回転寿司
ぐぅ~ぐぎゅるるる・・・・・・。
平日の午後三時、俺の腹が盛大に鳴った。
先日新天地へと越してきた俺はだな、貴重な休日を使って、市役所でいろんな手続きをしなければいけなくてだな。
転入届に各種住所変更、車庫証明だの市からのお知らせだのその他もろもろで、ずいぶん時間がかかってしまった。
くそう、こんなことなら昼飯を食ってからくりゃよかった。
「あ、あんなところに回転寿司があるぞ。……食ってくか」
普段ほとんど外食はしないのだが、腹が減っては戦はできぬ、ってね。
とにかく派手に空腹を訴える気の毒な胃袋をだな、黙らせたいというかだな!!
実に5年ぶり? いやもっとかも? 俺は回転寿司に入ることにしたのだ。
「いらっしゃいませー! おひとり様ですね、お好きな席にどうぞ!!」
おかしな時間帯の割に、そこそこ客が入っている。
昨今の回転寿司ブーム、恐れ入るな。
そこそこ混んではいるが、あいているテーブルもちらほらある。
あんまりど真ん中の席で一人で寿司を食うのも恥ずかしいので、一番奥の席に座ることにした。
湯呑に粉のお茶を入れ、お湯を注いで割り箸でぐるぐるやりつつ、流れる寿司の皿を目で追う。
はまちがうまそうだな、へえ、やけにゴージャスなケーキもあるぞ、唐揚げは注文式か、寿司レーンの上に流れてくるんだな、至れり尽くせりだな。注文はタッチパネルでもできるのか、へえ、くじ引きもできる、なるほどねえ。食べ終わった皿はレーン下の投入口に入れるのか、まあ最後にまとめて入れるかな。
そんなことを思って、湯呑を前にやり、注文パネルに手を伸ばした、その時!!!
「百億人目、おめでとうなのじゃー♪」
「ひょわっ?! へぇえええええっ?!」
突如、グルグルと渦を巻く湯飲みのお茶の中から……しょ、少女?!
なんだこいつは!!!!!!!!
俺のあげたおかしな声に、通路を挟んで隣の席の老夫婦が面食らっている。思わず、営業スマイルを向けてしまうのは、俺が社畜たる故か。
「―――ちょ!!! なんだあんたは!! はい、はいいいいいいいい?!」
テーブルの上、目の前に立つ少女に小声で驚きの全てをぶつける。思わず囲み込んでしまうのは、誰かに見つかったらヤバいんじゃないかという心配りがだな!! 問題が起きたらとりあえず隠そうとしてしまう、ブラック企業に勤める俺の社畜っぷりがだな!!
「わしは回転寿司の神なのじゃ! この度通算百億人のお客様を記念して、直々にお祝いに来たのである!! 喜べ!」
目の前で、腰に手を置き偉そうに胸を張る、少女!!! 中途半端に和風の、着物チックな出で立ちに、いわゆるかぐや姫カット……おかしな髪飾りだと思ったら、頭の上に乗ってるのはガリだ!!なんという安直なデザインなんだ!!!……食えるのか?俺は箱から箸を取り出し、ガリをつまみ上げ。
「こりゃ!!わしを食ってはいかん!!!ガリはこっちにあるやろ!!もう!!!」
「こりゃ失礼しました」
なんだ、プンプンする少女、やけにかわいいぞ……。
寿司をつまみながら話したところによると。
少女は回転寿司の神なんだそうだ。およそ60年前、回転寿司というものが発生したその日に神として発生し、今日の今日まで、回る寿司たちを愛で続けてきたのだという。記念すべき回転寿司利用者百億人目の俺に、記念品を渡すべくお茶の中から出てきたらしい。手渡された記念品は、「KAITEN=SUSHI」ロゴ入りの、キーホルダー。微妙に大きめで、やけに存在感のある代物だ。裏面には揺らすとぐるぐると回って見える、渦巻き模様が描いてあるオシャレ仕様。地味に要らないわけだが、突き返すのも何なので…車のキーに、取りつける。ちょうどアクリルキーホルダーが壊れちゃってさ、新しい奴を買おうと思っていたんだ。
少女はご機嫌な様子で、流れる寿司を見つめ、手を伸ばし、ばっくばっくと口の中に詰め込んでいる。
……お茶から出てきたはずなのに、まったく濡れてないとかさ。神として降臨したのは記念品を受け取った俺に対してだけだから、他の人には姿が見えないようになってるとかさ。微妙に世界とのずれを感じさせるくせに、しっかり寿司を食べることができるとかさ。なんというか、神様システム?の実に絶妙なご都合主義を目の当たりにして、わりと冷静に突っ込むこともせずに受け入れている自分に驚きだ。ぼっち生活の長さがここまで広い心を持たせようとは……。
「おお、これはウミヘビじゃな、取ってくれ」
「これはあかマンボウじゃ!!うんまいぞー!」
「ロコ貝は相変わらずうまいのう!!!」
さすが回転寿司の神というべきか。いわゆる代用魚ってのを、サックサックと解説してくれる。
