【コミカライズ】救国の聖女は愛だけを望む
「救国の聖女ですが、国外追放されちゃいました~!? アンソロジーコミック」に収録されることになりました、ありがとうございます!
この世界には魔獣と呼ばれる恐ろしい存在がいた。
人に害をなす魔獣を討伐するため、国から派遣された騎士団が遠征に出向いていた。
私も医療チームの救護スタッフとして、遠征に参加していた。
余裕だと言われていた討伐任務。
進行も順調ですぐにでも城に帰れるだろうとの見方が大半であった。
しかし魔獣の数は当初の想定を大きく超えており、騎士団員は疲弊しきっていた。
「アンリエッタさん、怪我をした騎士がもうじきこちらに運ばれてきます。
治癒魔法の準備をお願いします」
救護スタッフのテントに運ばれてくる騎士は多く、目が回るような忙しさであった。
もはや新たな患者を受け入れる余裕はない。
それでも怪我をした騎士をひとりでも多く癒すのが、救護スタッフの役割である。
私は気合を入れ直す。
「何時になったら、この戦いは終わるのだろう」
「俺はまだ死にたくねえ。
街に残してきた家族だっているんだ」
簡易テントに集まった怪我人の表情は暗い。
戦う力のない私に出来ることは、気休めレベルの治癒魔法をかけて励ますことのみ。
多くの救護スタッフが歯がゆく思っていたが、それが治癒魔法の限界。
だからこそ祈らずにはいられなかった。
(こんな戦いが一刻も早く終わりますように)
(この遠征に参加した全員が、無事に帰れますように)
どうしようもない現実を前に、神に縋るなど情けない行為だろう。
だとしても国のために命懸けで戦い、日々疲弊していく騎士団員のため。
こうして祈ることを止められなかったのだ。
そして奇跡は起きた。
魔獣に味方していた黒い霧が晴れ、天から太陽が顔を覗かせる。
両手を組んで天に祈れば、光が差し込み魔獣の群れを一掃した。
それは儚くも幻想的な光景であった。
この世界には神様がいるのかもしれない。
目の前の非現実的な光景を前にして、私は呆然とそう思う。
「――奇跡だ」
誰かがポツリとそうつぶやいた。
「聖女様だ」
「神が遣わした救国の聖女だ!」
「なんと神々しい!」
そんな言葉が騎士団員の中に浸透していった。
その奇跡は魔獣討伐の依頼をあっけなく終わりに導いた。
聖女とは戦場に奇跡をもたらす者。
魔獣討伐の任を果たした騎士団は、意気揚々と王城に凱旋した。
そして"奇跡"の噂は瞬く間に広がり、
――私はこの国の聖女となった。
◇◆◇◆◇
私が聖女になり1年の月日が流れた。
国からの期待に応え、私は聖女として精力的に活動した。
魔獣討伐の依頼には率先的に参加し、豊穣の祈りも欠かさなかった。
生まれてからの16年の日々でもっとも忙しく、充実した日々であった。
今や聖女はこの国の宝である。
「アンリエッタ様、本当によろしいのですか?」
「メアリー、ありがとう。
でも丁重にお断りしておいて?」
「もう、本当にアンリエッタ様には欲がないんですから……」
ここ1年で聖女の果たした役割は大きかった。
否、大きすぎた。
聖女を国に繋ぎ止めておくため。
国の財を使って様々な贈り物が届けられた。
豪華なドレス。
ふかふかのベッドに眩い宝石。
国の有力デザイナーが手がけたアクセサリー。
望めば何でも与えられた。
「どんな綺麗な宝石も、高名な方が作った装飾品も。
価値が分からない私が持っていても仕方ないわ」
元・孤児の私には過ぎた贅沢だ。
望めば何でも与えられる環境にいながら、私は何も求めなかった。
だって本当に欲しいものは、決して手には入らないと知っているから。
早々に孤児院に預けられた私には、家族との記憶がなかった。
院長さんは良い人だったし、とても大切にされたと思う。
それでも本物の家族というものに憧れた。
人の暖かさが欲しかった。
ぬくもりが居場所が欲しかった。
無条件な愛が欲しかった。
もちろん今の生活に不満はない。
これ以上を望んだら罰があたってしまう。
「ねえ、メアリー。今日の晩御飯は、一緒に食べましょうよ?」
「私はただのメイドにございます。
聖女様と並んで食事をするなど、到底許されることではありません」
恭しく一礼をするメイドのメアリー。
一流の料理人により作られた豪勢な食事。
料理人が趣向を凝らしたそれも、何人もが毒味を終える頃にはすっかり冷めていた。
私は広々としたテーブルにひとり座り、冷え切った食事をもそもそと口に運ぶ。
メアリーは、直立不動で待機していた。
(誰かと一緒に食べた方がおいしいのに)
この国を守護する聖女という肩書きはあまりに重たい。
聖女は崇めるものなのだ。
誰もが恭しく、壊れ物を扱うよう丁重に触るのだ。
◇◆◇◆◇
ある日のこと。
「アンリエッタ様、パーティーへの招待状が届きました」
「……何故、私に?」
王城でパーティーが開かれるという招待状が私のもとに届いた。
困惑してメイドのメアリーに尋ねると、
「聖女への日頃の感謝を示すためのパーティーです。
アンリエッタ様のために、王国中から名立たる出し物が集められたお祭りなんですよ!」
主人のための国を上げてのお祭り。
メアリーは誇らしそうにそう語った。
楽しそうなメアリーとは裏腹に、私は憂鬱であった。
聖女といっても貴族のマナーには疎い。
華々しい令嬢と談笑しながら、世間話に話を咲かせ情報収集を行うのが貴族のパーティーである。
到底うまく対応できる気がしない。
「メアリー、このパーティーは欠席することは出来ないかしら?」
「パーティーの主役は聖女様です。
休んだら普通に再調整されると思いますよ?」
げっそりした。
そう言われてしまえば、覚悟を決めるしかない。
嫌なことが待ち受けているときほど、月日の流れは早いものだ。
