カップ麺
夜中、ふいに腹が減ったのでコンビニに行くことにした。
今の時期なら、おでんを食うのもいいな、だがしかし夜中の二時半、…あるかな?
ホットスナックか中華まんが食いたいな、そんなことを考えながら冷え込む夜道をとぼとぼと歩く。
「…げ、ウソだろ……。」
歩いて五分ほどの距離にあるコンビニが…閉まっていた。
電気の消えたコンビニの自動ドアに紙が貼ってある…、なになに、改装のため11/1~30まで臨時閉店します。だと……?!
聞いてねえぞ!せっかくここまで来たのに、なんてことだ……。
この辺りにコンビニはここ一件だけだ、一番近い場所でもここから20分ほど歩かなければならない。
「ああクソ…来て損した……うん?」
薄暗いコンビニの建物の端に、見慣れない明かりが…自動販売機?
つい先週までは、たしかこんなものなかったはずだけどな……。
近づいてみると、カップ麺の自動販売機のようだ。
……もしかしたら、コンビニの改装に合わせて急遽設置されたものなのかもしれない。
ぐ、ぐぎゅぅう~……。
俺は小銭を投入して、カップ麺を買う事にした。
自動販売機の中身は…見たことのあるしょうゆ味、カレー味、シーフード、…うん?全部売り切れじゃないか。
あれかな、俺と似たようなパターンで、みんなここで買っていったんだな、おそらく。
残っているのは…トムヤンクンとトマトチリ、…なんだこれ?カップラーメンの神ぃ??みた事ないな、うまいのか?
やけに癖のあるメンツだな、まずくて食べられなかった場合がヤバイ、だが……背に腹は代えられない。
……とりあえず全部買っていくか。
自動販売機に千円札を投入し、三種類全部を買って、抱えるようにしてアパートに戻った。
お湯を沸かして、ちゃぶ台の上にカップ麺を三つ並べてどれを食おうかと顎に手をやる。
三つ食うのは少し多いな。だが、まずかった時にまたお湯を沸かすのも面倒だ。
……無理をすれば三つ食えないことはないか。そういえば今日俺は昼めししか食べていなかった。
三つすべての蓋を開けて、お湯を注いで待つこと三分。
「よし…食うか……。」
俺が、カップラーメンの神のカップ麺に手を伸ばした、その時!!
「じゃじゃーん!!!は、初めましてっ!!わしはカップ麺の、神なのじゃっ!!」
今まさにふたをめくろうとした右手が!!!カップ麺の中から飛び出した茶髪頭のチビッ子に押しのけられっ?!
「ちょっ…!!!な、なんだお前は!!!!俺の飯?!」
「あ、じゃあね、わしがこっちの開けたげる♡トムヤンクンとは偉く渋いのう、ホレ…ふうふうして食いや?」
カップから飛び出した少女は、ご丁寧にトムヤンクンのカップ麺のふたをめくり……うわ、何これ!!すげえイヤな…くっせえ!!!食いもんの匂いじゃねえぞ、ちょっと待て、これはいったい……。ヤバイ、俺は実は香草の類が苦手で、パクチーが天敵だったりするのだ。明らかにこのカップ麺からはやつの匂いがする、しくじった…。
「それ、お前にやるよ。……食えば?」
少女はカップ麺の神とか言っていた、まさか神の目の前で作ったものを捨てるわけにもいくまい。食ってくれるなら御の字だが…どうだろう。
「いいのけ!!わしこれ食ったことあらへんでな、食いたい思うとったんよ!わーい、いただきまーす!」
大喜びでカップ麺に抱きついた少女に箸を差し出し、俺はトマトのカップ麺のふたを開け…ムム、これもなかなか微妙なにおいが…いや、しかし今俺の食べられるものはこの一つしかないわけで……。
「うーん、そっちもウマそうやな!一口ちょーだい!」
「え、ああ、まあ、うん……。」
俺の夜食は、大半を少女が食いつくしてしまった。
「ふひー!!うまかったー!!またカップ麺食う時に来るでな♡」
「へっ?!ちょ、何言って……おい!!」
きれいにスープまで飲みつくした少女は、ぽすんと消えてしまった。
……カップ麺のスープは飲んじゃダメだろうが!!
どんだけ塩分が多いと思ってるんだ!
つぎに会ったら説教してやらねばなるまい。
その日から、少女は俺がカップ麺を作るたびに現れるようになった。
次の日に晩飯を食べようと俺が一番気に入っているカップ麺にお湯を入れたら、ラーメンは出来上がらず少女が飛び出したのである。
どういう仕組みになっているかはわからないが、カップ麺にお湯を入れて三分立つと、少女が召喚されるようになってしまった。
「おい!お前が出てきたから俺の飯がなくなっただろうが!どうしてくれるんだよ!俺の飯!」
「何や、あそこにいっぱいあるがや!あれに湯をいれてちょう。わしねえ、カレーのが食べたい♡」
少女はその日俺がしこたま買い込んできたカップ麺を指差し、ちゃぶ台の上でへらへらと笑っている!
