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7/21

ここから新作です。

 間もなく梅雨明けが発表される頃だからと、高を括って傘を持たずに出かけたら、思いがけず雨に降られてしまった。今日はもう降らないっていう天気予報だったんだけど。

 まずいなあ、この辺りにコンビニはない。

 雨が止むまで閉店した肉屋の軒下で待つしかないか…。


「あれ?」


 肉屋の隣の隣、少し広めの八百屋の軒下に、露店がでてるぞ。

 売ってるものは…傘だ!多少高いかもしれないけど、いいや、買っちゃおう。


「いらっしゃい。」

「これ、もらっていこうかな、いくら?」


 露店のおばさんは、僕を見てにっこり笑って、


「大切にしてくれるなら1000円でいいよ。」

「大切にします。」


 僕は少しばかり派手な浅葱色の傘を手に入れた。




 家に帰って、ぬれた傘を傘立てに突き刺すと。


「こりゃ!ぬれたまま捨て置くでない!!」


 傘から垂れる水滴の中から、怒りに満ちた少女が飛び出してきた。


「これは失敬、ええと、なんだい、君は。」

「まず傘を拭いてからじゃ!!!」


 僕は風呂場から乾いたタオルを持ってきて、傘を拭くはめになってしまった。


「傘は使ったら水分を拭いて、陰干しするのじゃ!」


 そんなこと、今まで使ってきた傘にしたことないぞ…。


「拭き終わったら、明日の朝まで開いて乾かしておくのじゃ!」

「置いとく場所がないよ…。」


 僕の部屋はワンルーム、傘を開いておく場所が無いんだ。


「窓際のカーテンレールに引っ掛けるのじゃ!ここなら外もよう見えるでな!!」


 言われたとおり、カーテンレールに傘をひっかけると、少女はにっこり笑って消えてしまった。

 ちょ!!何者か、聞いてないんだけど!!!


 次の日の朝、乾いた傘をたたむと、


「今日はおいてゆけ。」


 傘から声だけがした。

 なんだい、天気予報までしてくれるのか。


 それから毎日、傘に天気予報を聞くようになった。

 百発百中、これはすごい。


「今日は、持っていけ。」


 めちゃくちゃ晴れてるけどな、こいつには実績がある。

 僕は迷わず傘を持って会社に行った。


 終業時刻になる頃、いきなり雨が降り出した。

 雨足は少々強い。


 傘を持たない社員たちが、会社の出口で雨宿りをしている。

 ここから駅まで歩いて五分、しかし雨はやみそうにない。

 男性社員たちは、頭に鞄をのせて走り出してゆく。

 タクシーを呼んでいる社員もいる。乗合で行くようだが。


 女性社員が一人、途方に暮れている。

 鞄もなく、タクシーにも乗れなかったようだ。

 …声をかけるか。


「傘、一緒に入っていきませんか?」

「いいんですか。」


 女性社員と話をしながら、駅まで同行する。僕のアパートはこの駅の向こうにあるので、帰り道だったんだ。ついでにコンビニに寄っていくか。


「ありがとうございました、助かりました!」

「いえいえ。」


 僕は女性社員と別れて、コンビニで夕飯を買った後帰宅した。


「きい!!傘は使ったらすぐ拭けと言うておろうがーっ!!!」


 なんだ、今日はやけに機嫌が悪いな、どうした。


「わしの下で女子(おなご)と並んで歩くとは何事じゃ!!」

「焼きもちを焼いているのかい。」


「餅など焼いておらぬわ!!」


 なんだ、プンプンするのもかわいいじゃないか。


 それからずいぶん経って、傘もずいぶん汚れてきてしまった。


 僕はタオルで傘の水分を拭きながら少女と話をする。


「ずいぶんくたびれてきたね、もう隠居したらどうだい、家の中に飾っておいてあげるよ。」

「傘は使ってなんぼじゃ!使ってくれねば困る!!」


 少女が怒ってしまった。…ずいぶんかわいいな、うん。




 今日は台風だ。風が強い。

 仕事も、急遽切り上げとなった。電車が止まると帰れなくなる人がいるからね。

 僕は暴風雨の中、傘を差して家に向かっていたのだけれど。


 ごぉおおおうぅっ!!!


 バキッ!!!


 傘!!傘が!!

 傘が突風にあおられて、ひっくり返って!!