あっという間にパーティーが開かれる日となった。
名のある吟遊詩人の語りに、歌姫による見事な歌唱。
料理人の腕が存分に振るわれた香ばしい料理の匂いは食欲をそそる。
煌びやかに飾られた装飾は、会場の空気に馴染んでおりセンスが良い。
私は特等席に座らされた。
隣には王子が座り、聖女と王子の仲睦まじい様子を演出する。
国の将来が安泰であることを印象付けるためだ。
その意図に気が付き、私もどうにか笑顔を作り談笑を続ける。
私のために開かれたパーティといいつつ、その中身はただの王国自慢。
自慢げに演目について語る王子に悪気はないのだろうが、
(落ち着かない……)
視線を感じる。
一挙一動を見られているのだ。
あらためて実感する。
望む望まざるにかかわらず、聖女はこの国の中心にいる。
ようやく出し物が終わる。
ようやく息を付けるかと思ったのも束の間。
待ってましたとばかりに、名のある貴族のご子息が次々と私に挨拶をしにやって来た。
「お目にかかれて光栄だ、救国の聖女殿。
地上に舞い降りた天使のように美しい」
「これは丁寧にありがとうございます」
誰もが似たようなことを言い、私を最大限に持ち上げる。
貴族のマナーなんて分からないので、私はペコペコと頭を下げていた。
もっともそれを馬鹿にする者もいない。
ひたすらに媚びた視線を向けられた。
内心では嫌気が差していたが、それを表に出すことはしなかった。
うんざりしてパーティー会場を見渡すと、ふと視界に入った光景があった。
仲睦まじそうに微笑み合う少女と少年の姿。
一世一代の決心をするように少年がダンスに誘い、少女は照れながらも受け入れる。
この世の幸せ全てが凝縮されただらしない笑顔を浮かべる2人。
あまりに初々しい光景。
――どれだけ願っても、私には手の届かない光景。
「いつか私のことを見てくれる人が現れるのかしら……」
ぽつりと口をついて出た言葉。
私はため息をつく。
私の回りにはたくさんの人が集まっていた。
救国の聖女という肩書に惹かれた人間たちだ。
誰もが聖女を求めていた。
私の事なんて誰も見ていない。
己の権力に繋がる聖女の力のみを欲しているのだ。
誰よりも注目を集めながら、私は誰よりも孤独であった。
◇◆◇◆◇
疲れを理由に、私は早々にパーティ会場を抜け出した。
「アンリエッタ様はとても魅力的です。
いつか素敵な殿方が現れますよ」
私の表情から何があったのかを悟り、メアリーがそう慰める。
「良いんですよ、無理に慰めなくても。
国を支える力になれるなら本望です。
今の生活には本当に満足してますから」
そう自分に言い聞かせる。
手に入らぬものを望むより、今を最大限に楽しむ努力をするべきだ。
そんなことを考えながら自室に帰る途中。
角を曲がったところで、私は突っ込んでくる何者かにぶつかり吹っ飛ばされた。
ついでに相手も盛大に吹き飛ばされる。
大事故であった。
「い、いたたた……。
君! そんなにところでボサっとして、危ないじゃないか!」
「んな!? アンリエッタ様になんと失礼な」
怒るメアリーをなだめて、私は相手に視線を送る。
エメラルドグリーンの瞳に、小麦色の髪の毛。
まだ幼さの残るあどけない顔立ちをした少年が、お尻を抑えながら立ち上がる。
それからムスッと不満そうな顔を私に向けてきた。
「すいません、私の不注意でした」
「気を付けろよ?」
口では文句を言いながらも、少年は私に手を伸ばす。
年齢は私より少しだけ下に見える。
特徴的なのは剣ダコのできた大きな手であろうか。
「騎士ですか?」
「元、だけどね」
ますますムスッとした表情を浮かべる少年。
騎士、と呼ばれるのが嫌なのだろうか?
「お名前を聞いてもよろしいですか?」
「ライトだ。
追放騎士ライト、って言ったら有名だろう?」
自嘲するように少年は呟いた。
私は首をかしげる。
「聞いたことがない名前ですね」
「こんなパーティーに参加していて、俺の名前を知らないなんてな。
騎士団を追放された騎士なんて、社交界じゃ絶好のネタだと思ってたよ」
貴族は人の醜聞が大好きな生き物だ。
落ちぶれた者を嘲笑い、面白おかしく話す人も多いと聞く。
「私はただの平民ですので。
社交界の事情には疎いんです」
「平民がどうしてこんなパーティーに招待されたんだ?」
私が聖女であることに気がついていないのだろう。
「遠征には救護スタッフとして参加していました。
今日は労いで参加を許されたんです」
出来れば知られたくない。
私は無意識に誤魔化すような返事をしてしまう。
「ただの救護スタッフがねえ。
そのドレスなんか、なかなか着慣れてるように見えるぜ?」
「そこにいるメアリーのお陰です。
どこから見ても令嬢みたいでしょ?」
「……まあ、喋ると台無しだけどな!」
余計なお世話だ。
ムっとした顔をしてみせると、ライトはおかしそうに笑った。
思ったことが素直に顔に出る彼との会話は、とても新鮮だった。
(ただの世間話なのに。
聖女としての義務も打算もない。
何てこともない会話が、これほど楽しいなんて)
彼の視界には救国の聖女ではなく、たしかに私という存在が映っている。
「今日のパーティーには、聖女様も参加しているそうだ。
俺たちにとって、まさしく救世主だ。
失礼がないようにしないとな」
突然出てきた聖女の話題。
ごほっ、とむせてしまう。
「そんなに凄いんですか、聖女様って?」
「凄いなんてもんじゃないさ!
聖女様のおかげでこの国は救われたんだ」
私は自分に出来ることをしただけ。
"聖女様"に対するその評価は、私にはあまりに重たすぎる。
「国を救ったなんて。
救国の聖女なんて呼ばれていますが、少し大げさではありませんか?」
「大げさなもんか!
