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恋をしてみないかい  作者: たかさば


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12/21

物語

 小さいころから、文章を書くのが得意だった…私。


 絵日記、作文、詩、感想文に…創作。


 読書感想文が表彰されたり、作文が新聞に載ったり、創作絵本コンテストで入賞したり。


 字を書くのが好きだった。

 文章を書くのが好きだった。

 物語を書くのが好きだった。



 いつのころからか、自分の書いた物語を友達に見せてまわるようになった。


 童話、コメディ、泣けるお話に、感動するストーリー。

 気が付けば、物語を書いたノートは八冊になっていた。


「ねえ、あたし恋のお話が読んでみたい!」


 おませなお友達の一言で、恋愛小説を書こうと意気込んだ。


 …人を好きになるという事、恋をするという事。


 …恋を知らない私は、この時初めて、挫折を味わう事になった。


 書きたくても、かけない。

 書きたいと思う心ばかりが先行して、文字がつながって、いかない。


 創造力が、わいてこない。

 想像力が、文字にならない。


 恋の物語を書けない私は、普通の物語も書けなくなってしまった。


「あれ、最近新作書いてないの?」

「うん…受験だし。」


 書けなくなった理由を受験に押し付け、私は創作の全てを…手放してしまった。


 真新しい、九冊目のノートには、タイトルと、自分のペンネームしか書かれていない。

 …八冊のノートには、すべて…最後のページまで物語がびっしりと書かれているというのに。


 私は、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 こんなにもたくさん、私は物語を書かせてもらっていたのに。

 こんなにも長い間、私は物語を書かせてもらっていたのに。


 …物語を始める事すら、できずに、私は。


 タイトルとペンネームしか書かれていない、まっさらなノートの表紙をめくり…私は、一ページ目に、文字を、記した。


 物語の神様へ

 いつか恋をした時に、必ず物語を書きます

 待っていてください


 私は、九冊のノートを…自分の机の、一番奥に、しまい込んだ。




「おい!!なんだこの文章は!!」

「すみません…。」


 物語を書かなくなって、十年。

 私は、小さな出版社で働くようになった。


 物語こそ書けなくなったものの、私には文章を書く力は残されていたようで、文学部へ進学したのち、文章を書く仕事につくこととなった。

 文章校正、改稿補助、雑誌のコラムやメールマガジン…いろんな文章を書きながら、着実にキャリアアップして来た…私。


「お前読者舐めんなよ?こんな上辺だけの記事、誰が賛同すんだよ!全部書き直せ!」


 入社して四年目、挫折を…これでもかというほど、味わった。


 ―――「恋の処方箋」?

 ―――女性向けの、恋愛コラムなんだ。任せたいんだけど、いい?

 ―――はい!がんばります!!!


 物語を書かなくなって、私は物語を読むことに夢中になった。

 十年かけて読んだ恋の物語は…数知れず。


 物語に夢中になりすぎて、恋をするチャンスを見逃したまま、年を重ねていた。


 ―――何これ、本当に…君が書いたの?このコラム…。

 ―――こんなに簡単にあきらめちゃう女性が…情熱的?

 ―――駆け引きって、理解できてる?


