は新城晃。しがない大学生だ。
母は俺が幼い頃に亡くなり、俺に母との記憶はない。父と姉と俺の3人家族。
父は単身赴任で家におらず社会人の姉と2人暮らし。
今日は俺の20歳の誕生日で、父からの臨時収入があった。その金でいつも世話になっている姉にプレゼントでも買ってやろうと思って家を出た。
なんで自分の誕生日に姉にプレゼント?って思うかもしれないが、父は稼ぎがいいわけでもないし、俺は姉からバイトを禁止され、普段からお小遣いなんてものは無かった。
幼くして母を亡くした俺にとって、姉は母代わりだった。
「晃はバイトなんてしなくていいの。勉強も遊びも、やりたい事を沢山して、欲しいものはお姉ちゃんが買ってあげるから」
「…分かった。その分沢山勉強して、大人になったら俺が姉ちゃんに楽させてやるよ」
「えー、ほんと〜?楽しみにしてる」
そう言って姉は嬉しそうに笑った。
そんなわけで、俺はバイトはせず、その時間を勉強にあて、金が必要な時はどういう用途で使うのかを姉に伝えてからお金を貰っていた。
今まで姉から貰ったお金の使い道と金額は全てメモしてある。いつか大人になったら絶対に返してやると思っている。
つまり、姉のプレゼントを買いたいから金をくれなんて恥ずかしくて言えない。
ちょうど20歳でキリもいいし、成人まで面倒見てくれてありがとうって……小っ恥ずかしいな……。
そんなこんなで店の前に着いた。
ゲームショップである。
それはリビングで姉と2人、のんびりと寛いでいた時の事。
姉のスマホ画面に黒髪に赤い瞳の美少女が映った。
「へー、可愛いじゃん。新しいアプリ?」
「ううん、ソフト。最近流行ってる乙ゲーだよ。2期が出るんだってー」
「乙ゲー……?」
「乙女ゲーム。イケメンがいっぱい出てくるんだから!」
姉の目がきらきらと輝く。
「ふーん、したことあるの?」
「ないない、だってゲーム機本体持ってないもん」
へへっ、と困ったように笑う。
「あー、たしかに。買わないの?」
「うーん、ゲーム機とソフトと、ってなると結構な金額になるし……もうちょっと余裕が出来たら買うよ」
そう言って、姉は微笑んでいたが恐らく買うことはないだろう。買うとしたら何年も先……俺が大学を卒業して、無事就職したら……とか。
先過ぎる。しかし、あの姉なら有りうる。
えー…っと、乙ゲーのコーナーは……っと。
そこに並べられるソフトのカバーはイケメンに囲まれた少女等々、なんだか俺には眩しく感じる。
はあ、このコーナーに立つ俺って…。
ふと見ると友だち同士らしき女子が2人。
……ですよねー。
普通は女性が買い求めるもの。
しかし、俺はここに長居をする気は毛頭ない。
迷うこと無く素早く買う為に予習はバッチリである。
たしか、タイトルは『君に捧ぐ剣の誓い』。
洋風ファンタジーだな。
て、えっ、ちょうど彼女たちの前にある!
てか手に持ってる。『君に捧ぐ剣の誓い2』を。
そういえば、2期が発売するとか言ってたな。
しかし、プレイした事ないんだから無印でいいだろ。
おかげで思ったよりも早く見つけられたが、どうする?ぱっと、取ってしまう?立ち去るのを待つ?
ええい、ままよ。
「すみません…」
と一言声を掛け、ソフトを手に取った。
ピローン、ピローン。
「ありがとうございました~」
自動ドアのチャイム音と共に店を後にする。
ミッションコンプリート!心の中で拳を握る。
この罰ゲームかと思うような買い物が無事に終了した。
俺を全力で褒めてやらなければ。
それにしても最近のゲーム機って高いんだな。
ソフトだけでも8千円とは…。
予算は5万円だったが、残ったのは僅か1万円だ。
ピコン!スマホの通知音が鳴る。
メッセンジャーだ。
『どこにいるの?』
姉からである。
『外』
『じゃあ、ついでにアイス買ってきて
ご馳走作ってるから』
『了解』
ご馳走?
そういえば、今日は俺の誕生日だった。
姉は元々、調理師の免許を取りたかったようだ。
専門学校に、ほんの1,2年。
しかし、早く稼ぎたいからと、俺のために諦めた。
今でも料理を作るのは好きで、
「趣味で作れたらそれでいいのよ。今の仕事も好きだしね~」
と言っている。
18歳で6歳下の弟の事まで考えて将来を決めるなんて、俺には想像もつかない。姉には一生頭が上がらないことだろう。
ふと視線をあげると先程乙女ゲームのコーナーで居合わせた少女が前を歩いていた。
ゴッ!!
目の前の少女が突然何かに吹き飛ばされる。
大型トラックだ。
え??
っと、思うのも束の間。
ギャリギャリギャリギャリーーーー。
物凄い騒音とともに車体はぐらりと横に倒れ、荷台が迫ってきた。
やばい!咄嗟に逃げ出そうとするが、間に合わない。
ドンッという衝撃と共に俺の身体は宙を舞った。
幸いと言うべきか、荷台にぺしゃんこにされる事はなく、強く地面に叩きつけられた。
キャーーーーーー。
辺りは騒然となる。
泣き叫ぶ人、スマホで連絡をとる人。様々だ。
俺も、姉ちゃんに……。
何処とも分からずに手を伸ばそうとする。
視線の先には赤。
俺の血か…?
そういえば、ゲーム機とソフトは無事だろうか?
身体を起き上がらせることも出来ず、辺りを確認出来ない。
結構な金額だったのだ。
無事でなくては困る。
身体を動かそうともがき、ガサリッとビニールの音がした。
なんと、手放さずに握り締めていたのだ。
ーーーまじか、よかった……。
そんな事で安心したのか、俺は意識を失った。
ガラガラガラッーーーー。
地面が揺れている。
硬く寝心地の悪いストレッチャーの上で目覚めた。
「晃!晃!」
涙で顔をぐちゃぐちゃにした姉の姿が映った。
「晃、ごめんね。私が…アイスって言ったから……。ごめん、ごめんね」
それに対して姉が謝る必要も、気に病む必要も全くない。
別にアイスを買いに行く途中で轢かれたわけではない。
たんなる帰り道の途中だ。
しかし、今そんな事を話せる余裕もなく、必要最低限伝えたい言葉を発する。
「これ……、プレゼント……」
ガサリッと音がし、右手を上げる動作をする。
視線をやると袋が血塗れだった。申し訳ない。
「……ッ。……ばかッ!貴方の誕生日じゃない!!」
泣いているような、笑っているような姉の表情が面白くて、へへっと俺は笑い、再び意識を手放した。