4.13.後日談
合流して万巳が八樫のジムニーに乗り込み、竿宇治はセレナへと乗り込んだ。
あんな寒い場所ずっと居るわけにはいかなかったので、合流してすぐに各々の家へと送り届けた。
虚化のセレナを使用して女性二人を病院へ送り届け、芦野と滝野家を経由して彼らも帰路についたようだ。
帰ったのは深夜二時。
大冒険だったなと心の中で呟いて、ベッドへとダイブすると速攻で寝落ちてしまった。
車の中でも寝させてもらっていたが、全然寝足りなかったようだ。
そして二日が経った。
秦野と湯村とは電話番号を交換していたので、無事かどうか気になって電話を掛けてみた。
朝だったがすぐに明るい声が帰って来たことに、万巳は心底安心した。
刺された湯村だったが、致命傷は負っていなくて命には別状はないらしい。
また鳥取に遊びに来てねという言葉を最後に電話を切ったが、あんなことがあったのでもう暫く鳥取には近づきたくなかった。
蟹は少し心残りだが。
万巳は二人の声を聴いて元気が出た。
コートを羽織って八樫探偵事務所へと足を運ぶことにする。
向こうであったことを聞いておきたいというのもあったが、愚痴を聞いてもらいたいというのが一番だった。
◆
事務所の扉を開けると、そこには八樫と和がいた。
それに首を傾げる。
「おはようございます。あれ、和もう引き取って来たんですか?」
「おはよう。まぁね。帰って来たのに向こうに預けておくわけにもいかないからね」
和はいつもの定位置でコロコロと転がっている。
見せている腹を八樫が撫でていた。
とても気持ちがよさそうに目を細めている。
「で、依頼……どうなりました?」
「どうもこうも、調査不可能になったってことで今回は報酬無し。一日分の依頼料は貰ったけどね。殺人事件が起きたんだから、捜査もできないさ」
そう言って、八樫は万巳に新聞を手渡した。
開かれているページを見てみると、そこには鳥取県にある翡翠亭で惨殺事件発生という大きな見出しが掲載されている。
内容を読んでみると、翡翠亭は雪崩によって完全に崩壊したと書かれてあった。
惨殺事件というのは、警察に連絡をした芦野から事情を聴いてそういう名前が付けられたらしい。
確認するために自衛隊が雪崩に飲まれた翡翠亭を掘り返してみると、確かにズタボロにされた死体があった。
しかし犯人は分からずじまいであり、今も尚調査が進んでいいるとの事。
依頼のあった翡翠亭の素行調査も、建物がなくなってしまったのであればやる必要もない。
向こうも不承不承といった具合に一日分の依頼料を振り込んでくれた。
「ま、もう俺たちには関係ないけどね」
「いいんですかそんなんで……」
「私立探偵は事件の解決はできないんだ。ドラマとか漫画とかはそう言うの多いけどね。やれるとすれば、警察の初動捜査隊と同じことくらいだよ」
「ああ、それはここに入ってから一回聞きましたね」
そういえばそうだったと、万巳は思い出した。
探偵はあくまでも一般人であるため、警察による捜査の協力依頼がない限りは、表向きに殺人事件に関わることができないのだ。
しかし、行方不明事件は少し変わってくる。
行方不明者が既に何らかの理由で死亡している可能性が高い場合は、人の死が間近になって事件の解決に関わることになる可能性はある。
だが最近はそう言ったことは少ないのだ。
なので基本的には警察に任せるしかない。
あとは鳥取の警察が何とか対応してくれることだろう。
既に事件の犯人であった蟲は死んでいるのだがな、と八樫は呟いた。
「まったく、こんなことになるなんてなぁ……」
「結果的に逃げてよかったですね。雪崩で潰れちゃったみたいですし」
「あれは怪物が暴れて大きな雪崩が起きただけだよ」
「ああ! そうだちょっと聞いてくださいよ! あの虚化さん酷いんですよ!!」
「え」
万巳がダンッと机に手を置いた。
和がビョッと飛び上がって八樫の膝に避難する。
「怪我人いるっていうのに派手なドリフトして! もう車の中めっちゃくちゃでしたよ! 私とあのお爺さんがどれだけ踏ん張ったことか!」
「あ、えぇ、うん」
