第3話 転向
あれからどれだけ走ったか。空に上がれば集中砲火、地を這っても砲弾の雨。どちらにせよそんなに変わらない。
私は友を置いてきたことに後悔している。訓練で彼女は好成績だったがそれが通用するかは殆ど運だ。
だけど信じるしかない。帰ってくるって。
私も生き延びねばならない。両方とも欠ける、1番最悪な結果にはしていけない。
高いIQを最大限に活かし、進路を決める。
「私が支援するから先に行って、ほら!今っ!」
2人の背中を押す。
追いかけてくる兵士に射撃する。
牽制射撃で十分。倒す必要は無い。こちらへ銃口を向かないようにするだけでいい。
「クリア!クリア!アルネシア、来て!」
「岩上!」
イェンの後ろの岩に敵の頭が見える。
タァン!
フェッツが拳銃で撃ち抜いた。
「はぁ、はぁ。やったよ。ねぇ、殺ったよね?」
「ありがとう。本当に助かった。でも一回落ち着こうか。」
フェッツの精神もそろそろ限界だ。
塹壕から塹壕へ、ずっと移動してきた。熟練の兵士たちはサクサクと撤退していきもう見えなくなってしまった。
でも、要塞との距離はだいぶ近い。支援砲撃を呼べば助かるかもしれない。
「アルネシア!空っ、上見て!」
イェンに言われ上空を見る。
白鳥のようなグライダーが飛んでいる。
「大佐ぁ!」
「生きてた生きてたよ!ルイスもいるかな!」
「大佐のグライダー、要塞から絶対見えてるよ。きっと助けてくれる。早く行こう!要塞砲が来る前に!」
我々はまた走り出す。大佐のグライダーを追って。
足は以前より軽い。
スパロスの兵士ともすれ違うことが増えてきた。
あと少し、あと少しなんだ。
私たちはきっと助かる。
スパロス国境グローム要塞壁上
第1航空機動小隊、カタパルトデッキ
「大佐、ルイスを見捨てたってどういう事ですか!?」
私はノストラファ大佐の襟を掴み上げる。
「なんども言ってるだろ。助けれる状態じゃなかった。私も彼女も。だが、最後の支援はしておいた。彼女が判断を間違えなければ帰ってくるだろう。」
「なんて無責任な!そうやって以前の翼人部隊も崩壊したんでしょう!?」
ノストラファ大佐は渋い顔をした。
初期部隊の結果がどうなのかはどうでも良いが、今戦っている我々も同じ道を辿るのは真っ平御免だ。
「加えて、ブレイカーズも彼らも貴方は殺した。内地勤務で鈍ったとか言わせませんからね!」
訓練所の入校式の印象から少しは見直したのに、信じていた私が馬鹿だった。
「アルネシア、少しは落ち着いたら?大佐だって無敵のヒーローじゃないし…ねぇ。」
「イェン。そんなの知ってるわよ。だからこそきちんとした作戦で戦うべき。訓練した内容は全部、実戦では役に立たなかった。この人は今の帝国を過小評価して…。」
そこで言葉が詰まった。
だれも未来など予知できないのだから。
「ここは長く持たない。ボロの要塞じゃ無理。早く帰ろうよ。自国で死んだ方がまし。」
「フェッツ1等。スパロスとは協定を結んだ仲だ。本国からの指示がなければ撤退はできない。」
要塞砲は絶えず放たれているが弾丸は有限だ。
脅威が去れば、直ぐにでも突破される。ジャルネスタ派遣兵団の航空機のほとんどがやられた。歩兵連隊も1000くらいしか残ってないはず。
「帝国の作戦勝ちだな。君たちは地上で戦っていたから分からないだろうがスパロス突撃隊の出撃後、隠れていた部隊が突撃隊の背後を襲った。君らを回収したくても空にも奴らは展開していた。ジャルネスタ派遣兵団、第4歩兵連隊が伏兵の掃討に決死で挑んだため君らは帰ってこれた。飛行大隊もそうだ。空を守ったのは彼らだ。」
「あなたはその支援をしていたと?自分の部下を置いて…。」
「私はもう、大佐の考えが理解できません。大佐の全てが中途半端なんですよ。革命も翼人部隊も何もかも。」
襟元から手を離し、ドタリと座り込む。
「もう、本国にお帰りください。軍曹ごっこも終いでしょう。あとは私が引き継ぎます。」
大佐はアルネシアをじっと見つめた。
この人は不器用なのだ。けれど助けは求めない、プライドばかりの人間。
