第4話 手土産は鉄の棺桶
焼け焦げた平原。そこはもう緑の大地と言えず泥と硝煙に満ちていた。
そこに1羽と1人の人間。
1羽は黒髪の先が白く変色しているショートカットでボロボロになった緑の軍服を着ている。印象的なのは髪色と同じような色をした4枚羽だ。今は折りたたんでいるが開けば2mはいきそうだ。それと反比例するように体はとても小柄。
もう1人は着替えている人間。
白銀の美しい長い髪に青の碧眼。顔は美しく整っているがどこか暗い表情をしている。背丈は高く、1羽と比べて1.4倍はある。
良い質感の筋肉が付いていて腹筋は6つに割れていた。
1羽はどうやら彼女を茶化しているようだ。
「なぁ、リーウェイ。お前案外大きいんだな、ソレ。」
「黙れ。あっても邪魔なだけだ。」
「そう、兵士以外の道もあったんじゃない?」
「うるさい…。もう過ぎた話だ。」
「リーウェイは俺を恨んでたりしない?」
「何を今更。貴様など眼中に無い。私の戦車が大破したのは特攻した戦闘機のせいだ。あれが戦車の前部に衝突、それで砲塔下部にいた私以外、皆死んだ。」
「きっかけはそれ?」
「きっかけ?あぁ、そうだな。私の信じる忠誠心は我が隊あってこそだった。隊が全滅した今、帝国に仕える義理も無くなった。」
「そう…。」
リーウェイの着替えが終わり、黒を主張とした軍服からルイスと同じ緑に変わる。
そして、彼女は付けていた勲章を残り火に投げ捨てた。
「これが決別だ。我が恩師も同士もいなくなった私へのな。」
彼女の言葉は重く、最後の方はうわずっていた。
俺は何も言わず立ち上がる。
「そろそろ、行こうか。」
リーウェイはヘルメットのつばを下げ頷いた。
◇◇◇
スパロス共和国国境
グローム要塞前、午後16時42分
2人の兵士はグローム要塞まで果敢に戦っていた。
「軟弱者!!第3機甲師団の軽戦車隊はこの程度か!?」
「どこが帝国最強だ!聞いて呆れる。ルイース!右に切って橋を越えろ。そこからなら抜けれる。」
「おしり痛いー!戦車って最悪!」
「運転の腕はあるようだな!薬莢に気おつけろよっ」
リーウェイが放った弾頭は帝国の軽戦車の土手っ腹を貫き撃破する。
彼女らが乗っているのはスパロス軍の2人乗り戦車ライピッタ。
車長は砲塔旋回、装填、発砲と運転手と違い役割が多いのが欠点だった。しかし、重戦車隊のリーダーを長年務めた彼女にとっては慣れたものだ。
恐ろしいのはこの戦車、装甲を犠牲にして速度を重視しすぎているためあくまで至近弾だがライフルでも貫通可能だ。
2人を乗せたライピッタは軽戦車の機関銃で穴ぼこになりながら戦場を走る。
彼女らは貫通弾で血を流すがハンドルを離さない。
目前に見える要塞の正面門に向かって走り続ける。
「リーウェイは元自分の部下を殺してなんとも思わないわけ?」
「そんなことない。彼らと直接関わっていないが上官なら知ってる。だけどもう良いんだ。私はもう帝国軍人ではない。」
「それって答えになってないじゃん。」
「あーもう、つべこべ煩いなルイスは、逃げんたんだよ!責任から。お前も上官になったら嫌でもわかるさ。」
◇◇◇
グローム要塞壁上
第1航空機動小隊 同刻
「おい!ライピッタが1両こっちに来るぞ。」
「突撃隊の生き残りか!?」
「ここまで帰ってきて見殺しに出来んだろ!」
「正門を開けろ!少しでいいライピッタが入れる程度だ!」
壁上が何やら忙しい。
アルネシアは赤く腫れた目を開けて騒ぎの元を見に行く。1両の偵察車両が正門に向けて走ってくる。
