第1話 我々の翼 (挿絵あり)
ジャルネスタ連合王国 首都ケイル
とある執務室で2人の将校が話す。
内容は宣戦布告への対応。
スパロス共和国の東端にあるグローム要塞は開けたメンキン平原を横断するように巨大な城壁が建てられている。この城壁と山脈でスパロス共和国は東側の国境全土を覆われている。国境を越え内地に入るにはエベレスト並の山を登るか、要塞を壊すかの2択になる。
ただ、グローム要塞を突破さえすれば内部はだだっ広い平原で、ゲイルご自慢の第3機甲師団による蹂躙は容易い。
我々、ジャルネスタ連合王国の盾として長年友好関係を結んでいたスパロス共和国を失う訳には行かない。スパロスがとられた次はこちらなのだ。帝国は欧州統一が目的だろう。
今回、グローム要塞へ派兵する軍隊は第4歩兵連隊5000名、第18飛行大隊400機、第1航空機動小隊5名。
第1航空機動小隊にはルイス・ヴァールブルクとアルネシア・バーシュクスの名前があった。
「ノストラファ大佐。今回の出兵、第1航空機動小隊を推す理由はなんだね。私としては兵士として未熟な幼い子達を激戦区へ行かすのに賛成しかねん。」
「作戦指揮官殿、いや旧友オールデンよ。私が降格されたのは知っているな?航空機動部隊の重要度は私の失態もあってかだだ下がりである。だが、今期の翼人兵は期待できる。戦争を体験しない兵など使い物にならん。どれだけ高級なものがあっても使わないと意味が無い。」
「結局、何が言いたいのだ。」
「私が直々に指揮をとると申しておるのだ。30年と長い付き合いの仲だろう?わからんのか。」
「イングレイ。お前の階級はなんだ?大佐だろうが。新兵のお守りなど第4歩兵連隊に任せておけばいい。お前は十分働いたのだ。これ以上前線に行かんでええ…。」
・オールデン・ファルク准将
イングレイ・ノストラファ大佐と同じ隊に所属し共に航空機動部隊の発足を担う。訓令兵からの付き合いで今年で30年となる。降格前のノストラファは少将の階級でありオールデンはその頃、部下であった。軍法会議でノストラファは監獄行きだったが彼の弁明により免れる。
紅茶をこよなく愛する初老。
「オールデン、私は彼女らの成長をこの目で確かめたいのだ。不幸中の幸いか私に任されている部隊はない。なんのための階級か!こんなもの飾りでしかない!」
ノストラファは階級章を投げ捨てる。
「はぁ…。お前の気持ちも分かるが堪えてくれ。次に命令違反をした時はどうなるか理解しておるのか?」
「理解している。だがな!このまま大人しくしていても訓練校の教官以外にすることがない。オールデン、私は行くぞ。」
そう言って立ち上がり、部屋をでていった。
オールデンが呼び止めるも聞こえないふりをする。
ひとり残されたオールデンはぽつりと嘆く。
「はぁ、またひとり戦友が逝ってしまうか。」
彼は作戦指示書に目を通す。
グローム要塞への攻撃は陽動である。主力だけを行かせ残りは南のイーリス国(IR)に進軍中。ジャルネスタ連合王国は今回の派兵後、支援部隊のみ編成しグローム要塞へ。イーリス国境へ第2歩兵師団及び第1機甲師団、第10飛行大隊を派兵せよ。との内容だ。
「イングレイよ。ジャルネスタの精鋭集団ではないか。」
続きにはこう書いてある。
イーリス国内に帝国の航空基地が完成すれば本国は爆撃範囲内に入ってしまう。第1波を防ぎ勢いを殺す。
イングレイらしい筋を見据えた意見だった。
「私は私の戦争をしに行くとするか…。」
オールデンは文書を持って会議に出立した。
スパロス共和国(SPRO)と帝政ゲイル(IGE)の国境
メンキン平原 グローム要塞まで80キロ地点
そこにはグローム要塞行き輸送車両の列に追走する大型トラックが走っている。
トラックは2台のカタパルト(42式汎用型射出機)を牽引し荷台には射手を含む5名が座っている。
加えて布を被せてある兵器が一機。
運転席には深深とヘルメットを被り、マスクもつけている兵士と助手席には身長140cmくらいの少女が座っている。
「大佐!あの大壁がグローム要塞ですね!」
少女は背伸びしてフロントガラスから外を覗く。
「大佐と呼ぶな。今は軍曹だ。」
「どうせいつかはバレるんですから隠さなくてもいいでしょう。ほかの隊員も出発前に話してましたよ。今回の作戦に佐官が紛れてるって。でしょ?アルネシア!」
