裸の女子(おなご)
あの日、わしは川に釣りに出かけたのじゃ。
川で小魚を五匹ほど釣り上げたところじゃったかいのう。
ふと、岩陰に動くものを見つけてのう。
熊だと困るじゃろ?恐る恐る近づいて、覗き込んだのじゃよ。
すると、そこには。
「すまぬ、着物を恵んではくれぬか。」
首まで川に浸かったおなごがおったのじゃよ。
この山には、おなごがおらなんだでのう。
そりゃあ大層、驚いたのじゃよ、かっかっかっ!!!
「恵んでも良いが、おぬしに着れそうな着物はないな。」
おなごは大層ふくよかな体つきをしておっての、とても貧弱なわしの体を包む着物では身を隠せそうになかったのじゃよ。
「…かまわぬ。持ってこられよ。頼む。」
わしは小屋に干してある合わせを急いで持ってきてのう。
おなごに差し出したのじゃよ。
たいそう乳のでかいおなごは、わしの合わせを着ることはできなんだ。
「ぬしに頼みたいことがある。」
「なんぞや。」
「われは今から体を縮める。すまぬが、膨れるまでの間、世話を頼みたい。」
「おお、ええぞ。」
おなごはみるみる縮んでいきおった。
余りにも縮んでしもうて、川に沈みそうになりおったので、慌てて手を伸ばしたのじゃよ。
川からおなごを引き上げると、わしの合わせがちょうど膝の丈のあたりに来るほどの大きさになっておった。
年の頃は、およそ7,8歳というところじゃのう。
「……おなかすいた。」
おなごは童になってしもうたのじゃ。
童は不思議な術を使ってのう。
時折米を出したり、みそを出したり、食うに困ることはなくなったのじゃ。
おかげで着物を買う余裕もできたので、おなごの着物を買ってやろうと思うたのじゃが。
「あたし、おおきくなれないよ?」
童は、おなごに戻ることができなんだ。
仕方がないので、わしは童を育てることにしたのじゃよ。
来る日も来る日も、童と二人、川の魚を釣っては食い。
来る日も来る日も、童と二人、山の幸を見つけては食い。
来る日も来る日も、童と二人、童の出す米を食い。
ずいぶん、ずいぶん長い時間が過ぎたのじゃ。
「ずいぶん世話になったね。」
「いやいや、わしの方こそ、世話になったのう…。」
わしの目の前には、あの日素っ裸で首まで川に浸かっていたおなご。
ずいぶん長い時間をかけて、童はおなごに成長しおった。
童がおらなんだら、わしは飯も食えずのたれ死んでおったやもしれんでなあ…。
童がおらなんだら、わしはこうして、看取られることは、なかったはずじゃからなあ…。
「ようやく、元の大きさに戻れたよ。」
「それは、重畳。」
おなごは、ふわりと、絹を呼び寄せよった。
「われは、いかねばならぬと、思うのだ。」
「寂しく、なるのう…。」
おなごは、ふわりと、呼びよせた絹をわしにかぶせたのじゃ。
「けれども、われは、行きたくないのだよ。」
おなごは、ふわりと、かぶせた絹ごとわしを抱きしめると。
わしは、ずいぶん若返ってしまって。
「じゃあ、わしと共に生きてゆくか。」
「いいのかい。」
そのまま、わしの嫁になったおなごは、わしと同じように年を重ねてのう。
「われは主のおらぬ天へは帰るつもりがないのでな」
わしを置いて、天に召されてしもうたわ。
わしのもとには、嫁の残した絹が一枚。
この絹があれば、嫁は天に戻れたはずだったというのに。
わしはただ一人、二度目のじじいを生きておったが。
「迎えに、きたぞ。」
「少々、待ったぞ。」
「悪かった。」
「いいや、迎えに来てくれて、ありがとう。」
そろそろ、この世とも、おさらばの様じゃ。
ずいぶん長く、楽しませてもらったのじゃ。
わしと嫁がふわりと空に消えると、絹もふわりと、消えてしまったのじゃ。
ずいぶん良い、人生だったと思うのじゃ。
ずいぶん良い、人生じゃった。
わしは満足じゃ。
かっかっかっ…!!!
こちら同タイトルで6月のショートショートに公開されたものです。