国を救うような偉業を成し遂げながら、見返りは何も求めない。
まさに清廉潔白、清らかな心の持ち主さ。
その美貌と儚い笑顔に心を撃ち抜かれた騎士は数知れず。
俗な人間には触ることすら許されない、神が遣わした女神のように神々しいお方なんだ!」
キラキラした顔で憧れの聖女様について語るライト。
誰のことだそれは、と思わず乾いた笑みが出てしまう。
「聖女様の祈りのおかげで、騎士団員の犠牲者は格段に減ったんだ。
天に祈りを捧げる姿は、何度見ても勇気付けられた。
手を合わせると光がフワーっと昇って、幻想的なんだ」
「はあ……随分と凄いんですね」
まるで自分のことではないみたい。
他人事のように話を聞いていると、
「その気のない返事は何だよ。
この国で魔獣に怯えず平和に暮らせてるのはに、すべて聖女様のおかげだっていうのに。
君もしっかり感謝しろよ?」
大真面目な顔で説教されてしまった。
それだけ熱く語っておいて、当の本人が目の前にいるのに気づかないのはどうなんだ?
「聖女様と実際に顔を合わせたことはないのですか?」
「そんな、恐れ多いことができるか!
護衛も付いてるし、遠くから眺めてるだけでも幸せなんだ」
どこまでいっても聖女は崇拝の対象なのだろう。
目の前の少年も、私が聖女だと分かればガラリと態度を変えるのだろうか?
(それは嫌だな)
せっかく気兼ねなくしゃべれる間柄になったのだ。
「もし、聖女様がライトの期待するような完璧な人間じゃなかったら。
あなたはどう思いますか?」
「どう思うってのは?」
「聖女の噂なんて嘘っぱちで、どうしようもなく普通の人間だったなら。
……騙されたと怒りますか?」
「どうして怒るなんて話になるんだ?」
心底不思議そうにライトは首を傾げる。
「どうしてって……」
「それで騙されたと言うのは、あまりに身勝手すぎるだろう。
期待を押し付けたことを謝っても、怒るなんて有り得ないよ」
当たり前のようにライトはそう答える。
「ライトは優しいんですね?」
「普通の考え方だと思うぜ?
身勝手な期待を押し付けて怒るやつも、この国には多そうだけどな。
国の救世主なんて祭り上げられて、聖女様も本当は苦労してると思うんだ」
そのとおりです。
私はライトをまじまじと見返してしまいました。
聖女を崇める者。
聖女の権威を狙う者。
救国の聖女の力が望み通りでなかったとき――彼らは口を揃えてこう言うだろう。
「こんなはずじゃなかった」と。
役に立たないならポイッと捨てられる、そんな打算のみで繋がった関係性を想像していた。
(ああ、そんな風に考える人もいるんだ)
そんな繋がり以外のものを諦めてしまったからこそ。
過度な期待してしまったことを謝るというライトの答えは、ひどく印象に残ったのだった。
「そろそろ向かわないとパーティーが終わってしまう。
パーティー会場はどこだ……?」
「ええ……!? これから向かうところだったんですか?
そこの角を右に曲がって――」
私の大雑把な説明をもとに、少年はパーティー会場へと向かっていった。
「また会えますか?」
この束の間の語らいは、私にとってかけがえのないもので。
気がついたら口に出して尋ねていた。
「不思議と君にはまた会う気がするよ。
次は遠征で、かな?」
ライトは無邪気な笑みを浮かべる。
再会を約束するにはあまりに血生臭い場所。
(少なくとも嫌がられてないみたい)
それだけで安心した。
「アンリエッタ様、なんだかうれしそうですね?」
「分かる?」
「これ以上ないほどに、ゆるんだ顔をしていらっしゃいますから」
メイドのメアリーに言われて、私は顔を引き締める。
聖女として情けない姿は見せられない。
誰しもが憧れる姿を保ち続かなければならない。
――そう思っていた時もありました。
◇◆◇◆◇
聖女の役割がある私は、騎士団の任務についていくことも多かった。
特に魔獣が多く出現する危険な地帯に行くほど、聖女の力は切り札となる。
今回の依頼も国境付近の魔獣の討伐。
見晴らしの良い高台での祈りを終え、私は用意されたテントへ戻ろうとしていた。
辺りは既に薄暗く見晴らしも悪い。
(健康管理も聖女の重要な仕事。
休めるときはしっかり休まないと)
そんなことを考えながら歩いていた。
だから見覚えのある少年を見つけてしまったのは本当に偶然であった。
夕飯時なのだろう。
騎士団員から外れてポツリと焚き火を囲む4人ほどのグループがあった。
その中にライトの姿を見つける。
こっそりと近づく。
仲間としゃべるライトは楽しそうに夢を語っていた。
自らの剣で大切な物を守り、信念を持って剣を振るうのだと。
ライトの回りには笑顔が溢れており彼の人柄を感じさせる。
(追放騎士、ライト……)
信念を貫く真っ直ぐさと、にも関わらず付けられた不名誉な称号。
彼への興味は尽きない。
すぐテントに戻って明日の準備をしなければならない。
そう思うのに、私の足は縫いつけられたようにここを離れなかった。
せっかく再会したのだ。
もう一度話したい、そう思ってしまったのだ。
さらに偶然は続く。
「君はあの時の――!」
目ざとく私を見つけて駆け寄ってくるライト。
どうやら救護班の一員だという私の嘘を信じたのだろう。
私がここにいることに疑問を持つことはなかった。
「あ、私はミントです!」
聖女であることを知られたくないという無意識の判断か。
とっさに偽名を名乗ってしまった。
「本当に救護スタッフだったんだね。
ドレス姿も似合ってたけど、そちらの方が自然体に見える」
「私もこの方が落ち着きます」
国から送られた聖女の着物は、遠征には不向きだと置いてきていた。
今の私は救護スタッフが着る真っ白な衣に身を包んでいる。
「せっかく再会したんだし。
ちょっとだけ話していこうよ!」
「ちょ、ちょっと!?」
彼の中でどんな判断が行われたのか。
彼は私の手を引くと、強引に仲間の待つ場所へと連れて行った。
「ちょ、アンリエッタ様?」
「今日はもう戻ってもらって結構ですよ」
慌てた様子の護衛に私はそう返す。
戦場で疲れた騎士団員を癒すのも、きっと聖女の役目。
だからこうして騎士との会話に興じるのも、また聖女の役目の一環なのだ。
(うん、強引な理屈だけどきっと間違ってはない!)