少女はトラックのリア扉を開け、隊員に声をかける。
「え?えぇ。確かに聞きましたし、質問もしました。もしいたらどうしますかって。そしたら気前のいい兵士が、良いところ見せて昇進させてもらおうって言ってました。」
「良いところ見せるだと?臆病なやつほど残るのだ。息巻いた兵士など使い物にならん。」
「軍曹。もう、20回目くらいの質問になりますけどどうして私が今作戦に選ばれたのでしょうか?」
体を震わし、涙ぐんだ隊員が話す。
「フェッツ・サージェン一等。貴様の暗視能力が高く評価されたのだ。グローム要塞へ、昼夜問わず砲撃が降る。夜間では敵の砲撃部隊がどこに位置しているか全く不明だ。それは敵も同じ、だがこちらが夜間でも的確に射撃できるならそれは脅威になろう。」
「大丈夫だってフェッツ!私も夜戦員だからさ!」
イェン・リエン一等、同じく暗視能力持ちの隊員だ。
「イェンだって死ぬかもしれないんだよ!?私、どうしたらいいか…もう分からないの!」
「アル!フェッツを安心させて!」
アルネシアは少女に言われフェッツを胸に抱き寄せる。
すると、フェッツの震えが収まる。
「フェッツ。私に任せておけ!みんなの出番がないように全部落とす。」
少女は笑った。
「ルイス。ありがとう…あなたがいれば安心よ。」
「嬢ちゃんたち、俺らにも期待しててくれよ!なんせ第1機甲師団所属、駆逐戦車連隊A中隊ブレイカーズの砲手だぜ?ちゃんと飛ばしてやっから安心しな!」
一気に場が賑やかになりうるさいくらいだ。
それを止めるようにノストラファが話す。
「ブレイカーズの一員だとしても、貴様らは補欠だ。有り余っていたのをたまたま見つけ、たまたま採用した。お前たちは命令通り彼女らを打ちあげればいい。それだけだ。」
「へーい、大将。仕事はきちんとするさ。」
ジャルネスタ派遣兵団の車列が平原を走る。
時刻は既に夜更け過ぎ、月が煌々と輝き彼らを照らす。
朝にはグローム要塞へ着くだろう。
要塞に近づくにつれ砲撃の音が大きくなる。その音がなる度、兵士たちの心境は暗くなっていく。
1世紀ぶりの戦争。今は隣国との小競り合いだがノストラファは戦火が大きく広がるのではないかと考えている。ゲイルの軍事力がどれだけ成長しているのかジャルネスタ連合王国は把握できていない。100年も平和な時代が続いたのだ。世の中は軍拡より国の独自産業を成長させていた。
ちなみにジャルネスタ連合王国は世界一の紅茶製造国だ。また、航空技術にも力を入れており旅客機やレジャー用の小型飛行機などを輸出している。加えて機密事項になるがエネルギー開発にも予算をつぎ込んでいて近頃、国際会議で新エネルギー論を発表するはずだった。
話を戻すが、スパロス共和国と帝政ゲイルは度々衝突を繰り返しており国際連合もそこまで重要視していないのが現状だ。しかしだ、今回は大大と宣戦布告をした。前回の大戦で酷く疲弊していたと思っていたのだが違ったようだ。
トラックのアクセルを操作している足が重い。オールデンには私の今考えられること全てを書き記した指示書を渡してある。彼が上層を動かしジャルネスタが後手に回らないように祈るばかり。
ふと隣を見ると、スースーと可愛らしい寝息をたてる部下がいる。軍人になった翼人の寿命は最高16歳と若い。戦闘機と違って装甲が無い。格闘戦になれば1発でもあたれば致命傷。
そんな子供たちを戦争に運用したのが自分だ。
過去の話はもうやめよう…。
それから私は無心で車を走らせた。
スパロス共和国(SPRO)と帝政ゲイル(IGE)の国境
メンキン平原 グローム要塞
到着したのは午前7時頃
グローム要塞の外壁に絶え間なく砲撃があたる。壁に近い地面は衝撃で揺れている。
我々、ジャルネスタ連合王国派遣兵団の基地は要塞から1キロ離れた場所に設営した。小高い丘があるためグローム要塞が突破されてもすぐには壊されないだろう。
第1航空機動小隊は早速、先発隊に組み込まれた。
「グローム要塞内壁に着けば、すぐにウィンチをカタパルトに繋ぐ!上のスパロス兵に我々共に引き上げてもらうぞ。わかったな!」
トラックで近くまで輸送したのち、全員でカタパルト2両を壁際まで押す。
絶賛、押し込み中である。
