1.7.やけに詳しい
この状況にほっとすればいいのか、それとも八樫という人物が大声を出したことに慌てればいいのか良く分からない。
とは言え味方が増えるのは有難い事だ。
ここばかりは梶原に感謝した。
「さーてさて、梶原がここにいるってことは別にいいとして……面白い子ってのは君か」
元気のなさそうな顔で見つめてきた八樫。
彼は背が高く黒く濁った眼をしている気がした。
探偵らしい綺麗な服装を着ているというのに、その表情と髪の強いくせっけから少し小汚く感じてしまう。
実際はそうではないのだろうが、第一印象としてはそんな感じだ。
「私のこと知ってるんですか?」
「いや、知らない。でもちょっとした嫌な伝手があって君が危険な状況にあるという事は知っていた」
「えと……」
「ま、脱出の手伝いはするよって事で宜しく。俺は八樫屋。君は?」
「八樫屋……さん? あ、えと……私は万巳って言います」
八樫屋という苗字なのだろうか?
珍しいなと思いながら、差し出された手を握り返す。
しかし彼は一体どこから来たのだろうか。
奥の方から来たのだとすれば自分たちが見ていないのも不思議ではないが……そうなると反対側には他の人もいるかもしれない。
彼らがいつ生贄にされるかは分からないが、無事帰還することが出来れば警察を呼ぼうと思う。
そんな事を考えていると、八樫と梶原が話を進めていた。
「状況を」
「今の所崇拝者は見えません。俺たちは生贄にする為に捕らえられたようです。道中にあった蝋燭の消え具合からして、最後にここに人が訪れたのは四時間前……他に拉致監禁された人物は見えません」
「何を崇拝している教団だ?」
「教団かどうかまでは俺の知識ではわかりません。ですが人の皮を生きたまま剥がして生贄とするそうです」
「……最悪ぅ」
八樫は大きなため息と共にそんな言葉を零した。
どうやら何かを知っている様だ。
それを聞こうかどうか迷ったが、今は自分が入れる会話ではなさそうだった。
その代わりに、梶原が聞こうとしてくれたことを聞いてくれた。
「知っているんですか?」
「皮膚の兄弟団……最悪な教団の一つだよ。君の為にも詳しい話はしないでおく」
「有難う御座います。でも必要な時は頼ってくださいね」
「だからこそ君は知らないことが多い方が良い」
またそれかと肩をすくめる。
何度も同じ言葉を聞かされているので、これが本当に実を結んでいるのかは良く分からない。
今聞いても話してはくれなさそうなので、梶原は次の話をすることにした。
「で、どうします?」
「どうもこうも脱出しないとな。俺もここは初めてだから出口とかは分からん。だがここが兄弟団の崇拝場所だとしたら厄介だ」
「どう厄介なんです?」
「見つかったら終いだってことくらいかな。どっちにも」
「その言い方だと、二つの存在がいるように思えますが」
「人間と、崇拝対象、って所かね」
「……なるほど、と言っておきますね」
半場諦めた様にして会話を終えた梶原は、鞄の中からベルトに装着するタイプの帯刀ベルトを腰に巻き始める。
この辺は理解させてくない話なのだという事が分かったのだ。
言及しても教えてくれることは無いだろう。
だがその話を聞いて黙っている万巳ではない。
何故八樫屋と名乗った人物はここまで詳しいのだろうか。
そこまで知っていると彼が本当に味方かどうか怪しくなってくる。
「ちょっとすいません、八樫屋さん。貴方何者なんですか?」
「俺かい? ただの私立探偵さ。こいつと同業」
「じゃなくて、なんでここの事そんなに詳しいんですか」
「詳しかないよ」
「でも教団なんて言葉普通は出て来ませんよ。何を知っているんですか? そもそも私の事を知っているような口ぶりだったのも気になります」
「危ない状況の人物がいるってことは知ってただけで、君の事は本当に知らない」
本当だろうか?
このような状況に陥っている為か、疑心暗鬼になっている気がする。
だが疑わずにはいられない。
彼が本当に自分たちを助けてくれる仲間であるという確証が一つでも欲しい。
そうでなければ安心できない。
「今、君を納得させれるだけの物はないよ」
彼は迷うことなくそう言った。
身分証明証とかそう言った物もないのだろうかと思ったが、それを見せられたところで信頼に足る人物かどうかなんてわかるはずもない。
だが梶原と友人であるという事実が、彼の事を信じようとする心をかろうじて残してくれていた。
「仲間割れするのは構わないけど、賢明な判断だとは思わないね」
「そりゃ……そうですけど……」
まだ不安はぬぐい切れない。
流石にこうしていられ続けるのも面倒くさい。
そう思ったのか、八樫は頭をカリカリと掻いて面倒くさそうに溜息を吐いた。
「分かった。じゃあ知っていることを教えよう。本当は脱出してからの方が良いんだけどね」
何故自分が聞いても教えてくれないのに彼女の機嫌を取る為には教えてくれるのだろうかと、少し不満げに思う梶原だった。