「いきなりこんなことをされては困ります」
(今日は何を話すんだろう?)
ライトに強引に連れていかれたという体を取りながら。
私は期待に胸をときめかせていた。
そしてあっさりとライトのパーティーに迎えられた。
彼は「遠慮しないで座ってよ」と仲間たちと一緒の席に着くことを勧めてきた。
ライトの班員であろう仲間たちは、口をあんぐりと開けて私を見た。
(バレてる、バレてる!)
どうも聖女だと気づかれたようなので、私はシーッと口に手を当ててジェスチャー。
彼らはコクコクと頷いた。
「みんな、どうしたんだよ?」
「いや、あの。ライト……?」
「なんだよ?」
不思議そうに首を傾げるライトへと、生暖かい視線が注ぐ。
「この子がさっき話した、城で会った不思議な女の子だよ。
こうして見てると何処にでもいる救護スタッフなんだけどな?
城では貴族の令嬢みたいな雰囲気だったんだよ」
「褒めてるんですか? 貶してるんですか……」
「まるで貴族の令嬢みたいだったと褒めてるんだよ。
……本当に、こうして再会するなんてな。
不思議な縁もあったもんだ」
「たまたまってあるものですね!」
実のところ聖女の権威を利用して、追放騎士・ライトの名前があった場所に同行させてもらうようにお願いした。
見かけたのは偶然だが、再会は必然だったとも言える。
それでも私は笑顔で相槌をうった。
今日も楽しそうに話すライト。
そんな笑顔の似合う彼と、「追放騎士」という言葉が脳内で結びつかず――
「追放騎士、でしたっけ?
いったい何があったんですか……」
「ええ、それ聞いちゃう?」
デリケートな話題かもしれない。
それでもライトなら許してくれるのではないかという期待。
案の定ライトはおどけてみせた。
「無理にとは言いませんが……」
「なら想像に任せするよ。
な~に、下らないことさ。
酒場の席で酔っぱらって上官をぶん殴っちゃったとか、そんな感じ!」
へらりとライトは笑ってみせる。
それが何かを誤魔化そうとしているようで……
「全ては聖女様のためだったんだよ。
ライトの行いは人間としては正しく――騎士団員としては間違っていた」
「おい、やめ――」
そう語りだしたのは、ポルクというライトの班員であった。
気の弱そうな小太りの少年は、まん丸な顔に不満の色を覗かせる。
(え、どうしてそこで聖女の名前が出てくるんですか?)
私の疑問に対する答えはすぐに与えられることとなった。
「騎士団の中では、聖女をどう扱うべきかって意見が割れててね。
もっとギリギリまで酷使するべきだ、という過激な意見もあったんだ。
国や騎士団の安全だけを最優先にするなら、それが最善だと考える人も多かったからね」
ポルクの口から語られるのはあり得た未来。
国を守るための道具として、人権すら認められず奴隷のように働かされる未来。
ゾッとしながらも、私は話の続きを促す。
「国のために聖女様を犠牲にするなんて間違ってる!
ライトはそう主張し続けた。
己の持ちうるコネを全て使って権力者に掛け合った。
強引すぎて敵を作ったかもしれない――そして聖女様の人権を守り抜いたんだ」
(私はいつの間にかライトに助けられていたんですね)
私がこうして穏やかな生活を送れているのは誇張抜きにライトのお陰。
「す、素敵な話じゃないですか。
どうしてそれで追放なんて話になったんですか?」
「身勝手な理由で騎士団の害になる行動を取ったんだ。
騎士団長の意向に真っ向から逆らった。
……反感を買って嵌められたんだよ」
騎士団長・アルベルト。
ライトを追放した人物の名前を、ポルクは憎々しげにそう吐き出した。
「かたっくるしい騎士団なんて、もともと俺には合わなかったんだ。
こうして傭兵になれて清々したね」
一方のライトは、仲間の憤りをよそにあっけらかんと言う。
「君らこそ、俺についてくる必要なんてなかったんだぜ?」
「おいおい、冗談きついぜ。
今更、ライト以外のリーダーなんて考えられないぜ」
ライトの側にいた大男が、そうライトへの忠誠を口にする。
こうして焚き火を囲んでいるのが、追放騎士を追いかけて結成された傭兵グループであることを私は知る。
断片的な会話からも、彼らが堅い絆で結ばれていることが感じられた。
私が少しだけ疎外感を覚えていたところに、
「ほら、焼けたぜ。
せっかくだし食べていってくれ」
ライトがそういいながら、何らかの肉を差し出してきた。
毒々しい色をした得体の知れない肉。
「……何ですか、それ?」
「今日いっぱい倒したムカデ型の魔獣。
こうして捌けば、なかなか旨いぜ」
「げっ、魔獣の肉ですか?」
「そんな嫌そうな顔するなよ。
案外いけるぜ?」
どん引きした私を見て、さもありなんとライトの仲間たちも同意。
ライトはゲテモノ好きなのだろうか?
「結構です!」
「なんだと。せっかく焼いた俺の肉が食えないと言うのか!?」
「当たり前です。
絶対おなか壊すやつじゃないですか!」
「慣れだ、慣れ。
好き嫌いばっかりしてたら、いつまで経ってもムカデの肉は食えないぞ!」
今、そのムカデ肉動きませんでした?