「地面は凸凹!しかも坂だし、なんでトラックで運べないの!?」
「イェン一等。つべこべ言うな!あと200メートルくらいしかないだろう!辺りを見ればトラックで来れない理由がわかるだろ!」
ノストラファ軍曹の言うとうり周囲は有刺鉄線が敷かれ、地雷も埋めてある。カタパルト1両が通れる幅の道が何本か空いているだけであった。
「着弾ちゅーいー!姿勢をさげて!」
対空中のアルネシアが隊に危険を知らせる。
数秒後、付近に流れ弾が落ちた。
それに感応し何個か地雷が誘爆する。
「地雷置いたの誰よ!ばっかじゃないの!?」
イェンが1番先に起き上がってグローム要塞の上にいるスパロス兵にハンドサインをする。
「みんな死ぬんだ。みんな死ぬんだ!」
フェッツが嘆く。
彼女は押す力もないのでカタパルトの上に乗せてある。
「ここにいるから危ない!押せっ!押して壁まで行けば降ってくる心配もない!」
「ルイス上等の言うとうりだ!押せ!今はそれしかない!」
ブレイカーズは有無も言わずただ押している。
補欠でも第1機甲師団の隊員だ。度胸はある。
それから一同は休むことなく壁際まで押し切り、ウィンチで上へ登る。
「壁上から3メータ下で固定する。そこから装備を着け、アルネシアとルイスの攻撃隊を射出。偵察はフェッツとイェン。敵砲撃陣地を攻撃隊に伝え、攻撃隊はパンツァーファウストを持って敵自走砲、もしくは駆逐戦車を破壊しろ。通常の戦車には攻撃するな。機銃でやられる。」
ノストラファ軍曹の指示が下る。
「「「「了解!!」」」」
「いよいよ、我々の出番だ!帝国の鉄塊に風穴を開けてやれ!」
いやー、決まったね。
「ルイスは怖くないの?」
「なんだと?フェッツ一等。怖いに決まってる。だけど怖い怖いって思ってたらっ!いざって時に動けなくなるんだ。」
俺は両足の太ももにプレートを着け手榴弾を6つ装着。
胸部に大型の四角いポーチが付いたアーマーをきる。
アーマーの横にAA67自動小銃(4ミリ弾10発装填ハンドガン)をつけ、反対側にパンツァーファウスト。
パイロットキャップを被り、カタパルトにのる。
もう片方のカタパルトに、胸部アーマーとAA67、双眼鏡。パイロットキャップを被ったイェンがのる。
「仰角90、射出位置正面。」
「仰角90。正面よーし。視界良好障害なし、空圧調整問題無し。固定完了、レール巻き上げ初め!」
ブレイカーズの呼称確認から内部のローラーが回り出力上昇が始まる。昇降部が下がりチャージが完了した。
「射出まで、カウント。5…4…3…2…1…発射!」
ノストラファ軍曹の号令で2名の隊員が上空へ飛び出した。
「2射目、準備開始!」
「ほらっ、フェッツ。乗るよ!ルイス達を支援しなくちゃ。」
「あ、アルネシアぁ。必ず帰ってきてよ…。約束だからね。」
「うーん、それはフェッツの誘導次第かな。」
「あー、もー。そうやって笑って誤魔化す〜。」
「貴様ら早くしろ!翼人部隊は最初の奇襲が肝心だ!帰投後からはこうも上手くいかん!」
アルネシアがフェッツの手を引きカタパルトに固定する。
「お願いします!」
「安心しろ。俺らが上手く飛ばしてやっから!大空舞ってこい!」
「はい!」
「仰角90、射出位置正面。」
「仰角90。正面よーし。視界良好障害なし、空圧調整問題無し。固定完了、レール巻き上げ初め!」
1射目と同じように呼称から始まり、カウントへ入る。
「射出まで、カウント。5…4…3…2…1…発射!」
「発射!!」
以上4名全員が無事、グローム要塞を飛び越え空へ上がる。
壁から飛び出した翼人たちを見たスパロス兵は歓声を上げる。
「ブレイカーズ、ゆりかごを運ぶぞ!彼女らの巣を作る。」
「大将、ほんとにあれを上げるんですか?いくらなんでもカタパルトに対して大きかと…。」
「設計上、問題ない!ひよっこ共を上げっぱなしで突き放す親鳥がどこにいる!いくぞ!」
ノストラファ大佐はカタパルトに付けられたロープをつたい地面へ滑り降りた。
グローム要塞内壁は100メートルを超えた巨大建造物だ。
「あのおっさん、むちゃしやがって!相棒、スパロス兵に言ってカタパルトを下げてもらえ。」
大佐はトラックの場所まで全力疾走して行った。
スパロス共和国(SPRO)と帝政ゲイル(IGE)の国境
メンキン平原 グローム要塞から上空1000メートル