数分の沈黙の後、大佐は黙って要塞を降りていった。
カタパルトに乗ったグライダーは大量の弾痕がつき凄まじい激戦を潜り抜けたのだと分かる。
しかし、手を借りないとそう決めた。
壁上では今も掃射を続けるスパロス兵が大量に残っている。攻撃はいつ終わるのだろう。
今は何時か……。
夜になったら終わる?終わらないか…。
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午前11時23分
帝政ゲイル、スパロス進行軍、国境グローム要塞第1攻撃隊
第3機甲師団317小隊、リンゲル重戦車隊リーダー
1番機車長、リンゲル・セッド・エインヒャル少佐
まったく、久々に見たものだな。戦場の魔物を。
おかげで我が隊は壊滅的打撃を受け、私自身の車両も大破だ。
運転手に装填手、通信兵、機関銃兵。
みんな死んだ。
私が無事なことに疑問を抱くほどだ。
周りを見ても誰も生き残ってないようだ。
最後の特攻機、以前どこかで見たことがあったな。あれはいつだったか。
ケホケホ
ここにいてはダメだな。
私は車両から降りて地に足をつける。
地面を見れば、抜け落ちた羽が沢山落ちていた。
翼人それはいつの時代でも我々帝国の障害となってきたのだ。起源はあのジェルネスタ共和国の前身、バルジランド。私も小さい頃、西の最果てには天使がいると祖母に教えてもらったことがある。
近くの戦車が大爆発を起こし私の帽子を飛ばした。
「くそがぁぁぁあぁぁ!ぁぁ…。」
「はぁはぁ…。何が陽動作戦だ。我々第3機甲師団をちり紙のように使いやがって!今までの。私の!献身はぁ…なんの意味もなかった。誰がここまで強く強大なものにしたのか?ちくしょう!」
私は思いっきり落ちた鉄板を蹴りあげた。
それは吹き飛ばず、私の足にカウンター攻撃をするだけだった。
今回のゲイルの宣戦布告は計画性のないものだとあれほど批判したのに。
スパロス国の領土を奪うにはまだ早かったのだ。
あの要塞はそう簡単に攻略出来るもんじゃない。それは歴史が物語っている。いくつもの蛮族を跳ね返してきた実力は折り紙付き、あわよくば第3機甲師団で突破せよ、などと不可能な命令を送った上層は揃って首吊りをしたらいいと本気で思った。
しかし、始まったものはもう止めれない。この戦争はどちらかが崩壊するまで続くだろう。
身の振り方を考えないと生き延びれそうにない。
とりあえず私は自拠点の方へ歩き出す。
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午後13時08分
ジャルネスタ派兵軍、第1航空機動小隊
ルイス・ヴァールブルク上等兵
帝政ゲイル領内
戦地から数時間歩けば景色はガラリと変わった。
開けた平野はなく行く度も踏まれ道となったところ以外は木々で覆われ林が続く。おかげで敵に見つからず進むことが出来た。
敵の前線基地か兵糧を発見できればスパロス軍に有益な情報を持って帰れる。
兵糧攻めは俺、個人の目的だが。
どちらにせよ、そこを爆撃できればゲイルの攻勢も収まるだろう。
道中拾った、ゲイル軍の小銃を持ち上げチャンバーを開く。
残弾は4発か。弾薬を見つけれていればポッケに詰め込んでいたのだが周囲にそれらしきものは無い。
ゲイル軍はこの林の中に陣地を展開していないようだ。
鐙ができて道になってるとこを定期的に運搬車両が通る。
そのどれもが平原へ向かっている。
運搬車両の荷台には1車両30名ずつの兵士が乗っていて、それが5両編成で西進している。
これは、早めに抑えないとグローム要塞は3日と持たないかもしれない。
俺は草をかき分けながら全身する。
足が鳥の足で良かった。これが人の足なら靴擦れでもう歩けない状態だっただろう。
靴は途中で擦り切れたから今は裸足だ。こういう選択も翼人ならではなのだろうな。
それから少し歩いていくと林を抜けた。
そして、肉眼で僅かに見えるところにゲイル軍の前哨基地があったのだ。
しめしめ、飛行機でいくとそう遠くない距離で、兵糧も前哨基地の奥にありそうだ。食べ物マークの着いたトラックが基地に入るのが見えたからな。