「怪物が攻撃して来ていないのに飛ばしまくって! 山道ですよ山道! もう体中ぶつけまくって痛かったんですからね!」
確かにあの人の運転は荒いとかそう言うもんじゃない。
普通に運転しているときは問題はないのだが、飛ばすと滅多に笑わない虚化が笑ってハンドルを切るのだ。
それからはもう容赦がなくなる。
乗り合わせた人には災難だったなとしかかける言葉がない。
「ナァ~」
少し困ったように、机から顔を覗かせた和が鳴いた。
八樫は和の頭を撫でながら、嘆息する。
「災難だったな」
「本当にそうですよー……。あ、そう言えば……翡翠亭で起こったこと、八樫さんは分かってるんですよね?」
「まぁ、一応ね」
「教えてくれません?」
その言葉に、八樫は一瞬固まる。
教えてしまってもいいものなのだろうか。
彼女をこちらの世界に引っ張り込んでしまうのではないだろうかという疑念が残る。
だがここに居る以上、様々な事を知っておいた方が良いことも確かだ。
しばらく悩んでいたが、結局八樫は教えることにした。
どうせ、これから知ることになることの方が多いのだ。
「あの怪物はザイクロトルからの怪物。で、あの腐臭の原因を作ったのはシャン。シャッガイからの昆虫とも言う」
「な……?」
「ふふ、まぁわからないよね。鳩くらいの大きさの知性ある蟲さ。人の脳に寄生して宿主を操り、生贄を集めて捧げる。んでもってでっかい怪物の方はその奴隷さ。使役されてる」
「はぁ……」
「……分からなくても理解しようとする努力くらいはしてくれないかな……」
終始キョトンとしている万巳にそう言った。
どうにも理解するのを放棄しているように感じる。
だがそれも無理はないかと、諦めた。
まぁわからないのであればそれでもいい。
理解できていない方が幸せな時だってあるのだ。
「えーと、なんで知ってるんですか? そんな怪物のこと……」
「昔、同じ相手とやり合ったからね……。さて、来てくれて悪いけど、今日は仕事ないよ。俺も疲れたからしばらくは休もうかな」
和を膝の上から机に移動させ、外を見た。
あからさまに話題を変えようとしているということが分かったが、万巳はまだ話についていけない。
これ以上聞いても自分は理解できないだろうと思ったので、あの話はここで終わらせることにした。
「じゃ、私は今日は帰りますね。明日はどうですか?」
「んー、そうだねぇ。まぁ仕事の連絡があるまでは休みって事でいいよ。一昨日のこともあるし、給料は増やしておくから」
「おお……。分かりました。じゃあ今日はお先に失礼します」
「うん。お疲れ」
万巳は軽く会釈して事務所を出た。
暫くの休みだ。
予定はないが、ゆっくりしようと思う。
「……八樫さん、あんなのとずっと戦ってるのかな……」
彼の動きは、離れしているとかそう言う次元の話ではなかった。
あれは全て理解して行動しているように思える。
今回は近くで活躍するのを見ることはあまりなかったが、状況の判断と指示は他の人よりも断然に速かった。
加えてそれが最善策であるというのはその場にいた誰もが納得していたはずだ。
それしかないと思い込ませたのではない。
それしかないのだと教えてくれていた。
どれだけの死線をくぐって来たのだろうか。
平和ボケしていた自分では、想像もつかない。
「でもま、あんなの見てこの仕事辞めない自分も自分か~」
本音としてはもう就活が面倒くさいというだけでここに残ってはいるのだが、よくもまぁ化け物を見て八樫さんの所を離れないものだなと自分で呆れた。
普通だったら逃げてもなんらおかしくないだろう。
逆に何で辞めないのか不思議である。
そんな事を想いながら、万巳は帰路についた。
なんだかんだ言って、あの逃走劇は楽しかった。
死の恐怖も初めて味わったが、思い返せば一瞬のことであまり実感がわかない。
こんな経験、ここでなければできないだろうと謎の楽観的な考えを展開させた。
この時点で可笑しな発想なのではないかと首を傾げたが、まぁいいかと呟いて歩を進める。
万巳の見えない死角から、黒服を着た少年が満足そうに笑っていた。
これで第四章は終わりです。
次回は来年、一月の一日からとなります。