彼女らは上昇限界点前に羽を広げ、高度をあげていた。
層雲に紛れて偵察し、砲撃の射出位置を割り出す。
「すぐに攻撃しなかったのは悪手だったわね!」
「でも!砲撃陣地も見つけてないのに強襲できないでしょ!」
「そうだな。敵は草木に上手く紛れている。しかも前方の敵は我々に気づいて発砲しない!読まれてる!」
「じゃあ、どうすれば!」
「このまま、飛行して敵陣に入り込む。気づいてない後方陣地から食っていけばいい!イェン、フェッツ!私たちのすぐ後方を飛べ!アルネシア、状況判断は任せた。私が先行する!」
ルイスが腰羽を曲げ、加速体制に入る。
小隊は高度を下げて速度を上げる。
グローム要塞から少し奥へ進むと警戒していない陣地を発見。
「イェン、フェッツ。無線誘導を頼む!」
「アルネシア、着いてこい。急降下爆撃を開始する。」
「「「了解!」」」
小隊は敵陣の真上の位置までの間に上昇し高度をとると、降下を開始した。
「誘導初め!降下開始、アルネシア遅れるなよ!」
攻撃隊は垂直に降下。
羽を閉じ弾丸のように身体を伸ばす。
「アルネシア!遅れています。加速してください!」
フェッツから誘導の連絡が来るが後ろをむく余裕も減速する気もない。速度が遅ければ、爆撃後の上昇時に高度がとれず迎撃を受ける恐れがあるためだ。
地表まで目測…500
200
50
今!
「パンツァァァァァァ!!」
俺はパンツァーファウストのトリガーを引く。
弾頭は轟音を上げ燃料を噴射しながら鉄塊に衝突した。
強襲により対応出来なかった帝国兵は四散していく。
アルネシアと合わせればもっと火力が出ていたが仕方ない。
上昇だ。
後方で爆発音がなる。アルネシアの攻撃も終わったようだ。
「ルイス!ルイス!こうどが…高度が上がらないの!」
無線に反応し下を見ると俺よりだいぶ下に位置している。
高度は…70ちょいってところか、低いな。
攻撃時に減速したか。
彼女の飛行能力は良くはない。高精度な射撃と頭脳の良さで評価された。
「アル!羽ばたいて上昇しろ!そのままじゃ失速する!」
「ルイス、でも被弾面積が!」
「上昇出来なければ変わらない!カバーする。上がってこい。」
俺は反転し降下した。まだ生き残った野砲がアルネシアを狙っている。標的を変えなければ。
アルネシアを横切り、先程の陣地へ再度接近する。
「こっち見ろぉ!」
AA67を正面に構え、瞳孔を縮めて目標を睨む。
手榴弾の固定を外しばら撒く。
爆風の中へ2発、発砲。
地面に足をつけた拍子に滑って転けたが立ち直して手榴弾をくらった兵士に向けて撃つ。
「しねぇ!クソドリがぁ!」
「うるさい。」
帝国兵の顔を撃ち抜く。
2発のパンツァーファウストと6個の手榴弾により生き残った兵士は少なく、残り7発を撃ち切るまでは至らなかった。
「小隊各位に連絡。敵砲撃陣地は壊滅、これより上昇する。」
「ルイス。アルネシアは無事に上昇完了。怪我もない。ちょっ自分の無線で……ごめんねルイス!ごめん、ごめん!」
「アル、いいよ。無事ならそれでいい。今、君らを下から見上げている。そこまでは遠いな…。やっぱり空が1番だ。」
「了解。上昇の援護をするわ。フェッツ、偵察をお願い。イェン、高度500まで下げて支援。私はルイスの近くまで下がるわ。」
「そこまでしなくていいのに〜。フェッツ〜。交代してよー。」
はぁ、疲れた。
1回目にしては上出来か…。
「t…ツー…あ、あー。第1航空機動小隊各員聞こえるか。ハーピー・ワンだ。ゆりかごが到着した。B22まで下がり補給を受けろ。高度4000ftで向かってこい。到着すれば分かる。」
突然、ノストラファ軍曹の声が聞こえた。
やっと来たか、大佐の秘策が…。
「ルイスー!上がってきてー!」
俺の頭上に真っ黒の翼人が飛んでいる。
よし、休憩は終わりだ。
「今行く!私の合流後、地上から約1200まで上昇。B22へ向かう。」
「了解!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ジャルネスタ派遣兵団 第1航空機動小隊
出発前の隊員を写した写真
左から
ルイス、アルネシア、イェン、フェッツの順
第1航空機動小隊 急襲兵装
写真はフェッツ・サージェント1等
アナログで申し訳ない。