1人で攻略するのは無理だろうな。
一旦、グローム要塞に戻ろうか。俺もだいぶ疲れている。少し休憩してから移動したいけどそうも言ってられない。
俺は再び、林の中へ戻る。
「待ちなさい。そこのジャルネスタ兵。」
俺は声がした方に振り返った。
「君も、派兵軍の兵士…なの…」
ジャルネスタ語で話した兵隊は派兵軍の味方じゃなかった。
ゲイル軍の兵、それも上官クラス。服が違う。
「派兵軍ではない。あなた見たところジャルネスタの翼人ね。どうしてここまで来たのかしら。道に迷ったとは言わせない。」
しまったぁ。武器を構えず向いたから将校らしき人物に先手を取られた。俺はすぐに両手を挙げる。
「案外、素直なんだね。」
「私をどうするつもりだ。」
「どうもしない。基地の近くに敵兵がいたら攻撃するのが普通でしょう?私はそれをしただけ。」
将校はジリジリと詰め寄ってくる。
距離的に3メータ程度か。
「なら、なぜ撃たない。」
「翼人って珍しいでしょ。そんな簡単に撃ち殺さないさ。それよりこっちに来なさい。そこにいたら基地の監視員に見つかるかもしれないから。」
なぜ近寄る必要があるのか。俺は将校から反時計回りに動いていく。動いていいなら逃げるまでよ。
「それ以上離れたら頭蓋を撃ち抜く。」
くっそぉ…やっぱダメだよね。
戦車隊と殺りあった時みたいな感覚がもっかい来てくれれば何とかできそうなんだけど、ちょっとでも集中すると頭が痛くなる。脳が疲れてるんだろうか。
将校が銃を向けた状態で近寄ってくる。さっきとは違い早足だ。そして俺の目の前までやってきた。
「ジャルネスタ兵の軍服をとってきなさい。それも血の付いていないやつを。」
「ど、どういうことだよ。」
「話した通りジャルネスタ兵の軍服を持ってこい。貴様が回収に行っていても常に殺せる位置に私はいる。さぁ、行け。」
「いや、理由を…」
「命令に従え。さもないと殺す。」
将校がライフルのボルトハンドルを引き1発装填した。
そして引き金に指を添える。
さっきまでは殺す気がなかったのか。
「あぁ、わかったよ。」
俺は将校の方を向きつつ後ずさり、撃たれないことを確認して前へむく。そしてゆっくりと前進し来た道を辿った。
後方で草木の擦れる音がするため将校が着いてきているのがわかる。
ここからジャルネスタ兵の死体がある所まではかなりの距離がある。それまで敵に見つからないといいが。
・
・
・
あれから20分ほど経過したか?
我々は無言のまま西進を続けていた。
銃口を向けられている重圧で頭がおかしくなりそうだ。
「なぁ、あんたの名前を聞いて良いかな?」
「黙って進め…。」
「じゃあ、ひとつ質問を良いかな?」
「うるさい…。」
「なんでジャルネスタ兵の服が欲しいだ?」
「黙れと言っている。」
「なんで?」
「黙れ。」
「なんで?」
「黙れ。」
「なんで?」
「黙って。」
「な」
「うるさい!!少しは静かに歩けないのか!?」
俺は怒鳴った将校の方を向いてにやりと笑う。
「貴様!?」
将校は武器を構えていなかったのだ。
薄々感ずいていたが、将校も切迫した空気にやられていたようだ。
そして俺は即座にダッシュする。がしかしその行動は悪手だった。林を走って数秒後、近くによっていた帝国兵に見つかったのだ。
おそらくさっきの会話で見に来たのかもしれない。
鉢合わせした帝国兵は一瞬だけ躊躇した。
そこへ4発中、1発を撃ち、弾丸は胸へ着弾した。
発砲音を聞きつけて偵察隊と思われる兵の草木をふむ音が聞こえてくる。
まずいな。前哨基地まで数時間の道だったが焦って早歩きしていたみたいだ。思っていたより早く兵士が多い所まで来ていた。多分、あの平原は1時間も歩けば着くだろう。
偵察隊のゲイル語が聞こえてくる。
兵を分散させて音がした範囲を取り囲んでいるだろう。
俺ならそうするからだ。
予感は当たった。木陰から周囲の木々を見ていると帝国兵がまばらに点在している。
くそ、あと3発でどうにかできる量じゃない。
そういや、あの将校はどこへ行った?