「これは焼いておらんだし巻き卵じゃ!」
「冷凍麵の歯ごたえはたまらんのう!!」
「レンチン技術の賜物じゃて!!!」
さすが回転寿司の神だな。俺の知らない寿司屋の内部情報を、サックサックと解説してくれる。
俺はまあ、グルメでも何でもないから、本物のマグロがどうしただのレトルト商品がどうのこうの、乗せるだけが調理に値するとかしないとか、そういうのは気にならないからさ、割と面白いなって思うけど……
「おい!!これはどこ産のマグロなんだ!!」
「すみません、聞いてまいりますので少々お待ちください。」
隣の老夫婦の爺さんが、ずいぶんうるさいことを言っているからさあ、なんていうか、居た堪れないっていうか、なんというか。回転寿司で国産本マグロが100円で食えるわけねえだろ……。
「鹿児島産の、めばちマグロだそうです。」
「メバチ?!ミナミマグロ位使えんのか!!!」
なんだ、怒鳴られている店員さんが気の毒になってきたぞ…。しかも、地味にこう、怒鳴り声を聞きながらの飯ってうまくないのな。いやだなあと思ってたら、クレーマーはおとなしそうな奥さんを引き連れて派手な足音を響かせつつレジに向かって行った。塩でも撒いてやろうか……。
「隣の人、ミナミマグロ食べたそうだったよ、出してやったらよかったのに」
「何をいっとりゃあす!! ……モグ、そんなもん出せるかい!!!ンぐ、ンぐ……」
顔と同じくらいの大きさのイクラ軍艦を一口で頬張りながら、少女が憤っている。すごいな、この口はどういう仕組みなんだ。
「出せないの?神なのに」
「神と言っても、得手不得手はあるのじゃ!!わしは……新メニューを与えることに特化しておる!!!見とけ、この店、近々大ヒット商品が出るでな!!!」
思ってた神と、ちゃう……。げっそり感がハンパないぞ。もっとこう、いつでもどこでも寿司が食べ放題的なさあ、そういうのを期待しちゃうっていうかさあ。……食べ放題できるどころか、食べ放題されてしまっているわけなんだが。ちょ、高い皿のやつを遠慮なしに取るんじゃ…ない!!!
「さっきからガツガツ食べてるけど支払いどうするつもりなんだよ!! もう皿が18枚も重なってんだけど?!」
俺はどちらかというと小食で、こんなに皿を積み上げたことは一度もない。せいぜいが10枚だ。……誰かと食事をすることもないからな。
「おごってくれ!!!金はあるやんな、ごちになる!!」
くそう、こちらの懐具合はしっかり確認済みらしいぞ!!!
……まあ、金はたまる一方で、使う機会がないといえばないからさ。別に、良いっちゃあ、いいけど。
基本会社と自宅の行き来しかしない、休日は家でゴロゴロ、たまに買い物に行って自炊用の材料を買い込んで、365日朝はコーヒー、昼は社食かコンビニの助六寿司、夜はうどんという生活を続ける、趣味も無ければ興味のあることもみつけられない、つまんねえ俺はだな。実に財布の中にも通帳の中にもだな、貯まってるもんがあってだな。
「図々しいな!!まあいいけど!! そろそろやめとけよ、腹壊したらどうすんだ。その二枚で切りがいいからおしまい!!」
「……ふぁい」
少々不満そうではあるが、腹を壊しても病院に連れていくわけにはいかないからな。もうそろそろお開きにせねばなるまい。俺は積み上がった皿を、皿投入口に投げ込み始めた。
「おお、わしこれやってみたかったのよな!!当たるかな?!」
タッチパネルに、何やらアニメ画像が流れ始め、抽選?が始まった。卵焼きをもぐもぐしながら、画面を食いいるように見つめる、少女。へえ、皿投入五枚ごとにガチャが引けるのか。ずいぶんこう、ハイカラなシステムになったもんだ。
「さあ、どうだろう。……あ、ハズレだね」
タッチパネルに大きく描かれた、ハズレの文字。
「ちょ、待て!!おぬしが投入したで外れたんちゃうんか!わし!わしが入れる!!!」
ガッシャンガッシャンと、勢いよく皿を投げ込む、少女。これ、ほかの人からはどう見えてるんだろう、いきなり空中に皿が浮いてるように見えてるんじゃないだろうな……。いささか心配ではあるものの、隣の席の怒れる爺さんは帰ってしまったし、店員はこっちまで来ないし、まあ、多分大丈夫か。
「あ、ああー!!またハズレじゃ……次、次こそはっ!!!」
「……またハズレたね。」
「ムッキ―!!なんで当たらんのじゃあああああ!!!」
結局、くじは当たることはなかった。
「まあまあ、また次に来たときは当たるかもしれないんだからさ。」
「じゃあ、また一緒に食べるのじゃ!! なるたけ、はよう食いに行こうな!!」
……ん???