 僕は豪雨の中、傘をたたんで、走って家に帰った。


「傘としては失格じゃのう…主を、こんなにびしょにしょに…。」

「そんなのいいよ!君、大丈夫なのかい。」


 傘の骨が、二本折れてしまった。

 ぽっきりいっている、これは直せるのか?…ちょっと待て、布も破れているぞ、これはまずい。

 落ち着け、まずは傘の水分をいつも通りタオルで拭いて…。

 僕はびしょ濡れのまま、一生懸命、傘の水分を拭う。


「たわけ!!はよ風呂に入ってこんか!!」

「いやでも…。」


 僕の髪から、雫が垂れる。


「主が出てくるまではおるから!!風邪をひかせては、傘の沽券にかかわるでな!!!」


 風呂から出ると、折れた傘の前で少女が正座をしていた。

 …泣いているのか?


「もう、ここにはおられまいて…。」

「いたらいいじゃないか。」


 僕はぬれた傘を、いつも通り、タオルで拭き始めた。


「わしは役目を果たせなんだ…。」

「僕はこの傘を手放す気はないよ、ここにいたらいいのさ。」


 僕は傘を、いつものカーテンレールに引っ掛ける。


「何もせんと置いてもらうのは、ちと心苦しいのう。」

「…なんだそんなこと。」


「なんだとはなんじゃ!わしは、わしの存在する意味がなくなると…ううっ…。」


 いつもの勝気な少女が、嘘みたいだ。


「じゃあ、僕と恋をしてくれないかな。」

「いいのかい。」


 いつもの勝気な少女が、ふわりと笑った。


「うん、でもその前に、明日から使う傘が無いから、新しい傘を買いに行きたいんだ。」

「じゃあ、わしの分も買ってくれ。」


 少女は、ぐんぐん大きくなって、女性になった。


 女性は僕と恋をして。


 ずいぶん、ずいぶんケンカもしたけれど。

 ずいぶん、ずいぶん、仲直りもして。


 ずいぶん、ずいぶん、長い間一緒にいて。


「ずいぶん、大切にしてもらったのう…。」

「そりゃね、僕の大切な人だからね。」


 力なく微笑む、愛する妻の手を、そっと握りしめて。


「あの傘は、置いていくでな。」

「大切にするよ。」


「しっておる。」


 愛する妻は、眠るように僕のもとから旅立っていってしまった。


 一人で過ごす毎日は、壊れた傘とともにあったからか、それほど悲しみには包まれなかった。


 ずいぶん、傘とともに、散歩に出かけた。

 ずいぶん、傘とともに、一人で食事をした。

 ずいぶん、傘とともに、病院に行った。


 梅雨の晴れ間、僕は散歩に出かけた。

 最近雨続きで、出歩いていなかったからね。


 久しぶりの散歩に、少々疲れてしまったよ。

 ベンチで休む、僕の上に。


 ぽつ、ぽつ…


 雨が降ってきた。

 さっきまであんなに晴れていたのに。

 …愛する妻の百発百中の予報がないからな、こういう事も、あるさ。


 久しぶりに、骨の折れた傘を開く。

 開いたときに、折れた傘の骨が、ぱらりと、落ちた。


 ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ…


「大切に使うと言うておったのに。」

「大切に、毎日、持ち歩いて、いたよ。」


 傘の端から垂れる雫とともに、少女が出てきた。


「折れた傘に、雨を受けさせるとは、酷いもんじゃ。」

「それは悪かった。」


 サ――――――・・・


「雨は、どんどん強くなるでな。」

「君の予報は、当たるからなあ…家には、帰れないかな?」


 ザ――――――・・・


「わしと一緒に行かないかい。」

「どうしようかな。」


 ザザ――――――・・・


 降りしきる、雨の中。

 壊れた傘を差して、ベンチに座る僕は。


 ザザザ――――――・・・


「本当は、迎えを待っとったくせに!」

「はは、よくわかっている、じゃ、ないか・・・」


 ザザザ――――――・・・


 壊れた傘と、命を終えた体をベンチに残して。

 少女とともに、天高く、昇っていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 7/7 ・あぁぁ〜、しんでしまったぁ〜。 良い人生だったよ。 [気になる点] 「のじゃ」好きなんです? のじゃのじゃのじゃ [一言] 足りないのは、イケメン! (あと百合と薔薇)
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