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5.2.猫のたまり場


 何度かの問答を繰り返したが結局埒が明かなかった。

 動物と会話ができるのかと聞いてみたら猫限定だと言う。

 そんな都合の良い話あるかと言えば、言語を取得しているんだと意味の分からないことを口にした。


 普通に考えればそんなこと信用できるはずもないのだが、彼はその猫から和のことを聞いてここまで言い当てた……らしい。

 まだ信じることはできそうにないし、何なら他人だ。

 見知らぬ人の意味の分からない発言をそう簡単に信じていたら騙されるのがオチである。


「何で信じてくれないかなー! 猫ちゃんはこう言っているじゃないですか!」

「いやにゃあにゃあとしか聞き取れませんって……。ていうかもういいですか?」

「いや良くないです!」

「全然少しじゃない!!」

「だから和ちゃんが困ってるって言ってるじゃないですか! それを何とかしてあげないとー!」


 いや、これをどう信じればいいんだと逆に困惑する。

 思考を放棄してもう帰ってやろうかと考えてしまう程だ。

 どうしたら収束するのか分からなくなってきた。


「ああ、じゃあもう分かりましたから……。猫と会話ができるって証拠を見せてください。それが分かればこちらとしても信じられることが増えると思いますし」

「確かにそうですね……。ローアさーん」


 彼がそう言うと、猫がトテトテと歩いてきた。

 ロシアンブルーだ。

 ローアは彼の足元に座り、こちらを見る。


「ああ、そうそう。まずこのローアさんなんだけど、僕の飼い猫じゃないです」

「随分と人に慣れてますね。他の人の飼い猫ですか?」

「野良猫ですよ?」

「へぇー……」


 呼ばれてやってくる野良猫なんて珍しい。

 初対面だが、彼は相当な猫好きだということが分かる。

 恐らく何処かで餌なんかをやっていたりしたのだろう。


 彼はしゃがみ込み、猫に目線を合わせる。

 それからフイと目線を外し「にゃあー、なぁ~」と言った。

 やはり不気味である。


「ナァ~」


 すると、ローアが立ち上がって歩きだす。

 彼はそれについていき、こちらに手招きをした。


「ちょっと移動しましょう。道案内はローアさんがしてくれるので」

「え、えぇ……。猫が道案内……?」


 なんだかもう考えるのが面倒くさくなってきたので、向こうの気が済むまで付き合ってあげることにする。

 やれやれといった様子でついていき、彼の後ろをついていく。


「そういえば、お名前は?」

「……万巳です」

十山(とじやま)です」

「で、何処に向かっているんですか?」

「ああ、猫のたまり場ですよ。集会の場所ですね」

「……え?」


 猫のたまり場というのは、市街地で生活する猫の縄張りが重なり合い、仕方がなく顔見せをして敵ではないことを認識する場だ。

 それ自体は不自然なことはないのだが、そこに案内をさせているというのが引っ掛かった。

 猫に頼んでそんなこと普通はしてくれない。

 だが今先頭を歩いているローアは、迷いなく道を進んでいた。


 もしローアが本当に猫のたまり場に連れて行ってくれたのであれば、彼が猫と喋ることができるということは信じてもいいだろう。

 普通そんなことはできるはずがない。

 飼い猫であればたまり場に行くこともないだろうし、野良猫であれば人の言う事など聞いてくれるはずがないのだ。


 猫と十山は大きな通りから小さな通りへ、そして細い小道を歩いていった。

 猫はともかく、十山は足場など関係ないといった風に、猫の後ろをついていっている。

 万巳は彼らを追うだけで息が切れていた。


 本当に休日に何をしているんだろうと嘆息する。

 声を掛けられなければ今頃美味しいご飯やスイーツを食べているところなのだが……。


 そんな事を考えていると、十山が立ち止まった。

 同じ様に立ち止まって周囲を見渡してみると、そこは古びた建物と何処かの倉庫の裏手。

 空き地となっている場所だ。

 人であればこんな所にはなかなか来ないだろう。

 子供が見つければ秘密基地にするといって騒ぎそうだ。


 日当たりはよく、不法投棄されている冷蔵庫やタイヤが転がっていた。

 四メートルくらいの木が一本立っており、その下にはあまり草が生えていない。

 こんな所があったのかとついキョロキョロとしてしまうのだが、猫の姿が全く見えなかった。


 その事を十山に聞こうとしたところ、彼は根元まで行って座り込んだ。

 脚を組んで目を閉じる。


「え……?」

「もうちょっとしたら来るらしいですよ。それまでは休憩です」

「ええー……」


 ローアは十山の隣りにちょこんと座った。

 野良猫なのに本当によく懐かせたものだと感心する。


 お腹空いたなぁと思いながら、空を見上げる。

 日が当たって温かい。

 確かにここであれば猫が集まりやすいのかもしれない。


「ナー」

「おっ……?」


 知らない間に違う猫が、万巳の足元にいた。

 ちょっとびっくりして一歩離れると、今度はかかとで何か柔らかいものを蹴ってしまう。


「ニャア!」

「うわわっ!」


 また違う猫が後ろにいた様だ。

 大きな声を出して万巳を威嚇している。

 だがすぐにそっぽを向いて、その辺の塀の上に登ってこちらを観察していた。

 初めて見た顔を覚えている様だ。


 それからもポツポツと猫が集まり始めた。

 首輪をしている猫もいるが、そのほとんどは野良猫で綺麗げな猫も居れば汚げな猫もいる。

 全部で十五匹くらい集まったのだろうか。

 ここは明らかに猫のたまり場と言って差し支えないだろう。


 十山を見てみれば、猫が周りに集まっている。

 ナァナァと鳴いて何かを求めるようにしているようだ。


「いや、違うんだよチーさん……。あの人が信じてくれないと話進まないんだって……」

「ゥニャァア」

「ミレさんもそう焦らないで……」

「ニー……」

「レンゲさんまで……いや、分かりましたから……」


 長毛種の三毛猫に低く鳴かれ、渋々といった様子で上体を起こした。

 目つきの悪さが眠気に誘われているような気もするが、これが彼の普通らしい。

 猫は人の目つきの悪さなどに臆することなく、片手を十山に置いてナァナァと鳴いていた。


「さて、これで信じてもらえましたかね……?」

「……本当に、会話できるんですね」

「完璧じゃないんですけどねー。でも今日は調子がいいです」


 不意に猫の顎を撫でようとしたところで、ぺしっと手を叩かれた。


「ナァー……」

「すいません……仕事します……」


 十山は胡坐をしてこちらを向いた。


「じゃあ信じてもらえたところで、和さんからの言伝をお伝えしますね」

「へ?」

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