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恋をしてみないかい  作者: たかさば


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18/21

ウォーターサーバー

 今年の夏は、いつも以上に、クソ暑い。


 37度越えの炎天下の中、外回りをこなして帰社した俺は、へとへとになっている体に鞭を打ち…階段を、上る。

 うちの会社の二階、階段あがってすぐにある企画部横には、自由に飲むことができるウォーターサーバーが設置されているのだ。


 紙コップを取り、コックをひねって冷たい水を注ぎ……ぐびり、ぐびりと、一気に飲み干す。

 冷たい水が、真夏の日差しを浴びてからっからに干からびていた全身に染み込む。

 ……よし、報告書を書く気力が、湧いて…来た。


 ふう、生き返るぜ……。


 三杯目の水を注いでいたら、ふと、足もとに目が留まった。


 なんだかびしょびしょに濡れている…。

 ははあ、さては誰かが水をこぼしたな。


 俺はこういうの、見過ごせないタイプなんだ。

 A型だしさ、気になったら手出しせずにはおれないというか。


 企画部向かいの給湯室に行き、タオルを持ってきて水たまりになっている部分を…その前に受け皿のところも、いやついでに全体的に拭いといてやるか。


 サーバー本体をからぶきし、最後に足元を拭き上げ、汚れたタオルを給湯室のバケツの中に放り込もうと一歩踏み出すと。


「じゃじゃじゃじゃ――――――ん!!!わしはウォーターサーバーの神じゃ!!おぬしいいことしたのう、願い事を三つ叶えて進ぜよう、言うてみい!!」

「……はい?」


 俺は眼鏡を人差し指でクイと上げ、ウォーターサーバーの上に立つ・・・ちびっ子い女子を睨み付けた。


 ……なんだ、こいつは。


 やけに色白の、ロン毛のチビッ子だ。

 ふうん、水色のワンピースね、……水の関係者だから?

 わりとやっつけ仕事な感じだな、もっとこう、奇を衒ったデザインにしなきゃトンデモ感が味わえないじゃないか。


「願いなんてないんで。じゃ。」

「…ちょ!!待たんかい!!!」


 俺は騒がしいチビッ子をウォーターサーバーの上に残したまま、給湯室のバケツにタオルを放り込み、ワンフロア上の営業部へと向かった。




 ……くそう、ゲリラ豪雨なんて聞いてないぞ、外回りをこなして帰社した俺は、びしょびしょになっている体に鞭を打ち二階へと向かった。


 紙コップを取り、コックをひねって冷たい水を注ぎ……ぐびり、ぐびりと、一気に飲み干す。

 こんなにも全身水浸しなのに、走ったからか…のどがカラカラだ。


 ふう、生き返るぜ……。


 三杯目の水を注いでいたら、ふと、足もとに目が留まった。


 びしょびしょに濡れている…。

 しまったなあ、俺のせいだ。


 俺はこういうの、ちゃんとしないと気が済まないタイプなんだ。


 …とりあえず、ロッカーに行って着替えてから、モップをかけに戻るか。


 二階奥にあるロッカー室に向かい、乾いた衣服に身を包んだ後、器具庫からモップを持ってきて水たまりになっている部分を…会社玄関から続く水の垂れた跡をきっちりと拭き上げる。


 使い終わったモップを器具庫にしまいに行こうと、一歩踏み出すと。


「じゃじゃじゃじゃ――――――ん!!!わしはウォーターサーバーの神じゃ!!おぬしはいい奴じゃ、願い事を三つ叶えて進ぜよう、言うてみい!!」

「……またか。」


 俺は眼鏡を人差し指でクイと上げ、ウォーターサーバーの上に立つ・・・ちびっ子い女子を睨み付ける。


 ……今日は特にウォーターサーバーを磨いてはいないのだが。


 やけに元気いっぱいのチビッ子だな。

 しかし、なんでまた俺の前に現れたんだか?