まぁ、いい。あの将校も考えてみれば帝国兵だ。なぜジャルネスタ兵の軍服を欲しがったか知らないがグローム要塞へ潜入工作でもしようとしたのか…。
はぁ、どうするか。
考えていてもしょうがない。この場所を抜けなければいけない。俺はほふく姿勢をとって進むことにした。背中の羽にはちぎった草を挟んで簡易的なギリースーツを作る。
せめて数秒でも時間稼ぎになればいい。
俺が移動を開始したとき、銃声がなる。
それも何発も、囲んでいた帝国兵の辺りが何やら騒がしい。
だが、それは好機だ。スパロスかジャルネスタか知らないが帝国兵をやってくれるなら有難い。
俺は姿勢を中腰にして素早くその場から逃げる。
ドンッ!?
頭に衝撃をくらって俺はひっくり返った。
な、なんだ?
「逃がさない。」
げっ、さっきの将校か。銃撃から切り抜けてきたというのか。銃声もしないことからこの将校が場を収めたのだとわかる。
「いてて、ジャルネスタ兵をやったならそいつの服を奪えばいい。俺に構うなよ。」
「いや、貴様にはまだ用がある。それにジャルネスタ兵の服は回収していない。」
「じゃあ、スパロスか。別にうちじゃなくたっていいだろ。スパロス軍で良くないか?」
「スパロス軍でもない。」
「くそ、正直に話した方が早いな。」
将校は一息置いてこう話した。
「先程殺したのは私自身だ。理由は色々あるが私は帝国軍の離反者となる。母方がジャルネスタ出身のため話すことが出来ている。よってスパロスよりジャルネスタの方が都合がいい。」
「お、おぅ。味方で、いいのか?」
「そうだな。だから軍服がいるのだ。」
「うーん、私も要塞に帰るためにはひとりじゃ無理だし、信じるよ。だけどな少しでも私が疑いを持ったならすぐ殺す。」
「承知している。貴様は私の仇だが翼人をできれば殺さない主義なんだ。先の戦いでは殺すきでいたがな。」
「先の戦い?まさか、あの重戦車隊!?」
「いかにも、私はスパロス進行軍、国境グローム要塞第1攻撃の任を受けた、第3機甲師団317小隊、リンゲル重戦車隊指揮官機車長、リンゲル・セッド・エインヒャル少佐だ。もうこの名は使えないけどな。これからはリーウェイと呼んでくれ。」
恐ろしい、スパロス突撃隊とジャルネスタ歩兵連隊のほとんどを喰らい尽くしたあの重戦車隊のリーダーかよ。
「な、なぜ離反を?」
「簡単に言うと、帝国は急ぎすぎた。今回の宣戦布告は後先を考えていない。確かに帝国の戦力は上だが帝国だけでは絶対に勝てないのだ。今の幸せのため進んでいるに過ぎん。私は勝てる側に付きたい。」
「話は終いだ。早く行くぞ。」
リンゲル、いやリーウェイは俺の手を引き持ち上げる。
そして俺をおんぶした。
「うぉい!なんでだよ。」
「貴様は足が遅い。翼人は長距離移動の訓練をしないと聞く。ならこの方が早い。」
リーウェイは俺を背負ったまま走り出した。
帝国兵にジャルネスタ兵が運ばれるというありえない状態になっている。
だが、この速度なら1時間もいらずに平原へ出るだろう。
ルイスはうんざりした表情でリーウェイに乗っていた。