「あれは俺の貴重なめしで!お前に食わせるために買ったもんじゃないんだけど!」
「男がコマい事ぬかすでない!女子が欲しがっておったらスッと差し出す、それが男というもんじゃ!……いっただきい♡」
実に図々しい少女の出現により、俺の食費が二倍になってしまった。
ただでさえ実入りが少ないというのに、なんという事だ!!
俺が愚痴をこぼすと、少女は鼻でフンと笑って腕組みをして宣った。
「何や、おぬしは何を生業としとるのや、なぜにこのようなカップ麺ばかり食うとるのや、ほれ、いうてみい!」
少女は人の食いもんを食い散らすだけでは飽き足らず、俺の生活にまで口出しをするらしい。
クソ、なんかめんどくさい事になったぞ……。
「俺はフリーのイラストレーターだよ。まあ…いろいろあって会社辞めて、細々と仕事貰ってるから金がねえの、だからもうお前はいちいちカップ麺を消費して出てくんな!一食分もったいないんだよ!」
「何や、じゃあわしずっとおるわ!!ほんでわしを描いて絵を売ればええ!よーし、ホレ、ホレ、モデルやったるでな、すぐ描け、今描け、さっさと描けい!!」
強引すぎる少女は、俺の目の前でおかしなポーズをとり!!
厳しい言葉でわしわし絵を描かせ!
グイグイと絵の公開を迫り!
……まあ、受注も少ないし暇つぶしになるかくらいの気持ちで単品作品を描き始めたら……思いのほか、注目を浴びるようになった。
「わしキュートすぎるでな、当たり前のことじゃて!えっへん!もっと描くがいい!!」
「めちゃめちゃ図に乗ってるな……まあいいけど。」
少女のカットに、少女の素朴な呟きを添えてTwitterにあげたら、思いがけず人気が出たのだ。
おかしなポーズに意味不明のつぶやきが人気を呼んで…まさかのアニメ化とか、なんだこの流れは!
もしやこれが神の力……?
いやしかしこいつはイラストの神でも何でもなくて、ただのカップ麺の神であり……。
なんだ、この違和感は。
「おぬし金が儲かったのにずっとカップ麺くっとるやんな、よほど好きなのか、神としては満足じゃがううむ……さすがに体に悪すぎるわ、おぬし顔色が土気色になっとるぞ……。」
「仕事が忙しすぎてカップ麺くらいしか買いに行けないし食えないんだよ!!俺だってたまにはうまい飯が食いたいよ……。いや、カップ麺美味いけどさあ、野菜、野菜食いてえ……。」
そういえばこの少女はカップ麺の神様?だったことを思い出し、気を使いつつ、軽口をたたく。なんだかんだ、こいつのおかげで裕福になったわけだし。……忙しすぎて金は使えずにたまっていくばっかだけど!!
「何や、じゃあ……わしが買いに行けばええがな。」
「そんなチビッ子で買いに行けるわけないだろ!!」
カップ麺サイズの少女がコンビニに行くとか大さわぎどころじゃない、世界規模で大パニックになる事必至だ。
「いけるわ!!神の力、なめんなよぅ!!」
ぐぐ、ぐーーーん!!!
パソコンデスクの横で仁王立ちになっていた少女は、掃除の行き届いていないフローリングの上に立ち、両手を上に掲げて…ちょ、見る見るうちにでっかく、でっかくぅウウウウ!!!
「ちょ…何でっかくなってんの?!元に戻れるんだろうな?!ここ、ワンルームだぞ?!」
ちびっ子い少女が俺より少し小さいくらいの大きさになり、しょ、正直かなりテンパっている!!
しかもわりと……かわいいじゃないか、クソ、聞いてねえぞ……!