 私は…思い上がってしまったのだ。


 恋など、恋についての文章など、恋をしなくても、書けるはずだと。


「すみません、私には…書けないです。」

「書けない?馬鹿野郎!!仕事ってのはな、書けないじゃすまないんだよ!!書くんだ!!お前のは書けないんじゃない、書かないんだ!」


 結局、私は、仕事を完遂することができず…後輩にバトンタッチすることになった。


 文章が、どんどん、書けなくなっていった。

 文字が、どんどん、書けなくなっていった。



 私は、出版社を、退社することに、なった。




 仕事をやめ、しばらくのんびりと過ごすことを決めた私は…久しぶりに、図書館へと、足を運んだ。


 新しい本、古い本、紙のにおいに、インクのほのかな香り。

 朝から夕方まで、気ままに本を読んで…少しづつ、自分を取り戻し始めた。


 物語を、読んだ。

 物語を、たくさん、読んだ。

 物語を、たくさん、たくさん、読んだ。


 物語を、たくさん、たくさん、読みたいと思えるようになった。


 物語を、たくさん、たくさん、読んで、感想を書きたいと思えるようになった。


 物語を、たくさん、たくさん、読んで、感想を書くように…なった。



「いつもレビュー投函してくださってますよね。」


 読み切れなかった新刊小説を借りていこうと、貸出コーナーに向かった私に、図書館司書の青年が声をかけた。

 顔は良く知っているけれど、会話をするのは…初めての事で、少々、戸惑う。


「・・・はい。」


 カードと本を差し出しつつ、返事を、する。


「僕、いつも楽しみにしてるんです。」


 この図書館には、読者のレビューを公開するコーナーが、ある。

 新刊コーナーの本を読ませてもらった後、私はいつも…読者レビューを投函するように、なっていた。


 本に、物語に・・・真正面から向き合って、私の思いをただ素直に…書かせていただいて。

 本が、物語が・・・誰かの元に届いて、何かを得てもらえるように…願って。


 文字を、文章を書く仕事を…手放してはしまったけれど。

 結局、私は。

 文字を、繋ぐことが。

 ・・・好きだと。


「あなたにレビューしてもらえた物語は、本当に幸せだと思います!」


 …とても、驚いた。


 とても、驚いて、しまったのだ、私は…おそらく。


「え…?!あの!!ご、ごめんなさい?!あの!!僕何か悪い事言いました?!」


 急にあわてだした青年を見て、はっと、我にかえった。


「いえ…、ごめんな、さい・・・。」


 無意識のうちに…、涙が、こぼれて、しまって、いた、らしい。


 自分でさえ、こぼしたことに気が付かなかった…涙。


 …この、涙は、いったい…?


 認めてもらえない文章しか…書くことができなかった、私。

 認めてもらえない文章どころか、文字すら繋ぐことができなくなっていた…私。


 私がつないだ文字など、誰も喜ぶはずがないと、どこかで、思っていた。


 ―――僕、楽しみにしてるんです


 私につながれたところで、文字は文章になった事を喜んではいないと、どこかで、思っていた。


 ―――あなたにレビューしてもらえた物語は、本当に幸せだと思います!


 …誰かの、言葉で、こんなにも胸がいっぱいになるなんて。


 図書館司書の青年は、何も言わずに、私にハンカチを、差し出した。





 涙をこぼしてしまった一件以来、私と図書館司書の青年は、時折言葉をかわすようになった。


 ハンカチを洗って返した時にお気に入りの短編集を一緒にプレゼントしたところ、いつの間にかお気に入りの本の交換がスタートしてしまったのだった。


 毎週火曜の閉館時間に、本の交換をするようになって…二ヶ月。ずいぶん打ち解けて、いろんな話をするように、なっていた。


「君の書く物語を…読んで、みたいな。」

「・・・え?」


 ふいに、青年が言った言葉に、はっとした。


「物語を愛する君なら、きっと物語が満足するような、ステキな物語を書けると、思うんだけど?」


 もう、何年も前に…物語を書くことをあきらめてしまった、私。


「私は…誰かの物語を、読むことしか、できないもの。」

「こんなに、物語に対する愛があふれたレビューを、書いているのに?」


 青年は、いつだって、私の書くレビューを…絶賛してくれている。その声があったから、私は。


「物語をレビューする事と、物語を書くことは…違うわ。」

「…君は本当に…真面目で一途というか…もっと、肩の力を抜いてみたらいいんじゃない?」


 呆れたような顔をして…ふわりと笑った青年を見て、少しだけ、少しだけ…私の、心が、揺れた。


 ・・・青年に、話してみようか。

 私が、物語を書かなくなった、そのわけを。


「…でも、私は。」

「・・・でも?」


 思い切って、話して、みた。


 文章を書くことが好きだという事。

 昔、物語を書いていた事。

 恋の物語が書けなくて、ほかの物語も書けなくなってしまったこと。

 たくさんの物語を読んだこと。

 文章を書く仕事をしていたこと。

 文章に対して驕りがあったこと。

 文章が書けなくて仕事をやめたこと。


「君の中の物語は、きっと君に書いてもらうことを…心待ちにしているんじゃないかな?」

「ずっと、放っておいたから、怒っている、かも、しれない。」


 私の中にあった、物語。

 …私の物語は、まだ、私の中にあるのだろうか。

 私の中に生まれる、物語。

 …私の物語は、私の中に、生まれてくれるのだろうか。


 もう、私を見限って…消えてしまったのでは、ない?


「君の中に物語がある限り、物語を愛する心がある限り、物語は…書いてもらうことを、諦めたりなんかしないさ。」

「でも、私は…誰にも認めてもらえない文章しか、書けないもの。」


 書いたところで、物語にならずに、文章の拙さばかりが目立ってしまう、はず。

 物語が、私の力が至らないせいで…つぶれてしまうなんて、そんな、事。


「物語は、奇麗な文章で書かれる事を求めてなんかいないよ。君の物語を君自身の言葉で綴ってほしいと望んでいるんだから。」


 私の、物語は。

 私に、書かれることを。

 望んで、いる…?


