6.2.訪問者
いつもの指定位置に大切なものがないととても不安になる。
家にあるとは分かっていても、やはり不安というのは拭いきれないものなのだ。
休憩しながら走って家まで帰って来た万巳は、汗を拭いて扉を開けた。
帰ったばかりの家は冷房も何も利いていないし窓も開いていないので、心なしか外よりも暑い気がする。
とりあえず冷蔵庫に向かって歩き、飲み物をコップに注いでそれを煽るように飲んだ。
一息ついた後、目的の物を探す。
鞄は二階で用意したはずだ。
なのでその近くに財布が置いてあるはずである。
寝室に入ってみれば、財布はすぐに見つかった。
それにほっとして肩の力を抜く。
「あぁ~よかったぁ……」
財布を鞄の中に仕舞って、今度こそ指定位置に戻した。
鞄に色々なものを入れていると、こういう時すぐに気が付けなくて困る。
もう少し減らそうかなとも考えたが、夏は尚更必要なものが増えるのだ。
これ以上減らすわけにはいかない。
目的の物も見つかったので、そろそろ八樫の事務所に向かうことにする。
今日はそれが終われば仕事は終わりだろう。
暫く休みらしい休みは取れなかったが、明日もまた仕事なので体を休めるのはもう少し先になりそうだ。
もう一度飲み物を飲んでから外に出ることにする。
冷蔵庫の前まで来たところで、扉を叩く音が聞こえた。
万巳は首を傾げる。
この家にはインターホンがあるはずだ。
それもよく見える位置にある。
普通であればそれを押すはずなのだが……。
「はーい」
とりあえず出てみなければならないだろう。
速足で玄関まで進み、ドアを開けてみる。
するとそこには、小さな男の子がいた。
小学三年生くらいだろうか。
可愛らしい男の子が、こちら側を見ている。
だが目線はこちらを向いていない。
よく見てみれば手に白杖を持っており、彼が盲目であるということが分かる。
それであればインターホンを押さないのもわかるが、どうして盲目の少年がこの家に来たのだろうかと、結局首を傾げることになった。
だが不自然なところもある。
まず盲目の子供が一人で出歩いているのはなんだか珍しい気がした。
それに顔や腕に小さな傷がいくつも見て取れる。
草木に引っ掛かってできたような傷であるということが分かったが、服は綺麗だ。
これは今日付いた傷ではないのだろう。
「えーと……こんにちは?」
「こんにちは」
しっかりとした受け応えで、声のした方を見てくる。
目は開いてるが白い。
視線も合っていないので、やはり盲目なのだということが再確認できた。
男の子はペコリと頭を下げる。
心なしか少し安堵しているような気もした。
「初めまして。僕は浜川天八です」
「ご、ご丁寧にどうも……。万巳です。えっと、どうしたのかな?」
「すいません、僕この通り目が見えなくて、帰り道が分からないんです。なので僕を家まで連れて行ってくれませんか?」
「お母さんたちとはぐれちゃったの?」
「お姉さんと一緒に出てきたはずだったんですけど、いつの間にかいなくなってて……」
浜川はしょんぼりとして、肩を落とす。
年齢の割にはとても礼儀正しい少年だ。
子供らしさがあまりないなと思ったが、目が見えないのであれば人に頼ることが多いのは当然。
そんな生活が続いて、こういう風になってしまったのだろう。
万巳は周囲を確認してみる。
確かに保護者と思われる人物は歩いていない。
それを確認した後、しゃがみ込んで目線を合わせる。
「えーと、お姉さんがどこにいるとか……そうか、分からないよね」
「すいません……」
少年は目が見えない。
であれば姉の姿を見たことがないはずだ。
声だけで誰が誰なのかを判断しているはずである。
相手が見つけてくれればいいのだが、そんな都合の良いことは起こらないだろう。
これであれば、自宅を見つけてあげた方がいいかもしれない。
だがまだ仕事が残っている。
どうしようかと頭を悩ませていたが、子供に頼られて無視するわけにはいかないだろう。
とりあえず八樫に電話しておくことにする。
「あ、もしもし」
『どうしたんだい?』
「子供が迷子みたいで、頼られてしまって」
『あら、それはまた』
それから軽く浜川の状態を説明した。
盲目であるため行動の制限が厳しく、誰かが手助けしなくてはならない。
説明が終わると、八樫は小さく唸った。
『んー、警察に任せてもいいと思うけど……今日、日曜日だからなぁ……』
「あ、そうか」
『とりあえず連れておいでよ。仕事が終わったら一緒に家を探してあげよう。そのお姉さんには悪いけどね。そっちの方が安全だと思うし。道中話を聞いておいてもらってもいいかい?』
「分かりました」
電話を切り、浜川にそのことを伝えた。
するとぱぁと嬉しそうな表情になって、少し前のめりになって両手を握る。
「わぁ! ありがとうございます!」
「本当は知らない人についていっちゃいけないんだよ……?」
「はは、す、すいません……。でも頼らないと動けないので……」
「そっか。とりあえず移動するけど、いいかな?」
「はい」
提案を飲んでくれた浜川を連れて、とりあえず冷房の効いているであろう探偵事務所へと足を運ぶのだった。