ギャーと悲鳴を上げそうになるのをどうにかこらえる。
遠慮の欠片もない返し。
この受け答えは聖女として相応しいのだろうか――そんな枷のない自然な会話。
不思議だった。
ポンポンと会話が弾む。
「ライト、あんまり悪乗りしてるとミントに嫌われちゃうよ?」
「え……」
「はい、ミントちゃん。
騎士団支給のカプセル剤。
あんなムカデ肉より、こっちのほうが良いよね?」
「勿論です。
ありがとうございます、ポルクさん」
はじめは聖女様相手だから、と遠慮していた班員たちも話に加わり始める。
いつの間にか私たちは意気投合し、笑顔で焚き火を囲んでいたのだった。
心を許した誰かと食べるご飯は、やっぱり美味しい。
そんな当たり前の事実を思い出す。
「アンリエッタ様、それ以上は許されませんぞ」
夜も遅くなり、護衛がしびれをきらして注意してくるまで。
私は騎士団員たちと束の間の会話を楽しんだのだった。
◇◆◇◆◇
それからというもの。
私は聖女の権限をフル活用してライトたちをストーカーした。
自らの任務をこなしたら、キョロキョロと彼の姿を探すようになっていた。
特別なことは何もない。
ただ他愛ないことを話すだけの時間。
聖女であることを隠したまま、交流を続けることに罪悪感もあった。
その時間は私にとってはとても大切なもの。
かすかな罪悪感を抱きながらも、彼を探すことを止められなかったのだ。
「聖女様、もうおやめ下さい。
あのような不浄なものと関わり続ければ、聖女様の信頼に関わります」
「国から頼まれた依頼は、きちんとこなしています。
私が誰と話すのも勝手なはずです」
困ったように私を諭すのは騎士団長のアルベルトであった。
追放騎士と聖女が親しくしている。
その噂を聞いて苦い顔をした者は多かった。
ライトを追放したアルベルトはその筆頭であった。
聖女の行動によりライトが権力を手にしたら、ライトを嵌めて追放処分を言い渡した自分はただでは済まされないと考えたのだろう。
「その愚かな振る舞いを、これ以上続けてみろ。
しまいには聖女としての地位を失うことになるぞ?」
焦ったアルベルトは、ついに直接的な脅しまで口にした。
「私も追放しますか?
ライトを騎士団から追放したように」
ギリッと歯ぎしりするアルベルト。
敵意を持たれてしまったが、関係を修復しようとも思わなかった。
それからというもの。
私の興味をライトから他に向けようと、様々な試みがなされた。
アルベルトの意向と、権力欲にギラつく他の大貴族の思惑がかみ合ったのだろう。
頻繁に聖女をもてなすための慰問パーティーが開かれた。
贅を尽くした盛大なもてなしは、ちっとも私の心を動かさなかった。
どのような美辞麗句も寒々しく耳を通り過ぎていく。
下心が見え見えで、ただただ空虚なのだ。
やたらと縁談が舞い込むようにもなった。
婚約者をあてがい、国に繋ぎ止めようという思惑だ。
出会ったばかりの男性に愛を囁かれて、何を信じられるというのか。
私は曖昧な笑みを浮かべて、お茶会が終わるのを静かに待つ。
(ライトたちは何してるのかな)
思い浮かべるのは追放騎士の姿。
今日も彼らは国のために、魔獣と戦っているのだろうか?
◇◆◇◆◇
「アンリエッタ。
貴様が偽聖女だということは、既に調べがついている。
よくもこれまで騙してくれたな!」
いつものように魔獣討伐の依頼をこなし、城に戻ったある日。
私を迎えたのは激昂した王子による断罪の言葉であった。
王子の隣にはアルベルト。
ライトに追放を言い渡した男は、自らの立場を守るためには他者を蹴落とすことにも躊躇がないらしい。
私を思い通りに動かすことができなかったため、排除する方向で動き始めたらしい。
「偽聖女というのはどういうことですか?」
「とぼけるな! すべて騎士団長が話してくれた。
貴様は我が国が誇る騎士団員の成果を、あたかも自分の実績であるように報告していたな!」
王子に見えないよう、アルベルトはにやりと歪んだ笑みを浮かべる。
「聖女が好き勝手に豪遊するせいで、財政難に陥っているとも聞く。
我が国でこれ以上の好き勝手は許さない!」
そんなはずはない。
国から与えられる報酬は、基本的には全て断ってきた。
私のためにという名目で開かれるパーティーも、胃に悪いので止めてほしいと繰り返しと伝えてきたはずだ。
アルベルトの息のかかった者が、意図的に悪意のある報告を上げたのだろう。
「聖女、いいや偽聖女・アンリエッタ。
国を混乱に陥れた貴様は、世紀の大罪人だ。
速やかに我が国から立ち去るが良い」
王子から言い渡された追放刑。
言い渡されて気づく。
驚くほどに、この国に未練がないことに。
これまでの恵まれた生活。
すべては聖女を国につなぎ止めるための打算にまみれたもの。
何の信頼関係もない打算だけで繋がった寒々しい関係だったのだ。
「分かりました。
私の要求を呑んでいただけるなら、私は追放刑を受け入れます」
「貴様! 何か要求ができる立場だと思っているのかっ!?」
王子は不愉快そうに怒鳴ったが、
「あやつは聖女と誤認されるほどの光魔法の使い手。
戦いになったら我が兵の消耗も免れない。
要求とやらを聞きましょう」
アルベルトはそう言って強引に話を進める。
この場で話を終わらせたいという魂胆が見え見えであった。
「……最後に、ライトに会わせてくれませんか?」
国を追放されたら二度と会うことは出来ないだろう。
せめて別れを告げさせて欲しい。
ただ居場所が欲しかった。
聖女の肩書きでなく、私自身を見てくれる人が欲しかった。
愛が、ぬくもりが欲しかった。
「認めよう」
追放者同士が会ったところで、今更何もできまい。
そう判断したのだろう。
「もう少し賢ければ、幸せな最期を迎えられただろうにな」
