4.12.脱出劇
ミッション式のジムニーが唸る声を上げる。
乗用車タイプではあるがサスペンションが普通車よりも固いので揺れが物凄い。
舌を噛まないようにぐっと力を入れてハンドルを握る。
だが左手はギアに常に配置していた。
助手席に座る竿宇治は助手席上部にあるアシストグリップをしっかりと握り、窓を全開に開けて周囲を確認している。
揺れが酷く顔を出すのすら危ない。
雪道を疾走するジムニーは四輪駆動に設定されており、常にセカンドかサードにギアを繰り返して走行していた。
整備されていない悪路。
山道を辛うじて走ってはいるが、速度はあまり出ていない。
ズガァン!!
強い衝撃に雪が波打った。
スプーン状の枝のような腕がジムニーのすぐ後ろを叩いたのだ。
車体が一瞬前のめりになるが、すぐに立て直して雪を搔き分けて進んでいく。
「っぐぅ!」
「っ~!! 五体もいるとか聞いてないよ!? てか一体向こう行ったけどいいの!?」
「これ以上は引きつけられん! ほらさっさとその懐に入ってる奴でもっとひきつけろ!」
「あ、バレてた?」
「ったりまえだ!」
竿宇治は懐から拳銃を取り出した。
ベレッタM92FS。
竿宇治の愛中で、サイレンサーが付けられていた。
その次に小さな無線を耳に掛け、顎にマイクを取り付けた。
骨振動無線だ。
周囲の音は一切マイクに入らないが、どれだけ小さな声でしゃべっても声は向こうにはっきりと届く隠密向きのマイクである。
窓から顔を出し、身を乗り出した竿宇治は、手近に敵に三発撃ち込んだ。
サイレンサーが付いているので音はあまりしない。
だがその攻撃は相手に刺激を与えるのには十分だったようで、低い声で咆哮しながらズズズズッと進んできた。
「全然ダメージないよ!?」
「そんなおもちゃであれが倒せるかってんだ! 逃げ切れば消える! だがまだあの場所から近い! 引き付け続けろ!」
「ああー! 貧乏くじだよ全くもう! うごぉお!?」
「ぬぁあ!!」
ミラー越しに攻撃をしているモーションを見ることができたので、咄嗟にハンドルを切ってその攻撃を回避した。
ハンドルを切っているということもあって横転しかけたが、すぐに反対側にハンドルを切って何とか立て直す。
「後ろはあまり見えん! 指示しろ!」
「はぁ!? 撃って顔出して更に指示!? オーダーが多いんじゃないの八樫屋君!」
「つべこべ言うな死ぬぞ!」
「それだけは勘弁! 死んだら恨むよ!」
「地獄まで付き合ってやるわ!」
窓から体を乗り出した竿宇治は、更に数発拳銃を撃った。
それに怯むことは一切なかったが、苛立たし気に咆哮をする。
相手の速度は大して速くない。
だが倒れながら攻撃してくるので、その火力は非常に高い。
あと二匹は攻撃をする体勢を作って狙いを定めている。
その内の一匹が、腕を振り上げた。
「!! 左にハンドルを切って!!」
指示を聞いてすぐにハンドルを切る。
その後、怪物の攻撃がジムニーのすぐ横を打ち据えた。
竿宇治はその攻撃に耐えるようにして、アシストグリップをしっかりと握って体を車体に寄せる。
振動で腹部に雨よけが食い込むが、それを我慢してまた銃を構えた。
「後一体!!」
「分かった!!」
「来るよ! 右にハンドル切って! 三、二、一! はい!!」
完璧な指示と、完璧な運転技能によって最後の攻撃は何とか回避できた。
倒れている怪物は悔しそうにボォーと鳴いた。
遠くなっていく怪物を見て、ようやくほっと息をつく。
ゆっくりと助手席へと体を滑り込ませる。
「もう勘弁。もう嫌だ」
「ははっ、お疲れさん。あとはゆっくり降りるだけだ。休んでていいぞ」
「こんな揺れる車の中で休めるわけないでしょうが……。ああぁ……肩と肘が……」