「なに、また俺がおごるってこと?!」
「ええやんけ!! 余裕あるんだし!!! 次の休みも頼むわ!! じゃあね、ごちそうさま!!!」
俺は、次の休みも、外食をしなければならなくなったらしいぞ?!
「わーい!! 当たった!! これは何ぞ?!」
「これはバッジだね、布に針を刺して、くっつけるんだよ。」
二回程食べに行ったところで、ようやくくじが当たった。
少女はそれはそれは嬉しそうに、バッジを胸につけてだな。
「わしはこれを家宝にしようぞ!!ふふん、ねえねえ、似合う?」
「はは、似合うよ。」
……これで、最後の外食か。くじが当たってしまえば、この少女も思い残すこともあるまい。ああ、最後くらい、食べたいものを思いっきり食わせてやるか。
「今日は遠慮しないで食べたいモノ食べていいよ。なにが食べたい? 注文してもいいし。」
少女は回転ずしの神というだけあって、いつも流れているものしか取っていなかった。
流れていないメニューもあるから、そういうのを食べさせてやりたいと思ったというかだな。
……わりとさ、俺、気配り上手の子供好きってやつでさ。
「注文すると、上に流れて来るのよな? ええとね、わしパフェ食べたい、あと、アイス!!!」
ほら、やっぱり子供だ。一口アイスを食べて目をキラキラさせてるよ。はは、クリームが鼻についてる、仕方ないなあ……。おしぼりを開けて、鼻を軽く拭ってやる。
「うんとね、次から揚げ食べたい、あとハンバーグも!ねえねえ、あん肝ってある?」
「わかったわかった!一気に注文しなくても、順番に頼むから!落ち着けって!!」
少女の本気に恐れ入る!!! 皿の枚数が20を超えてる、いくら何でも食べすぎだ!!!
「もう!!食べすぎだっての!!!あと一個、一個だけね!!!一番好きなの注文するから!!何がいいのさ!!」
「ええ……じゃあ、わし、茶巾寿司が食べたい!あれはウマくてうふんうふんで、最高なのじゃ!!」
俺は少女のリクエストに、こたえようと……あれ?
「茶巾寿司? 無いよ。この店には、売ってないみたいだ。別のに……」
「じゃあ、次は茶巾寿司を食べに行こうな!! 店、探してね!!! ごちそうさま!!!」
……ちょ!!!!!!!!!!!!
なんだこの展開は!!!!!!!!
実に厄介な神に引っかかってしまった。
茶巾寿司を食べたら、次はカリフォルニアロールが食べたい、次は蝦蛄が食べたい、海ブドウが食べたい、生の桜エビが食べたい……次から次へと、キリがない!
「あれ、君なんかちょっと…太った?」
「はは、そうですね。」
毎週俺も一緒になっていろいろ食ってるもんだからさ、地味に…いや派手にだな、見た目が丸くなってきてだな!!!
「ちょ!!お前のせいで太ったんだぞ!! なんてことしてくれるんだ!!!」
「もともとやせ過ぎだったんじゃ!!! 気に入らなんだら、運動すればええがな…行くぞ!!!」
なぜか隔週で運動することになってだな!!!
第一週・第三週の休みは回転寿司巡り、第二週・第四週の休みは山登り、第五週の休みは自宅で寿司パーティーをすることになってだな!!!