私の要求を聞いたアルベルトは鼻で笑った。
厄介ごとが片付いたと満足げな表情。
その様子を見て私は少しだけ哀れに思った。
権力のみに固執し突き進んだ先には、いったい何があるのだろうか。
私の行動は、傍から見ると愚かなのかもしれない。
愚かでもバカでも構わない。
誰が何と言おうと、私にとって大切なことは私にしか分からない。
◇◆◇◆◇
偽聖女・アンリエッタの話は、瞬く間に国中に広がった。
ライトたちは混乱していた。
自分たちが見てきた"奇跡"は、決して偽物なんかではない。
戦場に降り注いだ神々しいまでの光を鮮明に思い出せる。
混乱しているライトたちのもとに、国からの勅命が届く。
それは偽聖女が会うことを望んでいるという知らせ。
「ライト、今日は別れを言いにきました」
追放されることになった偽聖女との待ち合わせ場所。
そこに現れたのはミントと名乗った、顔なじみの少女であった。
◇◆◇◆◇
「ライト、今日は別れを言いにきました」
追放刑を言い渡されたときは、何も感じなかったのに。
この人ともう二度と会えない。
そう思うと、私は胸をギュッと締め付けるような切なさに襲われた。
(遠征でときどき会う間柄で良い。
これからもずっと一緒に居たかった)
彼の傍は居心地が良かった。
今更になって気づいてしまう。
こんな最後に気がついても、もう手遅れだというのに。
私は、この人のことが――
「に、偽聖女ってどういうことだよ?」
当然のように混乱しているライトに、私は今更ながらにポツリポツリと話し始める。
「黙っていてごめんなさい」
「……何があったか話してくれるよな?」
驚いたライトの視線は、凍りつくほどに冷たく鋭い。
自らの立場をずっと隠してきたのだ。
当然の怒りだろう。
「騙すつもりはなかったんです。
ライトの傍は、聖女の立場を忘れて過ごせる大切な場所でした。
いつか話さないといけないとは思っていたんです。
でも変えたくなくて。
楽しい時を終わらせたくなかった」
懺悔する私の言葉をライトは、
「いや、それは良いんだけど……」
と遮った。
頭にクエスションマークを浮かべる私に、
「騙してたのは俺も同じだしな」
困ったようにライトは頭を掻いた。
「ど、どういうことですか?」
「ごめん、ミント。……いや、アンリエッタ。
最初に会った時から、君が聖女だってことには気が付いてたんだ」
ライトは、バツが悪そうに目線をそらす。
それから燃えるような目線でこちらを見ながら、
「そんなことより。
聖女様を国外追放だと!?
この国はいったい何を考えてやがるんだ!」
怒りを隠そうともせず吠えるように。
「いやいや、そんなことより。
気づいてたってどういうことですか?」
「国外追放をそんなこと呼ばわりかよ!?」
当然だ。
まるで優先順位が違う。
「どうして私の正体に気付かないフリをしてたんですか?」
「どうしてって……。
だって、その方が嬉しいんでしょ?」
恥ずかしそうにライトはそっぽを向いた。
「え?」
ぽかんと聞き返した私に、ライトは言葉を続ける。
「聖女様――アンリエッタは、いつだって寂しそうにしてた。
誰かに『聖女様』って呼ばれるたびに、悲しそうな顔をしてた」
「そんなことは……」
否定はできない。
そんな印象を与えてしまった時点で、それは私の落ち度だ。
「言えなかったのは、俺の方だ。
憧れの聖女様とお近づきになれるかもしれない。
気が付かなかったフリをしたのも、最初はちょっとした思いつきだったんだよ。
それがあんなに嬉しそうな顔をされちゃうとさ――」
「初めてでしたから。
聖女、という肩書き以外の部分を見てくれた方は」
心躍るような時間だった。
慰問パーティーの帰り道のことは今でも鮮明に思い出せる。
「俺も嬉しかったんだ。
憧れてた人が、俺だけに笑顔を向けてくれる。
誰にも見せていない表情を浮かべている。
――その表情を、いつまでも独り占めしたいと思ってしまったんだ」
聖女だと知られていないと思っていたからこそ、あそこまで気楽に振る舞えた。
相手が自分を聖女だと認識したなら、私の方から壁を作ってしまったかもしれない。
「そんなことを考えていたんですね」
「特別でありたいと思ってしまったんだ。
見ているだけで幸せだ、なんて言いながら強欲だよな。
ああして話す時が、本当に心地よかったんだ」
刹那の楽しい刻を守るための小さなウソ。
両者の秘密は奇跡的なバランスで保たれ、煌めく宝石のような大切なひとときを生み出したのだ。
「私も同じです。
ここでライトと過ごす時が心地よかった。
この国でどれだけ望んでも得られないものを、ライトは与えてくれる気がしましたから」
「どれだけ望んでも得られないもの?」
「……秘密です」
私はライトが好き。
愛する人に愛されたいなんて、聖女らしからぬ俗な願い。
ましてこれから国を追放されようとしているのに、伝えても困らせるだけ。
この想いは、最後まで胸の奥にしまっておかなければならない。
「俺のことは話した。
次はアンリエッタの番。
国外追放のこと、話してもらうよ?」
気になって仕方がないとばかりに、再度ライトが私に聞く。
「私の番と言われても。
何も面白いことはありませんよ。
ふつうに騎士団長に偽聖女の汚名を着せられて追放されただけです」
ライトに権力が戻ることを恐れたのが動機だというのは伏せて。
私は事情を話した。
あまりに私がどうでも良さそうに話したからだろう。
ライトはポカンと口を空けていたが、やがて表情を無くしただひと言。
「またあの野郎か。
よし、殺そう」
「ライト!? 落ち着いて!」
慌てて止めに走る。
ライトの仲間にも助けを求めた。
「アンリエッタこそ、なんでそんなに落ち着いてるのさ?