「書けないかも、知れない。」


 私は、もう、・・・何年も。


「書いてみなければ、わからないことだよね?」


 ・・・書いて、みようか。


 ・・・でも。


「私は…恋を知らないから、物語は…書けないわ。」

「…恋?」


 ―――物語の神様へ

 ―――いつか恋をした時に、必ず物語を書きます

 ―――待っていてください


 私は、もう、ずいぶん…物語の神様を、待たせてしまって、いる。


「私は、恋をしたら物語を書くと、決めているの。…それまで物語は書け

「なんだ、そんなこと。」」


 いつも物静かな青年が、私の言葉尻を・・無理やり、つかまえて。


「…僕と恋をすればいいんだよ。」




 手探りで、恋を・・・恐る恐る、綴り始めた。


「これは、恋かな?」


 はっきりと、これは恋だと言い切るような激しさは、なかったけれど。


「恋かも、知れないね。」


 燃え上がるような激しい瞬間ではなく、穏やかな時間をくれた…あたたかい春の陽気のような青年と、共に過ごすようになった。


「これは、愛かな?」


 まっさらだった私のノートには、文字が、言葉が、文章があふれだし…いつしか恋の物語で、埋め尽くされた。


「愛かも、知れないね。」


 何冊も、何冊も…恋の物語を、書いた。

 何冊も、何冊も…私の物語を、書いた。




「いくつもいくつも恋のお話を書いたけれど、結局私は激しい恋を経験することはできなかったわ。」


 愛おしい、主人が、私を見つめて、いる。

 …やさしい眼差しは、青年だった頃と、何一つ、変わっていない。


「・・・燃えるような恋ができなくて、残念だった?」


 白いベッドに横たわる、私の手を握りながら、主人がぎこちない笑顔を、私に…向ける。


「ううん…愛おしいと思う気持ち、穏やかな時間…、ありがとう、私に恋を教えてくれて。」


 私は、もう…物語を綴ることが…できなくなって、しまった。


 ・・・けれど。


 この体は、…ずいぶん、たくさんの物語を、綴ったから。

 私は、とても…満足しているのよ?


 ・・・心残りが、あるとすれば。


 私は、胸の上にある…古ぼけたノートに、手を、伸ばした。

 主人が、そっと、震える手を支えてくれる。


 ―恋に恋する、私の物語―

 ―小早川ツヅル―


 ノートの、表紙を…そっと、めくる。


 物語の神様へ

 いつか恋をした時に、必ず物語を書きます

 待っていてください


「物語の神様は、私の物語を…読んでくれたのかしら…。」


 ずいぶん待たせてしまったことを、怒ってはいなかったのかしら。

 ずいぶん待たせてしまったけれど、許してくれたのかしら。


 ずいぶん待たせた後、ずいぶん迷いながら文字を繋げたけれど、笑ったりしなかったかしら。

 ずいぶん待たせた後、ずいぶん無遠慮に物語を書いたけど、呆れたりはしなかったかしら。


 …ずいぶん物語を書いたけれど、結局私の恋の物語は完結できなくて。


 私、愛する人を愛おしいと思う気持ちを…完結させたくなかったの。

 …完結させることから、逃げてしまったことを、許してくれるかなあ…。


「・・・全部読んだよ?」


「・・・なんだ、あなた、物語の神様だったの?」


 私の愛する旦那様は…物語の神様だった、みたい。


「君がいつまでたっても…物語を書いてくれないから、書いてもらうために地上に降りてしまったのさ。」


 …ふふ、ずいぶん長い間、一緒にいたのに…私、全然、知らなかった。


「・・・待たせて、ごめんね?」

「待っている時だって、僕は愛おしかったよ?」


 ・・・良かった。

 私、神様を怒らせてなかったみたい。

 私、神様に愛されていたみたい。


「君が恋の物語を書きたいと願ったから…僕は思わず、その相手に立候補してしまった、それだけの話なんだよ。」


 そうだったんだ。


「私の・・・書いた物語は、どうだったかしら?」

「とてもいい、物語だった。・・・完結しなければ、良いと、思うほどに。」


 なんだ…神様も、完結を、望んでいなかったのね。


「物語は、完結することができなかったわ。…安心、して?」


 もう、じきに…私の恋の物語を綴る人は、・・・いなくなるもの。

 この恋の物語には、永遠に・・・最後のページが、存在、しない、事に・・・なる。


「物語は完結を望んでいないから…このまま、続けていきたいんだけど。」

「・・・私もまだ、物語の続き、知りたい。」


 私だけの、物語が・・・間もなく、時を、とめる。


「じゃあ、僕と一緒に・・・いこうか。」


「・・・いいの?」



 ああ、私、まだ…恋が、できる、かも。



「もちろん。・・・疲れただろう?そろそろ、…お休み。」




 私は、ゆっくり・・・目を、閉じて。





 愛する主人とともに、光の中に・・・溶け込んで、いった。



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