「戻れるわい!失敬な!!神の力を侮るで……あれ?」
なんと、少女は……大きくなったまま、戻れなくなってしまった。
よくわからないが、カップ麺の神のくせに俺に畑違いの運を付与していたせいで、神の力が薄まっていたらしい。
そこに来て人間の体を召還?したので、無理がたたって神じゃなくなってしまったんだそうだ……。
……つか、何やってんだよ、もう。
「ああ……わし、人になってしもうた……。あかん、理が、作られてもうた……。」
神の世界にはルールがあるらしく、力を失って人になる時に人としての存在が発生するのだそうだ。
神という役目を放り出した代償として、生まれて育つまでの過程を一切合切失うというペナルティ?が課せられるらしい。
人として生まれて自我が育っていく過程をすっ飛ばす、命を持つものにとって一番重要な部分を奪われてしまうかなりの罪?らしいんだが……。
「何かよくわかんねえな…もういいよ、要は人間になったって事だろ?」
「でもわし、もう力が……、おぬしに何もしてやれん……。」
……今まで散々いろいろしてくれたくせに何言ってんだか。
「別にいいよ、……一緒に掃除して、一緒に野菜買いに行って、一緒に飯食ってくれたら…それで。」
「いいのかい。」
女性になってしまった少女は、俺と一緒に暮らすようになった。
毎日ぎこちなく掃除をしたり。
仕事の手伝いをしてみたり。
たまにジャガイモの皮をむいていて、包丁で傷をこしらえたり。
時々一緒に出掛けて、カップ麺を買ってみたり。
結婚式にはオリジナルカップ麺を作って、来賓の皆さんに配ったんだよな。
まさかそのフレーバーがうまいって噂になって新商品が生まれて大ヒットするとは思いもしなかった。
カップ麺長者ってさ、イラストレーターの二つ名としては思いっきり間違ってるだろってね。
気がつきゃラーメンの絵ばかり描くようになって、それがまた話題になって。
なかなか話題の多い、おしどり夫婦って有名になって。
「……何か食べたいものは?」
「わしはカップ麺が…食べたいのう……。」
いつも俺の横でカップ麺ばかり食うんじゃないと怒ってたやつが、まさか先に体を悪くするとかさ、思わないじゃないか。
すっかり食欲のなくなった嫁に、細かく砕いたカップ麺を…スプーンですくって、食べさせる。
「カップ麺は…ウマいのう……もっと、食いたかったのじゃが……。」
「俺が……お前の分まで食っといてやるから、安心しろ。」
「ふふ…任せたぞ……。」
元気になったらたらふく食べようと買い込んでいた、大量のカップ麺を残したまま、嫁は空に帰ってしまった。
残ったカップ麺を、大切に食べ終えた後。
俺は…カップ麺を、買わなくなった。
一人で食べるカップ麺は、思いのほか…しょっぱくて。
食べているうちに、どんどんしょっぱくなって、とても、食べたいと思えなくなってしまったのだ。
朝、昼、晩と、自炊をしながら、ラーメンの絵を描いた。
朝、昼、晩と、一人ぼっちで、カップ麺の神様の絵を描いた。
俺の描いたラーメンのキャラクターが生まれて50周年の記念に、カップ麺の神様フレーバーが発売された。
50年前、カップ麺の中から出てきた、少女の描かれた、特別フレーバー。
俺は、久しぶりに……お湯を沸かして、カップ麺に、お湯を注いだ。
待ち時間は…3分か。
ぼんやりと…時間が過ぎるのを、待つ。
ぼんやりと…カップラーメンから少女が飛び出した時のことを思い出す。
ぼんやりと…妻と一緒にカップ麺を食べていた時のことを思い出す。
まだ、一口も、食べていないというのに、ずいぶん、しょっぱいのは……。
俺が、カップ麺に手を伸ばした、その時。
「じゃじゃーん!!!わしはカップ麺の、神なのじゃ~!!」
ふたをめくろうとした右手が……カップ麺の中から飛び出した茶髪頭のチビッ子に押しのけられた。
「……知ってるよ。なんだ、俺の飯、どうしてくれるんだよ……楽しみに、していたのに。」
「何や、あそこにいっぱいあるがや!あれに湯をいれてちょう。わしねえ……一緒に食べようと思ってきたの♡」
少女は棚の上にずらりと並ぶカップ麺を指差し、ちゃぶ台の上でへらへらと笑っている。
ああ……この光景は、見たことが、ある、ような。
「そうだな、お前と一緒に、俺も…食いたかったよ。」
カップ麺を二つ机の上に用意して、お湯を注いで、箸でふたを、押さえつける。
……ああ、キッチンまで二往復もしたから、疲れてしまったじゃないか。
椅子に腰を下ろして、だらしなく…机に、突っ伏して…しまった。
「……ね、カップ麺ができるまでの三分間、ちいと一緒に遊びに行かんかや?」
目を閉じる俺の耳に、嫁の声が……聞こえてきたので。
……重たい…体を、脱ぎ捨てる、決心が。
「ちょ!三分間で何ができると思ってんだよ!つか先に行くなよ、誘っといて!!」
「……ふふ!こっちまで来てみい!」
俺は、お湯を注いだカップ麺を残したまま、愛する嫁を、追いかけて。
二人で一緒に、長年過ごした家を、あとにした。