そんな目に遭わされて、黙って泣き寝入りなんて間違ってる。
そんな明らさまな冤罪、俺が晴らして見せる」
騎士団長は狡猾です。
下手に楯突こうものなら好都合と、今度は処刑されかねません。
「馬鹿なことをしようとしないでください!」
「馬鹿な事とは何さ!」
必死に止めようとする私に、ライトはムキになってそう返す。
ライトは聖女の待遇を改善するために、追放騎士などという不名誉な称号を付けられる羽目になったという。
これ以上、彼の人生を犠牲にすることはない。
「こうして私のことを信じてくれる人がいるだけで救われました。
結局、私は国が望むような聖女ではいられなかった」
たった1つのわがままを押し通した結果だ。
何の後悔もない。
「……本当にそれで良いのかよ?」
「聖女と国は、所詮は打算だけで繋がった関係。
期待に応えられない以上、然るべき対応が取られただけ。
私としても、この国には何の未練もありません」
私の言葉が、強がりでもなんでもないことが分かったのだろう。
ライトはギリッと唇を噛んだ。
そして――
「なら、せめて付いていくことを許してくれないか?」
緊張した様子でそう切り出した。
「ど、どうしてそんなことを?」
あまりにも都合の良い言葉に、思わず耳を疑った。
呆然とする私に畳みかけるように、
「こんなふざけた理由で会えなくなるなんて、絶対に嫌だ。
追放された身ではあるけど、腕には覚えがある。
絶対に役に立ってみせる。
頼む、連れて行ってくれ。この通りだ」
ライトは、ついには頭を下げて私に頼み込む。
あまりの事態に頭が追いつかない。
都合が良すぎて、夢でも見ているのかと疑ってしまう。
「良いんですか?
国外追放ですよ、二度とここには帰ってこられないんですよ」
「覚悟の上だ」
ライトはどこまでも真摯に頭を下げる。
心の奥底ではずっと願っていた。
願いながら、身勝手過ぎて自己嫌悪に陥った。
「そ、そんなこと私にだけ都合の良い話。
本当に良いんですか?」
「俺のことは何も心配しないでください。
気の毒に思うなら、どうか俺の手を取ってください」
それなら――
「こちらからお願いします」
消え入りそうな声で。
私はライトの申し出を受け入れた。
「絶対に後悔はさせない。
誰が相手であっても指一本触れさせない。
――必ず幸せにしてみせる」
返ってきたのはそんな誓いの言葉だった。
◇◆◇◆◇
国が聖女の追放という愚かな行為に踏み切ってしまっても。
現れる魔獣の勢いは止まらない。
騎士団員は、聖女の力が本物であることを理解していた。
私利私欲のために聖女を追放した騎士団長のアルベルトに憤るものも多い。
アルベルトは孤立しかけており、降格されるのも時間の問題だろうとも言われていた。
保身のために聖女を追放したはずが、かえって求心力を落とすことになったのだ。
皮肉なものであるが、聖女がどれほどまでに感謝されているかを知らなかったアルベルトの自業自得である。
「くそ、このままだと俺は破滅だ。
追放騎士も聖女もふざけやがって」
アルベルトは思ったように戦果を上げられず焦っていた。
追放騎士・ライトの率いる傭兵団は、各地で目覚ましい戦果を上げていると聞く。
国外での活躍が、当てつけのように王国の中にまで届くのだ。
王子を唆してほぼ独断で行った聖女の追放。
騎士団でこれまでと同等の戦果を上げ続ければ、言い分を認めさせられると考えていたが結果は散々なものであった。
功を焦るアルベルトは、自身の不利を知らせる報告をことごとく無視して遠征を断行。
既に求心力を失いつつあった騎士団長が集められた人員は多くない。
付いてきた者たちも、大半は脅して言うことを聞かせている連中だ。
士気は相当に低い。
「む、無理だ……。数が違いすぎる」
「あんな奴に命を捧げる必要はねえ。逃げろ!」
魔獣の大群を前に仲間がバタバタと倒されていくのを見て。
統率を失った騎士団員は、制止する声も聞かずにあっさりと逃走を始める。
「終わりだ、何もかも……」
逃げ帰っても責任を取らされる。
かといって魔獣の群れを押し返すだけの戦力も残ってはいない。
「生き恥を晒すぐらいなら……」
アルベルトは最期まで貴族としてのプライドを取った。
国を守ろうという誇りすら持たず、責任を取らされるぐらいなら名誉の戦死を選ぼうとしたのだ。
彼は目を閉じ、突っ込んでくる魔獣の群れを前に最期の時を待つ。
そして――
「自慢の騎士団はどうした?