 ……もっとさ、大喜びするようなやつの前に現れたらよかったんだよ。


「願いなんてないよ。じゃ。」

「…ちょ!!待たんかい!!!」


 俺は騒がしいチビッ子をウォーターサーバーの上に残したまま、器具庫にモップを放り込みに行った後、ワンフロア上の営業部へと向かった。




 40度越えの炎天下の中、外回りをこなして帰社した俺は、へとへとになっている体に鞭を打ち二階へと向かった。


 紙コップを取り、コックをひねって冷たい水を注ぎ……ぐびり、ぐびりと、一気に飲み干す。

 冷たい水が、真夏の日差しを浴びてからっからに干からびていた全身に染み込…まない。


 やば、倒れる、かも……。


 二杯目の水を注ごうとしたら、握力がなくなって……。


 かしょっ……!!!


 しまった…足、元が……びしょびしょに…。


「あほ―――!!!無理をするとは何事じゃあああアアアアアアア!!!」

「……。」


 俺は、確かに……チビッ子の声を、聞いたはずなのだが。



 ……。


 ………?


「……ど、こだ、ここは。」


 目の前には……点滴?

 白い……天井。


 ここは、病院、か?


「おう、ようやく目が覚めおったな!!」


 俺の耳元で騒いでいるのは……髪の長い、水色の服を着た、チビッ子。


「おぬしはなんでまたそう無理をしなさる。もう少しで命も危うかったのに!!」

「…危うかった?はは、そうか。……俺は…助かって、しまったのか。」


 ようやく、解放されそうだったのになあ…そんなことを考えながら、目を、閉じる。


「・・・なんや、その言い方は。助かりたくはなかったんかいな。」


 このチビッ子は、何も知らないからなあ……。


「俺は……、助かり癖が、ついてるのさ。」


 ……弱ってるな、俺。


 何の気なしに、ポロリと……口に出して、しまった。


 ああ、溢れだす。


 ……溢れ、だす、のは。


 口に出しても、仕方のない、出来事。

 口に出さずに、忘れたふりをしていた、過去。

 口に出せない、諦めという、嘆き。


 生まれた時から、何度も、命の危機にさらされ、そのたびに…助かってきた、俺。


 生後間もなく、犬に襲われて生死の境目をさまよった後、助かった。

 小学生の頃、車の事故に遭って生死の境目をさまよった後、助かった。

 高校生の頃、火事に巻き込まれて生死の境目をさまよった後、助かった。


 助かるたびに、俺は家族を失った。


 生後間もなく、兄を失い。

 小学生で両親を失い。

 高校生で祖父母を失い。


 孤独に生きてきた俺は、大学で…かけがえのない人と出会い。


 不器用ではあったけれども、共に…時を重ねて。


 ようやく、家族が増えると思ったんだ。

 ようやく、幸せな日常が過ごせるようになると思ったんだ。


 就職が決まり、お祝いに一緒に船旅に行くことになった。


 夜、満天の星空を一緒に見上げたんだ。

 瞼に天の川を焼き付けて、共に夢を見たはずだったんだ。


 ……目が覚めた時、俺は病院にいて。


 まだ家族になってすらいない、大切な彼女を失ったことを知った。


 ずいぶん、長い間…孤独に生きてきた。


 誰にも、何も言わず。

 誰にも、関わらず。

 誰にも、頼らず。


 仕事をして、家に帰り、眠って、夢も見ずに目を覚まし…そしてまた仕事へ向かう。

 極力、人と関わることを避け、ただただ、変わらぬ日常を…過ごし続けてきた。


 この意味のない、繰り返される毎日から、解放される日を、ただただ、待ち続けて。


「っ、うぅ、ぐす、ぐすん・・・・・・。」


 ぽつり、ぽつりとつぶやく俺の声に、誰かのむせび泣く声が重なる。


「わ、わしならば、ぉ、お前の孤独を埋める相手を…用意できるぞえ。」

「用意したところで、また失ってしまうんだ。ぬか喜びは…ごめんだ。」


 ……悲しい瞬間を迎えるくらいならば、孤独を選ぶさ。俺は、孤独に慣れているからな。激しい感情の衝撃なんざ求めてないんだ。


「神の力をなめるでない!」