すし屋のお茶、アレの中から毎回出てきていた少女はだな、いつの間にか記念品のキーホルダーのうずまきの中から現れるようになり、ちゃっかり山登りにも同行するようになった。人の肩の上で景色を楽しみつつ、頂上でコンビニで買った稲荷ずしを食べるのだ!!!
「今月は第五週に休みがあるでな、回転寿司のセット出してくれ!!」
知ってるか?! 今ってさ、自宅用の回転寿司レーン、売ってんだぞ?! 思わず買ってしまったじゃないか、寿司桶セットも電気炊飯器もだ!!!まさか自室で米を炊く日がこようとは!!
「むう、おうち回転寿司、実に深い!うまいのじゃ!!ねえねえ、桜でんぶもっとのせてちょ♪」
「へいへい。」
皿が六枚しか乗らない、極小の回転寿司を楽しみにしている少女がいるんだから……仕方がないってね。
喜ぶやつがいるんだから、俺も一緒に楽しめばいいんじゃないかってね。
やけに充実した日々を送るようになっていたんだ、いつの間にか。
……ところが。
「?! ……ない、ないぞ?! 何だ、この穴は!!! どこ行った! 車の、キー!!」
俺は普段、尻ポケットの右側に財布、左側に車のキーを入れて仕事をしている。就業後、車に乗り込もうとしていつもの様に左側の尻ポケットに手を突っ込んだ俺は、キーの紛失に気が付いた。会社から自宅アパートまでは車で十五分、歩いて30分の距離。山登りが習慣となっている俺にとっちゃ、大した距離ではない。軽快に家まで歩いて帰り、ジーンズに履き替えて、予備のキーをもってまた会社に向かった。
「キーホルダーがないと、なんか違和感があるな…」
やけに尻ポケットの中が広々とする。でかくて邪魔だったあの記念品のキーホルダーがないと、こうも心もとなくなるものなのか。存在感というのは意外にでかいな、そんなことを考えた。
次の日は、第二週の休みの日だった。山登りに出かけたが、キーホルダーがないからか、少女は現れなかった。
一人ぼっちで登る山は、いつもと同じように心地よかったが……ずいぶん、味気ないものになった。
山登りの帰り、俺は交番に行って、車のキーの紛失届を出した。
翌週、三週目の休みの日。なじみとなった回転寿司屋に行き、お茶を作って、割りばしでぐるぐると渦を巻いた。
しかし、渦が止まっても、少女は出てこなかった。
一人ぼっちで5皿だけ寿司を食ったら、くじに当たって……小さな、マスコット人形が出てきた。
少女がいたら喜んだだろうなと思って、家に持ち帰った。
俺に、つまらない日常が戻ってきた。
朝はコーヒー、昼は社食かコンビニの助六寿司、夜はうどん。趣味も無ければ興味もわかない、会社と自宅の行き来しかない、つまらない、毎日。
キーは見つからないままずいぶん時間が過ぎ、俺は転勤を命じられた。
引っ越しが完了し、市役所に行き、手続きを終えた帰り道、回転寿司があるのを発見した。回転寿司ってのは、本当にどこにでもあるなあ、そんなことを思いつつ、久しぶりに外食をしてみようと車を停めた。
「いらっしゃいませー! おひとり様ですか? お好きな席へどうぞ!」
地方の回転寿司だからか、夕方4時半の店内に人はまばらだった。寿司レーンにも、寿司は回っていない。タッチパネルで注文して食べることになりそうだな。……少女がいたら、つまらないと騒ぎ立てていただろう。俺は一番奥のテーブル席に座り、湯呑にお茶の粉とお湯を入れて、箸でぐるぐると渦を巻いた。
「ひ、百億飛んで、3,993,566人目のキャ、客なのじゃっ!!!」
「なんだそれ!!!」
渦の中から、懐かしい少女が出てきた。思わず全力で突っ込んでしまったじゃないか!!!