イエローの塗装からスパロス軍の車両だとわかる。
はぁ、そりゃ騒がしくもなるよね。
私は元のカタパルトデッキに戻る。
「アルネシア、どうだった?」
寝ているフェッツの頭を撫でながらイェンが問いかける。
「スパロス軍の生き残りが単身で帰ってきたの。何両かの帝国戦車を連れてね。」
「あー、だから砲撃の感覚が早まったのか、弾薬も少ないのにね。スパロスも頑張るよね。」
「そりゃそうでしょ。ここが突破されれば大きな痛手だもの。」
「翼人の嬢ちゃんたち!正門まで降りてくれないか!!さっきの戦車が正門まで来たんだが、砲弾をくらって横転してる!」
カタパルトデッキにスパロス兵が駆け込んできた。
「い、行きます!イェンあなたはここにいて。」
アルネシアは急いで正門側へ飛び降りる。
彼女は要塞に帰ってきて何度か救助活動をしていた。
彼女が降りた時、車両からは煙が出ている。
アルネシアは駆けよって車両の脱出口を開けた。
彼女は中のジャルネスタ兵を見て驚く。
「だ、大丈夫ですか!?今、助けますね!」
「ん、あぁ。お嬢さん。私じゃなくてこっちの少女を頼む。」
中の兵士が引っ張ってきたのは翼人の兵士だった。
「ルイス!?嘘でしょ!」
「はやく連れ出せ!私は後でいい!」
アルネシアは兵士に急かされルイスを引っ張り出した。身体中に傷があって服はもう機能を失っている。
そのままルイスをウィンチの下まで持っていく。
「あげてください!」
ルイスをウィンチの台にのせ壁上へあげてもらう。
あとは残ったジャルネスタ兵のみだ。
「引きますよ!」
「ま、待ってくれ…。私の両足は多分潰れている。だから引きちぎる勢いで行け!でないと2人とも巻き込まれる。」
「そんな…。」
「いいからやれ!」
アルネシアは思いっきり兵士を引っ張ると、ズルっとした鈍い抵抗の後、スポンと抜けた。
兵士は悲痛な叫びをあげ悶えている。
「落ち着いてください!大丈夫ですから。安心してください。」
「あ、あぁ足が…。うぐ、あぁ…。」
「も、モルヒネを打ちます!」
「た、頼む…。」
目を見て安心させるためヘルメットをとった。
そこには私を見つめる青い瞳が覗く。
それは怪我をした子供のように誰かに縋るようなそんな表情をしている。
「大丈夫、大丈夫。頑張ってください。あと少しで上にあげてくれますからね。兵士さん、お願いします!」
彼女をウィンチの台に乗せてあげる。
上昇中、私のほほに血が降ってくる。
だめだ、死んじゃう。
私は羽を広げてウィンチで牽引されてる彼女に近づき自分のベルトで両足をきつく縛る。
それでズボンが風で脱げても関係ない。私は彼女を助けたかった。親友を助けてくれた恩人を。
壁上に着いた2人はすぐさま医療テントに運ばれていった。
私はそれからずっとソワソワしていた。
「アルネシアぁ、ちょっとは落ち着きなよ。今は敵の攻撃もやんでるしさー。」
「だって、ルイスが帰ってきたのに会えないなんて…。しかもあんなに傷だらけで。」
「はぁ、てかその半裸どうにかしてよー。」
「仕方ないでしょベルト使ったんだから。でもルイス大丈夫かなぁ。ここって設備しっかりしてる?」
「どーだろ。限界あるっしょ。」
「なんでイェンはそんな冷淡なの、ルイスが心配じゃないの?」
「心配だよ。だけどねそんなに深く考えても結果は変わらない。逆に悲しみが増えるだけでしょ。」
イェンの言うことも一理あるけど、私はどうしてもこの気持ちは変えられない。どうか、どうか無事でいて……。