騎士団長ともあろう方が、随分無様じゃないか?」
嘲笑うような声。
声の主は追放を言い渡した――ライトであった。
幸か不幸か。
現れたのは追放騎士・ライトが率いる傭兵団であった。
ライトの隣には、聖女・アンリエッタが寄り添うように付き従っていた。
「お願いです。
私の大事な人たちを守ってください」
聖女は祈る。
役割のためでも打算のためでもなく。
ただ自らの大切な居場所と、愛する者を守るため。
「いつもありがとな」
「いいえ、私にはこれぐらいしか出来ませんから。
――ご武運を」
ライトは魔獣の群れ突っ込み、双剣を振るって縦横無尽に暴れ回る。
聖女の加護を受けた傭兵団のメンバーも、それぞれの得物を手に魔獣に挑みかかる。
騎士団が叶わないと匙を投げた魔獣の群れが、バタバタとなぎ倒されていく。
「な、何だこれは……」
呆然と呟くアルベルト。
現れた魔獣の群れを屠るのに1時間もかからなかった。
騎士団が匙を投げた魔獣の群れとの交戦も、ライトたち傭兵団にとっては日常茶飯事だったのだ。
さらに奇跡は続く。
聖女・アンリエッタが天に祈りを捧げると、負傷して動けなかった騎士団員を淡い光が覆ったのだ。
命に関わる重症だった者たちの傷がみるみる癒えていく。
「こ、これが救国の聖女の奇跡……」
「神の遣わした奇跡に感謝を!」
「聖女様万歳!」
それはいつぞやの光景の再来。
今やアンリエッタは騎士団員の心を完全に掴んでいた。
しかしアンリエッタは首を振ると、きっぱりと言い切った。
「いいえ、私は聖女なんかではありません」
自身の望みを叶えた芯の強い女性の声。
アンリエッタが示したのは、かつての聖女とは似て非なる生き様。
「いいえ、あなたは救国の聖女様です。
どうか国にお戻りください。
偽聖女というのが冤罪であるのは、もはや周知の事実だ」
唖然とする騎士団長をよそに、前に進み出たのは副団長。
アンリエッタの前に跪く。
「国王陛下は、唆され愚かな行為に踏み切った王子を廃嫡することに決定した。
聖女様を卑劣に嵌めた騎士団長にも、厳罰が下されるであろう」
「バ、バカな……」
わなわなと震えるアルベルト。
当然だろうという空気が流れ、その様子を誰もが冷たく見つめる。
「聖女様のことは、より丁重にもてなそう。
望むなら追放騎士の処分を取り消しても――」
「お断りです。
私、ようやく欲しいものが手に入りましたから」
ライトとアンリエッタは幸せそうに見つめ合う。
そんな様子を生温い視線で見守る傭兵団の面々。
(ああ、国外追放された先で。
彼らは第二の人生を見つけたんだな……)
聖女から王国への未練は微塵も感じられない。
王国は聖女に見限られたのだ。
真に望むものを与えることもできず、それどころか権力争いに巻き込み追放刑まで言い渡したのだ。
当然のことであろう。
◇◆◇◆◇
「良かったのか?」
「何がですか?」
焚き火を囲みながら、私はライトと穏やかに語らう。
傭兵団にとっての日常。
聖女様を野宿させるなんて……と青ざめていたライトだったが、そんな経験も新鮮で楽しかった。
あれから随分と逞しくなった気がする。
「あそこで頷いておけば、王国に戻れたんだぞ?
野宿続きの生活ともおさらばだ」
「ライト。私の返事が分かった上で聞いてますよね?」
私が聞き返すと「まあな」とライトも茶目っ気たっぷりに返す。
「ありがとう、ライト。
あの時、私に付いてきてくれて」
「こちらこそ、アンリエッタ。
あの時、置いて行かれてたらと思うとゾッとする」
こてんと横になるライト。
そのまま甘えるようにライトが私の膝に頭を乗せてきた。
そんな彼の髪を、優しく柔らかく撫でる。
「もう、ライトは甘えん坊ですね」
「……騎士がこんな風に甘えて、格好悪いと思うか?」
「いいえ。
ライトは誰よりも格好良いですから」
私にとってあまりにも当たり前のこと。
何気ない言葉を聞いて、ライトは驚いたように見つめてきました。
「あのときの秘密を話します」
追放される際には、墓まで持っていこうと決めた気持ち。
ライトを愛おしく思う気持ちは、無くなるどころかより強く燃える炎のように私の中で燻っていた。
真剣な話だと悟ったのだろう。
ライトは起き上がり、私の方に向き直る。
「……私、ライトのことがずっと好きでした。
これからもあなたと生きて行きたいとずっと夢見ていました」
頬がみるみるうちに熱を持つ。
あのとき言えなかった言葉。
私とライトをチリチリと焚き火の光が照らす。
「……そ、そんな俺にとって都合の良い夢なんてあるわけが――」
呆然といった表情。
夢だと本気で疑っているのか、思いっきり頬をつねったりもして。
そうしてようやく現実だと受け入れる、
「……アンリエッタは、本当に俺なんかで良いの?」
いつもの自信満々でのんきな表情はどこへやら。
不安そうにライトは問う。
「ライトが良いんです。
思えば最初に会ったときから、ずっとあなたが心に住みついていたんです」
「俺だって同じだ。
こんな日が来ることを望んで――でも俺なんかじゃ釣り合うはずがなくて…………」
現実を受け入れられないとでもいうように、ライトは私をまじまじとみつめてきた。
「……私はもう聖女でもなんでもないただの人間ですよ?
そう考えるとライトは世界の英雄で、私の方が釣り合いませんね……」
しょんぼりと私が言うと
「そんなことはない!」
思わずといった様子でライトは口調を強くした。
それから「あっ」と我に返ったように表情を改め、
「到底釣り合わないと思って、それでも諦めきれなくて。
往生際悪く国外にまで付いてきて。
君の笑顔が見たい一心で。
君と釣り合う人間になりたくて、俺は必死に剣の腕を磨いてきたんだ」
噛みしめるようにライトは言う。
「ライトは立派な騎士――いいえ、英雄ですよ」
「アンリエッタ。
俺も君のことが好きだ。
もう君なしで生きて行く日を想像出来ない!」
そう言うと同時に、ライトはしっかりと私を抱きしめた。
一緒に国外を旅するうちに、すっかり少年から青年へと変わっていったライト。
身を任せ私はうっとりとライトを見上げる。
「アンリエッタ、これからもどこへ行くにも一緒だ。
魔獣をすべて倒して――伝説を作ろう」
「それは大それた目標ですね?」
「叶わない夢はないってことが、今日分かったからさ」
「……不思議です。
私もライトとなら、何でもできそうな気がします」
ライトの胸の中で私は未来を思い描く。
彼の夢は、私の夢だ。
私たちが力を合わせれば、出来ないことなんて何もない。
それは幸福な未来予想図。
「……ポルク、何ですか。その眼は?」
「別にー?
俺たちのことを忘れて、ふたりの世界に入りやがってとか。
全然これっぽっちも思ってないよ?」
今日ぐらいは許して欲しい。
私はライトの胸の中で、訪れた幸せを噛みしめる。
"聖女"という役割から解放してくれたのは、この人だ。
追放された時には付き従って居場所を作ってくれた。
ライトになら私の全てを委ねられる。
彼と一緒なら、どんな時でも素敵な未来を見ていける。
「私、手に入れたよ」
こうして手に入れた大切な居場所だ。
何があっても手放す気はない。
2人の未来を祝福するように夜空には星が瞬いていた。
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