「なんだ、お前体弱いのか」
「だから普通、これ使う時は両手で使うよ。無理しすぎたなぁ……」
弾倉の中の玉を取り出しながら、竿宇治はそう言った。
痛めたであろう肩と肘をさすっている。
悪路が次第にいい道へと変わっていく。
雪が積もっているだけで、普通に走ることができそうだ。
そこでようやく、八樫もほっと一息ついた。
ここまで来れば追ってくる事はないだろう。
「で、そっちはどうなってる?」
「……聞いてみるよ。虚化さーん。そっちどうですかぁー」
『ザザー、ザザッ竿宇治かザザッ、こっちはザッ無事だ』
「電波悪……。了解。麓で合流ね~」
そう言って骨伝導無線を取り外す。
座席を倒して座りながら伸びをした。
「向こうも大丈夫だってさ。まぁ虚化さんなら大丈夫だって分かってたけどね」
「乗っている奴らは地獄を見ただろうな」
「雪道でもへっちゃらでドリフトするからねあの人……。わけわかんない」
ようやく道らしい道が現れた。
車をそこに滑り込ませ、ギアをサードに上げて走行する。
下り坂なのでクラッチを踏んでの惰力走行だ。
サードに入れているのは、下り坂を降りる速度が丁度サードで走っている時の速度と同じだからである。
ブレーキだけで速度調整をしていく。
カーブが現れたので、ハンドルを大きくきってゆっくりと曲がった。
「……で、お前は昔何があったんだ」
「んぇ? 知らなかったっけ? 八樫屋さんだったら知ってると思ってたのに」
「他人のことなんぞ知るかよ。こっちだけで体一杯だ」
「あ、そう? んー、昔って言ってもねぇー。変な所に取材しに行ったら飲み込まれちゃってさ。四人の怪物がいたんだけど、そいつら違う世界線の僕らだったっていう話。変でしょ? 信じられないか」
「いや、信じるさ。信じなきゃ、解決できないことの方が多いんでな」
「フーン」
弄っていた銃を、懐に仕舞い込む。
空いた手を頭の後ろで組んだ。
「流石、専門家は違うね」
「好きでそうなったんじゃないさ。だがそうならなきゃ、死んでたしな」
「恐ろしいね~。まぁ明らかな敵意を向けてくれている方がやりやすいよね。僕らなんてねばねばした闇からジーって見られてる感じがして時々嫌になるよ」
「じゃあその道から足を洗えよ」
「いやーだよー。こんだけ自由に仕事できる場所もないよー? 皆腕利きだから安心だしね~」
「ったく……。極道がそんなにいいかい」
「僕らはそれとは一線を置く団体さ。あーあ、本当ならもっと自慢してやりたいんだけどなぁー。でもそうすると虚化さんうるさいんだよなー」
「情報をべらべら喋る奴が悪い」
「まぁーねー」
「自覚はあるんかい……」
ギアをトップに入れた。
クラッチを放してアクセルを踏み込む。
まだ山道は続いているが、暫くは直線だ。
運転しながら、八樫は横目で竿宇治を見た。
あれだけのことがあったのにとても満足そうにしている。
会話を楽しんでいるというのもあるのだろうが、彼の職業的にあまり下手なことは言えないのだ。
それがストレスになっているらしいが、こちらの知ったことではない。
「ま、なんか失敗しやがったら匿ってやるさ」
「お、まじで!?」
「借り、作ったしなぁ……。一回限りだぞ」
「へへっ、なんだ君も結構悪じゃないか。普通裏界隈の人間にそんな提案するかい?」
「阿呆。こちとらそれより面倒くさい相手と戦ってんだ。負ける気がしないねぇ」
「説得力が違う」
途端に可笑しくなったのか、二人はカラカラと笑いだした。
なんだかんだ言って良いコンビなのだ。
これだけ話の合う奴は、そうそういないだろう。
腐れ縁だよなと八樫は思いながら、運転に集中した。
雪山に笑い声が響いていく。