 ひときわ大きな声が響いて、思わず目を、見開くと。


「わしは、わしはもう、お前を離さんでな!」


 水色のチビッ子は消え、丸顔の女性が……俺の顔をのぞき込んでいた。


「……お断り、だ。」


 俺は……、目を、閉じた。


「なんや、退院できたんやな。飯でも食いにいこまい。」


 丸顔の女性が、俺の顔をのぞき込んで、笑っている。


「……お断り、だ。」


 俺は……、目を、伏せた。


「なんや、ボーナス出たんやな。旅行でもいこまい。」


 丸顔の女性が、俺の手を取って、笑っている。


「……お断り、だ。」


 俺は……、目を、そらした。


「なんや、部長になったんやな。酒でも飲みにいこまい。」


 丸顔の女性が、俺の腕に自分の腕をからめて、笑っている。


「……お断り、だ。」


 俺は……、目を、泳がせた。


「なんや、定年退職したんやな。いっしょに暮らそまい。」


 丸顔の女性が、俺に抱きついて、笑っている。


「……お断り、だ。」


 俺は……、目を、合わせることが、できない。


「なんや、遠慮はいらんぞ?」


 俺は……、目を、合わせることが。


「遠慮なんか、しなくて、いいよ。」


 俺は……、ずいぶん、細くなってしまった、丸顔だった、女性を。


「……いっしょに、いてやるでな。」


 俺は……、初老の女性を、そっと抱き締めた。


 俺は……、初老の女性と、共に暮らした。


 俺は……、初老の女性と、このまま、ずっと。


「どうや、わしは、ちいとは……おぬしの役に、たったかいな?」


 初老の女性は、ずいぶん、老いてしまった。

 もう、俺の手を、とることさえ、できない。


「お前がいても…俺は孤独を感じずには、いられなかった。」

「そりゃ、悪かったのう。」


 老いた女性の目が……、閉じる。


「だけど、お前がいなくなってしまったら。」


 俺は、老いた、女性の、手を取って。


「俺は、孤独しか、感じることができなくなる。」


 力のない、乾いた手を、握りしめ。


「お前がいる間は、俺は、孤独では、なかったよ。」


 カサカサに乾いた、手の上に……、涙が一粒、二粒。


「……今度、また、会えたなら。俺と……。」


 ……俺の、言葉は、聞こえているのだろうか。


 ……返事は、もらえなかった。


 老いた女性を見送り、孤独な毎日を過ごすようになった。


 朝散歩に出かけ、図書館で一日を過ごし、夕方帰宅し、風呂に入って、寝る。


 毎日繰り返される、つまらない日常。


 時折思い出すのは、孤独でなかった日々の事だ。


 両親と過ごした日々。

 祖父母と過ごした日々。

 彼女と過ごした日々。

 丸顔の女性と過ごした日々。

 丸顔の中年女性と過ごした日々。

 丸顔の熟年女性と過ごした日々。

 初老の女性と過ごした日々。

 老いた女性と過ごした日々。


 孤独でなかった日々を思い出すたび、孤独を忘れた。


 孤独でなかった日々を忘れるようになった。


 孤独の意味がわからなくなった。


 すべてわからなくなった。


 なにかを、していたような気がする。


 なにを、していたんだっけな?


「迎えにきたぞ?」

「だれだったかな?」


「誰でも、ええわ!」

「そうかいな?」


「全部忘れてしまったんかいな?」

「なにを忘れたんだろうね?」


「おぬしは、わしと、恋をする約束をしておったのじゃ!」

「ああ、そうなのかい?でも、俺はこんなに年老いてしまったからなあ……。」


「なにをいっとりゃあす!……ほら、自分の姿を見てごらん?」


 鏡に映るのは、若々しい、俺の姿。

 目の前には、丸顔の、かわいらしい女性。


「約束は、はたしてもらうでな!…ほら、いくよ!」

「……うん。」


 俺は、愛する人の手を……しっかりと、握りしめ。


 空を目指して、駆け出した。

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