「おぬしがわしのキーホルダ、失くすでだ!!! わし、あれがないとこっちに来れなんだのに!!おぬしのせいでおぬしのせいでええええええ!!! わーん!!!」
なんだ、めちゃくちゃ泣いてるじゃないか。罪悪感がハンパないぞ……。
「悪かったよ、今日は思いっきり食べていいからさ、許してよ」
「高いもんばっか食うでな!!!!!!」
宣言通りに大トロやらウニやらたらふく食べながら、少女はいろいろと話をしてくれた。
曰く、あのキーホルダーは神の世界とこの世界を繋ぐキーアイテムであると。失くしてすぐに俺が寿司屋に入った時は、キーホルダー探しをしていて来ることができなかったらしい。次に俺が寿司屋に行ったらすぐに顔を出すつもりだったのに、いつまでたっても寿司屋に行ってくれないので、もう来れないかと思った、よくも待たせたな……などなど。もうキーホルダーの存在が消えてしまったから、おそらくごみとして処理されたと思われるそうだ。あれがなければこちらに来ることができないのだが、何かのイベントがあればそれにかこつけてこちらに姿を現すことが可能なので、無理やり10,003,993,566人目の客祝いを設けたというから恐れ入る。
「まあ、山や部屋には同行できんが、回転寿司に来ればわしの領域だでな、顔は出せる。毎週通ってね!!!」
ちょっと待て、俺はまた毎週寿司を食って、ブクブクと太らなければならないのか?! ようやく元の体型に戻ったのに、とんでもない!!!
「あのさあ、君がこっちに来ることはできないの。いちいち渦から出てくるのメンドクサイじゃないか。ここで暮らせばいいのに。」
「わしはここの世界では、神でおられんのじゃて……。」
やけにしんみりした顔をしているが、その腹はポッコリと膨らんでいる。完全に食べすぎだ。……今後は、しっかりと暴飲暴食を戒めていかねばなるまい。
「なんだそんなこと。普通の人として、ここにいればいいのさ。」
「いいのかい。」
少女は、ぐんぐん大きくなって、女性になった。
あんなに膨れた体をしていたのに、やけにやせっぽっちの貧弱な女性になったので驚いてしまった。
「君、もっと食べなさい!!!」
「もう食べられん!!!」
細い女性を太らせるために、休みの度に回転寿司を巡り。
顔色の良くなった女性を引き連れて、太りすぎた俺の体を引き締めるべくウォーキングに引っ張り出し。
いきなり会社が倒産して大変な目に遭ったりもしたけどさ。
回転寿司屋で働くようになって、ずいぶん休みも取れるようになってさ。
女性とともに、全国を旅してまわった。
回転寿司だけじゃなく、うまいもんをたらふく食べて、食べさせてまわった。
すっかり舌の肥えてしまった俺たちの結婚式は、実にうまい料理が並んでだな。
嫁の考えたメニューは、全国規模で人気のメニューになったりしてだな。
「家宝は、持って行くでな。」
「うん。」
妻は、ずいぶん太ましくなったはずなのに……やけに細い体になってしまった。
50年かけて太らせた体が細くなるのは……一瞬だった。
すっかり色の抜け落ちた、寿司屋で当たったバッジを胸につけ……妻は空に帰ってしまった。
俺もずいぶん、食欲が落ちた。
元々そんなに、食べる方じゃ、ない。
朝コーヒー、昼おにぎり、夜弁当。
配食サービスの弁当ですら、完食することが難しい。
外食する体力も、ない。
回転寿司に行けば、少しは食欲もわくかもしれない……そんなことを、ふと、思った。
「そうだ、回転寿司、行かなくてもできるじゃないか……。」
俺は押し入れの奥から、妻と共に楽しんだ、回転寿司セットを取り出した。
六枚の皿の上に、配食弁当のおかずを乗せて……スイッチ、オン。
少しぎこちないが、皿はクルリ、クルリと、回り始めた。
「はは、回転寿司だ……。」
「むむ、これは寿司ではないのじゃ!!回転弁当じゃん!!!」
まわる皿の真ん中あたりから、少女が飛び出してきた。
「配食で寿司が出た事、ないんだよ……。」
「何やそれ!!つまらんのう!!!」
久しぶりに……憤る少女の声を聴いて、少しだけ、腹が減ったような気がした俺は。
回る皿に……手を、伸ばそうと。
「ね、一緒に美味しいもの、食べに行こうよ!」
俺に手を伸ばしたのは、少女……ではなく、最愛の、妻。
その手を、取ろうと。
……伸ばした手は、机の上に、だらりと、落ちた。
回転寿司セットが、俺の手の妨害を受けて…動きを、止める。
「食べ過ぎたら、ウォーキング二時間だからな!!」
「わかっておる!!!」
動かなくなった、老いた体からするりと抜け出して。
俺は、愛する妻の手を取り。
うまいものを食う旅に……出た。
こちらの作品は動画になっています(*'ω'*)
『恋をしてみないかい 回転寿司 たかさば所』で検索すると、出てきますよぅ…




